16歳8か月の愛猫ミーチェ(愛称みいみ)を2020年秋に亡くしました。
でもタイトルはこのままにして、その後の日々を綴っていこうと思います。
2008/7/30
数日前にすごい雷雨に見舞われたものの
また夏空が戻ってきました。
実は、以前読んだ本の中に
「本当の愛は、相手に何も望まず、何も求めないこと」とあって、
その時は、どうしても
そこだけが理解できなかったんだけど、
昨日「父にどうなってもらいたいとは願わない。」と書いた後で、
あ、これなのかも、と。

ただ父でいてくれたらそれでいい、
どんな父でもいい、
その思いだったんだけど、
それが「相手に何も望まず、何も求めないこと」
ということに通じる気がして。
それはつまり、相手のすべてを
ありのまま受け入れるということ。
その人がその人であるだけで、
幸せを感じられるということ。
極論すれば、傍にいても、いなくても、
自分を愛していようと、いまいと。
どうしても人は求めたり、
期待したりしてしまって
わたしの愛する人たちみんなに同じ思いを抱くには、
まだかなり時間がかかりそうだけど
何かちょっとだけ、つかめたような。
これは、父と、父の病に、
またひとつ教えられたこと。

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2008/7/29
この週末、本当にいろんなことがありすぎて
ブログをアップすることも出来ませんでした。
いつものように父のお見舞いに岐阜に帰ったその翌々日には、
なんとわたし自身が救急車のお世話に。
以前も患ったことのある結石だったのですが、
何度やっても、あの痛みと言ったら。
最初10時間は断続的に痛み、
最後10時間はぶっ通しで、
しかも痛みは増す一方。
あまりの痛さにのたうちまくっていたので
もう少しで大蛇か竜に変身するところでした。
あぶない、あぶない。
痛みが治まったら
今度は痛み止めを3段階にきつくして使ったせいで
ぐるんぐるん目は回るし、嘔吐はするし、
あの時ばかりは天動説を確信したかも。
でも何とか日帰りで帰ってきて
仕事にも早速復帰しました。
やれやれ、でした。

それからそんなことしている間に
父は今までお世話になった市民病院の近くの
老健施設に転院しました。
どんなところかわたしはまだ見ていないし
そういう施設自体初めてなのだけど
ただただ、父が満足して暮らせるといいな。
父にどうなってもらいたいとは、願わない。
ただ父の心が安らかなら、それで十分。
これからもいろんなことがあるだろうけど
これからも、わたしが願うのはただそれだけ。
父と、そして母が
それなりに安らかになれますように。
それを願いつつ、
また父の様子を見に行くことにします。
わたしが無事に復帰出来たこと、
父が無事に転院出来たこと、
これらを喜びに変えて、
また明日から頑張りましょう。

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2008/7/24
このところの厳しい暑さで
みみにゃんは玄関の人造大理石の上が
ひんやりして気持ちがいいらしく
すっかり占領して、涼んでいる毎日。
ごはんを食べておなかがふくれると
ほら、この通り。
床じゃなくて、玄関なんです、これ。

たま〜に目を覚ましてても
やっぱり、この通り。
まったくもって、やる気なし。
あ、みみにゃんがやる気を出したことなんて
四季を通じても、ないんだった。

おかげでしょっちゅう玄関のたたきまで
雑巾がけしなきゃいけなし、
そんなに広い玄関じゃないんだから
はっきり言って、おじゃまなんですけど・・・

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2008/7/21
このところの暑さは本当にすごい。
日中外に出るには、ちょっと気合がいりますね。
うちはまわりに木が多いせいか
朝のせみの大合唱は、もはや暴力的な勢いです。
でも、今日は南からの風があるだけ
昨日よりは、よほど過ごしやすく感じられました。
明日はもう、大暑。

このところ父は会うたびに
小さくなっていくみたい。
それが、何だかさみしくて。
それでも父と二人向かい合って
爪を切ったり、顔を拭いたり
ヒゲをそったり、
いろんなことを話しながら
過ごす時間があることを
わたしはとても感謝しています。
独立心旺盛なわたしは
高校卒業と同時に家を出て、
それからは年に数回しか帰らず、
この年まで「父と娘の時間」を
ちゃんと持ってこなかったから。
あのまま父が逝ってしまっていたら
きっとそのことを後悔しただろう。
二人きりで話したこともなかったこと、
父の体をさすってあげたこともなかったこと、
ただ父と娘としてのありふれた時間を持ってこなかったこと、
きっと、後悔したに違いない。
今まで過ごしてこなかった、
そんな「父と娘の時間」を
今取り戻させてもらえている気がして。
今あるこの時間は神さまからの贈りもの。
これまで伝えられなかったことを伝える時間、
これまで出来なかったことを出来る時間。
でも、誰かとの別れの前にいつも
こんな時間を与えられるとは限らないから
これからは、自分のまわりにいてくれる人たちに
伝えたいことは、ちゃんと都度伝えなきゃ、
出来ることは、ちゃんと都度やらなきゃ、
そんなこともまた、教えられている気がするのでした。

