16歳8か月の愛猫ミーチェ(愛称みいみ)を2020年秋に亡くしました。
でもタイトルはこのままにして、その後の日々を綴っていこうと思います。
2009/8/30
フランスの美しい片田舎で暮らしている、
尊敬する、わたしの年上の友人から、
先週、届いた素敵な小包み。
中をあけると繊細な刺繍が施され、
可憐なレースでふちどられたテーブルクロスが2枚。
なんと、百年以上前のアンティークなのだとか。
数年前に彼女の家を訪ねた時、
わたしが彼女のアンティークのテーブルクロスを
いたく気に入っていたのを覚えていてくれて。

百年以上前の物とは思えない美しさだけど、
そんな貴重な物を、わたしなどが頂いていいのかしら。
うれしさと同時に、貴重な物を預かったような気がして
こわれものに触れるように、震えてしまった指先。
海を越えてフランスから届けられた宝もの。
百年の時を超えて、手から手へと
大切に受け継がれてきたものなのでしょう。
どのような繊細な指がこの刺繍やレースを生み出し、
どのような人々が、このクロスと共に
和やかな食卓や、お茶の時間を過ごしてきたのかしら。
わたしにそれを引き継ぐ資格があるのか不安だけど、
大切に大切に使わせていただかなくては。
たくさんの幸せな思い出を込めて、誰かに受け継ぎ、
やがて百年後の誰かの、幸せな食卓を飾れることを祈りつつ。

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2009/8/29
第九友だちとは久しぶりの再会だったので
レッスンの後、いっしょにランチ。
なんと彼女が行こうと誘ってくれたところは
わたしが今日一人でも行くつもりだったお店。
これは、「行け」という神さまの思し召し?
JR西宮の近くにあるレストランで、
1階にある八百屋さんが経営しているお店。
その名も、808Kitchen(やおやキッチン)。
新鮮なお野菜をたっぷり使った料理が自慢。

ジャガイモと白桃(!)のスープも絶品だったし、
お野菜たっぷりのメインディッシュも最高。
パプリカのチーズケーキも、あと3個は食べたかった。

ヘルシーなごちそうを頂きながら、
3時間以上もおしゃべりに花を咲かせてしまった。
ランチが終わったら夕方だったけど、まあいいか。
楽しくて、うれしくて、おいしい一日だったから。

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2009/8/29
今年も第九のレッスンがいよいよ開始。
去年の先生は、歌もピアノも女性でしたが、
今年は、どちらも男性の先生。
今日は初回なので、声楽の基礎と理論が中心。
大きな声より、響く声を目指すこと、
音源を喉より下に持っていくよう意識すること、
子音と母音の距離を意識することなど、
去年は知らなかったことも、いろいろ学べそう。

でも何よりもやっぱり、歌うことって楽しい。
レッスンの最初に、思う存分声を出した時も快感だったけれど
先生の指導で、皆の声の響きがどんどん変わっていく驚き。
わたしはやっぱり、合唱というものが大好きみたい。
ばらばらな声質が合わさって、1つの響きとなる瞬間。
ハーモニーが生まれ、何かがつながるのを感じる瞬間。
上手い下手とは関係なく、そこには何か原始的で
根源的、本能的な、「よろこび」というものがある感じ。
今年もまたそれが味わえることが、今はただただ幸せ。

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2009/8/27
今日は職場のトルコ人のインターンのKちゃんが
トルコ料理を3品も作ってきてくれたので
ランチにみんなでご馳走になりました。

今までトルコ料理は食べたことがなく、
シシカバブみたいなイメージしかなかったけれど、
世界3大料理の1つと言われるゆえんを
ちょっと垣間見ることが出来たかも。
鶏の胸肉をくるみと茹でた人参で和えた
コクがあって優しい味のチェルケ・タブグ(下の写真の左上)、
オリーブオイルで炒めた白ねぎと人参にご飯を加え
たっぷりのレモン汁で和えた爽やかな味のピラサ(手前)、
粟のような穀類とキュウリ、パプリカやトマトピュレーなどを、
チリペッパーとドライミント、レモンで味を調えたキシー(右上)。

