2004/12/28

TOKYO  

昨日今日と東京へ。
仕事関係で色々回ってきましたが、自由時間はございませんでした。
ビジネスホテルは寝にくいね。
なんとわたくし東京は約10年ぶり。
横浜は何度か行ったんだけどね。
都心に行けば行くほど人間の住処じゃないように思うのは気のせい?
わたしも丸くなったもんだね…。
あれほど東京の大学に進学したかったのに。
浜松町のオフィスに行ったとき、東京タワーがちらりと見えました。
実はわたくし東京タワーを見るのは初めてでごんす。
少々感激。感激を素直に表現したら一緒に行った会社の人が思いっきりひいてました…。
東京で普通に生活している人は同じ人間じゃないように思っていたわたくしですが、山手線から抜け、奥のほうへ行くと普通の住宅街や地方都市のような風情になり一安心。そういうことで一安心する私ってもうすっかり東北の、仙台の人なんだなあと思いました。昨晩飲みのときも店を土間土間にしたのですが、なんか安心しました(笑)
ああ…、昔のとんがった僕はどこにいったんだ?
つくづく時の流れを実感したわたくしであった。


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2004/12/26

事故処理、終焉へ(自分のなかで)  

先週半ば。
すでに私の車はきれいに、元通りになっていた。
だが最後の示談書を取り交わす、というところがまだ片付いていなかったのだ。
なぜかというと車を直してくれた修理屋さんが、車明け渡し当日に保険屋さんから示談書をもらって持ってくると言っていたので任せっぱなしにしていたら、当日もらえなかったということを言ってきた。
そしてなぜか話の内容が相手に迷惑をかけたほうが示談書を作ってくるという流れへ。
私も半分面倒くさくなっていて相手が作ってくれるなら、ということで出来上がったら送って欲しい、それにサインするということで合意した。そして解散したのが先週の半ば。
未だに示談書は来ない。
だが、車はピカピカだ。
リアバンパーごと取り替えたので他の、私が単独で傷つけた部分まで新品ピカピカだ。
私の中でどこか、元通りになったしもういいだろうという考えがある。だって示談書が必要なのはむしろあっちのほうだろう。なぜかというとこれ以上私に文句やいちゃもんをつけられて、ここも傷がついているあそこも傷がついているといってはなおしてくれ、いやその分の修理費をくれと言われて困るのは相手方なのだ。そういう後々のごたごたがないように、もうこれ以上お互い関わることをやめようという示談書を交わすことが必要だったのだが、どうやら彼は作ると言って、なかなか作ってこないのでもういいらしい。
そして何分私ももういい気がするのだ。
私の車はきれいになっている。
そしていつまで乗れるかは…。

クリスマスは過ぎた。
だが神のような寛大な気持ちで私は許そうと思う。
このことはもう終わりにしたい。
私自身も今年もうあとわずかということで区切りをつけたいのかもしれない。
なにより私自身がこだわりなく新年を迎えたいと思っているのであろう。
ただ、もういい、私自身も作る気はない。
すべては流れるまま。
もうそろそろ次の段階に進みたい私であった。
そういうのってどうなんだろう?
みなさんなら突き詰めますか…?

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2004/12/19

派遣って複雑…。  

今日の仕事で改めてわかったこと。
全然仕事が出来ないくせに変なプライドは持つなということ。
派遣先、派遣元など気にせずわからないことはわからないということ。
私の今日の就業状況、まず私は派遣会社Aから派遣されております。そしてその派遣会社に仕事を依頼したのは大元会社B、そして今日行ったお店は大元会社Bとある事業内容で提供関係を結んだ販売店C。大元Bと販売Cとはまったく違う内容の職種の会社であります。私はCの一角を借りて仕事を行っていたわけですが、私が来ないときは店員さんが普通にやっていた仕事。
はっきり言って複雑です。
てゆうかこれが最近の世相、常なんですね。
どう意識を構えて良いのか、どこに属してどこに洵して、とてんでばらばら。
私は単純な人間なので雇ってくれたところと働くところと働く職種がすべて一致しているほうがいいです。
でもそんなに単純じゃないのだよね、最近は。
だってどこに聞いてもくわしく教えてくれない。
本当はCの人に詳しく聞きたいけど、Bから直接派遣された人のように振舞ってといわれては無知を露出できない。
Bに電話で聞くと、研修でそんなこと言いました?誰が言いました?とイライラした意地悪な態度をされ、(聞くなというのか!?それで間違った応対しても良いのか!?てゆうか今誰が言ったとか言ってるときでもないし)なんか派遣ってどこも一緒…。ここまで関わる会社、人が多いと責任転嫁でぐるぐるぐるぐる…。
本当、もっと単純で良い気がするな…。
でもそうもいかないんだよな、きっと…。
う〜ん…。
だから逆に考えて自分のプライドとかそんなのナシにして、派遣元がどうたらとか他人のこと考えないで、自分は自分、わからないものはわからない、お待たせしているのはお客さま、なので聞けるときは誰でもいいから聞いちゃえ!と思ったのです。派遣会社とか大元会社とか、もうどうでも良いです。要は自分です。自分でよい仕事をすれば良い、改めて思いましたよ、本当に。後で怒られたって自分に恥ずかしくなければいいかな、と思った今日でありました…。

