今日は知り合いの誘いで、変わったコンサートに行ってきた。ケーナと尺八という2本の民族楽器の笛と10弦ギター+女優さんによる詩の朗読(ダンス付き)というもので、なかなか楽しめた。
コンドルは飛んでゆくから春の海、アルハンブラの思い出など各自の得意曲に、自然回帰、地球の素晴らしさをうたう詩の朗読、女優さんが良く通る声で演技力抜群な語りを披露・・・ウインナワルツまで意欲的に演奏。新発見は、ピアソラのアベマリアは佳曲で食指をそそられる、自分も演奏してみたい。
ケーナの方がリーダーのようだったが、コンドルは・・などには味として、快感をさそう笛の音程の曖昧さが(だいたい微妙にうわずっている)、ウインナワルツなど西洋音楽では、音程の悪さとして不快に感じられるのは不思議なことだ。
以前に流行った、右脳左脳の機能の話しだが、発端はスペリーという脳科学者が行った実験で、左右の脳の働きが違うという話し。
世界中の日本人以外の人達は音楽は右脳で、計算は左脳で処理しているが、日本人だけは左脳で音楽を聞く場合があると。これは角田忠信氏の日本人の脳と言う本に詳しく書かれている。
これは日本語と言う、世界でも類を見ない特殊な言語のせいであるといわれている。ノイズを伴う和楽器は、日本人は左脳で処理する。
西洋楽器やジャズは右脳を刺激すると言うから、左脳で日夜仕事をする日本人は、クラシックやジャズで右脳を刺激しバランスを取るべきなのだが、演歌や邦楽器の音は左脳に入ってきてしまい疲れを増す傾向があるとか・・
和声進行や、調性感で表現する西洋クラシックの楽曲を邦楽器や民族楽器で演奏するときに感じる言いようのない違和感は、この左脳の刺激にあるのかも知れない。
女優さんの詩はとても良かった。(ダンスも・・・保育園とかで大受けしそうな振りだったが)
さて考え続けている、音楽を聴き取ってメロディを再現する音程感覚はきっと右脳の処理に違いない。そして、あたかもピアノの鍵盤を弾くときにそれにラベルが貼ってあるように、ドレミを認識するのは、左脳の処理に違いない。それはラベリングと呼ばれる。そして指を動かしたりする、運動の記憶は小脳だというから、この3つの部分が連動しないと。正確な聴音や、移動読みは機能しないのだろう。
リズム感が先天的に弱い人を直すのは困難なのは知っているが、自分は、基本的に音痴は居ないと信じる。だけど、聞いた音のラベリングが、数年頑張っても出来ない人がいるのは、自分の教え方が悪いのか・・・、本人の努力が足りないのか、やはり日本人にはハーモニーのDNAが欠落した人が多いのか??(そうは思いたくはないのだが)出来ない奴は、何年かかっても出来ないと割り切ることはどうしても出来ない気がして。
最近、ますます解らなくなってきて、音楽教師としての自信を失いそうな気もする。・・・とここまで書いて、やはりこれは嘘だな?自信はあります。更に基本的な原理、指導法を探さなくては・・・どなたかご意見、助言のある方は、連絡お待ちしています。
http://kose-sax-flute.jp

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