ダラダラ中につきカメ更新 感想など、ちょろっとでも書き込んでいただけましたら泣いて喜びます🎵

2021/9/7  2:58

【指環】2  小説(再掲)

「怖がらせて申し訳なかった」

人目も憚らず泣きじゃくるユリアに、タリウスはひどく動揺した。ともあれ彼女を落ち着かせようとその場に膝を折り、そっと髪に触れた。

「違うんです」

「はい?」

「そうじゃなくて、わたし…」

ユリアが懸命に話そうとするものの、嗚咽に紛れてよく聞き取れない。

「大丈夫ですか?ともかく帰ろう」

「帰れません」

「どうして?」

「だって…」

ふいに、近隣の民家に明かりが灯るのが見えた。まずい。そう思った矢先、またひとつ明かりが増えた。

「やむを得ません」

タリウスはランタンを手繰り寄せ、腰に掛けた。

「え…?」

そして次の瞬間、ユリアの身体が宙に浮いた。

「えっ?!」

まさかの事態にユリアは驚愕した。

「騒がないでください。これではまるで、本当に誘拐している気分だ」

「誘拐って…」

タリウスはあわてふためくユリアを抱き抱え、暗がりをずんずん進んだ。

「そう思われたくなかったら、少し静かにしていてください」

ユリアは、この段になってようやく状況を理解したのか、急速に大人しくなった。そうして間近に聞こえた鼓動に、顔を赤らめた。


「何があったのか尋ねても?」

数分後、ユリアを居室へ戻したところで、タリウスは再び疑問を口にした。

「ごめんなさい。私、指輪をなくしてしまいました」

「指輪って、あの?」

思わず聞き返すと、ユリアは無言で肯定した。

「勘弁してくれ」

タリウスは唖然として、考えるより先に言葉が口をついて出た。まるで身体中の力が抜けていくようだった。

「ごめんなさい」

「ああ、いや、そういうことではなくて」

自分の言葉に責められたと感じたのだろう。ユリアはほろりと涙をこぼした。

「泣くようなことですか」

「だって」

ユリアは左手の薬指を恨めしそうに見やった。そこには、数日前にはめたばかりの小さな石が光っている筈だった。

「元々あの指輪は魔除けのつもりで贈りました。あなたの代わりに指輪が厄災を引き受けてくれたのだとしたら、それはそれで構わない」

石には、古来より持ち主を災いから守る力があると信じられている。それ故、石が割れたり、なくなったりすることは、殊更悪い兆候ではないとされていた。

「でも…」

涙に濡れた瞳が忙しなく瞬く。

「それでも諦めきれないと言うなら、明日一緒に捜します。その上で、見付からなければ、また代わりのものを差し上げます。心配しなくとも、そのくらいの甲斐性はありますよ」

「いいえ、それではあまりに申し訳ないです。それに、そういう問題では…」

「確かに、そういう問題ではない」

そこでタリウスは意図的に声音を変えた。

「はい?」

ユリアが身構える。それが何を示すのか、彼女は本能的にわかっている。

「指輪を失くしたのは、不可抗力でしょう。もとより責めるつもりはありません。ですが、仮病まで使って、こんな時間に無防備に指輪を探し歩くなど、正気の沙汰とは思えません」

ユリアはしゅんとなり、それから、ごめんなさいと言ってこちらを見上げてきた。

「時々あなたが子供に見えて仕方がない」

「だって」

自分でもそう思ったのか、言い掛けてユリアは目を伏せた。タリウスには、その姿が言いようのないほど愛おしかった。

「さて、悪いことをした娘は、どうなるんですか」

「それは…罰を…いただきます」

「あなたにはどんな罰が相応しいと?」

「そんな、タリウス。意地悪言わないで」

「いいえ。これは躾です。ユリア、来なさい」

真っ向からユリアを見詰め、あえて厳しく命じた。彼女は小さく返事を返し、ほんの少し躊躇った後で、自らスカートをたくし上げ、下着に手を掛けた。

彼女の躾を請け負うようになって随分経つが、これまで一度たりとてそんなことを命じたおぼえはない。それだけに、彼女が本心から悔いているのがわかった。

「良い心掛けです」

察するに、彼女が悔いているのは指輪を失くしたことだ。そう思ったら、このまま何もせず解放してやりたくなった。だが、それでは彼女の気が済まないだろう。

ユリアを膝に横たえ、程なくして最初の一打を見舞った。白いお尻にくっきりと指の跡が浮かび、同時にビクンと身体がはね上がる。想像していたより遥かに痛い筈だ。

「しっかり反省しなさい」

その後も、少しも力を緩めることなく、左右のお尻に平等に平手を落とした。その間、ユリアは身体を固くして、ひたすら痛みを享受した。その姿は、まるで痛みを噛み締めているようにも思えた。

