尼将軍:貞子 爆誕!!!?? ブログ「貞子ちゃんの連れ連れ日記」が、有料まぐプレ「資産形成・マクロ経済 de あそぼ♪」の創刊とともに、リニューアル・オープン! 2009年4月末、大不況の入口で、ついに、貞子の進化系モンスター「尼将軍:貞子」爆誕!!!! 「自分だけ貧乏?」「自分たちの世代だけが貧乏くじを引いた??」「明日は今日より貧乏になる???」と感じたとき、悔しさや怒りを覚えるのは、心理学の見地から見ても、「正当」かつ「健全」な感情です。 わたし達や私たちの子供達は、将来も物心ともに豊かに暮らし続けたいと願う「正当な権利」を持っています。 このブログは、15歳の我が娘が大人になる10年20年後の日本経済を見据えて書き綴る日記です。 「持続可能な豊かさを維持してゆくことへの希望」を決して捨てません。 中長期的視野に立った金融・経済・福祉・心理学中心の「戦う母親ライター日記」です。

2005/12/31

喪中につき  

喪中につき 年末年始のご挨拶ご遠慮申し上げます。

本年12月3日 早朝 実母が急逝しました。まだ 一日幾度も亡き母を思い出しては涙してしまう日々が続いております。 

本年中 愛読者の方々から頂きましたご支援および励ましのお言葉の数々 深く感謝いたします。
来年も変わらぬご厚情のほど よろしくお願い申し上げます。

                         12月31日      貞子

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2005/12/27

植草氏は元気を取り戻した(小泉劇場のシナリオ)  

今年の夏の選挙で圧勝した小泉首相の『1年で退陣する』決意表明は そのまま受け止めたら 選挙民にとっては『権力に執着はない潔い首相』と勘違いしてしまいそうだ。

しかしながら 元早稲田大学教授の植草氏が指摘している下記のような考え方(シナリオ)も有りかと思うと この不可解な『1年後には退陣』表明も 何から何まで謎が 解けてしまう。やはり小泉劇場には壮大な仕掛けが隠されているのだろうか。

『今週の金融市場展望(2005年12月20日)』(植草一秀コラム)

(以下 抜粋 始まり)
2007年度の消費税増税については、谷垣財務相と与謝野経財相が積極発言を続けていた。これに対して、竹中総務相と中川自民党政調会長が「増税よりも歳出削減の優先」を主張して、意見対立があるかのような報道がなされていた。
 筆者がこれまで記述してきたように、これは見え透いた「三文芝居」である。両者の意見対立があるなかで、最終的に小泉首相が登場して「増税よりも歳出削減の優先」の裁定を下して、それ以後増税論議を封印する。封印の期限は2007年7月の参議院選挙である。参議院選挙後に増税論議を解禁し、一気に税率引上げを決定して、2008年4月に実施する。衆議院の解散総選挙を2009年まで先送りすれば、忘れやすい日本人のことだから、総選挙で大敗せずに済む。
 このようなシナリオが用意されていることは明らかである。それでも2007年7月の参議院選挙は自民党が敗北する可能性が高い。敗北の程度によっては新しい首相の責任問題が浮上する。小泉首相は、参議院選挙を新総理に適度に敗北してもらい、自分が首相に再登板するシナリオを思い描いている可能性もある。
(以上 抜粋 終わり)

民主主義が根付いていないところもあって 日本人は政治には飽きっぽい。小泉人気も あっと驚くドラマが続かないと ジリ貧になってしまうかもしれない。

小泉首相が潔く退陣した後は 後任の人事では 自民党内には役者が揃っていない。自民党主導の改革も急速には進まないであろう。

2008年の消費税の値上げを引き金にして 自民党の支持率が急速に低下するだろう。
あるいは2008年の消費税値上げは 小泉主導でければ実施できないと見る向きもあるだろう。

植草氏が指摘するように 潔く退陣した形を取った小泉首相が『再登板』するというシナリオも 起こりうるかもしれない。(既に シナリオは描かれているかもしれない。)


(以下 もう一度 植草コラムを一部抜粋 始まり)

12月19日(月)に小泉首相の「2007年度の消費税増税見送り」のコメントが発表された。予想通りの展開である。このような見え透いた三文芝居を国民は見抜いてゆかなければならない。歳出削減は重要だが、もっと重要なことは、どのような順序で歳出を削減してゆくのかである。

 総選挙後の政策上の最大の焦点は、政府系金融機関改革において「天下り全面禁止」を決定するのかどうかである。老人医療費の自己負担の激増が決定された。「障害者支援削減法」が実体上の内容である「障害者自立支援法」が成立して、障害者に過酷な自己負担が強制されることになった。その一方で官僚利権の最大の温床である「天下り」の全面禁止は決定しないのであろうか。
 「天下り全面禁止」を決定しないならば、その瞬間に「小泉改革はまやかし」の仮説が「真」であることが客観的に立証される。
(以上 抜粋 終わり)

なお ライブドアJPニュースに「私は無実潔白だ」植草一秀氏 リンク集
として 『ミラーマン』事件に関する本人へのインタビュー記事が掲載されている。
真偽のほどはこっちにおいておいても かなりリアルなインタビュー記事。
時の司法と行政との間で何がしかの取引が行われていたら 『冤罪』だって起こりうるのだろう。
『出る杭』が根こそぎ引っこ抜かれてゆくリアルなプロセスとして このインタビュー記事は 一読をお勧め。.


