2008/10/27

現代創作人形における、中年男性の存在意義の考察  ドール/仕事

現代の日本の創作人形のメインストリームにおいて、“成人男性”、とりわけ“中年男性”の立ち位置は非常に狭い。

これは、もともと人形が「女の子の遊び」だからであろう。
現代創作人形をとりまく世界の鑑賞側・批評側も、成人男性は“まともに”取り合おうとしてこなかったし、人形を製作する成人男性はそれほど少ないわけではないが、女性のパーソナルな欲望から来る製作姿勢に比べ、よりプロフェッショナリティに傾き、意味を持ったアート方面に行くか、全くのビジネスライクに行くか、どちらかに二極化する。

一方、大半を占める女性作家の創作人形は、ほとんどが子供(少年・少女)や女性がモデルになることが多いが、成人男性がモデルになることは少ない。いや、モデルのように美しい成人男性なら見受けられる。ただし、男性性や生活臭のない、理想化された美しい男性だ。

そこが、私にとってはとても疑問だった。実際、私もこれまで成人男性をモデルにはしたが、理想化された男性像で、そこには”中身”などなく、“形”しかなかった。ましてや、美しさとは無縁であるかのような“中年男性“をモデルにするなど、考えもしなかった。世の中に中年男性をモデルにした人形がほとんどないのは、おそらく、ほとんどの人が多かれ少なかれ、そのように思っているからだと思う。

断っておくが、中年男性の美を否定するつもりはない。彼らの美しさは形などでなく、形にできない年を経たものだけが持つ美しさだ。形にならない美しさを形にしてみたいと考えるのは、創作に携わる人間としては当然の流れかもしれない。そこに可能性はあるだろうか。

「中年男性は、POPARTに成りえるだろうか」

私は原型を製作し、型抜きをして、アトリエべべの教室生徒にそれを課題として出した。モデルはPet shop boysのニールとクリス。それぞれのヘッド(約15cm)のみ。他の材料、塗料、何を使っても可。素材はすでに形があるので、ほとんど料理方法やアイデア勝負。


課題:
「以下のヘッド2個を使用し、作品を完成させなさい。タイトルとコンセプトを添付のこと。」

クリックすると元のサイズで表示します

もちろん、自分でも製作した。それがこれ。

クリックすると元のサイズで表示します

タイトル「Strawberry and Chocolate」

コンセプト:食べたい

次回の人形教室展には生徒の課題作品も出品予定です。
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