尼将軍:貞子 爆誕!!!?? ブログ「貞子ちゃんの連れ連れ日記」が、有料まぐプレ「資産形成・マクロ経済 de あそぼ♪」の創刊とともに、リニューアル・オープン! 2009年4月末、大不況の入口で、ついに、貞子の進化系モンスター「尼将軍:貞子」爆誕!!!! 「自分だけ貧乏?」「自分たちの世代だけが貧乏くじを引いた??」「明日は今日より貧乏になる???」と感じたとき、悔しさや怒りを覚えるのは、心理学の見地から見ても、「正当」かつ「健全」な感情です。 わたし達や私たちの子供達は、将来も物心ともに豊かに暮らし続けたいと願う「正当な権利」を持っています。 このブログは、15歳の我が娘が大人になる10年20年後の日本経済を見据えて書き綴る日記です。 「持続可能な豊かさを維持してゆくことへの希望」を決して捨てません。 中長期的視野に立った金融・経済・福祉・心理学中心の「戦う母親ライター日記」です。

2005/5/31

『週刊!木村 剛』は 最近 たとえが面白い♪  


今日の『週刊!木村 剛』は (株式会社は)『誰のものか論よりルールの議論を』です。
http://kimuratakeshi.cocolog-nifty.com/blog/2005/05/post_3a55.html#more
以下 大変面白かった部分を抜粋します。
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未成熟なわが国の論壇では未だに「会社は誰のものか」という神学論争が続いており、決着する兆しは見えていないが、少なくとも法律上「会社は株主のものである」ということは明々白々の事実である。
 そろそろ、わが国も「会社は誰のものか」という不毛な議論から卒業して、株主のものであることを前提としつつ、「会社が遵守すべきルールは何か」というより重要なテーマを深く堀り下げるべきなのではないか。
 わが国では、その基本中の基本のところが世の中の常識として共有されていないから、議論がとかく感情的になって変な方向に流れがちだ。
 法律上「会社が株主のものである」以上、経営者が株主の意見に耳を傾けなければならないことは当たり前。また、株主の関心が、ほとんどの場合、株式の価値にあることも事実であり、したがって、経営者であれば、株式価値の増大に心を砕くことは「いろはのい」にあたる。
                                  (以上 抜粋でした)
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木村さんが 『神学論争』と言う四文字熟語のシニカルな『たとえ』を使われているところを見ると やっぱり 木村さんは そうでなくっちゃ!って わたし 元気が出てきました♪

そうなんですよねぇ〜最近 形而上学的な文章ばっかり読んでいるような気がして イライラしてた私なので 木村さんが 『神学論争』と言う表現を使って 『(株式)会社は株主のものである。』と喝破してくだすって すごーーっく気分爽快 さわやかスプライト♪(
あれ?かなり古いかな?)の貞ちゃんでありました。

わたしなりに 企業統治(コーポレートガバナンス)については 1年以上前に かなり悩んだことがあります。 わたしなりに到達した結論は
@やっぱり 株式会社は株主のもの。
Aもし 会社が 株主よりも従業員(経営者も含めて)や地域を大切にしたいのなら その会 社は 21世紀は 株式会社の形態をとらないで NPO(非営利団体)の形態を選択したほうがよいだろう。
以上の2点でした。

(((一昔前は 特殊法人(財団法人とか 社団法人etcも含める)なんかが そういう目的(ウェットな感情を組み入れたコーポレートガバナンス)で乱立されたんだろうけど・・・・・その結  果が 財政破綻だった訳です・・・・))))
やっぱ 21世紀は ウェットな感情をもコーポレートガバナンスに組み入れたいなら その企業は 株式会社の形態を捨てて NPOの形態をとるべきでしょう。

株式会社が株主のほうを向いていることは 賞賛されてしかるべきです。株式会社を語る場合に 『拝金主義』なんつー少女趣味の表現が メディアやブログで乱用されること自体 奇妙な現象だと 私は思います。

日本国内で労働人口の流動化がまだ一般的になっていないことも 株式会社を語るときに神学論争が始まってしまう 大きな要因のひとつになっていると 私は思いますね。
(やっぱり 組織にぶら下がり過ぎのオジサンが多いってことでしょうね。)



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2005/5/27

またしても三菱  


【三菱2社の首脳が辞任 大阪の土壌汚染で】
     三菱地所と三菱マテリアルは27日、大阪市北区の複合施設「大阪
     アメニティパーク」の土壌汚染を隠してマンションを分譲した問題の責任
     を取り、菱地所の高木茂社長と三菱マテの西川章会長が辞任する人
     事を発表した。                        (共同通信)

