高校野球、夏の県大会決勝戦。
ここで勝つか負けるかでは、天国と地獄の差があります。
勝てば、選手達は一夜にして、天国に登り詰めたような状況になります。
新聞には大きく書かれるし、ラジオテレビの報道も過熱します。
倅の時の話で申し訳ないのですが、水戸商業が32年ぶりに夏の甲子園出場を決めたときのことです。
決勝戦が終わって、中一日おいてすぐに合宿に突入しました。
もちろん、甲子園に向けて戦力アップ!という意味合いもあったと思います。
時の監督・橋本先生(現水城高校監督)は、違う意味合いがあったようでした。一貫して人間教育を唱えていた監督ですから、勝ったあとのことを心配していたのです。
選手達を、報道陣の取材から隔離したのです。
指導者が、選手達に「のぼせるな!」と、口を酸っぱくしていっても、所詮高校生です。
マスコミの巣材が重なれば、誰もが有頂天になります。
合宿を終えて、すぐに甲子園へ・・・
大阪の宿舎でも、徹底してマスコミ取材に気を使っていました。
現在も同じですが、茨城県代表の指定宿舎は「三井アーバンホテル」
選手達は、ワンフロアーに部屋割りをされ、そのフロアーのエレベーターを降りたところに机が置かれ、受付が設けられました。
その受付を通らなければ、選手と接触は出来ません。これは、家族や親戚とて同じこと、一切例外はありませんでした。
それでも、学校側を通して取材をしたテレビ局の取材にたいして(当時、女子バレーボールを引退したレポーターでしたが)監督から、選手達に、きついお叱りがありました。「のぼせるのも、いい加減にしろ。」と・・・。
勝って、のぼせ上がる人間を作るなら、勝てずに悔しさを抱いたまま、その後の人生を送った方が良い・・・ そう思われたのでしょう。
結果、甲子園ではベスト8まで残り、その年の国体出場まで決めたのでした。
宿舎でお会いした朝日新聞の記者さんが言っていました。
「甲子園に来ることは、とてつもなく大変なことです。でも、その甲子園で一勝することは、もっと大変な事です。」
「野球を見なくても、宿舎にいる選手達を見れば、そのチームが甲子園で勝てるか負けるかは、判るものです。」

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