2008/3/5

イアン・ライト  音楽(洋楽)

YouTubeに、未聴だったIan Wrightの「Do the Right Thing」(1993年)が出ていました。

Ian Wrightはアーセナル&イングランド代表のサッカー選手。現役時代は、「愛すべき悪童」というあだ名でイングランド内ではもっとも有名な選手の一人で、自分のラジオ番組を持っていたり、TVなんかにもよく出演しているようです。そんな彼が出したシングル・レコード「Do the Right Thing」はクリス・ロウとのコラボです。

クリスがPSB名義ではないお一人様仕事をしたことはほとんどないんですが、大好きなチームの選手がなにかやると言ったら、まず黙っていられなかったんでしょう。初めてニールとは離れて曲を書き、キーボードを弾き、プロデュースまでしています。スタッフはほとんどPSBから貸し出されたって感じですね。この曲はUKチャートで43位だったそうで、まずまずの成功なのかな。

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リリースから約半年後(1994年3月3日)、2枚目のシングルについて打ち合わせをして、テニスなどプレイしてお和みタイムを満喫したようですが、結局その話は流れたようです。
インタビューでは、好きなミュージシャンはマイケル・ジャクソン(PSBとはかなり違うじゃん)、クリスは顔を知らなかった・・・ニールなら知っていたけど、と、ちょっぴり片思いです。

それにしても、クリスの熱狂ぶりに比べて、ニールのサッカーへの思いはゼロってところが面白い。サッカーは、プレイするのも見るものむしろ嫌いらしい・・・やっぱ、夫のサッカー狂を黙止する妻のよう。

↓pvではないんですが。途中、眉毛のない怖い顔のクリスの写真が出てきますけど気にしないで。



Written by Ian Wright/Chris Lowe/Steve Kutner
Produce by Chris Lowe
Remix by Chris Lowe
Programmed by Pete Gleddall
Engineered by Bob Kraushaar
Vocal: Ian Wright
Backing Vocal: Sylvia Mason-James
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2008/3/4

アンデルセンは哀しい  その他 カルチャー

ニールはバレエを本当に書いているのかなぁ。バレエもいいけど、ニールには、オスカー・ワイルドの童話のような美しい物語を書いて欲しい。これ、絶対いけると思う。昔、何かのインタビュー記事で、ニールは最初に(多分子供のころ)ミュージカル風物語みたいのを書いたと聞いたような気がするのだけど・・・失念。

童話といえば、デンマークの童話作家、アンデルセン。
ワタシは子供のころから、ハッピーエンドよりアン・ハッピーエンドの物語の方が切なくて好きだったので、アンデルセンが好きでした。大学生になって、何のご縁か児童文学を授業で勉強することになって(フランス語とヨーロッパの児童文学の翻訳家として活躍する教授がいらしたので)、原文&原文直訳の童話を勉強し直しました。この数年後、「本当は恐いグリム童話」がベストセラーになったんだけど、あれはセンセの授業を受けていたら、正直言って、誰でも書けたんじゃないかと思う。

まあ、それで児童文学の深さにハマってしまったんですが、美しくも残酷なペロー、あっけらかんとした蛮行が楽しいグリム兄弟、乙女ロマンのアンデルセンが、童話の巨匠と言えましょう。実際、ワタシの3大フェバリットでした。

ウィキペディアみたいな公式バイオグラフィーには多分書かれていないと思うけど(バレエ団に所属していたとは書かれているけど)、昔ワタシの読んだアンデルセンの伝記本では、アンデルセンはゲイだったと書かれていました。本の名前は忘れたけど・・・。
“貧しい家に生まれたアンデルセンはその才能を認められて、パトロンの貴族に養子に迎えられた。そこにはまだ年少のあととり実子がいて、アンデルセンは彼に一目ぼれしたが、叶わぬ思いで一生を過ごした”と、見てきたように書いてあったと思いますが、正史ではないのかも・・・作者がゲイかゲイ寄りの人だったのかも。確かにアンデルセンは生涯独身でしたが何度か恋はしているようです、女性に。