「少しは懲りましたか」

どうにもいたたまれなくなり、タリウスはお仕置きする手を止めた。

「ごめんなさい、タリウス。わたし、どうしたら良いかわからなくて…」

「そういうときは聞いてください。ほら、ユリア。おいで」

ユリアを膝から下ろし、そっと抱き寄せると、彼女のほうから強く胸にしがみついてきた。そのまま黙って抱き締めていると、ぽつりとユリアが呟いた。

「本当は、お顔を見たときからずっとこうしたかったです」

「それならそうと言ってください」

全く素直じゃないなと、タリウスは苦笑した。

「また買ってあげるから」

「イヤよ。気に入っていたんだもの」

「わかった。捜すから、いい加減、泣き止みなさい」

「だって、お尻が…」

「指輪が不要なら、いっそ鞭でも贈りましょうか」

「け、結構です!」

ユリアはぎょっとして声を上げ、それから頬を上気させた。


12

2021/9/5  3:07

【指環】  小説(再掲)

「そんなところで何をしている」

兵舎からの帰り道、角を曲がれば宿屋というところで、タリウスの視界に見知った影が飛び込んできた。

「とうさん?!」

シェールは驚いて、勢い良く立ち上がった。そんな息子のすぐ近くには、もうひとつ、地面にしゃがみこむ影があった。

「お疲れさまです。今日は随分と早いお帰りですね」

「そんなこともないと思いますが…」

退っ引きならない事情があれば話は別だが、繁忙期ではない普段の日は、夕食前には帰宅するのが常である。

「それより、こんなところで二人して何を?」

「べ、別に何も」

シェールが慌てた様子で答える。その見るからに不自然な様に、タリウスは何かあったと直感する。

「ええ、お散歩をしていただけです。そろそろ帰るところでした」

「え?でもまだ…」

「良いのよ。さあ、もう帰りましょう」

何事かを言い掛けるシェールを制し、ユリアはそそくさと宿へと向かった。シェールもまたそれに続いた。

二人して何か良からぬことをしていたに違いない。そう思い気にはなったが、ユリアがいる限りそうそう滅多なことにはならない筈だ。ふいに思い直し、タリウスはひとまず見なかったふりをした。


その夜、ユリアは気分が優れないと言って夕食に降りてこなかった。そんな彼女のことを心配しつつ、タリウスはそれとなく息子の様子を観察した。だが、特にこれといっていつもと変わったところはない。

「シェール。もし何か困ったことがあったら、いつでも力になる。遠慮しないで言いなさい」

「わかった。でもとりあえず、僕は大丈夫」

シェールは一瞬きょとんとしてこちらを見たが、すぐに口角を上げた。

「そうか。なら良い」

恐らく、息子の言葉に嘘はない。タリウスは安堵のため息を吐いた。

「おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

そのとき、窓の外に一瞬灯りが揺れるのが見えた。何となく気になって下を覗くと、灯りはみるみるうちに遠ざかっていった。

タリウスはハッとして、部屋を後にした。

「ユリア」

思い立って隣室の扉を叩くが応答がない。

「失礼」

しびれを切らせ、中に押し入ると部屋はもぬけの殻だった。やはり思った通りだ。タリウスは階下へと向かい、それから閂の外れた扉を開けた。


宿から少し行ったところで、ぼんやりとした灯りが浮かび上がっていた。先程、妻子と行き逢った場所である。

灯りのすぐそばでうごめく影に、タリウスは無造作に手を伸ばした。

「きゃあぁぁあ!!」

ユリアが絶叫する。いつぞやの待ち伏せ事件の反省から、いざというときのために声を上げる特訓をしたとミゼット=ミルズから伝え聞いたが、それが早速功を成したようである。

