セミリンガルの恐怖10  1) セミリンガルの恐怖

フランス語への適応 TB034

英語と日本語のバイリンガル教育には大変苦労した長男に比べ、次男は何の苦労もなくいつの間にか両方の言葉とも順調に発達して行きました。だから私の頭の中では「長男は語学が苦手、次男は語学が得意」という認識がいつの間にかできあがっていました。

やがて私達は長男が7歳、次男が4歳、末娘が2歳の時にフランスに引っ越して来る事になり、子供達は今度はフランス語まで習得する事になりました。

イギリスでの片付けが残っていた夫は引越の次の日にはイギリスへ帰ってしまったので、私は夫が来るまでの約3ヶ月の間、フランス語がまったくできないにも関わらず、学校探しから何もかもを一人でする事になってしまいました。


私は言葉が苦手な長男の事は特に心配だったのですが、私のつたないフランス語能力では、せめて長男の学校のプリントにすべて辞書を引き、英語の訳をつけておいてやるくらいの事を手伝うだけで精一杯でした。

ところが驚いた事に、母国語が英語だった長男は、英語と語源を同じくしているからなのか、フランス語を習得するスピードは極めて早かったのです。

逆に「語学が得意」だと思っていた次男の母国語は当時は日本語だったせいか、日本語との語学間の距離の遠いフランス語の習得は長男よりもずっと時間がかかったのでした。

この時私は「語学の習得には本人の素質や環境だけでなく、母国語との語学間の距離というものが大きく影響を及ぼすのだ」という事を痛感しました。

やがて夫も一緒に暮らすようになり、長男の宿題を見てくれるようになったものの、夫のフランス語もレベルは低かったので長男にはすぐに追い越されてしまいました。だから長男にはフランス人の家庭教師を付ける事にしました。

まったく言葉のできない環境にほうり込まれた時、長男の自尊心を唯一支えたものは彼の「算数の能力」でした。当時「教育ママゴン」だった私は長男には3歳から公文をやらせてしごいていたので、彼の算数の能力は学齢よりも進んでいたのです。

言葉ができなくても数字ならわかるので、算数ができる事で先生からも周囲からも「言葉がでるようになりさえすれば本当は頭のいい子なんだ」と思ってもらう事ができます。こうした周囲の認識は当時の長男にとって大いに心の支えとなったようでした。

こうして長男は最初の学年の終わる頃までにはフランス語も随分できるようになったので、新学期からは学年相当のレベルに入れてもらえる事になりました。

ところが、2ヶ月の長い夏休みに遊びほうけているうちにすっかりフランス語を忘れてしまった長男は、新しい先生から「語学力不足のため退学」を命ぜられ、元のレベルに引き下ろされてしまいました。これはまさに「安心して油断した親の不覚によるもの」と、大いに反省した私でした。


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