ダラダラ中につきカメ更新 感想など、ちょろっとでも書き込んでいただけましたら泣いて喜びます🎵

2021/1/13  21:58

【森】2  小説

シェールはランタンを片手に先陣を切って歩いた。時折、リュートを背負った父を振り返りながら。

森の入口付近まで来ると、俄に辺りが明るくなった。松明や手燭の炎に照らされて、知った顔がいくつも浮かび上がってくる。

「シェール?リュート!!」

シェールはその中のひとつに向かって駆け出した。

「おばさん、ごめん。リュート怪我してて、僕が悪いんだ」

「何馬鹿なこと言ってるの。そんなことあり得ないわよ。第一、あんただってボロボロじゃない」

リュートの母親である。彼女はつい数秒前まで悲壮に満ちた表情をしていた。

「母さん、ごめん」

「ごめんじゃないわよ。人様に迷惑ばっかり掛けて。本当にもうすみません」

彼女はリュートを睨み付け、それからタリウスにペコリと頭を下げた。

「足を痛めているようなので、良ければこのままお宅まで送ります」

「そんな、申し訳ない。もうどこまで馬鹿なのよ、あんたは」

「かまいません。それに、馬鹿なのはうちも同じです」

言葉とは裏腹にタリウスの表情はどこか柔らかである。だが、次の瞬間、思い直したかのように息子へ厳しい視線を向けた。

「シェール、きちんとお詫びをしなさい。皆こんな時間までお前たちを捜し回ってくれたんだぞ」

シェールははっとして、周囲の大人たちに頭を下げた。リュートもまた一旦父の背から降りて、それに倣った。


「うちの人、今夜は遅いから送ってもらって助かったわ。その上、リュートの手当てまでしてもらって」

リュートの家に着くと、父は改めて傷の具合を確認し、簡単な処置を行った。仕事柄、怪我の手当てくらい、父にとっては慣れたものなのだろう。

「あくまでも応急措置です。明日にでも医者に診てもらってください」

「出来たら泊ってってもらいたいところだけど、うちはエレインのとこみたいに広くなくて」

「それには及びません」

それから、父とふたりリュートの家から辞し、今夜の宿に向かった。本来なら今日のうちに王都へ帰り着くはずだったが、一連の騒ぎですっかり遅くなり、これでは閉門に間に合うかどうか定かではない。

「ひとつ聞かせろ」

「何?」

「お前はあの崩れた崖を一人で登れたんじゃないのか。もしそうなら、一旦お前だけ戻って助けを呼びにくれば良かったのでは?」

「それは僕も考えたけど、でも。リュートの具合が悪そうで心配だったんだよね。もしひとりにしてその間に何かあったらって思ったら、あの場を離れられなくなった。間違ってたかな」

「悪い選択だとは思わない。だが、そこまで考えられるのなら、事を起こす前にそれがどういう結果を生むか、よく考えなさい」

「ごめんなさい。ここに来る度、リュートとその、問題ばかり起こして。もうここには来ないほうが良いのかな」

毎度のことではあるが、どうも郷里の水に触れると途端にたがが外れるのだ。

「お前は諸悪の根元がリュートにあるとでも言うつもりか」

「そんなこと言ってない!ただ、リュートと一緒にいると楽しくて、つい無茶したくなるっていうのは、あるんだけど…」

「いいか、シェール。リュートのお母さんの顔を見ただろう。あれがお前のしたことだ」

シェールの脳裏に、先程見たリュートの母親の様子が映し出される。思い出しただけで胸が苦しくなった。

「とうさんも心配してくれた?」

「当たり前だ」

大きな手がくしゃくしゃと髪をかきまぜた。

「王都に戻ったらしばらくは外出禁止だ。それから、今夜は食事抜きだ」

「はい…ってことは、お仕置きしないの?」

どんなに悪いことをしたとしても、全ての罰を一度にもらうことはない。

「こんな傷だらけの状態で叩けるわけがない」

崖の登り降りを繰り返した結果、手の爪はボロボロに欠け、指先には所々血が滲んでいる。その上、頬にはいくつも擦り傷を作っている。見えない部分にも傷を負っていると容易に想像出来たのだろう。