「落ち着いてください。私です」

「タリウス?!どうして」

「それはこちらが聞きたい。一体何がどうしたんですか」

ユリアは答えない。それどころか、しゃがみこんだままその場を動こうとしなかった。

「シェールが何かご迷惑を?」

「違います。シェールくんは関係ありません」

「だが…」

「ごめんなさい!」

「ユリア?」

「本当に、本当に、ごめんなさい」

闇の中、彼女は声を震わせて泣いていた。

9

2021/8/6  0:09

【瀕死】  小説(再掲)

この日もシモンズ剣術道場は、未来の剣士を夢みる子供たちで大賑いだった。

「こら!遊ぶんだったら帰れ!」

テイラー=エヴァンズは、稽古場を走り回る子供の一団に向け、本日何度目かの雷をおとした。

彼はこの道場の出身で、念願叶って士官となった後も、時折こうして手伝いに来ていた。

「だから、稽古場を走るな」

もっとも、子供たちにしてみれば、そんなものは雷でも何でもなく、精々が小鳥のさえずりのようなものである。

「ほら、もう遅いから帰れって」

一向に話を聞かない子供たちに業を煮やし、ひとりずつ追いかけ回しては捕まえ、強制的に退場させる。そんなことを繰り返していると、子供のひとりが反対方向に向かっていく。

「良いのか、まだ帰らなくて」

「うん。今日は特別だから」

少年は、テイラーの問いかけに満面の笑みで答えた。彼は、かつてテイラーがオニと呼び、今もって畏敬の念を抱いている人物の愛児である。

「特別…?」

一体何の話だろう。そう思い、聞き返そうとするも、バタバタと近づいてくる足音にかき消された。

「せんせー!これ曲がっちゃったー!」

「曲がっちゃったじゃない。ちゃんと直せ」

「できなーい!」

「こら!待てって」

「だって、さっき帰れって言ったじゃん。さよならー」

「さよならって、オイコラ!」

押し問答の結果、剣先の曲がった模擬剣を押し付けられ、テイラー深い溜め息を吐いた。

「ったくしょうがねえな」

彼は玄関脇の長椅子に腰を下ろし、すぐ横のスタンドにそれを投げ入れた。スタンドには、同じような剣が何本も立て掛けられていた。

テイラーは、そのうちの一本を手に取ると、柔らかい布で刃の部分を包み、柄を回しながら丁寧に錆を落としていく。

それが済むと、今度は手のひらに柄の部分を乗せ、目線と平行にし、歪みがないか確認する。そうして歪みがあれば、片手で剣先を、もう一方の手で柄を持ち、力を加え矯正する。

「ふっ!!」

それには結構な力が要るが、闇雲に力を入れると折れてしまうから難しい。微妙な匙加減が求められるのだ。

「ふう…」

一旦息を整え、もう一度力を込めようとしたところで、向かいからカツカツと長靴の音がした。テイラーは反射的に顔を上げ、それからぎょっとして目を見開いた。

「ジョージアせんせい?!珍しいですね、こんな時間に」

だが、すぐに平生を装い、模擬剣を下ろした。

「息子に迎えに来いとせがまれた」

「ああ、それで。でも、確かにこのくらいの時間にならないと、強い人来ませんからね」

テイラーが言うと、恩師は不思議そうにこちらを窺った。

「先生のお子さん、同じ年頃の子の中じゃ不動の一位ですから。早い時間に来ても、大概下の子たちの相手をしてあげるだけで、もて余している感じでした」

「そうか」

師はしばらくの間考えを巡らした後、稽古場へ目をやった。

「ところで、シモンズ先生の姿が見えないがどうかされたのか」

「シモンズ先生は、このところ体調が優れないみたいで、出たり入ったりなんすよね。それもあって、自分らが手伝いに」

幼年層の子供が帰り、多少はマシになったとは言え、稽古場の空気がいまいち締まらないのはそのためである。

「そういうことか。ひょっとして、息子の相手を?」

「手が空いているときは、ですけど」

「お前も忙しいだろうに、申し訳ないな」

「いえ、全然」

テイラーは大きくかぶりを振った。

「自分も兄弟子たちに散々相手してもらってましたし、そこはお互い様なんで、全然構わないです。先生のほうこそ大変ですね」

「ああ、肝心なことは何も話してくれない」

師はそう言って、苦笑した。

「ならそれもあって、先生に来てもらいたかったんじゃないすかね」

稽古場に目を向けると、丁度、当該人物が剣を構えるところだった。

少年の顔つきは、先程とは打って変わって真剣そのものだ。視線の先の相手とは、頭ひとつ分差がある。

だが、少年はそんなハンデをものともせず、軽やかな足取りで相手との間合いを詰め、瞬く間に壁際まで追い詰めていく。

ガチンと金属の合わさる音がして、一瞬少年の姿が消えた。そして、次の瞬間、下から上へ払った剣先が相手の腕を捉えた。彼はその小さな身体を活かし、剣を持った相手の下側に潜り込んでいた。