自分が購入したマンションが建っている土地が 土壌汚染されてたことを 購入後に知った人の気分って どんなかしら?
健康に関わることだから やっぱり 命に関わる問題。
マイホームって 妊娠したり 第一子が誕生したり 第二子の誕生をきっかけにして購入する人が かなりの多い。幼い子供のいる家庭で 大喜びで新築のマンションを購入して引っ越してみたら 土壌汚染だったなんて 絶望的ですよね。
小さな子供は とっても身体はデリケート。
なんか怖い話です。
土壌汚染を知っていて それを隠蔽して 販売してたわけだから。
三菱地所と三菱マテリアルは 庶民の健康とか命とか な〜〜んとも思ってなかったってことになる。

三菱自動車は リコール隠しや死亡事故を起こして 信用は地に落ちました。
自動車も 人の命を預かる産業です。
やっぱ 三菱は 庶民の命とか な〜〜んとも思ってなかったってことにある。

一般に 人が一生のうちで買うもので 一番高価なものが マイホーム。
二番目に高価なものが マイカーです。
主婦って マイホームを購入したら まぁ1年間は すごく機嫌がよいです。新車を購入したら 主婦は まぁ半年は すごく機嫌がよいです。
アメリカの格言にもあるらしい。『3年幸せでいたかったら女の子を産め 1年幸せになりたかったらマイホームを買え 半年幸せでいたかったら 新車を買え』
(東京三菱銀行が融資してる病院の産科で 女の子を産むのは危険かな?w)

庶民の夢をことごとく壊して行く三菱って どうなっちゃってるのかしら?

ほんと 最近の三菱さん どうなっているんでしょうね〜。

で いつもながら わたしは 次の結論に突き合ったってしまうのである。
東京三菱銀行は 三菱グループ内への経営コンサルタント能力って 皆無なんじゃないでしょうか????



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2005/5/20

企業買収について  




少なくとも上場企業について語る場合 わたしは こうしたはっきりした(合理的な)スタンスが大好きなのだと思う。頭の中のもやもやが すっきり晴れる感じがします。

『週刊!木村 剛』の岡本編集長ご紹介の記事です。よくぞブログで取り上げてくださいました!!!岡本編集長♪
 『ホリエモンの参謀が語る「負けないM&A」 』
http://www.financialjapan.co.jp/money/money_pickup/

いつから『敵対的買収』という妙な五文字熟語が頻繁に使われるようになったのか・・・・ ここ数ヶ月 私は いつも いぶかしい感覚を抱いていた。
そもそも買収とは たいていの場合 敵対的なものなのだ。
企業買収では 『友好的』なもののほうが 極めて稀なケースである。
ことさら 『敵対的』なんて言葉を付けるから まぎらわしくなるのである。
本来 買収とは 買収される側から見たら 敵対的であるはずだ。
血も涙も無い世界だと感じる人もいるかもしれないけど わたしは こういった血も涙も無い(ように見受けられる)合理的な資本の論理が けっこう大好きである。

人間がファジー(あいまい)でいられるのは 私生活とかプライバシーとか芸術の世界だけじゃないかしら?って感じる今日この頃。
最近の日本の男性って 公私混同しちゃってる人多くありませんか?公的な部分まで あまったるくなって パブリックなスタンスまでおセンチになってない?







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2005/5/17

B級の正義感  


今日の『週刊!木村 剛』のお題は 『メディアのネット批判は正当か?』です。
http://kimuratakeshi.cocolog-nifty.com/blog/2005/05/post_495c.html#more
   既存メディアが「誹謗中傷」について、ネット界に対して偉そうに説教できるかと
   言えば、そうでないことは明らかだ。

