尼将軍:貞子 爆誕!!!?? ブログ「貞子ちゃんの連れ連れ日記」が、有料まぐプレ「資産形成・マクロ経済 de あそぼ♪」の創刊とともに、リニューアル・オープン! 2009年4月末、大不況の入口で、ついに、貞子の進化系モンスター「尼将軍:貞子」爆誕!!!! 「自分だけ貧乏?」「自分たちの世代だけが貧乏くじを引いた??」「明日は今日より貧乏になる???」と感じたとき、悔しさや怒りを覚えるのは、心理学の見地から見ても、「正当」かつ「健全」な感情です。 わたし達や私たちの子供達は、将来も物心ともに豊かに暮らし続けたいと願う「正当な権利」を持っています。 このブログは、15歳の我が娘が大人になる10年20年後の日本経済を見据えて書き綴る日記です。 「持続可能な豊かさを維持してゆくことへの希望」を決して捨てません。 中長期的視野に立った金融・経済・福祉・心理学中心の「戦う母親ライター日記」です。

2006/5/30

東京裁判史観(私たちは本当に侵略戦争をはじめたのか?)  

とりいそぎ 貼り付けておきます。
日本人の歴史認識(歴史における教科書問題)や戦後の戦勝国によって押し付けられた『日本国憲法』などなどにおいて 鋭い読者の方からメールをいただきました。

他の読者の方々にも是非目を通していただきたいブログ記事を発見したので 取り急ぎ張っておきます。櫻井よし子アーカイブ
「 東京裁判史観を根底から覆す新事実を書物から得た米国 日本は『馬の耳に念仏』か? 」

・・・中略・・・米国のブッシュ大統領が最近読んだ本は、毛沢東や周恩来の実像を暴いた『マオ』だそうだ。『ワイルド・スワン』を著したユン・チアン氏が、夫のジョン・ハリデイ氏と十余年の取材を経て共著で世に問うた『マオ』は、全世界でベストセラーとなっている。同書のなかで、これでもかこれでもかと描かれている中国共産党の実態は、中国に対するいかなる幻想も打ち砕くことだろう。・・・・(中略)・・・・

同書では、28年の張作霖爆殺は、日本軍ではなくソ連が日本軍の仕業に見せかけて行ったということが示されている。37年に中国側が起こした盧溝橋事件以降の中国全土への戦火の拡大、いわゆる第二次上海事変は、関東軍の暴走ではなく、周恩来が国民党総統の蔣介石の元に送り込んでいた中国共産党のスパイ、張治中・南京上海総司令部司令官の仕業だったことも書かれている。つまり、戦争を拡大したのは日本軍よりも中国共産党で、背後から支配していたソ連共産党、コミンテルンだったということだ。これこそ、すべて日本が悪いという東京裁判史観を根本から変える有力な新情報だ。


櫻井よし子女史は わたしは ときどき あまりにも超タカ派的なイメージが過ぎて 20行に一行くらいの割合で ひっかかってしまうのです。
が 女史は かなり良いことも沢山言ってらっしゃる方だと思います。
政治や外交の勉強をするには 彼女のアーカイブは最高だと思います。

『高速増殖炉の最高裁判決』への考え方は 貞子と桜井女史の意見が ぴたっと一致していて 私のほうが驚いて腰を抜かしてしまったことがあります。あの超タカ派イメージの強いの櫻井よし子先生と私の考え方がまるっきり同じだったなんて さすがの貞子も名誉なことなのか どう受け止めてよいものやら 一瞬 びびってしまいました。

私も時々『自分って ちょっとタカ派かなぁ???』と感じることもあるのですけどね。

『女系天皇』についての桜井女史の考え方については 私はちょっとナンセンスのような気がした。(桜井先生 ごめんなさい。)
今やほとんどの日本人にとっての天皇家は トキのような天然記念物的存在のようになっていると思う。とにかく私は 天皇家って珍しいから 絶滅させないほうが良いんじゃない?それくらいなら税金は使ってもよいんじゃない?って感覚なのだ。だから『女性天皇』でもよいんじゃない?と 私は思ったのだ。
天皇家は 神道や和歌という文化も継承してくれている。とにかく天然記念物はぜ津マツさせないほうが良いと思う。
宮内庁がよくないなぁ。今の宮内庁は 役人根性丸出しで 小姑根性丸出しで 天皇家を精神的に苦しめて 絶滅に追いやっているような気がするけど 実際見てきたわけじゃないから なんとも言えない。。