どれも本当に優しくまろやかな味で
お腹いっぱい食べても、全然お腹が重くならない。
あまりのおいしさに、レシピを書いてもらったから、
味を忘れないうちに、ぜひとも挑戦してみなければ。
大変だったろうにありがとうね、Kちゃん。

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2009/8/26
おととい録画しておいた「熱闘甲子園」を
昨夜になって、ようやく観ました。
今更ながらに知った、歴史に残るゲームの全貌。

日大文理のみなさん、新潟のみなさん、
敵を討ちに行くなんて言ったりして、ごめんなさい。
最後の最後まで決して諦めない、ひたむきさと、
試合後、涙を流しながらも笑顔で相手を讃える爽やかさ。
あんな素晴らしいゲームになったのも
このような素晴らしいチームが相手だったから、と分かって。
感動して、ちょっと涙ぐみつつも
地元のことばかり考えてた、自分を恥じました。
あなたたちは、決勝戦で試合に勝てなかったけれど
でも決して、負けてはいませんでした。
遅ればせながら日大文理のみなさん、ありがとう。

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2009/8/24
こんな日に仕事とは何の因果かと思ったけれど
上司が、刻一刻と経過を報告してくれるので
ドキドキハラハラしながらも、お仕事。
途中、6点差もつけておいて楽勝かと思いきや
9回の表で5点を返された時には
どうなることかと、どれだけ気を揉んだか。
こんなドラマは、心臓に悪いったら。
1点差で逃げ切れて、本当に良かったぁ。
逆転されようものなら、明日仕事を休んで
新潟までわたしが敵討ちに行くところでした。

甲子園の夏も終わり、空にはひつじ雲。
そして朝晩には、いつの間にか秋の気配。
過ぎてみると夏は案外短くて、切ない余韻を残す季節。

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2009/8/23
昨日、甲子園は準々決勝2日目。
県岐阜商VS帝京、中京大中京(愛知)VS都城商という、
岐阜出身のわたしにとっては
東海勢2試合という、まさにゴールデンカード。
これで応援に行ってやらなければ
何のために西宮にいるのか分からないというもの。
午前中、月に一度の漢方外来と半年に一度の消防点検をこなし、
大急ぎで駆けつけて、何とか1試合目の4回の表。
有料席はすべて売り切れて、どこも満席。
それでも何とか先に行っていた友人と合流し
甲子園独特の雰囲気にどっぷりとひたって、わたしも声援。
思いのほか、東海勢を応援してくれる人々が多く、
県岐商は6対3で、中京は6対2で勝ち、最高の一日でした。

そして準決勝の今日は、県岐商VS日本文理(新潟)、
中京大中京VS花巻東(岩手)の
東海勢にとっては、これまたプラチナカード。
駆けつけたいのは山々だったんだけど、
昨日の応援で、すっかり燃え尽きてしまったわたしは
バスなら10分の球場行きを断念して、テレビ観戦。
残念ながら県岐阜商は1対2で惜敗してしまったけれど
中京は11対1で大勝してくれたため、
明日の決勝ではぜひ、中京に県岐商の仇を取ってもらえれば。
それにしても中京対花巻東の試合では、
今大会屈指のピッチャー、菊池君が背中を痛め、
息をするのも痛いという状況でマウンドに立ってホームランを浴び、
次々交替した選手も連打を浴びて、痛々しいほどで、
途中からどちらを応援しているのか、自分でもわからない状態。
容赦ない中京の攻めに思わず、もうその辺で勘弁してやって、と
思わずテレビの前で言ってしまうほどに。
でも、どちらも、精いっぱいの良い試合。
夏の高校野球が大好きだった父なら、泣きながら観たでしょう。
明日、どちらが勝っても負けても、
この夏すべての汗と涙に、心から拍手したい思いです。