高校時代を東京都内で有数の名門校で数年過ごした経緯から 私は 高校時代のクラスメートの女性が とんでもない報道被害に遭遇してきたのを目撃しています。
多感な年頃を同じ教室で過ごし 同じ空気を吸い それほど仲良しでは無かったにしろ そこそこお喋りなどを楽しんだ仲の知人が 一人は ただ汚職で逮捕されてしまった有名人の娘に生まれてしまったということだけで(この人の名前をAさんとします。)
もう一人は むごたらしい事件の被害者になってしまったということだけで(この人の名前をBさんとします。) 週刊文春や週刊新潮でさえ むちゃくちゃな記事を書いてました。
ちらって読んだだけで 『こんなのあり???』って感じの記事でした。
なにもかも 私が知っている 本当のAさんとBさんの実像と メディアが報道しているAさんとBさんとは まるっきり 乖離しているのです。
実像とまるっきり乖離した人物像が メディアによって どんどん創り上げられてゆく (でっちあげられてゆく)様は 見ていて 読んでいて 圧巻でした。が それより なんて言うか・・・・
この国(日本)には 親が汚職で逮捕さてしまったら 娘には 人権なんて無くなってしまうのか・・・・しかも その娘が楚々とした美人だったりすると メディアの格好の餌食になってしまうのだろうか?とか この国(日本)では とにかく 変わった事件に巻き込まれたら その被害者がそこそこの両家の子女で そこそこの美人だったりしたら ますますメディアの想像力(空想力?構想力?)がかきたてられて 被害者の人権なんて 皆無になって 残された被害者の家族にだって 人権は無くなってしまうんだ・・・と あっけにとられて 報道を眺めてました。
私がメディアが大嫌いになった理由のひとつに やはり クラスメートが むご過ぎる報道被害に遭遇しているってことが すごく響いていると思います。
もう まるっきり むご過ぎるんです。むごい むごい報道でした。メディアのいじめの標的にされたら もう泣き寝入りするしかないのだろうかと思いました。
あんな報道をされたら 私だったら 極度の人間不信になって 日本を脱出してしまうだろうなぁ〜〜と思うような報道の加熱ぶりでした。もしくは 一家心中したくなるんじゃないかなぁ?って感じでした。義理も人情もまるっきりないんです。公共の電波や活字で 興味本位で何でもむちゃくちゃ報道してました。

木村さんが 『ナイーブな正義感』という言葉を使われていましたが 本当に いつもいつもメディアには わたしも 違和感を感じてしまう訳です。
わたしは こういった正義感を 数年前から『B級の正義感』って呼んでます。
なにかが すりかわっているんです。報道したいがためなのか いじめたいだけのためなのか・・・ なになのか私には分かりません。が なにかが いつも なにかが B級の正義感という 胡散臭いものに摩り替わっているんです。 いつもメディアは なにかを叩いているか 煽っているんです。ミスリーディングしてることが多すぎなんです。

 だからと言って わたしは『ブログ浄化運動』みたいなものもナンセンスだと思うんです。
ブログは まだまだメディアじゃないような気がする。本人の趣向とかで運営されているから ブログは面白いと思うんです。ブログって 主観を前面に押し出している(場合が多い?)から 面白いんです。
プロセスもブログだと分かりやすい。
わたしだって そりの合うブログとそうじゃないブログがある。趣向の近いブログと そうじゃないブログがある。が 自分が苦手なブログだからと言って そのブログに自粛して欲しいとは思わないんです。自分が不快に感じるブログだって そういうのは 存在してても良いと思うんですよね。ブログって 選択できるんです。嫌いだったら 不快だったら 私の場合はアクセスしないんです。

ブログは個人対個人の一騎打ちみたいな感じで いじめじゃないような気がするんです。(って 私の場合は コメントを開放してないから なんとも言えないんですけどね。)
 
ブログとメディアの違いは 結局は どれだけ多くの人の目に触れるのかって話になると思うんです。
メディアの場合は やっぱ どこか 集団のいじめなんです。しかも 執拗ないじめの場合が多いんです。いじめが始まると メディアが飽きてくれるまで 眺めているこっちも いじめが終わるのをじっと待ってるしかないんです。
B級の爺婆くさい正義感だけで報道している感じがしてしまうんです。すると もう 私の中では 『あ!またメディアが B級の正義感で 人をいじめてるなぁ〜〜あほくさ!』って ぼけ〜〜ってニュースを眺めるか スイッチを切るだけなんです。

TVのニュース番組の始まりと終わりに 『このニュースは B級の正義感に基づいて報道しております。真偽の程は定かではありません。(私たち 報道しないと 暇になってしまうんです。)』とかテロップが流れたら 私は TVのニュース番組も もっと好きになると思うんだけど・・・・。
  