【追記】海外サイトから大量のトラックバック・スパムが届くようになりました。 不本意ながら 引き続き 本ブログのトラックバック機能を当面の間停止させていただきます。愛読者の方々には申し訳なく存じます。
コメント欄は引き続き開放します。
 一般の読者の方からのトラックバックは コメント欄にブログアドレスを添付していただけると とても嬉しいです。
お手数ですが 当面 なにとぞよろしくお願いします。





 
0

2006/5/30

国民年金のみならず厚生年金も『ねずみ講』です。  

大変読み辛い表で申し訳ありませんが 下記の表をじっくりご覧下さい。

2000年10月に『社会保障構造のあり方について考える有識者会議』(政府か厚生省か小泉首相か そのあたりの諮問機関です。)が発表した『21世紀に向けての社会保障』の中の図表です。

ただし この図表は1999年に1.34に落ち込んだ出生率が2025年に1.61%に回復すること前提としている。(さらには 賃金上昇率:2.5%、物価上昇率:1.5%、運用利回り:4.0%、と まるっきり実現不可能な条件のもとでの 試算である。これがお役所の仕事なのである。まるっきりプロフェッショナルではないのだ。)


クリックすると元のサイズで表示します
『厚生年金の積み立て不足について』

平たく言えば 私たちサラリーマンが何十年もかけて地道に積み立てて来た厚生年金は 基礎年金部分も含めて 既に 1999年時点で
450兆円使い込まれているのです。

1999年時点で既に私たちサラリーマンの厚生年金の積立金のうち 450兆円もの金額が 高齢者(年金受給者)のために使われてしまっているか 役所の無駄使いに使われてしまっているのです。


そして 現行の厚生年金制度は 少なく見積もっても 1999年時点で 最低530兆円もの債務を持っています。
よほどの掛け金の値上げ(保険料を25.5%にしても到底及ばないとする見方が強い)と よほどの給付金の値上げをしないかぎり 存続はまず不可能なのである。

これを破綻と呼ばずして なんと呼ぶのだろうか?
厚生年金制度においても 国家による『ねずみ講』と呼ばずして なんと呼ぶのだろうか?

国民年金のみならず 基礎年金部分も含めた厚生年金も既に破綻しています。
国民年金のみならず 厚生年金も含めて 『年金清算事業団』の創設を提案します。

(とりあえず アップ 誤変換 誤字脱字 お許しください。)
0

2006/5/30

『国家再生事業団』と『年金清算事業団』の創設の提案  

『そこでPart2・・・再び『国家清算事業団』について』を一部手直しして張りなおして起きます。

景気の良くなりかけている今こそ 銀行や郵政公社に対して 彼らが現在保有している国債をマーケットで売ることを法律的に禁止することが是非とも必要なのです。

すなわち 『銀行や生保や損保 そして郵政公社や特殊法人・年金資金運用基金が保有する国債の50%〜60%は絶対マーケットへ放出させないという法律の制定』、言い換えたら 国債管理政策の徹底を政府は何故しないのか?
(ニート対策や出産手当を検討している場合か?)

さらには 景気の良くなっている今こそ メガバンク2行、 さらに最下位のメガバンクと地銀と郵政公社を合併させたら良いのではないか?
彼ら金融機関が保有する日本国債の60%程度を 向こう8年から10年くらいかけて ゆっくり債権放棄(不良債権処理)していただく。すなわち 行政府による金融機関へのデフォルテである。それで生き延びれなかった銀行は ライブドアのように 申し訳ないが 生態解剖させていただいて 縮小再生していただく。

さらに 今の既に破綻している『ねずみ講』みたいな年金制度を即刻廃止して 『年金清算事業団』を創設する。
国民が今まで支払ってきた年金の掛け金を 国民が65歳を過ぎた時点で 国家が国民へ少しずつ向こう100年かけてでも返済していただく。若者には 世代間扶助を強制しないで若者の自己責任で マイ年金を銀行や証券会社やネットで積み立てる。

マスメディアが第四の権力を辞任するなら なにゆえライブドア事件ばかりをワイドショー的に追いかけるのでろうか?

