尼将軍:貞子 爆誕!!!?? ブログ「貞子ちゃんの連れ連れ日記」が、有料まぐプレ「資産形成・マクロ経済 de あそぼ♪」の創刊とともに、リニューアル・オープン! 2009年4月末、大不況の入口で、ついに、貞子の進化系モンスター「尼将軍:貞子」爆誕!!!! 「自分だけ貧乏?」「自分たちの世代だけが貧乏くじを引いた??」「明日は今日より貧乏になる???」と感じたとき、悔しさや怒りを覚えるのは、心理学の見地から見ても、「正当」かつ「健全」な感情です。 わたし達や私たちの子供達は、将来も物心ともに豊かに暮らし続けたいと願う「正当な権利」を持っています。 このブログは、15歳の我が娘が大人になる10年20年後の日本経済を見据えて書き綴る日記です。 「持続可能な豊かさを維持してゆくことへの希望」を決して捨てません。 中長期的視野に立った金融・経済・福祉・心理学中心の「戦う母親ライター日記」です。

2007/5/31

株式投資は良いものだ。  

11歳年上の兄と8歳年上の姉と4歳年上の姉の中で、家庭の中ではいつもボコボコにされながら育った貞子です。
小学生の頃なんて、この年齢差では まず知能指数では兄姉喧嘩で勝てるわけがありません。うぇーんうぇーん泣かされて、母が仲裁に入ってくれて やっと笑顔を取り戻しても、再び『やぁ〜〜い やぁ〜〜い 泣いたカラスが笑ったぁ〜〜〜』と三対一の集中攻撃を受けて、再び、うぇ〜〜〜んうぇ〜〜んと泣いていたような記憶があるようなないような・・・。

1960年代といえば、桃の缶詰などの けっこう高級品でした。とにかく子沢山だったので、桃の缶詰を一個開けたくらいでは、子供一人分の配給は ごくわずかでした。
クリスマスケーキでも 兄弟姉妹四人が固唾を飲んで 母のケーキを六等分する包丁のラインに目をこらしたものです。
こういうときも、身長の差というか・・・テーブルに腰掛けた座高の長い兄や姉のほうが断然有利です。兄や姉のほうが、じっくりとどのケーキが一番大きいか、より高いところから見比べられるのです。座高の一番短い私が一番あせってしまって、つい『まいちゃんが一番大きいの!!!(欲しい!!!)』と、母に膝にすがりながら、家庭の底辺で叫んでしまうのが常でした。(ちなみに 私は小学校三年あたりまで、自分のことを「わたし」と言わずに、「まいちゃん」と言っていました。)
すると たちまち、『あーた!いっつも「一番大きいの!」って叫んでばかり!』と、またボコボコにされる訳です。

こういった生存競争の激しい家庭環境の中で育つと、小学校高学年にもなれば、私も学校では同級生の中では ずいぶん抜け目ない、こまっしゃくれた子供に育っておりましたです。はい。

話は変わりますが、小学生の頃、アラジン、もといアラビアナイトの「開けゴマ」の絵本は大好きでした。何が好きって、盗賊が盗んだ光り輝く宝石の山が 洞窟の中で隠されている光景です。あれだけの宝石があれば、一生遊んで暮せそうです。絵本を眺めているだけで、わたしはうっとりしていました。 

玉の輿系「シンデレラ」より、
児童労働反対派&貧困救済主義的社会派の「マッチ売りの少女」よりも、
家庭内手工業重視派の「鶴の恩返し」よりも、
地道な交換経済重視派の「わらしべ長者」よりも、
林業偏重派の「金太郎」よりも、
環境保護団体系&動物愛護団体系の「バンビ」や「桃太郎」や「浦島太郎」よりも、

小学生低学年の頃の私は、原始的収奪派の「アラジン、もといアラビアンナイトの魔法使いー山賊偏ー」の話が断然大好きでした。

(ところで 太郎には「浦島」という苗字があるのに、何故、桃太郎には苗字が無いのだろう。田中桃太郎とか、山田桃太郎とか、藤原桃太郎とか 在原桃太郎などなど、誰か桃太郎に苗字を付けてあげてください。あ!桃太郎は 桃 太郎だったのかな?「桃」が苗字だったのだろうか・・・。)

その次に大好きだったのが、ヘンデルとグレーテルに出てくる『お菓子の家』。ヘンデルとグレーテルは好きではなかったですが、ヘンデルとグレーテルに出てくる『お菓子の家』だけは大好きでした。『家の中の何処にかぶりついても(柱にかぶりついても、ふすまにかぶりついても テーブルにかぶりついても・・・)、すべてお菓子状態』を空想するだけで うっとりしていました。 

私は 小学生低学年の頃、世界の偏狭・山陰地方で、
『美味しいお菓子を山ほど食べたぁ〜〜〜〜〜ぁい!!!
山ほど宝石が欲しいぃぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜いぃぃぃ!!!!』と強欲に叫んでいました。
(あくまで、小学生低学年の頃なので あしからず・・・・)

あ!題名と全然関係ない話を書いている・・・。

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2007/5/29

財政危機の問題は一重に公的年金制度の破綻問題。2  

さっさと社会保険庁を解散すればよい。
基礎年金部分は税方式に変えればよいのだ。
基礎年金部分を税金で賄って、二階建て三階建て部分は確定拠出(積み立て)型に移行して 民間企業にゆだねるのが一番だ。
1996年の金融ビッグバン以降、怪しい金融商品も増えたけど、比較的廉価な手数料で まともな金融商品を提供する民間企業も続出した。少しずつだけど、投資家教育も日本国内で広まってきている。ITを使って、中小零細企業でも確定拠出型の年金制度を採用できるようなシステム造りをするベンチャーも、少しずつ動き始めている。