「ほう、上手いものだな」

「いや、本当に…って、えっ?!」

驚いて見上げた師は、これまで見たことのないほど、柔らかな表情をしていた。

「先生はいつも見てるんじゃ…」

「いや、錬成会以来だ」

「何でですか?先生が見てあげてるんじゃないんですか」

「剣術のことはシモンズ先生にお任せしている」

「はあ」

俄には信じられない。テイラーは思い切り疑いの目を向けた。

「前にいろいろあって、基礎練習くらいは付き合うが、手合わせすることはない」

「そうなんですか。って、もう見ないんですか」

「ああ、これ以上見ていたら口を挟みたくなる。どうもあいつが相手だと、冷静な判断が出来なくなる。おかしいだろう?」

「いえ、そんなもんすよね、 身内なんて」

門弟たちの中には、いわゆる二世も少なくない。身内にものを教えるというのは、存外にやりにくいものなのかもしれない。

「まだしばらくかかりそうだな。エヴァンズ、剣を寄越せ」

言うや否や、師は模擬剣を掠めとった。テイラーが呆然としているうちに、手慣れた様子で剣先を直しにかかる。

「すいません、先生にこんなことさせて」

「ただ待っているよりかはマシだ」

師は模擬剣が真っ直ぐになったことを確認すると、軽く一振りした。どうということもない所作だが、テイラーはその姿に釘付けになった。

「先生、お願いがあるんですけど」

「何だ」

「図々しいのを承知の上で言うんですけど、手合わせしていただけないでしょうか」

突然こんな身の程をわきまえないことを言えば、途端に師は不機嫌になるに違いない。そう思ったが、気持ちを抑えられなかった。

「ああ、外で良いか」

ところが、返ってきたのは拍子抜けするくらいあっさりしたものだった。

「勿論です!」

テイラーは深々と頭を下げた。


師と剣を交えるのは、卒校以来初めてのことだ。あの頃と同じく、速く、鋭い剣に圧倒される。だが、今の自分はまがりなりにも、士官学校出の軍人である。そう思い、剣を握る手に力を入れた。

激しく金属がぶつかり合い、時折り受けきれずに肩や胸を強か打たれた。しかし、興奮状態にあるせいかさしたる痛みは感じず、むしろ闘志に火がついた。

テイラーが無我夢中で斬りかかったその直後、利き手に手応えを感じた。

当たった。

思わず小躍りしたくなるも、すぐさま応酬が始まった。

高速で繰り出される師の剣についていけなくなったところで、首筋に冷たい感触がした。

「参りました」

テイラーの言葉に、師は剣を納めた。その顔はどこか愉しげだった。

「当たるようになったな」

「はい」

じわじわと心が充たされていくのがわかる。もう少し堪能していたいところだが、背後から強い視線を感じた。

「稽古は済んだのか」

「うん」

振り返ると、少年がじっとこちらを見ていた。

「申し訳ないが、こいつを連れ帰る時間だ」

「とんでもないです。突然、無理言ってすみませんでした。ありがとうございました」

その間も、少年の視線が痛いくらいに刺さる。言うまでもなく、自分もやりたいのだろう。そうでなくとも、父親を盗られるようで面白くなかったかもしれない。

「せんせい、さよなら」

「え?あっ、はぁ。さよなら」

教官の前で先生と呼ばれるのは殊の外恥ずかしい。ましてや、それが教官の子となれば尚更だ。

「息子が世話になったな。エヴァンズ先生」

「ひぇ…?!」

すっかり取り乱し、もはや瀕死のテイラーを尻目に、教官父子は肩を寄せ合って帰路に着いた。





結構前に、RIEさまに「テイラーどうしてますか」的なリクをいただき、書いた拍手SSのつづきというか、中身でした。

それから、少し前にタブレットPCを買いました!が、セキュリティソフトをいれるのに手惑い、データの移行に手間取り、更にはFFTPのパスワードがわからなくなり(て言うか知らない)で、なかなかスタートラインに立てません🤣
10