『不実の不作為』という憲法違反を続けて来た中央官僚の給与も 向こう10年かけて 三分の一にする。特殊法人や財団法人や公益法人も向こう10年かけて数を三分の一にして 給与も三分の一にする。

以上 『国家再生事業団』と『年金清算事業団』の創設の提案である。

銀行と郵政公社と年金システムと官僚の生活を守るために 再び次なるバブル崩壊のとき 活力ある民間人の生活までが 再びボロボロになるのだけは 私は嫌だ。
次なるバブル崩壊の引き金になるのは 金融機関の保有する国債が不良債権化し始めるときである。現に 国債の金利が2.0%近辺に近づいた時点で 日経株価平均は1700円代から1600円前後まで下落している。国内の金融機関が アメリカの住宅バブルの沈静化と原油価格の高騰に震え上がって 日本株式市場から一時撤退。 再び債券市場へ資金を動かしていると見るのが 常識的ではないだろうか。

日本国内でもっとも社会主義がはびこっている暗黒大陸;行政府と 行政府が発行し続ける国債を買い支え続ける一部金融機関のために 私は 討ち死にしたくない。

それと同時に 日本の個人の累進課税と法人税を一気に引き下げて 日本国内の勝ち組個人および勝ち組企業の寄付による『新しい日本のSafety Net(社会保障)』を再構築する。福祉政策に国家が大失敗したのだから 21世紀の福祉は 民間の力でやりとげるのだ。

再生した国家の税収も いくばくかは民間の福祉事務所に寄付していただきましょう。

こういった大英断を断行したら 日本国内の現在進行形の資産インフレは 当分沈静化してしまうだろう。いや向こう10年くらいは かなりのデフレ要因になるかもしれない。
でも わたし達民間は この15年不況でも生き延びたではないか。民間企業の不良債権処理を断行して 私たち全うな民間企業は生き延びたではないか? 厳しい合理化やリストラにもめげずに 日本の全うな民間企業は 蘇ったではないか? 

『国家再生事業団』『年金清算事業団』を創設させて困るのは 無駄使いばかりし続ける国家と政治家と官僚と その無駄使いを支え続けている金融機関くらいである。
『国家再生事業団』『年金清算事業団』と『税制改革』と『新しいSafety Net(福祉制度)』を創設したほうが 我が娘が成人になった頃は 日本は暮しやすくなっているだろう。既に成人した若い人も元気が出るだろう。
行政府や 行政府の肥大化を支え続けた銀行や郵貯のために ねずみ講のようになってしまっている年金制度のために 私たちは何故 税金を払い続けたり お金を預け続けたり 掛け金を払い続けているのだろうか?
0

2006/5/27

みなさん良い週末を♪  

クリックすると元のサイズで表示します



『ごっつええSEED』

『ニュース2』

『中学生で一番多い落書きは・・・(トリビアの泉より)』

おやすみなさい♪


0

2006/5/27

『ウェブ進化論』と『社内の特定の不特定多数』。Part2  

momo-B-LOGueと私との5月26日のコメント欄の会話も張りなおして起きます。
読者の方々にも 議論百出していただきたいものです。

貞子ちゃん
>『社内限定ブログと言うのは ソフトウェア開発に限った話では無いですよね。

実は 愛知圏内でも 数年前に アナログの交換(業務)日誌を作っているトヨタ企業グループ(そこはどちらかというと中堅で やや零細的なところなのですけど)を発見して わたしは すごく感激した記憶があります。
それをネットにしたのが(社内限定の)Blogですよね。
それがいたるところで始まれば すごいことが起きるような気がします。

大企業になればなるほど 組織って縦割りになってしまっています。
さらに 人間って会議では 上司に面と向かって言えなくても 文字だと書けるということも充分ある。会議中は いくら前向きなアイディアでも 人間って なんとなく『その場の流れ』で話せなかったり書けなくても 時間がずれる(しばらく経つ)と話せるとか書けるとか・・・まぁ いろいろですよね。
自主的に話したいことや ささいなアイディアとかも 会議になるまでジッと待っていたら 人間だから 忘れることもありますしね。