アンデルセンの実際のセクシャリティなんてどうだっていいんです。要は、アンデルセンがゲイ心にぐっと来る物語を残しているという事実さえあれば。人魚姫の叶わぬ恋なんて、ノンケに恋したゲイとしか思えないし、親指姫の波乱の人生は、どっかのゲイバーのママの武勇伝を聞いているみたいだし、氷の女王はゲイの憧れのディーヴァみたいだし、みにくいアヒルの子なんて、“周りとはアタシは違う”という思いを抱えながら美しく変身を遂げるドラーグ・クィーンみたいだし!(そして恐らく誰もが、凡庸ないじめっ子のアヒルの兄弟より、みにくい白鳥の子供を応援するように書かれている。)

“周りとはアタシは違う”って思いは、創作につながります。虐げられた数だけ作品が出来上がる。だからそういう思いをした人なら、ぜひとも何か表現を残して欲しい。もしワタシがちょっとでも美人に生まれついて男どもにチヤホヤされていたら、人形なんて作っていなかったわ!これまで散々ブスだデブだと馬鹿にしてくださった方々、ありがとう!おかげで命を賭けられる創作人生を見出すことができたわ・・・幸せかどうかはまた別の話だけどね(いや、人形とPSBがあればワタシは幸せよ)。

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この写真、一昨年に使ったわ。
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2008/3/3

「Fundamental」は死の香り・・・らしい  Pet Shop Boys

ワタシがリスペクトするPETHEADサイトマスター、アメリカのWayne Studer Ph.D(ハカセ)のサイト、「PSB COMMENTARY」ですが、「Fundamental」(&各ボーナス・トラック)が死をテーマにしているのではないかと言う興味深いテーマをあげていたので、要約&私の意見もプラスさせていただきました。

“911の後に作られた今回のアルバムの裏テーマは、テロと戦争。”

1. The cover of Fundamental (アルバムのジャケット)・・・ほとんど黒一色のジャケットで、ニールは山高帽の葬儀屋のコスプレ。

2. The album's dedication(アルバムを捧ぐ)・・・アルバムが、2005年にイランで死刑になった2人のゲイ少年Mahmoud Asgari and Ayaz Marhoniに捧げられていること。

3. "Psychological" (『サイコロジカル』)・・・"…an undertaker in a bowler hat.…down in the cemetary…."(“山高帽の葬儀屋が、墓場に降りてゆく“)。実際ライブで山高帽のニールが、この曲をオープニングで歌っていた。

4. "The Sodom and Gomorrah Show" (『ソドム・アンド・ゴモラ・ショー』)・・・"Sun, sex, sin, divine intervention, death, and destruction!"(“太陽、セックス、罪、神の介入、死、破壊!”)

5. "I Made My Excuses and Left" (『アイ・メイド・マイ・エクスキューズ・アンド・レフト』)・・・唯一、純然たるラヴ・ソング。ラブ・アフェアーの終焉(死)。

6. "Minimal" (『ミニマル』)・・・PVがほとんど白と黒で、死をイメージさせる。ニールの衣装も、喪服っぽい。

7. "Numb" (『ナム』)・・・この歌を作ったダイアン・ウォーレンは、自分の母親の死からこの曲をイメージした。また、シングル・ジャケットは中世の疫病が流行ったときに医師がつけたマスクを模してある。

8. "Luna Park" (『ルナ・パーク』)・・・「嵐が来るだろう、僕らを巻き込む」という歌詞が暗い前兆。

9. "I'm with Stupid" (『アイム・ウィズ・スチューピッド』)・・・反戦歌。戦争=死。

10. "Casanova in Hell" (『地獄のカサノヴァ』)・・・死に瀕したカサノヴァの回想。男にとって“立たなくなる”ことは、性の死を意味するほど重大な問題らしい。