  



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2005/12/26

一番かかわりたくない事件Part2(非破壊検査の勧め?)  

『闇』の部分の話はこれくらいにして・・・・次は極めて単純な話。

@銀行員がアメリカの銀行員並みにモラルを守って『個人がマイホームを購入するときは 年収の三倍以内の与信しか与えない』みたいな話を始めたら ただでさえ不景気な日本の住宅建設業界は とんでもない構造大不況業種になり下がってしまうだろう。これも癒着なのかなぁ?それとも顧客の立場に立たない行員の思考停止の問題なのか。

A既存の住宅用マンションの耐震構造はどれくらい大丈夫なのかって話が持ちきりだけど・・・実は簡単に調べる方法はある。
一般の建築物や大きなプラント(化学プラントや原子力発電所や火力発電所などなど)で多用されている非破壊検査と言うものがある。日揮エンジニアリング(株)や旭化成エンジニアリング(株)などが得意とする分野。
非破壊検査とは かいつまんで言えば 医療などの分野で私たちが利用しているX線や超音波や電磁波を使って 身体にメスを居れずに 身体の内部を検査する方法(レントゲンや超音波診断装置やCTスキャンなどなど)を建築物に応用した検査方法。
実際に高温高圧の大きなプラントでは 耐震構造の検査のみならず いろいろな機器の損傷具合を定期的に検査する義務が法制化されている。(見た目には きれいな配管でも 内部から腐食している場合だってある。)この検査に使われるのが 非破壊検査。プラントを壊すことなく X線や超音波や電磁波を使って プラント内部の構造(損傷具合)を検査しているのだ。
産業用の非破壊検査方法を 日本の住宅用建造物(つまりマンション)で ちょこちょこって使ってみたら いとも容易に一発で そのマンションが手抜き工事かどうか(H型鋼や鉄筋が異常に少ないかどうか) すぐ分かるはず。比較的安い値段で現状が日本の住宅あるいは建設問題が いとも簡単に一発で把握できる訳です。
しかしながら 主要都市のマンションを無差別に1000件くらい選出して この非破壊検査を全国規模で実施したら 今の世の中がひっくり返ってしまうだろう。((まっとうな仕事をしている建設会社は すごく少数派になるかもしれない。ホテルのみならず 箱物行政の建築物にも 手抜きが見つかるかもしれない。))
たぶん 国土庁からは 全国レベルで建造物に対する非破壊検査の動きを 始める訳がないと思う。非破壊検査は1980年代初頭にはほとんど確立している技術なのだが この技術をを民間用の鉄筋コンクリート住宅検査に応用しようなどという良心的な動きを私は一度も聞いたことがない。高速道路の橋げたが崩れた阪神大震災のときも聞かなかった。
プラント・エンジニアの人は 今回のヒューザー&姉葉事件をどのように感じて見ているのだろうか。

B今回の姉葉事件で マンションでも価格破壊が始まったと勘違いした普通の人が居ても やはり不思議ではない。
で 私も 建築建材の価格の推移は先週ちょっとだけ調べたのですが・・・・
鋼材(鉄筋やH型鋼など)の建築用資材の価格は ここ数年値上がり傾向である。しかしながら コンクリートとセメンは値下がり傾向。一般の建設資材はほとんど横ばい。全体として見ると ここ2年くらいで建築資材の値下がり傾向は止まって 2年前から値上がり始めている。

建設不況の割には不自然に価格硬直性が存在していた。
まぁ こういった素材産業は古い体質だから カルテルを結んでいて 必ず一斉足並み揃えて減産を実施しているのだろう。価格崩壊するのを回避しているのだと思う。古い業界の体質そのものなのだ。これも公正取引委員会なども こういった限りなくカルテル的な動きに慣れっこになってしまって つい大目にみてしまうのが日本の慣行なのだろう。建設資材の価格については 興味を感じた人は グーグルで検索してみてください。
(一部緩和され始めたとは言え 規制でほとんど100%守られている建築業界・金融業界・通信・放送業界はどこも似たような体質だと思う。)
消費者に より良いものを安く提供しようとしたら 長い目で見たら 規制は緩和したほうがよいに決まっている。
アスベスト問題も化学物質過敏症の問題も 政府と癒着した建設業界の体質そのものだといっても過言ではないのだ。
(庭付き一戸建てだって 似たようなことは言えるだろう。)

値段ばかりが高い日本の危険な(?)住宅を それでもあなたは年収の4倍も5倍も6倍もローンを組んで購入したいと思う?
既得権益の皆様の暮らしを借金してまで応援したい人は 高いローンを組んで マイホームを購入しでください。