今だって、私個人は 厚生年金の掛け金を『社会保険庁への寄付みたいなもの』『ほとんど戻ってこない税金みたいなもの』とあきらめて毎月支払っている。ここ10年くらいは、返って来る当てのないものを当てにして暮してなどいない。
積み立て型の確定拠出年金だけを私個人は信じて暮している。
こんなジレンマに悩まされるのは もう沢山だ。掛け金なのか税金なのか寄付なのか理解不能のものを支払い続けるのは もう嫌だ。

幾度も言います。
21世紀には国家破綻などはまず起きない。国家破綻が起きるとすれば、日本国内で非市場性国債の導入が遅れに遅れた時だ。
いますぐ非市場性国債(マーケットに出回ることを禁止した国債で、無数の確定拠出型の年金基金が保有する国債)を導入して、公的年金を一本化しましょう。
基礎年金部分は、税金で補いましょう。
二階建て三階建て部分は ポータブルな積み立て型(確定拠出型)年金に いますぐ切り替えてゆきましょう。
財政破綻問題は ひとえに公的年金制度の破綻問題なのだ。
世に言う『世代間闘争』があるとすれば、言い換えたら世代間に大きな亀裂があるとすれば、それは 社会保険庁の公的な年金制度の破綻処理が遅れに遅れて、国が税制上優遇している『ポータブルな民間の個人年金制度(確定拠出年金制度)』の導入と充実が 遅れに遅れているのが原因なのだ。(Part2に続く・・・)

【追記】日本の年金制度は複雑になっている。よく使われる専門用語も過渡期であるがゆえに複雑化しており なじみのない専門的が乱立している。
一階部分の国民年金と基礎年金、二階部分の厚生年金と共済年金 三階部分の厚生年金基金と共済年金基金(?)などなど、山ほど区分訳の言葉が続出する。
さらには、「世代間の助け合い」という意味で使っている現行の『賦課方式』という言葉も、一般にはなじめない言葉だ。この「世代間の助け合い方式」である『賦課方式』は、『確定給付型』(給付額が予め決められた一定型)とも呼ばれる。
急速に少子高齢化が進む中、移民も受け入れられない日本では、この『賦課方式』『確定給付型』の公的年金が いつかはパンクすることは、1991年のバブル崩壊の時に、既に専門家なら熟知していたはずだ。そういった意味で、厚生労働省の「怠慢」の罪は重いとしか言いようが無い。しかし、今さら厚生労働族も責めても 何も始まらないし 生まれない。

今は社会保険庁を解体するという年金改革を推し進めて、税方式とポータブルな積み立て型(確定拠出型)の個人年金へ移行することが 最優先だ。

その一方で、明るい話題としては、2000年(?)の法改正で、一部の大企業では 三階建て部分では、積み立て型の『確定拠出型年金』(日本版401K)が既に導入され始めている。
『確定給付型』(積み立て型のポータブルな個人年金)は まだまだ一部の人しか馴染みがないようだ。
先日 私のブログでも紹介したように、この新しい『確定拠出型年金』(日本版401K)も、IT技術の進歩によって、中小企業の従業員も大企業の従業員並みに恩恵が受けられるようになり始めている。
年金制度こそは、基礎部分以外は 国家に退場していただける時代に既に突入している。

一番の問題は マスメディアに投資家教育の能力が無いことかも知れない。日本のマスコミは、ことさらに『ビギナーズラックでぼろ儲けした成功談』と『詐欺まがいの金融商品に騙されてしまった人々』の両極端しか報道していないように見受けられる。
マスコミ関係者こそが、世界の資本主義と市場メカニズムをまるっきり信じていない。そこそこ慎重なリスク・テイクの成功体験をマスメディアがまるっきり信じていない。彼らが確定拠出型の個人年金向けの金融商品情報の提供者になる能力が無いことこそが、今の年金改革の一番のアキレス腱かもしれない。

【追記】従来の確定給付型の公的年金制度から 、確定給付型へと逐次切り替えてゆく間、どうしたらよいか(具体的には 確定給付型と確定拠出型は 当面しばらくの間は 並存することになると思う。)は、後日改めて アップしたいと思います。
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2007/5/29

財政危機の問題は一重に公的年金制度の破綻問題。1  

マネーの国境が消えてしまった21世紀の日本では、財政破綻や国家破綻は起きないだろう。財政危機は、どちらかといえば それほど深刻ではない問題になり始めている。
日本国債が不人気になって、日本国債の金利が跳ね上がれば、今だったら 内外を問わずさまざまな個人および機関投資家から 日本国債が買われるだろう。
ただし、それには条件がある。
財政危機に悩むアメリカ同様に、日本が非市場性国債の(マーケットに出回らない国債)導入を決断した場合だけ、日本は財政破綻・国家破綻から免れることが出来るのだ。
そして この非市場性国債は、アメリカ同様に、年金基金(たとえば、積み立て型の確定拠出年金を運営する機関)が保有すればよい。

こういった状況の中で、未だに非市場性国債の導入検討に2〜3年も時間をかけている財務省は 機動性に欠けているといわざるを得ない。
非市場性国債の導入という極めてテクニカルかつ最終的な年金問題の解決策になる情報を、財務省がマスメディアに提供しないまま、イタズラに財政危機の不安を煽って増税をしようと企む財務省の姿は 私はどうしても好きになれない。

(なお 非市場性国債について興味のある方は 私のブログ内の検索コーナーを使って調べてください。幾度も話題に取り上げています。)

日本国家の累積債務は およそ800兆円を超えている。
その一方で、年金債務は 計算の仕方にもるが、富田俊元先生の試算によれば、480兆円から530兆円程度。(富田先生の試算では、900兆円以上との試算もある。)
野口悠紀夫先生のざっくり試算は、公的年金債務はおよそ800兆円と見ている。
言い換えたら、私たちの年金の掛け金が既に退職した(あるいは退職予定の?)高齢者の年金給付に ほとんど既に使われてしまっていること 年金財源が底を突いていることが大問題なのだ。