2021/7/4  2:24

【光】  小説(再掲)


↓以下は、お題小説の形を取っていますが、「帰郷」の続きとなっております。

つい先日、「帰郷」と「三つ子の魂」の間にどんなやりとりがあったんだろう、そんなことを考えながら朝風呂に浸かっていたところ、降ってきた話です。10年越しw

それにしても、朝風呂って、何か背徳的で好きです。ま、最近よく寝落ちるだけの話ですが。


マクレリィ夫妻に自分なりの報告を済ませた後、タリウスは弟を伴い教会の中へ入った。そろそろ帰らなければならない時間だが、その前にひとつやり残したことがある。

「楽しく過ごせましたか」

若き教父長は客人たちの姿を認めると、すぐさまシェールの前に屈んだ。

「はい、教父長様」

「それは何よりです」

シェールはと言えば、もうすっかり涙も乾き、教父長に頭をなでられ、嬉しそうにしていた。

「とても晴れやかなお顔をされていらっしゃいますね。お気持ちが決まられたのですか」

教父長はしゃがんだまま、今度はタリウスに視線を移した。

「何の話?」

タリウスが答えようとするその前に、シェールが不思議そうにこちらを窺った。

「教父長様と大事な話があるから、お前は部屋にいなさい」

「でも…」

シェールは兄の側を離れたくないのか、繋いだ手にきゅっと力をいれた。

「シェール、すぐに戻る」

だが、やさしく諭すようにして言うと、しぶしぶ手を離した。


「よくご決断なさいましたね」

教父長は応接室にタリウスを迎え入れると、朗らかに言った。

「前々から考えてはいましたが、少し前に決定的な出来事がありまして、先程腹を決めました」

「何か問題でも?」

決定的な出来事という言葉に、教父長が眉をひそめた。

「先日、シェールがその、誘拐されまして」

「はい?」

教父長は両目を見開いたまま、しばらく全身の動きを止めた。そんな彼に対し、タリウスは過日の事件についてざっと説明した。

「全く大変なことに巻き込まれましたね。ともあれ、よくぞ無事に連れ帰っていらっしゃいました。あなたでなければ、なし得なかったでしょうに」

「これまでもいろいろありましたが、今回は本気で焦りました」

「そうでしょうとも。シェールはどうにも向こう見ずなところがある子です。絶対的な居場所を得ることで、少しは大人しくなると良いのですが、あの子の両親を知っているだけに、こればかりは何とも言えません」