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2008/7/19
今日は各地で35度を超える猛暑。
写真は、おしろいでもはたいたかのような
不思議な風情の、半夏生(はんげしょう)という草花。
夏らしい名前ですね。

今日わたしは、2人の子どもに手紙を書きました。
実はわたしには、2人の隠し子が。
1人はインドネシアにいる7歳の男の子、
もう1人はケニアに8歳の女の子。
もう2年ほど前から、
わたしはこの2人の第2のお母さん。
まだ2人とも幼くて、
返事は絵だったり、
お母さんからだったりするのだけど
写真が送られてくるたびに
びっくりするくらい大きくなっていることが
本当にうれしい。
子供が当たり前に成長できる国では
なんでもないことなのだけれど
世界にはそれが当たり前でない国が
まだまだ本当にたくさんあって。
そんな国に生まれた子どもたちは
世界に何十万人も、何百万人もいて
わたしが手を差し伸べられるのは、
たった2人に過ぎないのだけれど。
2つの小さな笑顔が輝くことを願いつつ
小さな文房具も同封しました。
さあ、明日はわたし自身娘に戻って
父に会いに行ってきます。

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2008/7/17
昨日ついに近畿でも梅雨明け。
いよいよ本格的な夏を迎え、
朝の蝉の大合唱が迫力を帯びてきました。
ところで先日生まれて初めて「人間ドック」を受け
その結果が、昨日ついに手元に。
それが思ったより良かったので
ちょっとほっとしているところ。
父が倒れてから1ヶ月くらいの間に
食欲旺盛だったにもかかわらず
体重が一気に5kg落ち、
めまいや不眠症の症状が出たりしたものの
それは単なる過労だったみたいで、
ついでに体脂肪も落ちてくれて、
体重も、体脂肪も、BMIも
なんだか数値的にはとてもいい感じ。

ジム通いしても、
ウォーキングに励んでも
ブートキャンプに入隊しても
(ええ、買いましたとも)
これまで微動だにしなかった体脂肪が
よもやお見舞い通いであっさり燃焼したとは。
良く分からない、お見舞いダイエット。
とはいえ、このまま続くと体がもたないので
少しずつ持続可能な路線を試行錯誤した結果、
体重も体脂肪も、今では少し戻りました。
コレステロールはどういうわけか
善玉の方が悪玉より多いという
へんてこな組み合わせですが、
それも問題はないみたい。
眼科だけ精密検査しにいかなくちゃいけないけど
それ以外は元気そのものみたいなので、
少々の疲れはものともせず
はりきって夏を過ごすことにしましょう。

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2008/7/15
実は親しくしているお友達が
家庭の問題に悩んでいて
力になれないわたしも、
このところ胸が痛む日々。
中学生になったばかりの息子さんが
どういうわけか急に学校に行こうとしないのだとか。
そしてその理由も話そうとせず、
「生まれてこなければ良かった」と、
彼女をなじることもあるのだとか。
「生まれてこなければ良かった」
・・・なんて悲しい言葉でしょう。
赤の他人のわたしが聞いても
やるせないほど悲しい言葉なのに
離婚を経て、息子さんの幸せのためだけを思って
懸命に育てている彼女の胸に
どれだけつらく響いたことか。
生まれてこなければ良かった生命なんて
ひとっつもないと思うのに。
みんな何かをするために
何かの役割を持って
生まれてくるものだと思うのに。
彼はまだ自分が、結婚に失敗した彼女の
たったひとつの生きがいになっていることに気付かない。
それが今の彼の十分な存在意義であることに
彼が気付きさえしてくれれば。
それが見えない十代という時期は、
不安で不幸な世代なのかもしれない。
わたしにもそんな時期があったのだろうな。

数十年生きた今となっては、わたしにも良く分かる。
なにも歴史を動かすようなことしなくたって
大金持ちにならなくったって
人に認められるような何かを残さなくったって
たった一人でも、誰かを幸せにすることが出来れば
その人生は、じゅうぶんに価値があるってこと。
そのたった一人のために
苦しみながらも絶対に諦めない彼女と
自分がそのたった一人であることに
気付かないで苦しむ息子さんのために
何も出来ないけど、祈りたい。
照れくさくて、毎日会うような人たちには
このブログは内緒にしているから
彼女もこれを読むことはないけれど
せめて応援してる気持ちだけでも届くといいな。
朝の蝉の声も次第に力を増し、
今日は祇園祭の宵々山。