どこの国だって 先進国なら財政赤字を抱えている。
日本の財政危機とは ひとえに年金制度危機なのだ。非市場性国債(マーケットに出回らない国債)の導入の遅れによる『人為的な』年金危機なのだ。
非市場性国債を導入して、この非市場性国債を確定拠出型の民間の年金基金が広く浅く保有すれば それで 日本の年金問題はほとんどすべて解決するといっても過言ではない。

今回 社会保険庁の不祥事(5000万件もの納付記録が消えている!)が明るみに出たことは、不幸中の幸いだと思う。

幾度も言います。財政危機問題は ひとえに年金財政危機問題なのだ。
年金財政危機は ひとえに非市場性国債の導入の遅れによるものだ。
年金制度改革が成功したら 日本の将来はもっと明るくなる。多くの人々の財布の紐が緩み始めると思う。今の日本経済の閉塞間の半分以上は これで消えてなくなるだろう。

生活者感覚では、どの公務員がどんな不祥事を起こしたか 誰がどんな甘い汁を吸っているか、誰が女と贈賄に転んだか、政治家や官僚の誰が不祥事の中で自殺を選び取ったか・・・そういった問題は 私個人はもう飽き飽きだ。余りにもスキャンダルが続出しすぎて 報道を聞き流すほうも感覚が麻痺してしまっている。もう 飽き飽きだ。そんなスキャンダルは、どうでもよいことなのだ。

私は望んでいることは、年金改革だ。年金改革に直結する税制改革だ。新しい形の増税(年金改革)に見合っただけの歳出削減だ。日本の活性化だ。新産業の育成だ。

年金に対する私の興味は、ところで 私たちが払い続けた年金の掛け金は 将来 どれくらいなら戻ってくるの????私が国家に貸したお金は返してもらえるのか???だけだ。
日本国家から、『あなたの払った年金の掛け金は賦課方式(世代間の助け合い)だったので ほとんど返ってきません。返せるとしても3割程度です。』とデフォルト宣言が出るのが一番腹が立つのだ。(実はこの10年ほどは この年金デフォルト宣言が出ることを覚悟で暮している・・・だから 今さら腹も立たないかもしれない・・・自分でも 『腹を立てているのだろうか?どっちだろうか?』と 時々分からなくなる・・・。)

私の周りでも、『増税しても良いから年金払ってよ!!!貸したお金は返してよ!!!』派はけっこうジリジリ増えている。

だから 昨日夜に私が急いでアップした 山崎 元氏の「公的年金の一階建て部分(国民年金や厚生年金の基礎年金部分)は税金(一般会計)で賄おう。それ以外は、確定拠出型(個人の積み立て型でポータブルなもの)で賄おう」とするシンプルなご意見は 私個人はすこぶる同意した。
はっきり言って 基礎年金部分を賄うために どういう形の増税になるかは、もう どうでも良い。税金は 入り口部分の名前を変えても 同じ国家財政という名の名前の財布に入ってしまえば、どこでどう無駄に使われているか、杜撰に扱われているか、全く見えないケースが多すぎる。
私たちが納めた掛け金を透明にさせようという『良識的な判断』で、社会保険庁が使っているITシステムを近代化させようとしたら、また ますます『良識の無い社会保険庁』に 税金が無駄に使われるだけだ。(Part2に続く・・・)