規制でほとんど守られることのなかった日本の電機業界(半導体も含む)や自動車業界や
アニメなどのソフト業界などは 世界でも通用するりっぱな産業に育っている。私たちの暮らしを豊かにもしてくれているのだ。

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2005/12/26

一番かかわりあいたくない事件・建設・銀行・政界の癒着1  

ブログを始めて これくらい関わりあいたくない事件は初めてだったので・・・
適当に流して話題を変えようと思ってたのですが。

コメント欄では比較的早い時期に 『この事件は根が深いですね』というような話をちらっとしたけど 後はメールで確認しあっただけで 掘り下げる気持ちは私には無かった。

で ブログサーフィンしてても たいていのブロガーは 切り込むとしても 数行程度だったので それはそれで身の安全が欲しかったら あまり切り込めないのも 当たり前の話かなぁ〜 普通は書けないよねと思う。

私だって 今日のブログを記すのに かなりドキドキ手が震えてしまう・・・・。(怖)

姉葉事件で 私が一番最初に『あ!あの時と同じ構図だ!』と連想した事件が住友銀行名古屋支店長射殺事件と民主党石井紘基刺殺事件だった。
ちなみに 今回の耐震構造偽造問題で 過去の根っこがかなり似ている事件を上手にまとめているのが このブログ↓
『だから、姉歯氏の命が危ないってば!』


ちなみに 住友銀行名古屋支店長射殺事件と石井紘基刺殺事件について詳しく触れているも記事は 下記のとおり。
住友銀行名古屋支店長射殺事件(佐高 信)
知りすぎた政治家・民主党石井紘基刺殺事件

(ちなみに 私は佐高 信の表現方法は大嫌いだ。)

銀行が自らの手で不良債権を処理しようとしていた1990年代前半は けっこう乱射事件が続出した記憶があって 私は当時 戦前の226事件を思い起こしたりもした。日本がよくない方向へ行ってしまうと思った。

一度 銀行内に身をおいて働いてみたら 銀行は不景気になれば金利を下げてもらって商品(貸出金利)の卸値を下げてもらうという構造は1980年代から現存していたし 銀行員は当時の与党のご機嫌は絶対損ねない構造になっていた。みずほコーポレートファイナンスが誕生したのも どう考えても政治(与党)の力である。

一方 住友銀行名古屋支店長が なぜ裏社会の人に射殺されたかは すぐ ぴんと来てしまう。
不動産や建設業と政界と銀行と(裏社会)が癒着しているのは私の中では『常識』だったから わざわざブログで記すほどのものではないとも思ってた。と言うか あえて ブログで記すのは かなり勇気が必要。けっこう怖い。怖すぎだ。 

銀行員そのものが直接ダイレクトに裏社会と繋がっているわけではない。しかしながら 直接銀行が手を下す大規模土地開発になればなるほど 大きなお金が動くし 大きなお金が動けば 何故か『現生』という現金が動くのが建設業界の『慣習』らしい。(実は マンションの長期修繕などの小さなお金が動くだけで贈収賄がする横行するのが建設業界の現実です。)大規模になればなるほど 地上げには大変な労力が必要だし すると 立ち退かない人々には なにがしかの不法な行為をして 震え上がってもらわなければならない場合も少なくない。 すれば どうしても裏社会の方々とのお付き合いはそこそこには必要になってしまうのらしい。
こういった大規模開発でなくても 例えば 大手銀行はファイナンスの子会社を沢山持っているわけで・・・・小口のリスキーなファイナンス事業は小口の不動産が絡むことも多く 地上げとか債券取りたて屋とかなり親密に繋がっていて 地上げ屋や債券の取立て屋は裏社会と密着している(らしい)。

そういえば 道路公団元総裁の藤井氏が道路公団の裏帳簿が存在するか否かについて追いめられた時 『私は殺される!』と叫んでしまった事件も記憶に新しい。
TVを見ながら 私は『あぁ〜〜〜〜ぁぁぁあ 言っちゃった!』と つぶやいてしまった。

ただ 私は 裏社会を撲滅したほうがよいという立場には立っていない。裏社会の全く無い世の中と言うものを望むのは まず不可能ではないだろうか。私たちの心の中に『すこぶる弱いものを排斥する』という(虐めや差別の)心理が無くなるって言うのは無理だと思う。すると かならず ひどく落ちこぼれる人々と言うのが世の中には存在する。裏社会は ある意味 健全に機能すれば『犯罪予備軍の人々を凶悪な犯罪に走らせることなく救い取る』という『機能』は厳然と持っていると思う。裏社会への資金ルートを何が何でも撲滅するって発想は ちょっと無理があると私は思う。

しかしながら 裏社会と表社会とが線引きをして『取り決めて』『もたれあう』のは せめて警察くらいにして欲しいような気が私はするのだ。

ちなみに 裏社会と密着している(らしい)元消費者金融系の個人ローンと提携する大手都市銀行は知ってか知らずか今現在も続出している。

『癒着』の部分の話はこれくらいにして・・・・次は極めて単純なテクニカルな話。(Part2に続く)





