2004/10/3

回復  

どうやらウツッキーは過ぎ去ったみたいで…。
ええ、昨夜が完全ピークでした、心当たりのある方たちには大変ご迷惑を…。
気持ち的には病み上がり的な少しけだるさが残る清々しさ。
永い眠りの後の目覚め、という感じでしょうか?
客観的に考えてだいたい、週末か、週明けくらいには回復するのではないかと一週間前くらいにはぼんやり考えてましたが、ま、本当に予想通りだったみたいで…。
昔、誰かに話したことがあるのですが、そのときは気味の悪い人間だと思われるのが嫌でほとんど人には話さなかったのですが。
つらいとき、苦しいとき、私は私の中にひっこんでしまいます。
なんとも説明しづらいのですが、私自身というか私の核の部分というか私そのものが奥のほうに引っ込んで冬眠するというか、出てこなくなります。するとどうでしょう、私の体自体に私自身がお留守になるという形が出来上がってしまうわけですが、そうなると日常生活はどうなるかというと、それまでの経験くんや培われた知識くん、はたまた周りから変な目で見られないための常識くんたちが現れて、いかにも私が普段どおり普通に生活しているように動かし始めるのです。
特に注意深く見なければなんとかごまかしたり、見逃してもらえたりする範疇なのですがやはりいつも組みになって仕事をしたり、話をする人にはなんかおかしい?とばれていたりします。そうは言っても私はなんとか普通であるように見せかけようと努力努力といたしますので、その人はわけがわからない。どっかねじが一本飛んでるのですが、仕事は勝手に口や手が動いて一応こなしているような形を作っている。でも仕事ってそういうことじゃないでしょう?とりあえずこなそうとすると何か違和感がどんなに単純作業でも生じるはずです。
でも私は「今日ちょっと調子悪くて…」ともなんとも言わず、でも自分自身がどっかいっちゃってるので気軽トークなどが出来ない状態でもある、そのくせ形だけ、白々しく「はい、御願いします」とかなんとか言っちゃってるわけだから、組んで仕事をしてるとだんだんそのなんともいえない違和感にイライラしてくるわけなんですよね。
そうすると私にもそのイライラ感が伝わってくるわけで…、余計何も言えず仕事を形だけこなそうとする…。
悪循環ですよ、そういうときには本当は仕事に行くと逆に周りの人に迷惑がかかるので行かないほうがよいかと思うのですが、そうもいかないのが現実…。
でも思うにその状態は少し恵まれているのではないか、と逆に考えるのです。気持ち的にちょっと変だからと言ってそれで周りに迷惑かかるから自分もつらいからと言ってすぐ休んでいてはいつまでも周りの人に心を開けないじゃないですか。
つらいならつらいって言えばいいじゃないですか?
つらいけどつらそうにしないで、仕事をこなしてるとかって前まではすごいなあという感じで賞賛してたりもしましたが、今はなんで?という感じです。美談にすらなりません。尊敬はしません、別に無理することないじゃん、ちっともえらくないよ、言えるひとのほうがよっぽどえらいです、と私は考えます。

ただ言った後、極端に甘えたりするのは論外です。
あと無理してて無理してない人を見るとイライラしたりするのもへんだしね。

弱いところを人に見せられない人はコンプレックスのかたまりなんですよね。
そう言われてああ、そうか…、と少し考えました。
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