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2007/5/28

社会保険庁「消えた年金納付記録」問題の解決策。  

消えた5,000万件の年金記録問題の解決策としては、山崎 元氏の「消えた年金記録問題」の本質的解決策に、私は一番激しく同意しました。
さすが山崎 元氏です。この山崎氏のブログ記事についての私個人の詳しい感想は 明後日に譲るとして、
以下 一部抜粋引用。
対象者が分からない年金記録が5千万件強あることが露見して、問題になっている。この問題は、7月の参議院議員選挙の争点になる可能性があり、・・・この問題は、案外、大きな影響力を持っていそうだ。
・・・・・件数は5095万件と出てきたが、金額は幾らなのか。少なくとも概算を把握していない訳はないし、金額が把握できていないとすると、それはそれで杜撰な管理として新たな大問題だ。この件については、まだまだ、隠し事がある筈だから、国民は、気長に怒りを持続させなければならない。
・・・・・・・
 では、どうすればいいのだろうか。
 思うに、基礎年金は、財源を全額税方式にすればよく、二階部分以上は、完全積立の個人勘定にすればいい。基本的には、それで解決すると思う。・・・・・・・
 財源が、何の税金かは、年金問題と切り離して論じるべきだ。何の税金にしたところで、本来、年金保険料として徴収するものを取らずに、税金を取るだけなので、経済全体に対しては「増税」ではない。
 これまで、@税で負担するといっても財源を提示しないのは無責任だ、A取りやすそうなのは現実的には消費税だろう、Bしかし、消費税増税は政治的に不人気だ、という出口の無い議論になることが多かったが、財源は、消費税でも、所得税でもいいし、歳出削減によるのでもいい。手間が掛かって現実的ではないが、所得分配への影響を嫌うなら、当面は、今の年金保険料と同じ額を同じ対象に対して課税する「年金税」でもいいが、格差是正の意味合いからも、単に、現在の一般会計から支出することだけを決めるといい。
・・・・・・・
 基礎年金の財源を全て税金で賄うことにすると、高額納税者の年金に対する負担が増える理屈だから、現在、所得に対してかなり逆進的な徴収となっている国民年金保険料の所得配分に与える影響が、「富」→「貧」の方向に修正される。これは、政治的にも、たぶん、社会的にもいいことではないか。
 また、税金を財源にするのだから、年金保険料の未納問題は存在しなくなり、徴収のコストも節約できる。
 現在、さまざまな事情で加入期間が25年に満たずに年金が受給できないとか、ごく少額しか年金が受給できないといった事情が、むしろ、高齢で、かつ貧しい、本来なら、年金に頼るニーズの大きな人に生じている(多くの年金未納者の将来像だ)。財源を全て税金にすると、未納問題が発生しないわけであるから、このような「年金難民」は発生しない。社会的には、これが最大のメリットだろう。
・・・・・・・
二階部分、三階部分に相当する年金を、確定拠出年金で運用して、将来受け取る形の年金の加入者も存在するなど、日本の年金制度は、相当に複雑だ。
 これは、最終的に、個人の年金勘定の形で統合してしまえばいいのではないだろうか。たとえば、会社員Aさんの年金は、@税で負担されていて高齢になれば受け取れる基礎年金、A(たとえば)積立金に対して国が一定の付利をしてくれる厚生年金、B自分で運用する確定拠出年金、で構成される。AとBは、対象となる資産運用の勘定を税務当局が一元的に管理していて、掛け金の所得控除、運用益への課税の繰り越しなどを、現状通り認める。以前、「年金情報」という専門紙のご意見コラムに書いたことがあるのだが、公務員の三階部分の未裁定部分(新・三階)も、民間と同じように確定拠出年金にするといい。官民同条件になって、年金一元化の趣旨にも沿うし、官と民の人材交流もやりやすくなる筈だ。
 自営業者・・・の場合はどうなるか。@は共通で、AとBを合わせた額を個人型の確定拠出年金に積み立てるような形が普通になるだろうか(現在の確定拠出年金の個人型の自営業バージョンに近い)。・・・・
 二階・三階部分を完全積立方式に移行しようとすると、多額のお金(300兆円以上と聞いたことがある)とが必要で、現実的でない、という議論がよく出てくるのだが、これに関しては、個々人に対して国が債務を認識して、券面が無く、市場性もない、主に年金満期にしか換金できない国債を、個人の勘定に振り込むといい。・・・・国家財政は、現状以上に悪くなるわけではないし、この非市場性国債は実際には途中で売却されることはないから、国債市場を直接的に圧迫する効果は少ないだろう(個人のポートフォリオ選択を通じた国債市場への影響はあるかも知れないが)。
・・・・・・
 会社員のBは、確定拠出年金一本にすると単純だろう・・・・
 企業の人事政策を反映した福利厚生制度に影響が出る可能性もあるが、たとえば、企業が年金を質に取るようにして、長期勤続を奨励するがごとき現在の制度は、年金(免税のメリットがあるのだからが公的な存在だ)が、企業経営のツールに流用されている、といえる状態だ。・・・・
 年金資産が個人単位で管理されると、個人が企業年金を通じて企業に縛り付けられるようなことはない(受給権の保護もハッキリしている)。
・・・年金を理由とした中高年サラリー・パーソンの悲劇が起こる。これらが、完全にポータブル(持ち運び可能)な個人勘定に移行すると、このようなことは、もう起きない。
 Bの部分をどの程度の大きさに設計するかは、税制上の考慮と共に、民間の資産運用業をどの程度の規模に育てようとするかによるだろう。
みなさん おやすみなさい。

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2007/5/25

『社会保険庁の形骸化』と『民間による新しい年金サービス』  

社会保険庁の不祥事がまた表に出ているようです。そもそも社会保険庁はIT化が遅れに遅れている。(いや、官公庁そのものがIT化が遅れに遅れている。)やる気の無い国家公務員が古いITシステムを使って公的年金を維持しようとしても、システム変更のたびに「5000万件の年金納付記録が消える」という不祥事が続出するのは当たり前である。今後も社会保険庁は改革すればするほど 不祥事は続出するでしょう。

日本で急速に少子高齢化が進む21世紀では、社会保険庁の信用は既に失墜しています。社会保険庁「神話」を未だに信じる人のほうが21世紀ではマイナーだと思います。
団塊の世代とて社会保険庁を信じているわけではないのだ。ただ、彼らは信じたいだけなのだ。

今後とも 社会保険庁が「改革もどき」を進めようが進めまいが、後10年もすれば、社会保険庁という「制度」そのものが、すっかり「形骸化」しているでしょう。厚生労働省が いくら『社会保険庁は信じるに値する』と宣伝しても、国民年金脱退者そのものが増えてゆくにつれて、社会保険庁は崩壊せざるを得ない。

さらに、今後日本国内では、転職そのものが一般的なものとなってくるでしょうし、M&Aが活発化すれば、ますます労働人口は流動化してゆく。
やがて現行の厚生年金制度(確定給付型=賦課方式型=世代間扶助型)も雪崩のように『形骸化』してゆくでしょう。

社会保険庁の公的年金の『形骸化』は誰にも止められない。

ところで、確定給付型(国民年金、厚生年金などなど。急速な少子化の中でも給付金だけは一定に保とうとする制度)の社会保険庁の信用が失墜すればするほど、
あるいは、転職やM&Aが増えれば増えるほど、より動きやすい新しい『ポータブルな』年金制度(確定拠出型=積み立て型)へのニーズが高まっている。
大手大企業などでは、ポータブルな日本版401K(確定拠出型=積み立て型)を採用し始めている企業が続出している。
ポータブルな年金制度である日本版401K(確定拠出年金=積み立て型)は、大企業だけがエンジョイできる税制優遇措置だと思い込んでいる 新興の中小零細企業のそこのあなた!
あなたは既に時代遅れになっています!