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2005/12/19

みずほ証券のジェイコム株の誤発注について  

みずほって聞くと 『あ!自称エリート(自称だけだけど)の人たちの「あまり」の人たちが集まっているところだ!』という強烈なイメージがありすぎて・・・・。

何て言ったって 第一勧銀と富士銀行と日本興業銀行とが合併して出来たのが『みずほ銀行』です。富士銀行といえば 芙蓉グループの代表格でした。芙蓉といえば 一時 傾きかけた日産自動車がメインバンクでした。
第一勧銀は 図体だけが大きくて まったくカラーのない銀行で 歌手『オグラ啓』が歌手の副業の片手間に部長職を勤めたので有名な銀行だったのではなかったでしょうか。
日本興業銀行は 最後のほうは威張るのだけが一番上手な銀行で なんつーか 東大生の「あまり」の人々が集まっているって感じです。一応東大出たけど 官僚も弁護士にもなれなくって それでも 官僚みたいに振舞いたい人々が集まってしまったというイメージが強烈。

数年前 銀行が斜陽だってことで 大同団結して 『みずほ』が誕生。
従業員の人数が多すぎて 竹中金融担当大臣をして『みずほは 大き過ぎて つぶせない』と言わせしめた方々です。
わたしも 『みずほ』の『武士は食わねど高楊枝』的なスタンスを見てると あそこをつぶしちゃったら 他で食べてゆけるのだろうか・・・と率直な疑問は感じる。

とある経営コンサルタント会社が紹介する 海外の機関投資家(本syはルクセンブルク)のプレゼンテーションの翻訳に私もアルバイトがてら携わったことがあるのですが そこの女性経営コンサルタントの女性社長さんからよく聞いた話。
『興銀さんは ちょろいんです。ちょっと自尊心をくすぐるような専門用語を突き放したようにあやつったら すぐ買ってくれるの。』『ちゃんと翻訳したら駄目なの。分かりやすく翻訳すると 権威を感じないの。』
彼女の口癖は 『銀行員は み〜〜んな おばかなの。』
で その女性の経営者とランチしていると 彼女の携帯電話は鳴りっぱなしでした。
日本経済がドン底の頃 みずほ系の大の大人の銀行員さんから ひっきりなしに指示を仰ぐ電話で彼女の携帯は鳴りっぱなしでした。どうやら彼女を『巫女』のように感じている大人が実際に存在するらしいから不思議でした。自分のことが自分で決めれないみたいでした。信じられないけど本当の話。
(付け加えると 彼女自身も 50%程度の高金利・ハイパーインフレ期待論者。)

業界では みずほが誕生すると聞いて 本当に誕生できるのか・・・それこそ 流れて みずほは みず子になってしまうのではないか との噂も流れましたが 政府がみずほを潰す(つぶす)はずがありません。
みずほ銀行は 誕生するや否や 即 ATMのシステムの異常が取りざたされてました。みずほらしいです。さもありなんと妙に納得した私でした。

みずほから枝分かれした『みずほ証券』が何をしでかしても不思議ではない。

ちなみに 銀行では外国為替市場では 昔から行員の入力ミスは たま〜〜に起きるで事件で とりたてて珍しい事件でもないです。
『2万ドルを120円』を『120万ドルを2円』と誤発注する行員は 本人を見れば いかにも そういうことをしでかしそうな ぼけ〜〜っとした人です。
一応プロなんですから 基本の基本なんですけど その基本を いかにも間違えそうな人と言うのが この世の中には存在するわけで。だからと言って 事故が起きたら それは本人と会社の責任でした。

だからさ〜〜みずほは みずほなんだから 慣れない証券業務に乗り出すこと無いと思うんだけど・・・・。他の人がしていることを み〜〜んなしたがるって 子供みたいなのよね。自分が出来ないことを知っていることも大人の条件なのだけど。。。

今回の事件で みずほ証券がこうむった被害は 270億円。
HPを見ると みずほ証券の年間の営業利益は400億円前後。これくらいの経常利益を出している健全な企業なら 一私企業として 特別損失として辛抱できない金額ではない。それとも この経常利益そのものが また(まだ)粉飾なのであろうか。みずほだったら やりかねないと ちょっとだけ勘ぐってしまう私である。(というわけで 『出来る女性』さんのところへもトラックバックしとこ〜♪)

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2005/12/17

Part3 ヘッジファンドLTCMの破綻  

日本では 派手に立ち回って派手な利益を上げるアメリカのヘッジファンドのほうが 地味だけど堅実な運用成績を示してきた投資銀行(インベストメント・バンク)より 先に有名になってしまったようである。

ヘッジファンドであるLTCM(Long Term Capital Management)は1994年に立ちあがった。
後にノーベル経済学賞を受賞した二人の学者((当時 行動ファイナンス理論の頂点に立ったロバート・C・マートン教授とマイロン・ショールズ教授は「金融派生商品(デリバティブ)価格決定の新手法(a new method to determine the value of derivatives)」で1997年にノーベル賞を受賞))もFRb副議長も(ニューヨーク連銀だったかな?) 経営陣に加わっていた。