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2009/8/20
最近、anti−aging(アンチ・エイジング)とか
with−aging(ウィズ・エイジング)とか良く耳にするけど、
つまりは、少しでも老けないように努力するか、
年相応であることを良しとするか、ということみたい。
でもわたしには、どちらもなんかしっくりこないような。
わたしは、出来ることなら、年齢にとらわれず
age−free(エイジ・フリー)でいたいな。

X才なんだからXXすべき、とか
X才だからXXするのはおかしいとか、
そういうのから解放されて、自由でいたい。
他人がどう思うかは、あまり気にしないで。
年齢に関係なく、着たい服を着たいし、
したい髪型をしたいし、好きなものを好きでいたい。
健康のこととか、どうしようもないことはともかく、
自分で選択できる限りは、年齢に左右されずに、
自分らしく、ただ「なりたい自分」を目指して。
幾つになってもそんな生き方が出来るような
そんな年齢の重ね方をしていけたらいいな。
「いい年をして」と何度言われることになっても。

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2009/8/18
この夏は、来る日も来る日も曇ったり降ったりで、
なんとも拍子抜けするような感じだと思っていたら
お盆も過ぎた今頃になって、必要以上にやる気を出してきたみたい。
ここ数日は、本当に暑いこと、暑いこと。
でもおかげで、夏になったら着ようと思ってた服やサンダルが
ようやく身につけられて、ちょっとうれしい。(遅い?)
なぜか、熱帯・エコ体質のわたしは、暑さに強くて冷房には弱く
家では、風通しの良さもあって
ここに越してきてからは、ずっとエアコン要らず。
今年は職場も女性ばかりになったせいか、
大体室温は28度前後で、夢の半袖・サンダル生活。
あとは、親の仇のように冷房を効かせるJRが、
多少エコも考えてくれることを祈るばかり。

エコといえば、この夏実施されている、
木曜から日曜までの高速道路千円行き放題、
あれも、その観点からすればまったく反・エコなんだけどな。
このお盆は不景気と、台風による各地の高速道路寸断の影響で
史上最悪、空前の大渋滞だったみたいで、
身近でも、通常4時間の実家まで7時間かかっただの、
熊本まで高速を乗り継いで、気合と根性で走り通しただの、
驚くような武勇伝をあちこちで聞きました。
確かに背に腹は替えられないから、無理もないけれど、
どれだけのCO2が排出されたか、少し気になりつつ。
だから来る総選挙には、出来ればふところだけでなく、
環境にも優しい政策を打ち出してくれる党があるといいな。
今日少しのガマンが、明日の快適につながるように。
(あ、暑くても平気なわたしが言っても、説得力ないか・・・)

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2009/8/16
録画しておいた「グーグーだって猫である」を観ました。
ほんわかと、優しい空気の漂う作品。
小泉今日子さんのかもし出す、雰囲気が素敵。
でも原作とは、似て非なるもので、
原作の「グーグーだって猫である」と
その前作の「サバ」のシリーズと
新たなフィクションを足して3で割った感じ。
本当のグーグーは完全な室内飼いだから
映画にはしづらかったのでしょう。

それよりも、見終わった後心に残ったのは
まるで少女時代の自分に出会ったような、
なんとも言いようのない、懐かしさ、切なさ。
映画の中に出てきた大島作品のカットは
ほとんどどれも、知っているものばかり。
今ではすっかり寡作家で、自分の身の回りのエッセイのような作品を
わずかに描くだけとなったの大島弓子さんだけど
全盛期の作品は、どれも美しく繊細で、透明で、
あふれるような叙情性と、豊かな感受性に彩られ、
「マンガ」という枠を超えた、抒情詩のようでした。
わたしの感性や、感受性の多くは、
少女時代に出会った、大島作品と萩尾作品で培われたようなもの。
あの時代に彼女らの作品に出会えたことに今も感謝しています。
時に、心の片隅に押し込めてしまったりしているけれど、
そうして育まれた、やわらかく透明で瑞々しい感性を
今もこの先も、ずっと失わずにいたいと思うのでした。

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