取り繕ってもつくろっても形骸化してゆく確定給付型の旧態依然とした社会保険庁がなんとか存続している一方で、民間企業による新興中小企業向けの新しい確定拠出年金サービス(より廉価な日本版401K)が誕生している。

IT技術の日進月歩の進化によって、社員30人程度の中小零細企業でも、確定拠出年金(積み立て型年金)制度を大変廉価かつ効率的に提供する会社プライベート・サーブ(株)が 平成18年9月に誕生しています。

プライベート・サーブ(株)の新しい金融サービスによって、中小企業の雇用者および従業員双方とも、日本版401K(確定拠出型年金)の税制上の優遇措置を 大企業並みに目いっぱいエンジョイできるようになったことは画期的だ。
たとえば、従業員100人の会社の場合、このプライベート・サーブの選択制確定拠出サービスを利用すれば、企業側は年間450万円程度の社会保険料負担の軽減になりますし、従業員のほうは一人当たり年間84,000円程度の社会保険料と税金の軽減が可能になります。


さらに、新興・旧興を問わず中小企業経営は 派遣社員に大きく依存しているのが現実ですが、こういった派遣社員の方々こそ、このプライベート・サーブ(株)の新しいサービスを利用したら、旧態依然とした社会保険庁管轄の社会保険料そのももを極力支払うことなく、こういった新しいポータブルな確定拠出年金制度を選択して、より自由な資産設計を最大限エンジョイできると思います。

派遣社員・正社員を問わず 従業員の社会保障費負担増しの増加は、中小企業経営者なら誰でも頭を悩ます課題です。節約できる社会保険料は今すぐ節約して、優遇できる節税は今すぐ節税して、たとえ中小企業でも年金制度をより充実させて、社員の福利厚生を高めましょう。

中小企業経営者のみならず、未だに福利厚生の行き届いていない派遣会社の社長さん!プライベート・サーブ(株)の新サービスは必見です。

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2007/5/23

読書感想を少しだけメモ。(ハーバードMBA留学記について)  

ネット生保立ち上げ日誌の岩瀬大輔氏から 我が夫を通じてハーバードMBA留学記ー資本主義の士官学校にてを献本いただきました。
「まり子さん これもご縁ですので・・・」と岩瀬氏のサイン入りだったのが ちょっぴり嬉しかった貞子です。

ハーバードMBA留学記ー資本主義の士官学校にては、ネット上で読めるハーバード留学記ブログより さらにコンパクトにまとめてあり、外出先でも持ち歩いて、けっこう気楽に読めるようになっている。

この本の定価は、1,800円ですが、この本は18,000円以上の価値がある。いや、180,000円出しても買って読む価値はあると思う。

読者の年代にもよると思いますが、私は外出先でも持ち歩いて、そのつど適当に本を開いた箇所から読むようにしているが、どこを読んでも すこぶる感心させられるし、共感も感じる、この年になって、この本から改めて新しく学ばせてもらう箇所も多いし、改めて私の頭の中の整理整頓もさせてもらっている。

話は飛びますが、私の実家の三姉妹は、どこかしら箱入りで育てられたところがあり(いや、ものすご〜〜っく箱入りだったかもしれない)、三姉妹とも天然のところが強かった。
私の姉などは、20代後半の頃、姉の夫の友人が緑のポルシェに乗って 姉の新婚家庭に訪問してくださったとき、
『カエルみたいな珍しい車ですね。何ていう車ですか?』と、本人に直接ストレートに尋ねて、その知人をこけそうにさせたというツワモノだ。

私も大学卒業と同時に銀行に就職して、ハーバード帰りの先輩が初めて私と同じ部署に転勤していらしたとき、その先輩に、
『ハーバードってアメリカの大学ですか?それは 入るのに難しいのですか?』とストレートに尋ねて、周りで聞いていた職場仲間に大顰蹙を買ったことがある。
ハーバード帰りのその先輩は、ちょっと空(くう)を眺めたけど、とてもにこやかに対応してくださった記憶がある。その先輩には 銀行員時代 手取り足取り いろなことを教えていただいた記憶がある。その先輩は、ユーモアのセンスが抜群で、しょっちゅう笑い上戸の私を涙が出るほど お腹がよじれるほど 笑わせてくださった人だった。

今は 私たちの年代では、金融村でも MBA保持者ははいて捨てるほど増えている。

だた岩瀬氏ほどの人物は、やはり10年に一度出るかで無いかの逸材だと思う。
32歳(?)の若さで、これほどの強い意志と明晰な頭脳と高い志を兼ね備えている人は 滅多に現れるものではない。

彼が帰国と同時に 日本の金融村の大きな組織に入らなかったのは、すこぶる正解だと私は確信している。今の金融村の大組織では、かえって彼ほどの逸材は つぶされてしまう危険がある。即座に企業準備に取り掛かったことは正解だと思う。
実際私たちの時代の都市銀行では、岩瀬氏ほどの逸材ではないにしろ、かなりの優秀なMBA保持者が、せっかく資本主義のメッカ:アメリカで仕込んだ経営手法や知識を身につけて日本へ帰国しても、日本の金融村では彼らの技能を実践に使わせてもらえることなく、スキルを発揮する機会を与えられないまま、狭い村社会に封じ込まれ、そのまま枯れ山水サラリーマンへと根腐れさせられていった人が かなり多かった。

そういった意味でも、岩瀬氏のハーバード時代のブログが、これまた生保界の鬼才:出口治明氏(私のブログでも既に紹介した生命保険入門の著者)
の目に留まったことは、必然である。言い換えたら、出口治明氏と岩瀬大輔氏との出会いは、 出口氏にとっても岩瀬氏にとっても、まさしく必然の『幸運の女神の微笑み』だったと思う。

金融村の20代30代の方は、ハーバードMBA留学記は 是非とも 予定の無い週末などを利用して、じっくり読むことを 私はお勧めします。
40代50代の方は、拾い読み・斜め読みでも構いませんので、とにかく目を通すことをお勧めします。

資本主義の士官学校:ハーバードでは、大変全うなリーダー(経営者)教育がなされている。
そして、岩瀬氏のハーバード留学記は、ミルトンフリードマンの多大な影響を受けた40代の私たちの世代とは、また違う『新しい若い息吹』のような若い新鮮な感性が 至るところに散りばめられている。

