ひろこさん一行は、青い扉に再び吸い込まれていったのです。
ひろこさんを受け入れたことで満足したのか青い扉はピタリと閉まりました。
黒いチョウの歌い手の“滅びの歌”で、滅んでしまった世界と言うのは、一体どのようになっているのでしょう?怖いけれど、三日後のあの倉敷の街の姿をなんとか回避しなければ、という強い思いだけが、支えになっていました。それぞれに勇気を振り絞っているのでした。
果たして扉の向こうに着地すべき地面があるかどうかもわかりませんでした。
ところが、扉の向こうには、ちゃんと地面がありました。
グレーの地面は灰が積もっていました。あの天井はなくなっていて、グレーの空が広がっていました。
そこは静かで月の砂漠のようでした。
相変わらず光のありかは定かではないのですが、なぜか、ひろこさんとサチコさんの影だけは、はっきりと黒々としておりました。
カムカム「滅ぼすって、この砂漠の世界になることだったんじゃ。僕は、地面も空もなくなるんかと思っとたわ。これなら大丈夫じゃ。」
ひろこ「本当。カムカムあなたといると、いつも希望の光がみえるわ。やっぱり、いつも一緒にいたいわねえ。」
サチコ「そうねえ、カムカムは、こんな風にいつもとっても役立つわ。」
何もなかったところに風が吹いてきました。
片方の空が真っ黒になっていて、そこから風が吹いてきています。
ひろこ「もしかして、この風は、黒チョウの羽根の風なのね・・」
サチコ「どうも、そのようね。」
カムカム「あの歌を歌うチョウさん?」
ひろこ「きっと、そうね。」
空がヒラヒラと黒く踊っています。
さっき見た、三日後の今橋の竜のように、黒い蝶の攻撃されるかもしれません。しかし何の手だてもありませんでした。
ひろこさん達の頭の上で黒い群れは止まりました。
そして黒い流れとなって地上に下り始めました、やがて黒い流れは、あの人型の歌い手の姿になりました。
表情のわかりにくい黒いチョウの歌い手が、どんな顔をしていたのかはわかりませんが、声の感じからすると少し驚いたようでした。
チョウの歌い手「なんで戻ってきた?」
カムカム「ねえ、チョウさんは、きれいな声だけど、それが、モノを壊すなんて知らなかったんだよねえ。」
チョウの歌い手「何?何か調べたね。」
ひろこさん、サチコさんが止めるまもなく、カムカムはつらつらしゃべりだしていました。
カムカム「僕もチョウさんの歌が聴きたいけど、壊れるのは困るんじゃ。」
チョウの歌い手「聴かせてやるよ。よくお聴き。」
ひろこ「待ってください。」
カムカム「だから、名前当て、名前当てをしようよ!」
チョウの歌い手「名前当てじゃと?イヤなこった。何を望むというのかい?当てられそうじゃなあ。」
カムカム「だから、チョウさんの歌声が、モノを壊さないきれいな歌になるように。」
チョウの歌い手「本当か?なんでじゃ?」
カムカム「僕、あの歌声が好きじゃから。ちゃんと聴きたいから。壊れだすと、何を聴いているのかわからなくなっちゃうもの。そうでしょ?」
チョウの歌い手「ああ、その通り、この歌声を聴けば、壊れてしまうからな。」
カムカム「だから、名前当てをしよう。僕が当てるから、僕の望みは、君の歌の呪いがとけること。」
チョウの歌い手「お前の望みが、この歌の呪いをとくことなのかい?」
カムカム「そう。だって、きれいな声だもん。聴きたいよ。」
チョウの歌い手「そうじゃったなあ、“王様になりたい”と、言わなかったお前だったなあ・・いいよ、名前当てをするとしよう。私の名前を当ててごらん、はずれれば、お前は私のもの、見事当てれば、お前の、望みを叶えよう!」
カムカム「うれしいな。チョウの歌い手さんの名前は“スパイダー ララ”ちゃん。ね。当たった?」
チョウの歌い手「そうか、やはり、知っておったのか、そうじゃ。当たりじゃ。もっと早く、お前に出会えばよかった・・では、さようなら。ありがとうよ。」
カムカム「よかったねえ。」
表情のわかりにくいチョウの歌い手の顔が引きつったようにゆがんだようでした。チョウの歌い手はボロボロと崩れ始めました。
カムカム「あれ?どうしたの?ねえ。ひろこさん。サチコさん。チョウさんが、ララちゃんが崩れていくよ。ララちゃん!どうしたの!ララちゃん!」
サチコさんが、カムカムの手を握りました。
ひろこさんも、カムカムの手を握りました。
みるみるうちに、チョウの歌い手のスパイダーララは、ハラハラ、チリチリと崩れていきました。
カムカム「これって、ララちゃんが負けたからなの?ララちゃんごめん、知らなかったよ。」
崩れながら、ララちゃんが少し笑ったような風に見えました。
そして見る見るうちに、ララちゃんは、小さな灰の山になってしまいました。
カムカムのほほを涙がポロポロつたいました。
サチコ「カムカム。ララちゃんは、覚悟の上だったのよ。」
カムカム「でも、僕の望みはどうなったの?きれいな歌声。ララちゃんの・・」
ひろこさんは、慎重にララちゃんの灰の山を調べ始めました。
ひろこ「カムカム。見て。見てごらん。」
ひろこさんは、手のひらに何かを乗せていました。
カムカム「ララちゃんは、ララちゃんは、ただ、きれいな声で歌いたかっただけなんじゃ。きっと皆に聴いてもらいたかっただけなんじゃ・・それなのに、こんな小さな灰になってしまうなんて・・」
サチコ「このゲームは命がけなんだわ、そこで、カムカムが歌の呪いがとけるように望んだ。カムカム見てごらん。」
目に涙を一杯ためているカムカムがにじんだ視界で、ひろこさんの手の中を見ました。
三人の視線を集めて、小さなイモ虫がモゾモゾと恥ずかしそうに動いています。
カムカム「生きとる、生きとる。この子。この子。ララちゃん?ララちゃんじゃ。」
サチコ「そうよ。今、生まれたばかり、生まれ変わったのよ。」
ひろこ「まあ。そうなのね。」
サチコ「カムカム、あなたが名前付けてあげて。」
カムカム「そうか、生まれ変わったのか。よかった。え?名前?」
サチコ「カムカム、心の中で、こっそり名前をつけてあげてね。きっとチョウたちには、名前はとっても大切なものなのよ。誰にも秘密の名前よ。」
カムカムはしばらく、その小さなイモ虫を、見つめていました。やがてカムカムはニッコリしました。
カムカム「決めたよ。でも内緒。」
その小さなイモ虫だけに聞こえる小さな声で名前を告げました。小さなイモ虫もニッコリしました。
それから、イモ虫は美しい声で歌を歌い始めました。
こうして、やっと青い扉は閉まりました。
3日後、無事「倉敷まねき猫まつり」は始まりました。
みの虫のイモ虫さんは、ひろこさんのお守り袋の中のミニダイヤの中でくらすことになりました。
おしまい。

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