信仰が築く平和
世界と出会い、ブッダと出会った
寺に生まれ、毎日ご本尊阿弥陀さまを拝みながら、僧侶の役割が人々を幸せにすることと思いつつ、それが現実に何の役に立つのかと疑問を抱きながら私は育ちました。多くの戦争体験者に出会い、平和への思いを強くし、大学では政治学を専攻しました。そして卒業して僧籍に入った1980年はインドシナの難民流出が世界的な問題となっており、仏教青年会の救援募金活動に参加しました。経済発展した国の仏教者として、衆生救済の教えを実践するという意識で、寺の玄関に募金箱を置き、法服で街頭募金などを行いました。
しかしその後、実際に途上国、あるいは紛争地と言われる地域に出かける中で、その意識は大きな間違いであったことに気づかされました。アジアの最貧国として援助対象としていたブータンでは、心豊かな人々や文化と出会い、一方でむしろ経済発展がそれらを脅かせていること。タイでは開発が農村と都会のスラムの貧困を生み出していること。カンボジア、パレスチナでは、紛争を長引かせ拡大する背景に、世界の支配的な国に住む人々の一方的な思い込みがあることを実感しました。
高度経済成長期に育ち、オイルショック、そしてバブルも経験し、「国際貢献」を志した私にとって、現実との出会いはその都度、頭をこん棒で殴られたようなショックを与えられました。自由で発展した日本で、世界のことを何でも知ることができると思っていたのは大間違いで、戦争や差別、貧困に苦しむ人々の目線から問いかけてこそ、本当の世界の現実を知ることができるのです。さらには自分の立場や行動が、世界の苦しみとは決して無関係ではないということを実感しました。
それは、いのちの本質を「苦」と見極め、そこから四諦八正道を展開した釈尊、そして罪悪生死の凡夫の自覚から阿弥陀の本願を選択した法然上人との出会いでした。日本の一般的な教育やメディアでは決して知ることのできない真実であり、本山や宗門大学では見出せなかった縁起の世界の中に生きる自分自身の有り様でした。
「市民」こそ仏教者の生き方
そしてもう一つの出会いは、NGO・国際ボランティアでした。現実の問題に対し、自らの意志で取り組み、それも単なる慈善ではなく、問題(苦しみ)の本質、つまりその原因とメカニズムを見極め、一時的な救済ではなく、人々が自立し持続的な問題解決の社会基盤を共に築いていこうという人々です。これこそまさに、苦・集・滅・道の実践だと思いました。
国内、地域での取り組みでも同様です。差別や貧困、抑圧などに苦しむ人々、あるいは蝕まれる自然のいのちの側に寄り添い、その苦しみの根本原因とメカニズムを掘り下げていくと、政治権力や大資本、マスコミの嘘と暴力の構造が見えてきます。そこで多くの人々は、自分自身がすでにその構造に組み込まれて生活しています。そのためそれらを維持するために一部の犠牲は取るに足らない「仕方がない」ものと諦め、現実を追認してしまいます。
しかし、冷静になれば、苦しみの源泉である貪り、怒り、無知を焚きつける仕組みを見極めることができます。そして自分たちもその構造の一端にいるからこそ、責任も可能性もあるのだと、立ち上がり行動する人々がいます。これこそ、すべての存在は繋がり合っており、あらゆる存在は変化していくという縁起の世界にいる自己を自覚する仏教者本来の生き方だと思います。言い換えれば、民主主義の担い手として、一人ひとりが責任を持って社会を形成する「市民」です。
しかしながら日本では社会活動をする人は「プロ市民」と揶揄されることがあります。「お上」にもの申す人をバッシングするムードがつくられます。私はすべての人がプロ市民になるべきだと主張します。そして宗教者こそ、力の側ではなく、苦しみ、弱者、少数者の側に寄り添い、不当な支配や抑圧、構造的暴力から人々を解放する使命があると思います。
宗教者こそ社会にかかわるべき
私は平和、人権、環境等様々な問題に関して宗教宗派を超えた「宗教者のグループ」に参加しています。そこで言う「宗教者」とは、僧侶や牧師だけではなく、自らの信仰を基盤として社会活動をする人です。その中で日本の仏教者はほとんどが僧侶ですが、他国の仏教者や日本のキリスト教者は在家・信徒の方が多数参加しています。
そうは言っても実際、各教団の中でも、宗教者が社会や政治に関わることをよしとしない意見は根強くあります。宗教間では価値観は共有できないと思っている人々も少なくありません。しかし今日、国連憲章をはじめ、世界人権宣言などに表わされた平和、平等、自由の概念、ひいては持続可能な共存、多文化共生のあり方は、かなりの部分共有されています。それぞれの信仰を持つ一人一人が、自ら考え、尊敬と信頼を持って対話を重ね、この世界を少しでも理想に近づける手応えを感じることで、信仰もさらに深まっていくことと思います。
【『在家仏教』2015年6月号に寄稿】

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