重ね重ね申し上げますが、ハーバードMBA留学記は、わずか1,800円だけど、この本は18,000円、いや、180,00円以上の価値ある。

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2007/5/22

目に青葉 聴覚検査と内科問診  

気持ちの良い気候が続いています。
この季節は 私は少女の頃からセロトニン期(ほのぼの暮すだけの日々)が訪れます。

ブログサーフィンしながら『へぇ〜〜〜男の人って1年中難しいことを考えるのが好きなんだなぁ〜〜〜』と感心・敬服しております。
家中の窓をすべて開け放して大掃除していたら、明るい日差しの中で 小学生の頃の聴覚検査を思い出しました。

私たちの小学生の頃は、4月の新学期が始まると 明るい日差しの季節の中でも、暗くて狭い部屋に閉じ込められて、聴覚検査というものを受けました。(今でもあるようですね)
ヘッドホンのようなものを耳に当てて、検査官が『聞こえますか?』と聞き続けてくれる「あれ」です。
子供心に『う〜〜〜ん 聞こえるといえば 聞こえるような気が・・・』
『聞こえないといえば 聞こえないような気も・・・』
と、ぼんやりと惑っていたような気がします。
私は、(やっぱり 思い切って)『聞こえません!』と返事をしてしまう少女でした。
(今だったら『そんなにギリギリまでボリュームを下げられたら とっても聞き辛いですよ!ほとんど聞こえませんよ!』と答えるのでしょうけど、当時の私は まだ10才前でした。)
小学生の頃は、たいてい聴覚検査では、『やや難聴』という検診結果をもらっていた記憶がある貞子です。
今の流行語を言えば『微妙です』と答えればよいのでしょうが、当時にはそのような言葉が流行っていませんでしたし、検査官は『聞こえますか?』しか質問してくれなかったように記憶しています。

検査結果をもらって家に帰ると、父と母が、『あの子やっぱり耳が遠いのかしら?聞き取りテスト(日本語の名著を音読する放送が流れて その放送内容をどれだけ理解できたかテストするもの)の点もひどく悪いし(ただ、私は、聞き取りテストが時間は いつも どういう訳か 窓の外の校庭をぼんやり眺めたくなってしまう子供だっただけなのだが・・)、やっぱり難聴なのかしら・・・あの子 泳ぐの好きだしね〜。』『わしも、子供の頃水泳が大好きで、中耳炎になりすぎて やや難聴らしいから、やっぱりわしに似たのかも知れんな・・・。』などという話を小声で話していたのを、私は隣の部屋ではっきりと聞いてたのを覚えています。
翌日 私は学校を早退かなにかをして、耳鼻咽喉科に連れられて行って 同じような難聴テストを受けたような受けなかったような・・・ここら当たりは記憶が朧(おぼろ)です。
もしかしたら 中耳炎かもしれないということで 塗り薬をもらったような記憶があるようなないような・・・・。



そういえば 大学生になりたての頃 思いっきり冷やした牛乳やアイスクリームやカキ氷のような冷たいものを親の目を盗んで夜中に食べるのが大好き(今でも冷たい牛乳は大好き!)で、時々 お腹が踊るぽんぽこりんに よくなっていました。
母があまりに心配して 消化器系の内科へ私を連れてゆきました。
内科の先生は、私の腹部のさまざまなところをぐっと押して、
『痛いですか?』と尋ねました。
(今だったら『そりゃ〜そんなに強く押したら 少しは痛いですよぉ!』などと返事が出来そうですが)、当時の私はまだ20歳前。
お腹を押されながら
『う〜〜〜ん、痛いような、痛くないような、どっちかなぁ〜〜〜』
『痛くないと言えば 痛くないような気もするけど う〜〜〜ん』と感じながら、万が一のことがあってはいけないと思って、(もしかしたら夜中の暴飲暴食がたたって盲腸になっているかもしれないし・・・などとビクビクしながら)先生の質問全部に『痛いです』と答えてしまった記憶があります。
そしてバリウム検査やらレントゲン検査までしてもらって、検査結果ではどこもおかしいところが発見できなかったのです。
内科の先生が最後に母に伝えたのは『お母さん お嬢さんを甘やかし過ぎです。』ということでした。

大人社会から見ると原因不明の私の腹痛は、三者三様のコミュニケーション不足と表現力の無さと信頼関係の無さから『親の甘やかし過ぎ』という古来よりよく使われる『大人社会が安心する原因』に帰趨していったようです。
そして 翌日から 母の私の食べ物チェックがさらに厳しくなったことは言うまでもない。

おい 麻疹(はしか)にかかった東京の大学生諸君! 夜更かしして暴飲暴食していたら誰でも体調は悪くなるって知ってるか〜〜い??? 春に麻疹(はしか)にかかることなんて ちっとも恥ずかしいことではな〜〜〜〜い。

最近あったこと。
知り合いが喉から胃の部分まで異物感があるということで、総合病院の消化器系で問診を受けました。知り合いから聞くと、問診表は○かバツでしか答えられないようになっていたけど、△を書きたかったところがとても多かったとのこと。
なお、消化器系の異物感の場合は、だいたい9割程度は心因性などなどで原因不明らしく、陽性陰性を問わず腫瘍などの明らかな病気が発見されるケースは1割くらいなのだそうだ。
その話を『へぇ〜〜〜そうなんだぁ〜〜〜。』と喫茶店で紅茶を飲みながら、朝から全身異物感だらけの私は妙に納得して聞いていました。
1月から4月まで かなり根を詰めて とことんブログを書き続け、GW直後に義理の母が倒れて、そのケアにバタバタしていた。母の病気も一山超えて やっとホットした頃、朝目が覚めたら、私は全身が異物感だらけだった。
ゆっくり休んだら 全身の異物感が取れました。

いや〜〜〜この季節は街を歩いていても、自転車に乗っていても(自転車は最近乗っていないから これは人から聞いた話ですが)、車を走らせていても、家の中から風景を眺めているだけでも、気持ちの良い日が続いています。
隣家の庭先では、ミモザが咲き誇っています。

