“相撲を見るのが一生の夢だった”と言うファイザ・マスリさんと夏場所を観戦したのは5年前だった。その帰り道、隅田川沿いに並ぶブルーシートハウスを見て「あれは何?」と私に尋ねた。日本にホームレスがたくさんいることを知って驚いた彼女の口から出た言葉は、「私に何かできることはないか?」だった。
ファイザさんは「パレスチナ子どものキャンペーン(CCP)」の支援先でレバノンのパレスチナ難民キャンプで活動する現地団体「子どもの家」のスタッフ。この時は交流事業のため難民キャンプの子どもたちを連れて来日していた。彼女自身も難民である。
貧困に加え様々な社会的制約など、何重にも人権侵害を受けている彼らではあるが、援助を受けるだけの存在では決してない。私が訪ねた時も精一杯もてなしてくれるのは、自分の家族もどこかで誰かに世話になるかもしれない。手助けや安らぎを提供できるならばするのが当たり前。出会った者の責任を感じ、「一期一会」を喜べる。パレスチナ・アラブにはそういう文化が定着している。
今、ガザで、レバノンで、彼らが恐怖の日常を過ごしている。あまりにも不釣合いな報復は、以前から意図され準備されていたことは間違いない。圧倒的な力を有する者が「口実」を得た。そして、犠牲となるのは、その直接の対象だけではなく、多くの無辜の人々である。それも折り込み済み。結果(成果)として、利権や領土を拡大する。アフガニスタン、イラク、然り。
このような事態の中で、逃げ惑う人々を最も絶望に追いやるのが暴力を止めようとしない、あるいは彼らの苦しみを必然のように傍観する、偏見に満ちた国際的な無関心だ。
今回のレバノンへの大攻撃は、小泉首相のイスラエル訪問中に始まった。イスラエルの大規模な軍事行動は、アメリカのお墨付きがあってのことと考えるのが順当だ。そしてその場に居合わせた日本もそれを追認したととられてもしかたがない。レバノンに限らずアラブ世界は、概して親日的だった。中東に石油の多くを頼む日本にとって、それは大きなアドバンテージのはずだった。しかしイラク対応などで従米が自明となり、人々に失望を与えてしまった。このタイミングが、この地域の人々の日本を見る眼に影響を与えないはずはない。それでもまだアラブ諸国から一目置かれ、イスラエルとも対話のできる日本の持つ可能性は決して小さくはない。
国連をはじめ国際社会において、実際は一人のケガ人さえ出ていない北朝鮮のテポドンに大騒ぎする一方、すでに数百人の死者を出しているイスラエルの攻撃に無関心であるとしたら、世界の安全保障に一役買う地位などだれが認めるだろうか。

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