『永遠の0』  つぶやき

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お年寄りの患者さんと話をしていると、

『もう、いつ死んでも良い』と、よく聞く。

じっさい、よく聞くとそうでもないことがわかる。

嫁とのいざこざ、ふがいない息子の話、近所との確執。

この娑婆世間は、よほど住みにくいようだ。

たしかに、生きていれば−10もあれば、−0.5もあるかもしれない。

でも時より、+1や+5もある。

しかし、死んでしまえば+−0、なにもない。

怒ることも、泣くことも、笑うことも、感謝することもなくなる。

生きてこそと言う言葉通り、生きているから感じられるものだ。

生き地獄でも、+0.1の感動も喜びもあるかもしれない。

何も感じなく、楽になればいいのか・・・

いずれ、+ー0は訪れる、わたしのように障害を背負ったものでも。

永遠の0までは、生き抜いて生きたいものだ。

昨年、中学時代の悪ガキ4人衆の一人が急逝した。

有名大学から、大手自動車メーカー本社勤務から、海外勤務、

日本に帰ってきたと思ったら病に倒れた。

綺麗な奥さんと可愛い娘さんを残して・・・

もう少し生きたかっただろうに・・・

人の人生は、先が見えない。

だから大切なんだろう。

一昨年、兄と慕っていた患者さんが逝き、弟と可愛がっていた患者さんまで昨年逝った。

今日を、生きたかった人たちの思いも背負って生きなければ、それがマイナスの日々であってもだ。

永遠の0が訪れるまで。


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