発足と同時に12億5千万ドルもの資金がLTCMには集まる。1996年春までに資産額は1400億ドルに達していた。(ヘッジファンドとしては あまりにも大きすぎる金額である!)しかし破綻はすぐにやってきた。ロシア危機に端を発して 1998年にLTCMは破綻してゆく。

先日私が紹介したバンカード・インベストメントやフィデリティなどの投資会社は 広く浅く多くの人々から資金を公募して 結果として巨額の資産をいくつかのファンドで運用するのが一般的である。ちなみに これらのファンドを複数組み合わせて(こうすることで さらにリスクは軽減される場合が多い)運用するファンドを『ファンド オブ ファンド』と呼び 個人投資家(初心者)向けであるとされている。

これに対して ヘッジファンドは 私募債的な要素が大きく 一人当たり1億円以上の大口の顧客が100人集まればファンドとして立ち上がることは可能。ヘッジファンドは 全体としては比較的小額の資金を『投機的』に運用して よりハイリスク・ハイリターンの運用を目指す。ヘッジファンドは 一般的に 金融派生商品(デリバティブ)を駆使して 信用をてこに(高レバレッジ)で 高い運用益を目指す場合が多い。

では ここまで注意深く行動ファイナンス理論と確率論を駆使して運用していたLTCMは なぜ破綻してしまったのでしょうか。

LTCMは多額の利益を上げて その結果ポジションが大きくなった時点で 儲かった学を投資家に返してポジションを小さく戻そうとしたのでした。しかし 投資家はLTCMを崇め奉り 利益の配当を受け取ることを拒否してし、それどころか さらに大きなお金を預けて LTCMに運用を頼もうとしたのでした。LTCMは さすがに 新たな資金を受け取りませんでした。しかしながら LTCMは 投資家の勢いに押されて 投資家への利益の配当を見送ってしまったのです。 そのまま 大きなポジションのままで運用を続けてしまったのでした。LTCMは妥協してしまったのです。その結果 大きくなりすぎたLTCMのポジションは さまざまな臨界リスクをはらみ ロシア危機をいう『当時の経営陣の金融理論と確率論』だけでは図り切れない想定外のリスクをきっかけに なだれのように破綻してしまったのです。(ここまで書いてきて 村上ファンドを連想する私は 偏屈だろうか。)

ただ 注目すべきは LTCM破綻をきっかけに 世界の金融市場は混乱しかけるのですが アメリカのFRBやニューヨーク連銀が 機動的に公的資金を導入して LTCMの救済に迅速に動いたことは注目すべきだと思います。この救済には 賛否両論あるでしょうが 少なくともアメリカ政府が なにがあっても『アメリカの株式市場主義は守り通す』という はっきりとした強い意志とはっきりとしたスタンスを示したことは もっともっと評価されるに値すると私は思います。(それに比べると 日本の政府は 『日本型社会主義を守り抜こうとする』 あいまいな意思とスタンスが垣間見られます。)

と言うわけで 日本国内の株も買ってしまったし ほとんど狼狽買いに近い形でしたけど外貨も債券でダイレクトに買ってしまったし トピックスや日本国内の輸出関連企業の投資信託も2年前には始めているし 超安全運用の国内債券中心の投資信託もしているし 後はこつこつ 外貨建てMMFの押し目買いと 最近は日本を含む世界中の株式市場を中心に運用する『ファンド・オブ・ファンド』を ファンド積み立て(月々2万円の自動口座引き落とし)を利用して始めている貞子からの報告でした。(おい こら!貞ちゃん!順番が逆だ!?)
けっこう15年市場に居座って一切売ることなく買い続けたら(これをアメリカでは個人投資家の『バイ アンド ホールド』形式と呼ぶらしい) 私もやっと長期分散のポートフォリオ形成がなんとか出来るようになっている!

身銭を切って授業料を払った私個人の口座の運用成績よりも 私が投資の『基本の基本』を私なりに理解してから始めた娘の口座の運用成績のほうがはるかに高いのは 言うまでもない。



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2005/12/16

「長期」「分散」「最適」で考える世界一シンプルな投資法Part2  

『「長期」「分散」「最適」で考える世界一シンプルな投資法』の第一章 『米国投資教育から学ぶ最新資産形成プラン』は バンカードグループが米国個人投資家向けに提供している投資教育の教材を 日米の違いなどを比較しながら 原典に充実に翻訳したものです。米国の個人投資家の金融リテラシーを知ると同時に 日本の個人投資家のこれからの資産教育に役立つ情報が盛り込まれています。

