2006/3/27

まだ少し…  

まだ少し、宗教勧誘ショックから抜け出せない私…。

良いものをひろめたい、周りの人も幸せにしたい。

わかるけどわかるけどわかるけど…、私はいいよ、別に…。

今日、職場の子とはそのことについては避けてお話をしてました。

他の友人も会いたがっていると言われたけど、お返事はしませんでした。

まあ、少し後回しにしてもいいんじゃないでしょうか?

基本的にはいい子だし…。


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2006/3/26

宗教  

今日、とある宗教の講演会に行ってきました。

同じ職場の子に誘われたのがきっかけでしたが、私自身がそのときピンとこなかった、うっかりしてたことによります。
そのときも芸能人の生ライブみたいだから、みたいに言われ、それはかなりな有名人でしたので生で見てみたいな、という感じで気軽にOKしました。
でもどうしてそこで気づかなかったのか?
すごい有名な芸能人だろうがなんだろうがそれは宗教法人が開催する講演会だったのです。
前に仙台で、教会のイベントに誘われたことがありました。やはり有名人がお話に来るというものでしたが、それは私が昔からキリスト教に触れて過ごしてきたせいかほとんど違和感は感じませんでした。むしろ教会にたびたび行っているうちに賛美歌を歌うのが大変好きになりました。
なのでそのノリで行ったのかもしれませんが、ここはひっこみじあんと口下手な人が多い東北地方ではなく、東京です。
イベントだけ行って楽しんであとはふらりと帰れるはずもなく…。
私はその有名人が口を開くまではみじんも疑ってはいなかったのですが、話を聞いているうちに笑いも口から遠のいてきました。
トークというよりは、その人がその宗教に出会ったいきさつ、信心してからどれだけ良いことが起きたか、それを自分だけではなく多くの人にひろめたいとか、話の内容すべてがそういったたぐいの内容で、いつものテレビでしゃべっているおもしろトークからは全然違う、宗教勧誘トークでした。
東京は露骨ですね。
広告塔というのはああいうのをいうのだな。
昔、話題になった統一教会の桜田淳子を彷彿とさせました。
とにかくそのとき私が思ったこと。
「失敗した…、なぜ気づかなかったのか」
どうやら都会で、初めてと言ってもいいくらい仲良くなった女の子だったので完全に油断していたようです。
その反面、都会はなんてこわいんだとしきりに思います。
昔見てたワイドショーや、ドラマみたいなことが普通に起こり得るのです。
トークが終わった後、同じ地区のグループ?のようなものの仲間たちらしき人が寄って来て輪になって座り、しきりにその宗教について論説されましたし、今日の感想や宗教に対する見かたを尋ねられましたが、私は普段そういうことに重きをおいて過ごしてないのでいきなり言われても困るし、宗教観があったとしてもそこで話すつもりはありません。
その有名人が1グループずつ丁寧に話しかけてくれるということで、待たされている間(帰ろうとしたが、来るとき車に乗せられ駅からだいぶ離れたところに来ていたので帰りがまったくわからなかった)ひたすらそんな話で私の額から少し汗がにじみ始めました。
しかしまあ、無理強いしないし、基本的には親切な人達なので、明日も早いので帰るというと車を回してくれて駅まで送ってくれました。

何かを信仰すると自分が強くなれる、とかすごくわかるけど、私は群れる気もないし、信仰の嬉しさや喜びを分かち合う気にもなれない。
せつな的だけど、そのときそのときによって私なりの宗教になるものが違う。
たとえば仕事、たとえば恋愛。
現代教と言われればそれまでだけど、何も知らないくせにと言われても仕方ないけど、私は私なりの宗教に代わる物を抱えて生きているつもりなので、例えそれは自分以外の人の幸せを祈ったりする立派な行為は伴わなくとも私は私なりに生きていくつもりです。
人はひとりでは生きていけないというのもわかる。
でも私はやっとあのしがらみを抜けて、家を出て東京で暮している。
なのでまた何かのしがらみに取り込まれたり属したりはしたくないのだ。この時間が永遠じゃないのもわかるし、もうすぐ終わるのもわかっている。
だから、だからせめて私はこの人生の夏休みともいえる時間を自分のために大事に生きたいのだ。
夏休みは続かない。
でも夏休みを海に行ったり山に行ったりで自分の思う存分楽しく過ごすことに、どうか口をはさまないで。
ほっといてください。
例え私自身がさみしくなっても。
私をもう少しだけほっといてください。
続かないのは知っているから。
もうそろそろ真剣に先を見据えなくてはならないことも知っているから。