「全く無茶ばかりして」

頬の傷のひとつに父の手がそっと触れた。


翌朝、夜明けと共に彼らは宿を出た。その際、一瞬の隙をついて、シェールはひとりリュートの家へ向かった。

いくら気心が知れているとは言え、流石にこの時間に正面から訪ねていくのは気が咎める。そこで、先程から小石を拾っては、リュートの部屋の窓にぶつけていた。

「シェール?!一体どうしたんだよ」

リュートは自分の姿をみとめると、すぐさま窓を開けてくれた。

「ごめんね、こんな朝早く。でも、どうしても言いたいことがあって」

「何?」

リュートが身構えるのがわかった。

「昨日は変なこと言ってごめん」

「昨日って、ほぼ丸一日一緒にいたじゃん。どの話?」

「あ、確かに。えーと、その、リュートが士官学校に行きたいって言ったときに、うらやましいとか言っちゃって。そんなこと言われたら、受けにくくなるよね。そうじゃなかったとしても、何か変なこと言って、ごめん」

「それ言いにわざわざこんな朝から?」

「いや、だって。とうさん仕事だし、僕も学校あるから、今出ないと間に合わなくて」

「ならこんなとこで油売ってたらヤバイんじゃないの?昨日の今日だし」

「まあそうなんだけど。でも、昨日は奇跡的にあんまり怒られないで済んだんだよね」

ふぅと、リュートが溜め息を吐いた。

「シェールはさ、あの人のことが、おじさんのことが大好きなんだね。だから、おもしろくないんだよ」

「そんなんじゃなっ…!」

シェールは思わず大きな声を上げ掛け、慌てて口を押さえた。

「おじさんがいい人なのは何となくわかった。けど、シェールには悪いけど、オレは二年間あの怒鳴り声を聞くのは無理だって思った。だから、オレも中央は受けない」

「リュート」

どこから突っ込んで良いやらかわからないが、ともかくリュートなりに自分の意を汲んでくれたようである。

「昨日あれから父さんにも怒られんだけど、正直おじさんよりマシって思った。だから、シェールも早く帰んなって」

「うん。そうする」

確かに、折角父が情けを掛けてくれたというのに、これでは元の木阿弥である。

「気を付けて帰んなよ」

「うん。リュートもお大事に。また来る!」

そこからは全力疾走である。


「シェール!一体何のつもりだ!」

思ったとおり、父はまさに怒り心頭だった。

「ごめんね、とうさん。どうしてもやり残したことがあって」

「いい加減にしろ。もっと考えて行動するよう、昨日言ったばかりだろう」

「考えたよ。考えた結果、譲れなかった。だから、ちゃんと罰は受けるよ」

「開き直る気か」

「そんなんじゃないけど…」

「もう良い。ともかく今は時間がない。その代わり帰ったら覚悟しておけ」

「うん」

先程までの威勢はどこへやら。途端に胸がきゅっとして、急激に情けない声になった。

「痛った!!」

バシンという音と共にお尻が熱くなる。あまりのことに、シェールは思わずつんのめりそうになった。間違いなくフルスイングである。

「こんなものは叩かれたうちに入らない。ほら、早くしろ」

「はい!」

ひとまず良い子に返事を返し、それから、ずんずんと進む父の背中を懸命に追った。

← 打ち忘れてました

何だろう。ひたすらベタベタする父子が書きたかったのです。そして、リュートを脅すだけ脅して、息子には甘いっていう…


7

2021/1/12  16:31

【森】1  小説

「リュート、大丈夫?足痛い?」

岩肌が露になった崖をそれ以上浸食しないよう、シェールは両手両足を使い慎重に下りていく。この場所は少し前に地滑りを起こしたばかりだ。

「いや、大丈夫。動かなければ痛くはない。それより、上に上がれそう?」

「うーん、ちょっと厳しいかも」

最後にストンと着地すると、シェールは今下りてきたばかりの崖をまじまじと見上げた。