特に第一章の『違った思い込み8つ』は はっと我に返らせてくれる。

『間違った思い込み8』

1、『ただでさえギリギリの生活なんだ。貯蓄を増やせと言われても もっと給料が増えてくれなきゃ出来ないよ』

2、『投資でお金を増やすには 運用成績が一番いい ミューチュアル・ファンドを 時間をかけて探さなければならない』

3、『マイクロソフトみたいに将来大化け(おおばけ)する銘柄を見つけられなきゃ、高い投資成果は期待できないよ』

4、『どのファンドにするかって?決まっているじゃないか。去年の運用成績が一番高かったファンドだよ。』

5、『定年退職後の貯蓄なんて、14〜15年もあれば充分だよ』

6、『これ以上の貯蓄なんて無理。財布の中は空っぽだよ』

7、『インフレが収まっていると聞いている。何でも、ここ数年間はインフレ率は3%を下回っているそうじゃないか』

8、『投資でお金を増やすには、最高のミューチュアル・ファンドを時間をかけて探さなければならない』
(1と6 2と8が ダブっているのは よくある勘違いのせいで 念を押しているのだと思います。)
1〜8まではアメリカの個人投資家の初心者の間でも良くある『勘違い』『間違った思い込み』のようです。
では どうするのがよいかは 本文に明快に記してあります。このブログで 正しい答えを記すには 出版されたばっかりの本の著作権違法になるような気がするので 今夜はここまで。

(((ミューチュアル・ファンド:アメリカにおけるオープンファンド(追加型)の「会社型」投資信託を指します。日本の一般的な投資信託はオープンエンドの「契約型」に分類されるため 厳密には同一の商品とは言えませんが 日本の投資信託と同様に 複数の投資家から資金を集め 株式や債券等に投資する金融商品です。)))

私は 立場上 ときどき『何か儲かる話があったら教えてね』とか『これからは何がよいの?』とか聞かれることがある。そういう質問が無いだけでも アメリカって国は 投資に関しては かなり先進国といえると思う。







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2005/12/15

「長期」「分散」「最適」で考える世界一シンプルな投資法Part1  

『「長期」「分散」「最適」で考える世界一シンプルな投資法』という本が12月1日に 『これからの資産形成を考える会』から出版されたのはご存知でしょうか。

ちなみに『これからの資産を考える会』とは    (以下 抜粋始まり)
日本において個人に対する投資教育がほとんど提供されておらず 個人投資家は投資の判断をするための有益な知識を得る手段がないというのが実情です。また日本人の根底にはおカネは卑しいという意識が文化的背景としてあり これもまた健全な金銭教育を妨げる要因となっています。
このような状況において 日本の個人投資家に正しい考え方が学べる機会を提供するため 金融機関の側ではなく個人投資家の側に立った研究会が設立され 議論を重ねてきました。『これからの資産を形成を考える会』は バンカード・インベストメント・ジャパン、トヨタ・ファイナンシャル・サービス、マネックス証券、そして講談社の4社で構成され 個人投資家への啓蒙活動を開始することになりました。その第一弾が本書です。
                               (以上抜粋終わり)
とのこと。

ちなみに私がここ数年良く利用しているネット証券は↓
トヨタFS証券

バンカード・インベストメントは 『個人投資家の方向を見ていない』とのことで野村證券とは一切取引をしない。 ファンド・オブ・ファンド(複数のファンド(投資信託)を組み合わせてたファンド)を日本に卸している全米最大のインベストメント(投資)会社として有名。

バンカード・グループ会長兼CEO ジョン・J・ブレナン氏の『「長期」「分散」「最適」で考える世界一シンプルな投資法』での巻頭言を一部抜粋してご紹介。(以下 抜粋 始まり)
「ある日のことです。
バンガードで多額の資産を運用していた年長の知人から、
取引の手続きを手伝ってほしいと頼まれました。娘さんの口座で運用していた貯蓄の一部を銀行口座に移し、
娘さんの住宅購入資金に充てたいということでした。そこで口座の明細を見せてもらったのですが、私は驚いてしまいました。
まだ20代後半の彼女の口座には、10万ドルを超えるお金が入っていたからです。
目を丸くしている私を見た知人は、平然とこう言いました――ああ、それは娘が生まれたときから毎月50ドルずつ、
彼女の名義でバンガードの株式ファンドに投資してきたものなのだ。毎月少しずつ、慎重にリスクを取りながら30年近く投資するとこんな大きな額に育ちうるという事実に、私はただ感心するばかりでした。貯蓄と投資がもたらしてくれる利益の大きさをこれほどはっきり見せつけられたことは、それまで一度もなかったのです」。
                                        (以上 抜粋 終わり)

なお この本の読者サイトももう既に立ち上がっている。
読者サイト「お金の泉」
ただし ログインするには IDとパスワードが必要。パスワードはこの本1,500円を購入しないと 貰えない様になっている。

20年前に 私がこの本に出会っていたら 私の人生ももう少し違っていただろう。
お金の使い方も貯め方も増やし方も ほとんど身銭を切って 体で覚えるしかなかった時代に育った私としては 素肌感覚で この本は 『すごい!』と思う。平易な言葉だけで書かれている。内容は いたってシンプルだけど 極めて本当のことである。
基礎物理学が大好きだった私としては 『真実』と言うものは極めてシンプルであるという実感がある(統一場理論はどうなったかなぁ〜。)が 社会科学の基礎も同じようなことが言える時代になったのだろうか。 