もうすこしだけ…。






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2006/3/25

ブリュ  

今日はジャン・ドルセーヌ ブリュでお祝いしました。
恵比寿で買ったとっておきのスパークリングワインです。
わたくしの9ヶ月間の片思いはとうとう第一歩を前進いたしました。
メールアドレスを聞き出しました(ラヴ

これを聞いた今までのわたくしの行状を知る人達は、えっ!?と思うでしょうが、そうです。9ヶ月目にしてようやくアドレスを聞き出したのです。

いいじゃん!?別に!! 

昨夜の飲み会でさんざん同じ職場の女子たちに諭され、激昂され、心強いアドバイスをたんまりと受け、私の胸はもうパンパン、もうやる気ムンムン(笑)でした。

今日は休日出勤をいたしまして、そのときに予想通りと言いますかなんというか本人も来ておりましたので聞きましたよ。
ええ、人が少ないので全然聞けましたよ!
いつもの自分とは少し、いや全然違いましたよ!
頑張りましたよ!!!

もうそれだけでキンキンですわ。
限界です。
桜餅も買ったし食べたらもう寝よう(笑)


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2006/3/24

優しい人  

私は今までそんな優しい人、初めてです。
人から聞いた話だけど、私が好きになった人はそんな優しい人なんだ、と感じました。
そんなに優しい人、聞いたことない…。

いろいろ考えるところがあります…。 優しい人は気付かないと通り過ぎてゆくものなんですね…。


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2006/3/23

汐留から  

今日と昨日は汐留にてお仕事でした。
昨日は上司様と飲みに新橋へ。
今日はひとりで午後に行き、思いもかけず早く終わったので汐留カレッタで遊んでました(笑)
最上階からの眺めは最高!
ここは実は電通本社ビルだったのです。
私は新橋側しか知りませんでしたが、反対側は海だったのです。
東京湾。
とてもきれいでした。
ここで働けたら素敵だな、と思いました。
なぜ「汐留」か?
潮がとまるところ、つまり海岸、海沿いなのです。


海向こうに見えるのはお台場フジテレビです。
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                   こちらは勝鬨橋です。
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下をひょこっと覗き込むとなんだか庭園がみえているじゃありませんか。
あれは…、「浜離宮」です。
見ているうちになんだかむやみに行ってみたくなりました。

高層ビル街の庭園です。
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「浜離宮」…この地は、寛永年間(1624〜1644年)までは、将軍家の鷹狩場で、一面の芦原でした。ここに初めて屋敷を建てたのは、四代将軍家綱の弟で甲府宰相の松平綱重。承応3年(1654年)、綱重は将軍からこの地を賜わり、海を埋め立てて甲府浜屋敷と呼ばれる別邸を建てました。その後、綱重の子供の綱豊(家宣)が六代将軍になったのを契機に、この屋敷は将軍家のものとなり、名称も浜御殿と改められました。
 以来、歴代将軍によって幾度かの造園、改修工事が行なわれ、十一代将軍家斉のときにほぼ現在の姿の庭園が完成しました。
 明治維新ののちは皇室の離宮となり、名前も浜離宮となりました。



桜がほんのちょびっと咲いていました。
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雁鴨太郎くんです。綺麗な色合いの羽だったので写真を撮ってみたのですが、どうやら名物カモだったようです…。













浜離宮内にある菜の花畑です。
本当に都会かよ!?
…都会です。後ろの高層ビル街がそう言ってるよね。

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16時くらいからこんな感じで遊んでいたため、仕事モードから完全に抜け落ち、あっち側にトリップしてしまい、自分を保つのがぎりぎり大変でした。なので家に帰っても何をする気にもなれず変なふわふわ感と虚脱感でうまくバランスがとれません。
平日は朝から晩まできちんとお仕事するのにかぎりますね…。

いや、でも、たのしかったっす笑


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