ちなみに写真は古川市川端の風景。
真ん中が川。横の道が車一台通れるくらいの小さな道。川には柵なしなので、酒飲み運転でもしたらドボンです。




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2004/12/14

沖縄ナイト in 仙台  

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今日は沖縄ナイト〜藤木勇人 with SHY ゆんたくライブ〜に行ってまいりました。
パークエクエアでのライブでした。てゆうかあんなところにライブハウスがあったとは!!リプルの時と同様の驚きです。でもライブハウスって結構「え!?ここ?」みたいなところにぽつんと知らないうちに出来てるよなぁ…。と、と、話がそれてしまいました。
出演者は晩翠通りの沖縄居酒屋「島唄」のご主人加屋本正一さんと、沖縄出身のシンガー、元「ハートビーツ」のメンバーSHYさんと、沖縄の八重山民謡を唄い踊る在仙のサークル「遊び庭」の方々と、そしてメインはNHKテレビ小説「ちゅらさん」に出ていた沖縄居酒屋「ゆがふ」店長役の(きっと覚えてるはず!!)藤木勇人さんでありました。
そのせいか高年齢の方が意外に多く、そして場所柄かビジネスマンの方が結構多かったりして盛り上がるというよりはゆっくり楽しむという雰囲気になりました。お酒やスタッフ手作りのサーダーアンダギーを味わいながら時がゆるりと過ぎていくように思えましたが途中、一人の老婦人が倒れるなどのハプニングがありました。が、そのとき演奏していたSHYさんや見に来ていた観客の方全員の迅速な行動により、無事病院へ搬送になりました。あれから特に何か病状が変わったとの連絡もなく問題がないかとのように考えてましたが、どうなんだろう?何事もなく回復されることをお祈りいたします。
意外だったのが藤木勇人さん。
元「りんけんバンド」のボーカルということで、どのようなソロのライブが繰り広げられるか楽しみでありましたが、なんとトークライブ。てゆうかコント(笑)
実は自作自演の“一人ゆんたく芝居”を全国興行していたりする自称「情報伝達芸人」だったようです。
「エンタの神様」に出ても遜色がないほどの面白さ、会場大爆笑でありました。特に沖縄のおじいおばあをネタにした話が最高でした。
最後には出演者全員総出で幕を閉じましたが、残念ながらそのとき撮った写真がぶれてしまい、とてもお見せするものではありせんでした。

写真はライブ後、定禅寺通りを散策したときのものであります。

カップル撲滅委員会としてはいつかこのあたり一帯を停電にするつもりです。






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2004/12/9

三十路の気付き  

今日見た雑誌の漫画に出ていたフレーズ。



未来が見えていると思ったら、男の未来に乗っかっていたり、

未来が見えていないと思ったら、男の未来が見えない状態に乗っかってたり。



・・・・・それって俺かっ!!?


自分には必ず自分のことを決める権利があるはず。

当たり前のことのようで実感としてわかっていなかったように思います。

相手の方が将来海外に行くといえば、本気で英会話習おうと悩んだりした。

まさに二十代はそんな日々でした。

この人とずっと一緒にいたい、とか結婚して支えたい、とかそれはそれでいいんだけど自分は?個人としての自分は?自分という人間の未来、可能性、目的意識、自我は?

遅まきながらこれからは自分という人間(本質)を大事にしたいなあ…





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