本書の『間違った思い込み』シリーズは とてもとても実感として納得します。 個人投資家の人には大変参考になります。ご紹介は後日改めて。PCが不具合のため 今日の更新はここまでです。



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2005/12/12

なぜか早く大人になりたくって焦っていたあの頃Part2  

32歳を境に毎日始めたことがある。

自分の評価くらいは自分でしようと決めた。

足りることを知ること 手持ちのものを愛おしく実感する日々を習慣つけた。
朝起きて まだ命があることへの感謝。風邪を引かなかったら 風邪を引かなかったことへの感謝。疲れていたら きっちり休めることへの感謝。(今なら親子三人健康に暮らしていられる感謝。)
そして眠る前には お布団の中で自分で自分へ毎晩言い聞かせるようにしている。『今日一日 これくらいしか頑張ればなかったけど』 こんなにも頑張った自分へ『偉かったね 今日は頑張ったね』と言葉をかけてやっている。疲れてあまり働けなかった日は『それで充分なのよ。充分 充分。ちゃんと休んで偉かったね』と自分で自分をほめてやっている。実際 頭か体が疲れすぎたときは 半日ぼけ〜〜っとしていても 平気で居られるようになるのも修行だった。半日ボケ〜〜〜としても自己嫌悪に陥らないのも 半年で身に付いた。

ちなみに 何年か過ぎると私はお腹の底から 『仲間の影響を受けながら あの親の下に生まれてよかった』と しみじみ実感するようになっていた。それ以来何かが起きても私は親はもちろんのこと 他人のせいにすることは無くなった。生きるのがとても楽になった。楽しくなったといえるかもしれない。自立とはとても楽になることだった。そして『人間 生まれるときも一人なら死ぬときも一人 何かの縁で人と人との出会いとか心のふれあいが とてもとても嬉しくもあり楽しくもあり 一期一会のような愛おしい感覚』になるのでだった。いつのまにか 私はお腹の底から 人を励ます言葉を発せられる人間になっていた。不思議だけど実際そうなんだもん。夜寝る前に自分で自分に投げかける励ましの言葉が 一歩外へ出たとき 他者へも投げかけられるようになったのだ。いつのまにか 『日本人ってアホばっかり!』とは全く思わなくなっていた。
自然と本能的に お腹の底から 子供が欲しくなった。生物として子孫を残したくなったのだ。30前半の頃は 私は子供を産んでみたかったのは 子持ちの女性は社会的信用を得やすかった ただそれだけだったが、しかし 35歳の頃は お腹のそこから 本能として 子供を生み育ててみたかったのである。
自己肯定勘を取り戻した私は 自然と他者を励ます言葉も取り戻した。

ここ半年前くらいに 始めたことがある。朝 神棚の前で 『私も人間なので ベスト(最善)の決断は出来ないかもしれませんが なにとぞ ベターな決断が出来ますように。神様見守っていてください。自分が不完全な人間であることを 人間が不完全であることを 忘れないようにさせてください。』と神棚の前で手を合わせて頭を下げること。


現代の子育ての基本は 『意識的に手抜きしながら 決して死なせないこと』
風邪は引かないにこしたことはないけど 風邪を引けば治せばよい。アレルギーは無いほうがよいに決まっているが アレルギーが出れば治せばよい。極端な話 骨折しても直せばよいのだ。とにかく少子化時代の育児の基本は『意識して手抜きしながら 子供を生かし続けること(死なせないこと)』だった。

子育て中でもいろいろな人に出会えたし 沢山勉強も出来た。時間は優先順位をつけながら自らが造るものだった。
まぁ私も そりの合わない人物に不条理な目にあえば(そういう人物は なぜか今時は 男性が多いのはなぜだろうか。) そいつの悪口は気心の知れた女性にそのつど吐き出していたりしてもしている。(^^;

三歳児神話なるものがあるが あれは ただ単純に『3歳まではスキンシップを充分してやったほうが その後の子供の聞き分けが良くなり その後の子育てが親にとって楽になるなる』という 親の身勝手(?)が作り出した本当の話であった。(ちゃんとアメリカ留学経験者の女性の心理学者から直接聞いた話です(^^;) 実験してみたら 本当だった。  
ぎゅーーするときは そのときの親の気まぐれでしてやればよく それだけでも哺乳類ホモサピエンスは 反抗期に到るまで 妙に聞き訳がよかった。(^^;
反抗期になれば 適度の距離さえこちらが気をつけて守ってやりながら 励ましの言葉を投げかけてやっていれば(寝る前にぎゅーして『ママの宝物』と言いながら おでこにキスは続けている。)子供は自然と 子供なりに 自らの思い描く素敵な大人になろうと 今日一日を過ごすもののような気がする。