こんなにお日和の良い季節でも オフィスで働いてるお父さん達は偉いと思う。
日本人も 男性でも 一ヶ月休暇とかがもっともっと頻繁に取れるようになったらよいですね。




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2007/5/11

個人事業者の倒産、06年度下期は2倍超す915件に急増Part2  

貸金業の規制強化について、去年2006年9月に、私のブログで触れたとき、貸金業=サラ金(個人事業主ではない、普通の個人の消費者金融)としか受け止められない読者の方がいた。私もちょっと驚きました。
グレーゾーン金利を撤廃したら、多くの中小零細の個人事業主が倒産に追い込まれることは、私の中では 『自明の理』だったのですが、それが『みのもんた型の古い脳』では全く理解されなかった。

たとえば、企業創業時で成長力のある企業ほど、一時的に資金がショートするケースが極めて多いという現実が『みのもんた型の古い脳』の方には、なかなか理解できないようだった。
中小零細の個人事業主の育成とか、成長力のある新産業育成という観点からは、貸金業への規制強化(上限金利の引き下げ)は全くナンセンスどころか、日本経済の活性化には明らかに大きなマイナス要因なのだが、こういったことが『みのもんた型の古い脳』の方は、直感として全く理解できない。
こういった現実に 私個人は気が遠くなりだった。

『商い』は、たとえニッチなニーズでも、当たれば『飽きない』ほど売れるので、『商い』と呼ばれるようになったと 先輩経営者に教わったことがある。
『商い』という言葉は、『飽きない』というが言葉が由来であるという説もあるらしい。

ただし、そういうとき(商売やビジネスが『飽きない』ほど当たったとき)、需要に、新しい『商い』の生産やサービスの提供が追いつかなくなる場合がほとんどだ。
迅速にヒット商品やヒット・サービスの供給拡大のための設備投資や新規雇用を行えば、当然、高い金利であっても貸金業へのニーズは高くなる。
特に成長力のある元気な企業の黎明期や創業時には、つなぎ融資(運転資金)のようなものを始めとして、高い金利であっても貸金業へのニーズは高まる。
企業黎明期では 商売がヒットすればするほど、綱渡りのような資金繰りは実際に幾度も起きるのだ。
こういった現実を鑑みれば、『みのもんた脳』は、少なくとも『日本国内で新しい若い企業を育成して、日本経済の新陳代謝を活発しようとする発想は皆無』の脳である。
半年前、私は暗澹たる気分になった。


そもそも『みのもんた脳』は、『国内の政策や規制の強化で、人が人を救うのには限界が有るという「無力」の発想が無い』。『みのもんた脳』は『ひとりよがりの傲慢脳』なのだ。
一見『弱者へ優しそうな政策』は、時として社会的弱者の人々を窮地へ追い込む要因になる場合が断然多い。 

なお、ここ1年ほど 日本では、TOBやM&Aが活発化し始めているし、今後も活発になるなろう。
私個人はTOBには敵対的も合意的も無いとする立場だ。
どんなTOBもM&Aも、100件あれば100通りの生身の人間ドラマがその裏で展開する。
ブログ界では、TOBやM&Aでは、吸収される側の無能な経営者や やる気の無い社員が一掃されるとの楽観的な見通しが主流のようですが、これも一概には言えない。
ケースバイケースだ。
M&AやTOBが活発化すれば、飲み込まれる側の当事者となった優秀な経営者や前向きの社員だって、社内のごたごたに飽き飽きして、既存の企業から飛び出す場合も実際に沢山散見される。
たとえ少数派でも、吸収される側のガッツある人々は、吸収される側の企業を飛び出して、新しい企業を創業しようとする人々が実際に現れるのも世の常だ。

貸金業の上限金利の規制を強化したことは、 日本の新産業育成・新興企業の育成という観点からも、大変な失政になるし、もう既に大変な失政であったことが判明し始めたわけだ。


ちなみに、アルコールもサラ金もギャンブルも売春も規制を強化すればするほど、そこから 落ちこぼれるごく一部の人々の状況をさらに悪化させ、さらに悲惨なものにするとの池田氏のフリードマン的な考えに、私は激しく同意する。
そもそもこういった貸金業の分野で規制を強化しても、こういった一部の病的(?)な個々人は、やはりサラ金にもアルコールにもギャンブルにも売春にも いつまでも過剰に手を出すだろう。そして 彼ら彼女らは、たいてい こういった新しい法律の救済措置的な改正を知ることもない場合が断然多い。

そういった法改正を知る人々は、少なくとも個人のケースでは、銀行系の10%代の消費者金融の賢い利用法を法改正前から既に知っているはずだ。

ある一定以上の日本国内のごく一部の『病的(?)な依存症的な(?)無知と貧困(?)』を救おうとすれば、それは国内の規制強化的な政策では決して出来ない場合が多い。
そういった人々にこそ、福祉や医療の出番となるだろうし、そこからも零れ落ちる人々は、最終的には宗教しか出る幕が無い人もいるのではないかと、私個人は強く思うこともある。

経済政策で人を救うのには限界がある。
規制を強化して、滅多にいない病的(?)な人々を救おうとすれば、多くのそこそこ勤勉な そこそこ成長力のある個人事業主のチャンスを山ほど失わせてしまう。

誤字脱字誤変換お許しください。
取り合えアップ。
みなさん おやすみなさい。
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2007/5/11

個人事業者の倒産、06年度下期は2倍超す915件に急増Part1  

池田BLogのみのもんた脳のコメント欄で見つけた「日経の4月13日の記事」のご紹介。↓

個人事業者の倒産急増、06年度下期は2倍超す915件
(以下 日経の4月13日のこの記事を 一部抜粋 引用 始まり)