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2005/5/2

センスの良いブログのご紹介♪  








マスメディア系のブログを読んでいると 『あれ??この人 マザコンかなぁ?』と 怪訝に感じる人に突き当たることがある。まるっきりの私の想像なのです.。間違っていたら ごめんなさい。・・・・父権が確立されてない家庭で育ったエリート君が 大人になって 記者になって書いた文章なのかなぁ?なんて 怪訝な感覚に襲われる文章に ときどき突き当たったりします。
(アメリカの心理学の大学院生用の専門書かなにかを読んだら 『その人の人間関係の基本は(対人関係のパターン)は すべからく親子関係のパターンで決定する』(あくまでも基本です)と しっかり書いてありましたよ〜〜〜。)

記者ブロガー系のブログを読んでいると 『あなたが物知りなのは よ〜〜っく判ったから 重箱の隅ばっかりつついてないでよ!・・・・・・・あれ??? で 結論は何??? ところで 何が言いたいの???その程度の話だったの???あれ???この程度のことを知るために 専門用語を駆使した長い文章で引き伸ばされて ず〜〜と この読みにくい記事(ブログ)を読んでいた私はなになの???』ってな 不思議な感覚を襲われる記事が けっこう少なく無いような気がして わたし すごぉ〜〜〜っくイライラすることがあるんですけどぉおおおおおっと!

その中で 今日 ブログサーフィンをしていて とても面白かった(つまり まるっきりマザコンっぽ系じゃない)ブログの紹介です♪(私が 面白かったというのは
すこぶる共感できた 参考になった 勉強になった という意味で使うことが多いです。)

JRの電車事故については『ひろのきまぐれ日記』さんのブログが 秀逸です♪
    『元阪神間の住民として』  http://hiro551.exblog.jp/1884852/
    『事故』 http://hiro551.exblog.jp/1891040/
    『事前から事後へ』 http://hiro551.exblog.jp/1894840/


最近一皮も二皮もむけてきて ますます大活躍のブロガーで 私が去年の10月ごろから注目し続けている若手ブロガーの『ガ島通信』さんこと藤代さんの記事も 秀逸です♪(ガ島さんのブログ記事は お勧め記事が多いのですけど ここでは ふたつだけ紹介します。)
   『誰のために書くのか・・・』
  http://nikkeibp.weblogs.jp/gato/2005/04/dokusya.html"></a>
 『「国家の罠」佐藤優』
   http://blog.livedoor.jp/zentoku2246/archives/20285320.html

ちなみに ガ島さんは 『ネットは新聞を殺すのか』の湯川氏が 弟分のように感じていらっしゃるブロガーなのだそうです。(どっかのコメント欄かなにかで 湯川氏ご本人がそう書いていらっしゃるのを読んだ記憶が 私の中でしっかり残ってます。)

私は日本と言う国がすごく好きなのだろうなぁ。で、私なりに細々と 私も ブログを書いているのだろうなぁ・・・と ふと 今日 感じた。ガ島さんの『誰のために書くのか・・・・』を読みながら ふと そう感じた貞子であった。

私は 内部改革さえすれば新聞はなくならないと思う(私は 電子ペーパーの本物を見たことが無いので なんとも言えないですけど)のだが・・・・・
以下は すごく基本的なことを書くようで ちと恥ずかしいのだけど。
人間って けっこう小さい頃から 『ページをめくる』という作業に慣れ親しんでいる。子供の頃から まず 絵本とかに触れます。小学校に入学すれば 小学校で(たとえ 薄っぺらでも)教科書の『ページをめくっている』訳です。大きくなれば リラックスタイムでも マンガを読んだり 新書を読んだり 週刊誌を読んだり 新書版を読んだりするわけです。(PCの画面が 持ち運び可能になっても 人は 『ページをめくる』って作業が けっこう好きなのではないでしょうか? 速読しているときは 右脳を使っているような気が 私はします。そういうときは やっぱり 人間って デジタルの画面より アナログのページのほうが リラックスできて 元気良く右脳が動いているような気がする貞子であった。。。。。
 右脳がどうのこうのは さておき・・・
新聞も思い切ってA4とかB3の小雑誌にしたら 新聞離れが減るような気がするのだけど・・・・人間の『ページをめくるという動作への愛着』に 新聞も注目してくれないでしょうかねぇ?新聞が A4かB3のうすっぺらい雑誌になったら 持ち運びもしやすいし 立ち読みとか 食べながら読みとかするとき すご〜〜っく便利なのですが・・・・
(わたしも充電が終わったら もう一度 セミナーとかに どんどん出席しよかなっーーーっと♪)



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