今でも私は自分で自分に呪文を言い聞かせる。『育児は根気 根気は手抜き 手抜きは愛情 愛情は育児。(繰り返し)』 この呪文のおかげで 自分のために使える時間も増えるし 子供ものびのびするので 一石二鳥なんですけど。(^^;
娘には 今でも 聞き上手の港であり続けたいと思っている。

【追伸】
学習塾殺人事件があったけど あれって加害者の男性塾講師が被害者の女の子に一方的にほれ込んで 女の子から じゃけんにされたことにたいする過剰(異常)反応が原因だと思うのは 私の周りに多いのだけど・・・・・

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2005/12/12

なぜか早く大人になりたくって焦っていたあの頃Part1  

『独立2.0 - In(ter)?dependent』

『かわいい子には道草をさせよ』

『大人になれないサルたち』


30歳前後の頃だったと思う。自分が未だに未熟者のような気がして 早く成熟したくて焦っていた。良く考えれば 私の周りには未熟な同年代の人間がごろごろいたので 平気なはずなのだが 私は漠然と焦っていた。
あの頃は 心理学の本をよく読んだものだ。文化人類学の本も好きだった。世の中がバブルの狂乱にあった頃 私は不思議と経済関係の本からは遠ざかっていた。
バブルのさなか 自画自賛する人々は多かった。自称無誤謬のエリートも多く 他者へのコメントは ほとんどが批判めいたものであった。

とにかく同年代の自称『大人のエリート』の同性の仲間にもよく会った。会えば会うほど自称『大人』の人物が 意外と幼稚だったりして がっくりしたものだ。まぁ そこそこには苦労はしていたようだったが成熟はしていなかった。

ただ 誰にあっても答えが見つからない。あの頃は本の中にこそ 何百何千と言う的確な答えが散りばめられていた。

我が家は引越しするたびに古本屋を家に呼んで 古本を処分する家庭ですので あの頃私が読んだ心理学系の本の名前が思い出せないのが とても残念。

ただ大人になるということは アメリカの大学の教科書(これはアメリカの大学院の入試において かなり権威のある教科書でした。)に かなり単純明快に はっきりと書いてあった。
『大人になるということは 仲間の影響を受けながら この親に生んでもらって育ててもらってよかったと思うこと』

あぁ〜〜〜〜そうだったんだと わたしはすこぶる納得した。 私はあの頃自分の不遇を(不遇でもないのに不遇のように勘違いしていたのです!)を時折親のせいにしていたような気がしていたのであり それで 私は時折 生きることが妙に辛く感じてしまうことがあるのだと すこぶる納得したのである。あの頃私はテニスもしていたし水泳もしていた 気晴らしの方法なら恐ろしいほど沢山持ち合わせていた。友人も多かった。

同じ心理学系の本には
『対人関係の基本パターンは 親子関係で決まる』とも記されていた。
それもなるほどと思った。親を乗り越えたいとは露も思わなかったけど 親の生き上手部分も私は引き継いでいたけど 親の生き下手部分をも私は受け継いでいた。
山陰出身の親からは『正直であり勤勉であること』を繰り返し教わってきた私は
銀行へ入行するやいなや 『嘘くらい付け!』と上司に頭ごなしで怒られていたし 同僚や上司からも『やる気と責任感が強いところがある 大人げない』と注意を受けていた。
勤勉で仕事熱心であれば 『君は自分を大切にしないところがあるから もっと自分を大切にするように』と親切な上司にアドバイスされいた。

何かが私を束縛していた。一歩外へ出ると 子供の頃から優等生で育っていた私は なんとはなしに人の期待に応えることも習慣になってしまっていた。可愛がられて育った末っ子の私は やけにのびのびしていて しかも つい人を笑わせるのが趣味でもあった。
今流行の言葉で言うと『過剰適応症』かなぁ? 

いや違う。若い私は 自分の中に『かみそり』のような人を傷つける言葉も心の底に持ち合わせていた。それを表だって出さなかっただけだ。
心の中では 『日本なんか競争社会なんかじゃない!みんなアホばっかり!』と怒こっていた。人の噂話をしているとき 自称エリートの友人が『その人って つける薬のないなんとやらじゃない?』といえば うなずきながらも 心のどこかで『あなたも同類だ』と念じている私も居た。
しかしながら 友人の前に立つと 私は女性の中では一番立場の強い人間として 同年代の女性に対しても『物分りの良いお姉さま』を演じて 相手に必要以上に優しくし接していた。あの頃の私は 本当のところ 同年代の仲間を見下していたような気がする。それでも 周期的に陥る徒労感と自信喪失。

しかしながら 苦労人と話すと 100ある話の中に必ずひとつやふたつ ぴかっと光る会話が含まれているのが不思議だった。友人の中で一番の苦労人でもありノンキャリ美少女でもあった彼女は 私に下記のように教えてくれた。
『大人になると 誰もほめてくれないの。だから私は 寝る前に自分で自分をほめてやるの。今日も良くがんばったね。偉かったね。』って・・・・・


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