<b>株式会社などの法人格を持たない個人事業者の倒産が急増している。2006年度下期の累計件数は915件で、前年同期比で2倍超となった。零細な個人事業者は、運転資金や設備資金を個人名義で消費者金融から借りているケースも多い。<b><font>貸金業法の改正で消費者金融各社は融資審査を厳しくしており、資金繰りに行き詰まった個人事業者の倒産増が一因とみられる。<b><font>
・・・(中略)・・・今年3月の個人事業者の倒産件数は162件で前年同月比60%増となった。全体の企業倒産の増加率が前年同月比10%前後で推移しているのと対照的に増加が鮮明だ。倒産が急増している背景の一つとみられるのが、貸金業法改正に伴う融資姿勢の厳格化だ。(2007年4月13日 07:02)
<b>
(以上抜粋引用終わり)

再び 池田Blogのみのもんた脳を一部抜粋引用。大変見事なブログ記事ですので、読者の方は是非とも実際に飛んで行ってみ下さい。
なお、《・・・》は私が補足したものです。
(以下 抜粋引用 始まり)
<b><
著者《舛添 要一氏》が「みのもんた」の例としてあげるのが、貸金業法の改正だ。当ブログでも論じたように、上限金利を下げたら貸金業界が崩壊して消費者《特に零細の個人事業主》がかえって困ることはわかっていたのに、みのもんたは(規制強化を主導した)後藤田正純氏をゲストにまねいて、彼を正義の味方とたたえた。

当ブログで紹介してきた進化心理学の言葉を借りると、みのもんたが代表しているのは、感情をつかさどる《みのもんた風の》「古い脳」である。・・・(中略)・・・<font>「高金利をとられる人はかわいそうだ」といった《少女趣味的な》少数の個人に対する同情は強いが、規制強化で市場から弾き出される数百万人の被害を感じることはできない。・・・(中略)・・・

「金利を無理に下げたら資金供給が減る」というのは、経済学ではきわめて初等的な理論だが、「新しい脳」に属す論理的推論を必要とし、多くの人にはそういう機能は発達していない。<font>
(以上 抜粋 引用 終わり)
<b>

なお、池田Blogの過去記事毎日新聞ポピュリズム
は 大変分かりやすかったブログ記事ですので、私のブログでは、もう一度張りなおしておきます。
(以下一部抜粋 引用 始まり)
<b>
もう少しくわしいデータを『TAPALS白書』から補足しておく。消費者金融の債務者は、大手5社だけで1054万人(2005年)。そのうち、実に91%の債務者が20%以上の金利で借りている。業界全体では、債務者はこの1.5倍ぐらいだろうと推定され、中小の金利はほとんど20%以上だから、<font>上限が20%になると1400万人以上が締め出されることになる。このうち3割ぐらいは金利引き下げで救済されると仮定しても、900万人以上が借り入れできなくなるだろう。金融庁の案でさえ、きわめて暴力的な価格統制である。

上限金利の引き下げで、推定900万人以上が借り入れできなるだろうとこことおで、そのうち2006年下半期では、前年投同期比の2倍の以上の個人事業者が倒産に追い込まれたてしまった。<font>
(以上 抜粋 引用 終わり)
<b>

以下 Part2で 私個人の私見を述べます。
(Part2に続く)

誤字脱字誤変換 お許しください。とりあえずアップ。


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2007/5/1

日経株価平均・年初来安値を更新しても一時的なもの。  

今日は4月31日、もとい5月1日です。

外人が日本株を買いに入る前に、三角合併解禁を契機に、一旦は日本株を売ることは充分予測されていたことです。
外人が日本株を買いたいなら、どうせ買うなら 安いほうが良いですから、株価を一旦下げてから日本株を買いたいと外人が考えるのは、大変合理的な判断です。
外人による日本の個人投資家のふるい落としが起きているのです。

もしかしたら 本日以降は、日経株価平均は年初来の安値を更新することも充分予測できます。
個人投資家の方におかれましては、今日この日に狼狽売りをしてしまうのは もったいないです。

アメリカ株が少し下げているようですが、そういった点も、日本の初心者の個人投資家(特にデートレーダー)の狼狽売りの心理的な圧力にするためかもしれません。

アメリカ国内の資産インフレ(株式・資源・不動産インフレ)の圧力は、まだまだ底固いです。
アメリカ発世界同時株安が本日起きることは まず考えられない。
(アメリカ・ドルは 日本円以外には すべてドル安になっていますが、そのせいで、アメリカの輸出産業は大変な好景気に沸いています。)
アメリカの景気は当面底堅いですから、日本株が暴落する理由は 見つからない。


三角合併解禁の5月1日の今日、日経株価平均は大幅安になる可能性は 以前から指摘されていたことですので、なにとぞ個人投資家の方におかれましては、動揺されてることなく狼狽売りはなさりませんように。
これから日本株が大暴落するようなことが起きれば、それは明らかに『短期では絶好の日本株の買い時』でこそあれ、近い将来の日本株大暴落は、狼狽売りの場面では決してありません。

株式市場には魔物がいます。

個人投資家の方におかれましては、当分使い道の無いお金で、買い時や売り時を大きく間違えることなく、決して信用を立てることもなく、長期に最適な分散投資(10年20年30年と長い目で見て、日本のみならず世界中の債券や株式へ投資すること)での資産運用をお願いします。
国家破綻だけを警戒して、外債や外貨や、為替リスクをヘッジしていない海外株式ファンドなどを中心に買い進めてしまった個人投資家の方にとっては、もしかしたら、意外と近い将来 日本株のインデックスを新規に購入するチャンスが来るかもしれません。

じっくりゆっくり着実にお金持ちになりましょう。

『最適の分散投資』と一言で言っても、 何を持って『最適であるか』の判断基準こそが、とてもとても難しいのです。くれぐれも自戒の意味をこめて・・・。
まぁ 『日本も含めて世界中に分散して、為替リスクも資産組み入れでヘッジできていたら』、『だいたい最適』と判断するしかないです。

なお、このブログは私の個人的な見解を示すものです。
資産運用においても投資においても、必ず自己責任(他者の意見は参考にしても 総合的な決断をするのは自分自身ですること)でお願いします。

【追記】今日を4月31日と間違えていました。
一部分かりやすいように表現を変えました。
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