そう言って頭を抱える教父長を見て、タリウスは苦笑するより他なかなかった。

「ところで、法的な手続きについては出来る限りお手伝いいたしますが、どうしますか。シェールにはいつ?」

「そのことについて、少々お願いが…」

「はい?」

そこで、タリウスはいくらか声を落とした。


「シェール、良い知らせがあります。あなたに新しいお父様が出来ますよ」

「へっ?」

正に寝耳に水だったのだろう。シェールは驚いて、目の前の聖職者を凝視した。

「どうしました?嬉しくないのですか」

「だって、教父長様。僕には今…」

そこまで言うと、シェールははっとして言葉を切った。

「ウソでしょ?!」

そして、小さく呟くと突然戸口に向かって走り出した。

「一体どうしたと言うんですか。シェール、待ちなさい」

シェールは無我夢中で走った。教会の中を走ることは勿論ご法度だが、今はそんなことを言っている場合ではない。

「お兄ちゃん!!」

階段の下に見えた求めていた影に、シェールは勢い良く飛び掛かった。突然飛び出してきた弟に、タリウスは面食らいながらも、どうにかその身体を受け止めてやる。

「イヤだ、行かないで」

「ん?一体誰がどこへ行くと言うんだ」

「えっと、うんと、どこって、僕にもよくわかんないけど、でも!とにかくどこにも行かないで」

「何の話だ?」

自分にしがみついて何事かを喚く弟に、タリウスは辟易した。

「シェール、お待ちなさい」

「イヤだ!!」

ようやく追いついた教父長は肩で息をしていた。その間も、シェールは嫌だ嫌だと繰り返す。

「すみません、これは一体…」

タリウスには一向に状況が理解出来ない。自分はただ、シェールを養子に迎えたい旨を教父長から伝えてもらうよう頼んだだけだ。

「それが私にもさっぱり…ああ、ひょっとして、あなた、お兄さんと引き離されると思ったのですか」

「違うの?!」

悲痛な声に、二人は顔を見合わせ、それから失笑した。

「全然違います」

「で、でも。お父さんがなんとかって………え?」

そこでようやく気付いたのか、シェールは背後の兄を振り返った。

「全く悲しいくらい信用がないのだな」

「えっと、だって、うそ………本当に?」

「お前さえ良ければの話だが」

まじまじと見上げた兄は、如何とも言いがたい微妙な表情をしていた。シェールはもう一度タリウスに抱きついた。

「いいに決まってる」

その手は先程より強く兄の肩を掴んだ。

「そうか。なら、決まりだ」

タリウスはお返しとばかりに、これでもかと小さな身体を抱き締めた。

「本当によろしいんですか?お分かりのように、その子の親はちょっとやそっとじゃ努まりませんよ」

「望むところです」

そう言って愛し子を見詰める瞳には、穏やかな光が宿っていた。


15

2021/6/22  7:12

鬼面仏心7  小説(再掲)

一方、タリウスはと言うと、しばらく夜風に当たっているうちに、混乱した頭が徐々に冷えていった。

帰宅後、初めに見たシェールは明らかに元気がなかった。だが、元気がないだけで、決して生気がないわけではない。その証拠に、息子の身体からは有り余るエネルギーが溢れ出していた。

元来、シェールは腕白だが、気性はそう荒くない。そんな彼があれほどまでに怒ることは珍しかった。そうまでして働きたいということか、ただ単に意地になっているだけか、どうにも解せなかった。