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2008/7/13
昨日は蝉の初鳴きを聞きました。
まだ、たった1匹。
しかもまだ少したどたどしい感じだったけど
本格的な夏の訪れを感じさせてくれました。
そんな夏が来たばかり、ではありますが
この秋から、新たに挑戦しようと思っていることがあります。

昨年末に佐渡裕さんの「炎の第九」に心から感動して以来
一生に一度でいいから佐渡さんの指揮で
第九を歌いたい、という夢を
心の中でひそかに温めてきました。
ところが、そのチャンスが早くもやってきたのです。
一万人の第九、という
大阪では毎年恒例のコンサートがあるのですが、
その指揮をしているのは、なんと佐渡さんなのでした!
という訳で、何も知らない友達を引っ張り込み
申し込みをしたところ、
厳正なる抽選の結果、無事参加できることに。
とは言え、音楽になると熱い佐渡さんだけあって、
たとえ1万人もの市民のコンサートでも
本番で歌うには12回ものレッスンへの参加が必須。
以前は殆どぶっつけで参加出来たりしたそうですが
佐渡さんは指揮を引き受ける以上は
一回きりのお祭りイベントではなく
ちゃんとみんなで音楽を作り上げたいと、
それを条件とされたのだとか。
12回といえば3ヶ月。
フランス語の試験もあるし、
父のこともあるし、
秋は仕事も忙しい。
本当に出来るものかしら。
少なからぬ不安はあるし
父がこんな状態の時に、という躊躇もあるけど、
佐渡さんがいつまで日本で指揮されるか分からないし、
逆にこんな時期だからこそやるべきなのでは、と
挑戦してみることにしました。
というわけで、今年後半のわたしのプロジェクト。
1.年末に佐渡さんの指揮で歌う第九のステージに立つことに挑戦
2.フランス語準1級に挑戦
3.出来る限り父とそれを介護する母を支えることに引き続き挑戦
挑戦するだけで終わるものもあるかもしれないけれど
がんばれ、がんばれ、わたし。

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2008/7/10
先週から仏語の夏学期が始まりました。
メンバーは少しだけ変わって、
青年海外協力隊で西アフリカに行っていたという男性や
モロッコに行っていたという女性が
新たに仲間になりました。
10人ほどのメンバーのうち3人が
青年海外協力隊出身というのはなんだかすごい。
2級受験のメンバーは
先週末に試験を終えて
ほっと一息モードを漂わせていたけれど、
わたしなど準1級受験のメンバーは、
秋の試験がいよいよ視界に入ってきて
そろそろエンジンがかかってきたところ。
でもだからといって、
まとまった時間が取れるわけではなく
相変わらず勉強の殆どは
通勤の行き帰りの電車の中など
細切れタイムの寄せ集め。
中でも片道3時間近くかかる帰省の電車の中は
実は貴重な勉強時間。
なのに疲れがたまっているのか
気がつくと熟睡してしまっていて
本当、わたしったら、わたしったら。

こんな細切れ学習をつなぎ合わせて
この秋に合格できるほど、
世の中甘くないと分かってはいるけれど。
試験に落ちるかっこ悪さも痛手も
それも愛嬌と割り切って
やりたくてやっていることだから
言い訳しないで
諦めないで
ただただ、行けるところまで行ってみよう。
いつか実のなるその日を信じて。

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2008/7/7
ちょっと早起きして
夙川公園の池に立ち寄ったら
蓮の花が咲き始めていました。

蓮はわたしには、多少縁があるお花。
まずは、今の職場に転職する際
採用のひとつのポイントにしてもらえたのが
ロータス(英語で、蓮の意)というソフトの経験。
でもまあ、これはさておき。
そして、以前このブログでも紹介した、
わたしとさまざまな共通点があって
なぜか友達以上の縁を感じる彼女のお店の名前が
白い蓮の花を意味する「プンダリカ」。
さらに、わたしが華道の師範になる時に
頂いた名前(斎号)が、「翠蓮斎(すいれんさい)」。
翠の字は先生のお名前から頂戴した字なので
「蓮」こそが、わたしのひそかな第二の名前。
華道から離れている今となっては
わたしにそんな第二の名前があることを
わたしの周りにいる人は殆ど知りません。
沼や泥水の中にあっても
すらりとまっすぐな茎を伸ばし、
朝日の中で清らかな花を咲かせる姿に憧れるわたしは、
人に知られぬ、この第二の名前を
今も、心の中で大切にしているのでした。

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