こういったものを社内LANで自由に自主的にBlogで記せるようなると すごいことが起きるかもしれない。

さらには 大組織の場合 自主的にやりたい仕事にありつけるまでは 社内転勤をじっと待ってるなんて ナンセンスですしね。

企業が 顧客に対してSNSを提供することも私はかなり可能性を秘めていると思います。たとえば 企業が提供する商品の使い方でも 長年ご愛顧いただいているお客様と 新規のお客様とで情報交換していただく・・・・商品の使い方とかも お客様のほうが熟知している場合が多い時があります。企業の商品の企画者本人が意図していた方向とはまるっきり違う方向で 商品がお客様に利用されている場合もけっこうありますから。。。』


Takahiroさん
『古い組織は縦割りになりがちですが、そこで働いている人はあまり違和感を感じず、「そういうもの」として無意識に受け入れてしまっているような気がします。

ところがちょっとネットに入り込んで、WEBの世界に起こっていることを理解しはじめたとき、強烈に自分の世界との違いを感じるんです。羨望、失望、疎外感、それと自己防衛的な「所詮虚業でしょ」という逃避。

それがBLOGを習慣とすることで、逆に取り込めないかと考えることができるようになりました。

まだSNSの本質もよくわかりませんので、貞子さんのような発想は全く浮かびませんでしたが、なんとなく雰囲気は感じます。

また、「ウェブ進化論」的理念を意思決定ツールとして再定義しようとしてた割には、bolgという枠組みから抜けられなかったということも自己認識しました。機能さえ満足すれば交換日記のようなアナログツールでも成り立つんですね。
ホントに為になります。』


貞子ちゃん
『ただ 交換日誌のような業務日誌は 常時 誰もが手の空いた時間に自由に読めるか』 という点においては Takahiro考案の「社内LAN上のBlogの機能」には及ばないと思います。『社内限定の不特定多数』である『社内LANのBlogによる特定多数』のほうが 社内限定に限って情報をオープンにしたときのほうが 『開発コスト・迅速性・自主性・オープン性・新人の育成』あらゆる面で 効力が上だと思います。

人間って 実は けっこうすごいアイディアなのに 『これって あまりに些細なアイディアかも・・・』などと自分で勝手に思い込んでいる場合もありますし。発言機会の少ない組織の下っ端にいればいるほど こういう傾向は強くなります。私も実際そうでした。
(( 話はそれますが その反対に 組織の上に行けば行くほど 実はたいしたアイディアでもないのに『これって そごいアイディアだ!!!』などと自分で勝手に思い込んでいる場合もあります。(^^;)
こういったものを社内LANで 若手が自由に自主的にBlogで記せるようなると すごいことが起きるかもしれない。

つまり『社内の特定の不特定多数』Blogという考えは 極めて日本文化に根付きやすい。日本国内における組織内の人間開放のための『ウェブ2.0』の利用方法だと思います。だと思います。『社内LANによる特定の不特定多数』Blogは フェアーな自己啓発にもなるし 起動に乗れば 組織の中の若手のフェアーな人事考課の参考にもなるのではないでしょうか。

特に新しい企業で(創業したての企業などなど)でマニュアルを作成するときなどは 社内LANを使った社内不特定多数の参加は すごい効力を発揮するのではないでしょうか。

あるいは 老舗の零細・中小企業などで 社員全体でのPCの導入が遅れているところなどは 交換(業務)日誌に頼らざるを得ないかもしれません。

あるいは社長が どうしても『ためしの社内Blogを社員全員にトライさせてみるか?』と言う提案に どうしても前向きになれない場合に限っては とりあえず 業務交換日誌でも良いと思いますけど・・』  