11. "Integral"(『インテグラル』)・・・IDカード=「自由」の死。巨大な権力から突きつけられた「死」。

12. "Girls Don't Cry" (『ガールズ・ドント・クライ』)・・・トランスセクシャルのブランドン・ティーナが殺された実際の事件の映画「ボーイズ・ドント・クライ」からインスパイアされている。

13. "The Resurrectionist" (『死体盗掘者』)・・・ビクトリア時代の墓泥棒をテーマにしている。

14. "Fugitive" (『逃亡者』)・・・恐らく、自爆もいとわないテロリストの視点で歌われている。「天国へ行く方法はいつでもある」の歌詞。

15. Neil's skull t-shirt(ニールのガイコツTシャツ)・・・Fundamentalツアー中と、「Integral」のPV内で、ニールはダミアン・ハーストのデザインのガイコツTシャツを着ている。

・・・なるほど。アルバムと言うものはリリースから時間が経つにつれ、落ち着いて聞けるようになって、全体像が見えるものです。リリース時「Fundamental」は評判も上々でしたが、テーマ的に重く(まさに戦争とテロが隠れテーマだからか)、個人的ベタなラヴ・ソングがないことにちょっとだけ不満を感じます。同じ「死」でも、“戦争”というマッチョな現実世界であって、ゴスっぽい耽美ジャンルの「死」ではないところが、女子的には物足りないような気がする。もしも年齢を経たことで、ニールから乙女要素が少なくなっているのならそれは大問題。それは、ここ数年、実際ちょっと感じていたことなので。
次のアルバムが出るまで前のアルバムの位置づけを判断するのは早いんですがね。

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2007年5月27日、ロンドンのライブ、マーガレット撮る。ニールはガイコツT。
再アンコールで「Being Boring」。これも死にまつわる歌。
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2008/3/2

ダスティ・スプリングフィールド  音楽(洋楽)

Amazon.co.jp: Back to Mine: Pet Shop Boys: 音楽

2005年に発売されたPSBの「Back to Mine」(アーティストが自分のお気に入りの曲を1枚のCDにしてリリースしたシリーズもの・・・まるでアーティストからCDを編集して焼いてもらったような気になる)は、ニール盤、クリス盤の2枚組みですが、その2枚は全く違います。この場で2人のお気に入りのレコードを紹介して分かるとおり、クリス盤はディスコっぽく、ニール盤はアンビエント&クラシックが中心。奥深くではつながっているとはいえ、かなり印象は違います。その中で、唯一カブるアーティストがダスティ・スプリングフィールド(ニールは「Goin’ back」を選曲、クリスは「I’d rather leave while I’m in love」を選曲)。

今日3月2日は、ダスティ・スプリングフィールドの命日です。
先日マーガレット通信vol.62でも書きましたけど、2人が愛してやまないダスティについて、おさらいいたしましょう。

ダスティはMary Isabel Catherine Bernadette O'Brienとして1939年、ロンドンのイーリングに生まれます。1960年に兄、友人とともにバンド、ザ・スプリングフィールズを結成し、その後ソロに。ガーリーな外見(内藤ルネさんの描く女の子みたい)とはうらはらのソウルフルかつパワフルな歌声で60年代にヒット曲をたて続けに出し、最終的にはロックの殿堂入りを果たします。ダスティの名を知らなくても、曲を聞けば誰もが「ああ、この曲知ってる!」って言うでしょう。初期のガーリーなイメージと、中期・1969年の「Son of a Preacher Man」(映画「パルプ・フィクション」にも使われてました)のロックの姉御のころは、ずいぶん雰囲気も違います。

ソロデビュー曲「I Only Want to Be with You」(‘64)は恐らく誰もが一度は聞いたことがある曲でしょう。私的には、この曲はなんだか、当時流行っていたフレンチ・ポップス(フランス・ギャルとかフランソワ・アルデーとかシルビー・ヴァルタンとか)と同じジャンルに入れたくなるほど、キュートでハッピーなガーリー・ソングです。