視線を上げると、自室の窓から薄明かりが漏れ出しているのが見えた。今頃、ユリアがうまいこと取り成してくれているだろうか。

彼女は、子供の扱いがわからず苦悩する自分に、いつも穏やかに寄り添ってくれる稀有な存在である。

かたや、自分は己の感情ばかりを優先し、全くと言って良いほど、息子に寄り添っていない。息子のことがわからないことより、わかろうとしなかったことが問題なのだろう。

思考が明瞭になると共に、今度は自責の念に苛まれた。


「とうさん、どこ行ったのかな」

「そうね、その辺りを一回りしてくるだけじゃないかしら」

その後、落ち着きを取り戻したシェールは、ユリアに促され、階下へ向かった。だが、食堂に父の姿はなく、念のために確認した玄関の閂(かんぬき)は外れたままだった。

「そうかな。ひょっとしたら、今夜は帰らない気かも」

「まさか」

「ちょっと捜してくる」

「待って、シェールくん」

言うが早い、シェールは勢い良く玄関から飛び出していく。その後を慌ててユリアが追い掛けた。

「こんな時間にどこへ行くつもりだ」

「とうさん?!」

宿から数歩踏み出したところで、まさかの父に遭遇した。

「質問に答えろ」

「えーと、その、とうさんを捜しに」

険のある声に、シェールの背中を冷たいものが伝う。門限後の無断外出は、門限破り以上の罪に問われることを思い出したのだ。

「夜中にひとりで出掛けるなとあれほど…」

「ひとりじゃないわ」

「おねえちゃん?」

場違いなほど涼やかな声に、シェールは驚いて後ろを振り返った。

「僭越ながら、私も一緒です」

シェールは、恐る恐る再び父親を窺った。

「今夜のところはユリアに免じて目をつぶる。だが、二度とするな」

「はい」

従順な返事が返されたことを確認すると、タリウスは二人の横をすり抜け、宿へと入っていった。呆然とするシェールの背を押し、ユリアもまた玄関へと引き返した。

「いろいろおありでしょうが、ひとまず食事にしませんか」

彼女はそう提案すると、食堂に向かい先に立って歩いた。すぐさまシェールが後を追い、タリウスもまたそれに倣った。

「シェールくんはここで待っていて」

「で、でも」

「お料理を温めたらすぐに戻るわ」

ユリアはにっこりと微笑むと、有無を言わさず炊事場に下がった。

シェールはそっと父の様子を窺った。父はいつもの席にいつもどおり腰を下ろしている。

シェールは観念して、父の向かいの席に着いた。勿論他にいくらでも席はあるが、何年もの間、習慣的に座っている席から他所へ移るのは、なんとなくおさまりが悪い気がした。


「さっきは悪かった。お前の気持ちも考えずに、無神経なことを言ったな」

意外なことに、先に口火を切ったのは父だった。

「いらないなら、最初からそう言ってくれたら…」

「いらなかったわけではない。ただ何だか申し訳なくて、使ってしまうのが惜しくて、手をつけられなかった」

「ああ、そう。そうなんだ」

シェールはきょとんとして、父親を仰ぎ見た。

「お前の気持ちは嬉しい。嬉しいが、そのために負担を掛けたくないし、そもそもお前を働きにやらなければならないほど、うちは困窮していない」

「わかってるって、そんなこと。ただ自分に出来ることをしたいって思っただけだよ。返せるわけないってわかってるけど、でもちょっとでも返したかった」

「返す?」

一体何の話かと、タリウスは真顔で聞き返した。

「とうさんから受けた、その…恩って言うか」

「子供はそんなことを考えなくて良い」

予想外の台詞に、驚いてつい声が大きくなった。

「仕方ないじゃん、僕はそう思ったんだから。それに、認めて、欲しかったんだよね。僕を拾って良かったって、ほんのちょっとでも思って欲しくて」

「そんなことを考えていたのか」

続く言葉に、タリウスはいよいよもって落ち着かなくなる。

「うん。でも、しないほうが良かったんだよね。そんなに、とうさんが嫌なら…」

「嫌なわけがあるか」

ようやく現実を受け入れ始めたところで、今度はじわじわと歓喜が上がってきた。

「でも」

「お前の親になれて良かった。だが、それは何も今初めて思ったわけではない。いちいち口にしないだけで、日々そう感じている」

「うっそ」

「本当だ。シェール、お前はとうさんの自慢の息子だ」

タリウスは臆面もなく言い放った。シェールは驚いて、本当は嬉しい筈なのに、何故だかドギマギして返答に窮した。

「全っ然そんなことないって。昨日だって、考えなしに変なことしちゃったし」

「昨日のことはもう良い。今はまだ辛いかもしれないが、きちんと反省出来たのなら、そこから先はもう前を見るしかない。いずれ、どうにかなる」

「どうにかって、ママみたいなこと言うんだね」

成せばなる、どうにかなるは、旧友の口癖である。

「確かに、そうだな」

普段の自分ならまず言うことのない、不確定で無責任な発言である。だが、どうしたことか、今の息子にはそれが最適だと思った。

そしてその勢いで、タリウスは自分でも信じがたい発言をした。

「シェール、お前が本気で仕事を続けたいと言うのなら、もう反対はしない」

「ホントに?」

シェールは信じられないと言ったきり、固まった。

「この際だから、お前の善意に甘えることにした。だが、勉強だけはきちんとしろ」

「わかってる。初めの頃は、覚えることが多くて、時間ばっかり掛かったけど、今はもう慣れたし、そんなに大変じゃない。そりゃ仕事を始める前よりかは忙しくなったけど、その分早く寝るようになったし、宿題だって先に済ませてる。悪いことばっかじゃないよ」

「そうか」

知らぬまに、息子は随分と進化を遂げたようである。

「でも、とうさん。ホントに良いの?」

「仕方ないだろう。言い出したら聞きやしないんだ」

「そ、そんなことないよ」

「だったら、何故お前は今でも出窓に座っている?」

「は?何の話?」

こちらにとってそれは、初めて自分が折れた苦い経験だが、息子のほうは記憶にすら残っていないらしかった。

「何でもない。そんなことより、シェール。友達のことを大事にするように、自分自身のことも大事にしてあげなさい。これは命令ではない。とうさんからのお願いだ」

「うん、わかった」

言い付けは平気で破る息子も、お願いには滅法弱い筈だ。些か卑怯な気もするが、親子喧嘩なんてものは、元来ルール無用だ。そう思うことにする。




な、長かった。そして、何故かシェールに軍配が…?
いただきましたありがたいコメントには、順次お返事いたします。今しばらくお待ちください。

14



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