0

2006/5/27

『ウェブ進化論』と『社内の特定の不特定多数』Part1  

momo-B-LOGueさんから
とても興味深いトラックバックをいただいたのでご紹介。↓
『ウェブ進化論はリアルな世界に通用するか?』

momo-B-LOGueさんは 「『ウェブ2.0』を通じての『不特定多数無限大』」という概念を IT関連企業じゃない大組織においても Blogを利用して 「『社内LAN』に限定した『特定多数』」つまり「社内の不特定多数」による共同作業の可能性にまで 発展させて考えていらっしゃいます。
『ウェブ2.0』は 既存の大企業や大きな組織でも 利用価値が充分あるのではないかと 私も ぼんやりと考えていました。大小を問わず既存の組織の中でも 「不特定多数の自主性による共同作業」が Web2.0で なんとなく 可能じゃないかと私も考えていたのです。が 私は 「『社内LAN』上に限定した『特定多数』による共同作業の可能性」「社内の不特定多数」まで 明確な概念が作り上げられていませんでした。
momo-B-LOGueさん ご苦労様でございます。

以下 momo-B-LOGueさんのブログ記事『ウェブ進化論はリアルな世界に通用するか?』
を一部 抜粋して引用します。 とても興味深い内容が記されていますので 是非とも みなさま 本文へも飛んでみてください。
ハード屋はモノを作ってナンボであり、設計・製造ノウハウは社外と共有することが難しい。そのものが飯のタネであるためだ。シリコンバレーで見られるという討論を持ち込むのはほぼ不可能だろう。会社から訴えられる危険性も高い。
また、アイデアを試すという点において、ソフトウェアのように簡単にできないといところがある。アイデアを盛り込んだ機械要素を試作して試験するにはそれなりに時間とお金が掛かる。そんなものをネット上の不特定多数と共有するなんてもってのほか。製造コストの安いところに技術を与えて自分の首を絞めるのが関の山。
少し考えただけでも「不特定多数」の知恵を拝借する行為は、技術力が高い企業になればなるほどデメリットの方が大きいことがわかる。

ならば、「特定多数」の範囲でならどうだということで、社内LAN上で従業員にblogを提供したらどうなるか。技術開発や製品開発に関するテーマを設定し、最終的にまとめる責任を持つコアメンバーは数名決めるとしても、基本的に社内であれば誰でも各データにアクセス可能で議論にも参加可能にする。社内に点在する個別分野のプロフェッショナルが興味さえあればどんなプロジェクトにも参加できるというシステムは魅力的である。大企業ほど個々の部門単位で動くため専門家も部門ごとに自前で持つことが多い。そのため高い技術をもった人材がいても、その存在を知っているところしかその恩恵に与かれないという無駄が発生する。社内限定での「不特定多数」が参加できる開発システムならば、技術を持った人材が自分から名乗りを上げることができるので、無駄を解消できる可能性が高い。埋もれた人材を発掘できるというメリットもある。
また、このシステムのメリットは、「羽生氏の高速道路論」で紹介されているように、議論の経過を誰でも見ることができることにある。若手技術者は議論の展開を読むことで知識を吸収することが可能になるからだ。

ある程度の規模の企業であれば社内LANは既に整備されているだろうし、blogのシステムを導入するコストはゼロから環境を整備することを考えたら安いもんだろう。何より開発コストを下げることができる、もしくは同一コストで質を上げることができるかもしれないし、若手の技術力向上施策としても働くのならば費用対効果は計り知れない。
・・・・(中略)・・・
他にも考えられるのは、例えば経営方針を「オープンソース」化して社員全員がよってたかって議論するとか、ある計算のためのエクセルシートを「オープンソース」化して、完成度を高める、共有化するなど、細かいことにも適用できる。これらの場合、社内限定での「不特定多数無限大」を期待することになる。
・・・・(中略)・・・・


momo-B-LOGueさんご指摘の『社内の特定の不特定多数』Blogという考えは 極めて日本文化に根付きやすい。日本国内における組織内の人間開放のための『ウェブ2.0』の利用方法だと思います。『社内LANによる特定の不特定多数』Blogは 自己啓発にもなるし 起動に乗れば 組織の中の若手のフェアーな人事考課の参考にもなるのではないでしょうか。