また、当時からダスティはレズビアン・アイコンでした。ただ、彼女自身はカミングアウトを明言していなくて、それは彼女の死後、バイセクシャルであったことが近親者の証言で明らかになっているようです。
ダスティがゲイ・アイコンであることに触れたインタビューでの答え(英語版ウィキより)

「みんなが、私を同性愛者、同性愛者、同性愛者、同性愛者、同性愛者、同性愛者、同性愛者、同性愛者だって言うのを知っているわ。 私は何ものでもない。 私はただの…。 人は所詮、他人。基本的にはストレートでありたいと思う… 私は男の子達から女の子達へと行ったり来たりだけど、私は気にしない。 キャッチフレーズは…” 私は男性を愛すことができない。愛すこと、ファンタスティックにベッドに行くこと・・・それは今の私のコンプレックス”。 でも、男性を愛すことは、私の一番の野望よ… 。彼らは私を怖がらせるから。」

80年代に入ると人気に陰りが見え、生活が荒れるのと同時に、あまり人前に出るのも少なくなったようですが(この時期、女性の恋人との間でトラブルがあったと言われています)、間違いなくPSBは彼女のカムバックの大きな力になりました。その後、PSBは彼女のアルバムもプロデュースしていることは周知のところ。PSBが書いた彼女の曲(映画「スキャンダル」で使用)「Nothing Has Been Proved」(‘90)のPVにニールとクリスもゲスト出演しています。まあ、PSBとダスティは音楽的には共通点はあまりないんですけど・・・つまり純粋にファンだったんですね・・・かわいいじゃないスか、乙女みたいで。ダスティは1999年、乳癌により59歳で亡くなりました。



こうして、(PSBにとって)愛するものが次々と天国に旅立つのですが、それにしてもPSBの周りって、死が多いような気がするわ。キャムプだわ。

ダスティの、もっと詳しくてわかりやすいバイオグラフィーは、Queer Music Experienceへ。
ダスティ・スプリングフィールド バイオグラフィー
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2008/3/1

ひな祭り  日常

【図解】ゲイ・レズビアン・マルディグラのパレードルートと推計参加者数 国際ニュース : AFPBB News

3月1日はシドニーのマルディ・グラ(ゲイ・パレード)です。いまやシドニーはサンフランシスコを抜いて世界一、ゲイが多く住む町です。だから「Go west」が「Go south」って歌われる日も近いかも。去年は何百人がカイリー・ミノーグのドラーグをしたけど、今年はどうなんでしょ。ゲストは誰が来るのかな。

今日はひな祭り開催。

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タイ風スキヤキ。

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シメはいつもの(?)花火つきハニートースト。

と言ってもワタシの住む地区はひな祭りは旧歴で4月なので、ただの飲み食いする口実に過ぎませぬ。だいたい、ひな祭りは元々、健康に成長して良縁に恵まれますよ〜に、と言う願いが込められているんだだけど、この年で良縁に恵まれていないアタクシにひな祭りなどやる資格があるものか。ああっ、親不孝〜〜。



昔のPSBファンクラブ会報誌(1992年8号)のクリスへのインタビュー質問が、今月に出た最新号(2008年32号)掲載のニールへの質問とほとんど同じであることに気がついた。16年も間が空いているよ。

1992年のクリスへの質問で、何故髪を切ったのか、という答えが「ファンとママが、短い方が好きだから」って。ママって。まあいいけど。ママって。

これに使われている写真は、クリスがすごく自然で、他のどの写真とも違っている。なんだか、照れているような気もするし、ナチュラルにリラックスしているような気もする。

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ちょっと照れて笑っているし。

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画像悪いけど・・・大胆ポーズだし。自宅の庭かな〜。
と思ったら、カメラマンはピーさんだったよ〜。だからこんな顔なのね〜。1992年と言ったら、同居中だよね。う〜ん。そりゃリラックス&照れ照れだわねえ。
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