0

2006/5/26

そこでPart2・・・再び『国家清算事業団』について  

景気の良くなりかけている今こそ 銀行や郵政公社に対して 彼らが現在保有している国債をマーケットで売ることを法律的に禁止することが是非とも必要なのです。

すなわち 『銀行や郵政公社や(特殊法人)年金資金運用基金が保有する国債の50%〜60%は絶対マーケットへ放出させないという法律の制定』、言い換えたら 国債管理政策の徹底を政府は何故しないのか?
(ニーと対策や出産手当を検討している場合か?)
あるいは 景気のよくなっている今こそ メガバンク2行、 さらに最下位のメガバンクと地銀と郵政公社を合併させたら良いのではないか?
彼らの保有する日本国債の60%程度を 向こう8年くらいかけて彼らに債権放棄させてゆく。(すなわち 行政府による金融機関へのデフォルテである。)それで生き延びれなかった銀行は ライブドアのように 申し訳ないが 生態解剖させていただく。つまり 縮小再生していただく。

さらに 今の『ねずみ講』みたいな年金制度(既に破綻している)を即刻廃止して 『年金清算事業団』を創設する。
国民が今まで支払ってきた年金の掛け金を 65歳を過ぎた時点で 国家が国民へ少しづつ向こう100年かけてでも返済してゆく。若者には 世代間扶助を強制しないで マイ年金を銀行や証券会社やネットで積み立てる。

マスメディアが第四の権力を辞任するなら なにゆえライブドア事件ばかりをワイドショー的に追いかけるのでろうか?

『不実の不作為』という憲法違反を続けて来た中央官僚の給与も 向こう10年かけて 三分の一にする。特殊法人や財団法人や公益法人も向こう10年かけて数を三分の一にして 給与も三分の一にする。

以上 『国家再生事業団』の創設の提案である。

銀行と郵政公社と年金システムと官僚の生活を守るために 再び次なるバブル崩壊とともに 活力ある民間人の生活までが 再びボロボロになるのだけは 私は嫌だ。

日本国内でもっとも社会主義がはびこっている暗黒大陸;行政府と それを支え続ける一部金融機関のために 私は 討ち死にしたくない。私は貧乏が大嫌いです。

それと同時に 日本の個人の累進課税と法人税を一気に引き下げて 日本国内の勝ち組個人および勝ち組企業の寄付による『新しい日本のSafety Net(社会保障)』を再構築する。福祉政策が国家が失敗したのだから 民間がするのだ。 

こういった大英断を断行したら 一時的な日本国内の資産インフレは当分沈静化してしまうだろう。
しかしながら、こっちのほうが 我が娘が成人になった頃は 日本が暮しやすくなっていると思う。もう成人した若い人も元気が出るだろう。
行政府や 行政府の肥大化を支え続けた銀行や郵貯のために 私たちは何故 税金を払い続けたり お金を預け続けるのだろうか?
(以上 4つのBlog とりいそぎアップ。 誤変換 誤字脱字お許しください。)
0

2006/5/26

Bricsと資源株と代替エネ&エコ・ファンド  

マスメディアが情報操作してるような気がします。『みんなで良い子 良い人でいましょうねぇ〜。良い子だったら 世の中は経済事件や刑事事件で被害者にさえなれば 国家はやさしいのですよ〜〜〜。こんなに世間は危険やリスクでいっぱいだから 国を頼りにしていましょうねぇ〜〜〜。やっぱり大きめな政府も素敵でしょう? 』みたいな方向へ なんとはなしに誘導している。それなのに そういうことをマスメディアが一言も言わない。ますます腹立たしい。

うまくいえないけど 私たちの世代の金融村の人間は 団塊やそれ以上の人々が造った前回のバブルの後始末をしてきた世代。この『サダメ』みたいなものも あきらめてはいます。その役回りも まんざら悪くないかも。。。とね。
が ときどき 腹も立つことがあります。私だって人間です。

藤巻健児さんのプロパガンダが更新されていた。

藤巻健児プロパガンダ
巨額の財政赤字の額を考えると、1980年代後半のバブル時末期のように日銀が金融を急速に引き締めて、ハイパーインフレを抑えるという政策を再度取れるかも疑問である。1980年代後半のバブル時の累積赤字は約200兆円、現在は800兆円。国こそ最大の借金王であり、ハイパーインフレを必要としている状態になっているからである。
ハイパーインフレになるか否かは、今後の政府・日銀の綱渡り的な政策によると思われるが、少なくとも、これだけの過剰流動性が存在すると資産インフレ(株・土地のインフレ)は不可避のように思われる。

1980年代後半のバブル末期の日本の財政赤字がどれくらいだったか 私はどうしても探し出せなかった。グラフの載った本は 神奈川県の知人に貸したまま それが返ってこない。
1980年代後半の日本の財政赤字は約200兆円だったのだ。
藤巻氏の指摘する今現在の日本の財政赤字:約800兆円は財投債なども含むも数値であろうと思われる。(私も 半年使わないで居ると数値の記憶がゆるくなります(^^;
これに地方公共団体の財政赤字を含めれば かるく1,000兆円を超える。さらには 年金制度の隠れ借金は最低でも約500兆円。合計すると日本国の財政赤字は1、500兆円。
(年金制度の隠れ借金は 大きく見積もれば 1,000兆円近いとの試算もある。)

とにかく 今現在の日本の財政赤字は少なく見積もっても約800兆円。
藤巻氏のプロパガンダをもう一度張りなおします。

国こそ最大の借金王であり、ハイパーインフレを必要としている状態になっているからである。
ハイパーインフレになるか否かは、今後の政府・日銀の綱渡り的な政策によると思われる
、少なくとも、これだけの過剰流動性が存在すると資産インフレ(株・土地のインフレ)は不可避のように思われる


日本国内の過剰流動性が日本国内の資産だけに向かうかどうかについては 私はちょっと懐疑的である。
私は 20年単位で ブラジルやインドや中国などの人口大国Bricsにも 夢をかけてみます。
資源国や資源株も伸びるでしょう。そして Bricsや資源国と競うように 代替エネルギーファンドや省エネルギー・環境機器ファンドも世界規模で伸びると思う。代替エネルギーや省エネ・環境機器製造メーカーに 私は20年後の私の夢をかけてみたい。それが中長期の視野に立った世のため人のための息の長い『投資』と言うものだ。
ちなみに ここ急落してしまったインド株の説明については
ここ
ここ




しかしながら、日本国内でバブルが発生しているとするなら 必ず再び到来するであろう次の景気の底(バブルが弾けた後)のことも 政治家や官僚こそは考慮すべきなのである。(続く・・・)

0

2006/5/26

再び『国家の品格』についてPart2  

個人的な話になりますが 私自身も 朝夕 神棚に『自分は不健全で不完全な人間です。ベストの選択は出来ないと思いますが なにとぞ よりベターな選択が出来るように 見守ってください』とひれ伏していますし 交通事故で急逝した義父の仏壇に線香を上げて『我が娘を交通事故から守ってください』と拝んでいます。

私自身 四人兄弟の仲で 一番打てば響く子供だったせいか ノーブルなオブリッジに近いものを父から植え付けられている。悲しいかな それを慈善事業や福祉活動で発揮するほどには お金を儲けられない。(^^;
名古屋で暮していると 未だに丁寧なお辞儀をする人も多く 正直であることが 大事にされる風土が未だに現存しています。
ですから 藤原氏の「国家の品格」の内容が それほど珍しいものでなかったのかも知れません。

一部読者の方から 鋭いご指摘のコメントがありました。『現在日本の民主主義・資本主義、もっといえば社会全体の出発点が戦後戦勝国により創られたものであり』との鋭いご指摘です。これは 現行の日本国憲法の問題でもありです。あるいは 余りにも偏った日本の歴史認識と言うかか・・・このあたりは 私もまだまだ勉強不足ではありますが ときどき目にしたり耳にはしてます。

藤原氏は 「国家の品格」の本文の中で 『戦後GHQにより 旧制中学・旧制高校が廃止された。その結果 日本には 偏差値エリートが育ったけど 真のエリートがいなくなっている』と指摘されています。その箇所は 私も はっとしました。でも藤原氏は エリート養成校を創設する運動はしていない。
かたや 実際愛知県では 将来の日本を真のリーダーを養成すべく 「全寮制・中間一貫教育のエリート養成校」を創設しています。海陽学園です。男子校です。

実際に世の中には 藤原氏がご指摘のように 実際 「主権在民」に値しない卑怯な人々は存在します。一番「主権在民」に値しないような一番卑怯な人々とは 「官僚やマスメディアを始めとする既得権益の一部の方々」なのです。彼らこそが 日本の今の中途半端な「資本主義」と ポピュリズムの段階までしか到達していない日本の「民主主義」を さらに退行させようと「国家の品格」を利用するかもしれません。「国家の品格」は そういうリスクが多すぎます。 
つまりですね 藤原氏は精神論だけなのです。そして精神論は いつの世も両刃の剣なのです。精神論だけだと 空想であり 科学じゃない。

藤原氏は 具体的に 今の日本の資本主義と民主主義の何処をどう変えたいのか 具体的な代替案がない。これって かなり怖いのです。
規制緩和の間隙を縫って起業している人間の妻の一人としては とてもじゃないけど ファシズムに近いものを藤原氏には感じて怖いです。
藤原氏は 数学者だけあって 妙に説得力のある(?)抽象的な表現ばかり。ヒットラーが画家(芸術家)だったことに ちょっとだけ かすってます。おまけに髪形まで似ているような気が。。。。いかん 書きすぎた。。。。すみません。

「国家の品格」は 20ページに一行くらいは良いことを言っている。
ただ 精神論に偏りすぎています。まっすぐで正義感の強い人ほど 「国家の品格」にからめ取られる危険性はあります。

ただ 憲法改正については 私には手に余る作業です。
今のところ私が分かっているのは 規制緩和をする限りにおいて 国民の命に関わる航空業界や建設業界や原子力業界では 理工系出身の優秀な政治家や官僚が 新しく必要だということです。
国民の財産に関わることでしたら 法学部出身ではなく 経済学部出身の閣僚が是非とも必要でしょう。

0

2006/5/26

再び『国家の品格』についてPart1  

あまり真面目に見ていないのですが NHKを始めとするマスメディアを始めとして 一部大学教授や既得権益側からの反撃(情報操作)が すごいって感じです。嫌〜〜〜〜な感じがします。
『国家の品格』の藤原氏は 自分では情報操作している自覚はないと思います。自覚が無い分だけ『困った年寄り』になってしまうんですよね。
私は 『国家の品格』は百害合って一利なしの翌日に 少年犯罪は日本では減っている。(切れやすいのは誰だ!?)』をわざわざ取り上げましたが それは 意図して取り上げたものです。
藤原氏の世代は 統計上は 戦後少年の凶悪犯がもっとも多かった世代です。くれぐれも申し上げますが 藤原氏が凶悪だと言っておりません。藤原氏のお友達が凶悪な人が一人くらいいたのかもしれません。 藤原氏の周囲 すなわち 年代的に58歳から66歳くらいの世代が 一番行儀が悪くて粗暴かつ拝金主義的な人々が多かった世代であるかも知れないということが肝心なのです。日本が戦後一番貧しかった時代を知っている人々です。
だから 「国家の品格」には 『今の日本人の根性を前近代的なもので叩きなおしたい』との精神論がにじみ出ているのです。

さらに 肝心なことは 藤原氏の世代前後の子供達が ニートになっているということ。

『一部の家庭で家庭崩壊があるとしたら 焼け跡派とか団塊の世代の親達の家庭が崩壊しているだけじゃないの???』と私は思うときがあります。
私たちの世代以降は成田離婚が流行りました。私たちの世代は 離婚するなら即効結婚3年以内で離婚しています。こっちのほうがまだ健全で前向きです。

私自身 結婚して東京近郊で暮した時期が長かったのですが 団塊の世代の女性から 『夫がどれくらい身勝手か・・・』という話は良く聞きました。妻を女性として見ていない人が多かった。もちろん個人差はあると思います。
重ね重ね申し上げますが 個人差があると思います。が、家庭内別居や熟年離婚が流行っているのは 焼け跡派から団塊の世代です。
それこそ 『勝手に崩壊してれば?』って感じです。焼け跡派や団塊の世代の親達の家庭崩壊を見て育った若い女性が 結婚や出産をためらっているのかもしれません。
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