「途中までは行けたんだけど、結構滑るし、うまく上まで上れたとしても、その後ひとりで迷子になるのも嫌だし。やっぱりここで大人しく助けを待つことにする」

「助けを待つったって、そんなのいつ来るかわからないだろ!何日、いや、何週間ってかかるかも…」

「大袈裟だな、リュートは。暗くなっても僕たちが帰らなければ、大人が、たぶんとうさんが捜しに来てくれるよ。ひょっとしたら、もうおばさんたちが騒ぎだしてるかも」

少し前に傾き始めた太陽は、今や急速に力を失い、あたりはすっかり暗くなっていた。怪我を負ったリュートが心細く感じるのも無理はない。

「そうだとしても、この広い森の中だぞ。そもそもオレたちがこの森にいることだって、知らないだろうに」

「それでも何でだか来てくれるんだよ、とうさんは。鼻が利くって言うのかな。だから、ここでリュートとふたりミイラになる心配はしてないんだけど、問題なのは助けが来たその後だよ…」

シェールは空を仰ぎ、続いて大きな溜め息を吐いた。

「シェールんちのお仕置きって、どんな感じ?」

「どんなって、リュートんとこと同じだよ、たぶん」

「ムチ?」

「パドルは門限破ったときと、めちゃくちゃ悪いことしたときだけ。それ以外は平手」

「なんだ、意外と甘いんだな。見るからに怖そうな人だから、もっと普段からビシバシされてるのかと思った」

「全っ然甘くないよ。平手って言ってもとうさんのは下手なパドルより痛いし、それに今回はみんなに迷惑掛けただろうから、もしかしたら…」

「もしかしてパドル持ち歩いてるの?」

「まさか!家にあるよ。でも、これを機に出掛けるときは持ってけって言われるかも」

シェールは両手で顔を覆い、ガタガタと身震いした。

「シェールはさ、あの人についてここを出てから、帰りたいって思ったことはないの?」

「そりゃあるよ。特に最初の頃は、知らない街で知らない人ばっかりで。とうさんも仕事が忙しくて、あんまりかまってくれなかったしね。だから、しょっちゅう帰りたいって思った。けど、言ったらいけないんだって思って、ほとんど言わなかったな」

「やっぱり強いな、シェールは」

「強くなったんだよ。リュートだって、いきなりおじさんとおばさんがいなくなったら、そうなるしかないって」

リュートには返す言葉が見付からなかった。二人はそれきり沈黙した。

「あ、でも。ああ見えて、とうさん結構やさしいところもあるんだよ」

思い出したとばかりに、シェールは手のひらをぽんと叩いた。

「まだ学校に行き始める前の話なんだけど、とうさん仕事が忙しくて、毎日帰りが遅いときがあって。そしたら、めちゃくちゃ早起きして、朝から散歩とか鬼ごっことかしてくれたんだよね。雨の日は本読んでくれたり、いろいろ」

「なんつうか、ちょっと意外」

「あのときはすごく嬉しかったし、毎朝楽しかったな。だけどよくよく考えたら、とうさんほとんど寝てないんだよね。ただでさえ忙しくて疲れてた筈なのに。でも、そういう人なんだよ、とうさんって」

「なんかオレの思ってたイメージとちょっと違うかも」

「そう?ていうか、リュートはとうさんに興味があるの?」

「あの人にっていうか、何て言うか。オレ、まだちゃんと決めてないけど、あと何年かしたら士官候補生の試験受けたいって思ってて、そしたら…」

「十中八九、とうさんにしごかれることになるね」

「やっぱりそうか」

うーんとリュートは唸り始めた。

「なんか複雑」

「え?」

唐突に不機嫌そうな声を上げた友人をリュートは見詰めた。

「だって、そうなったらリュートはとうさんにいろんなことを教えてもらえるんだよね。なんかいいなって」

「は?おじさんもおばさんも将校だったって聞いてたから、てっきりシェールも士官学校に入るんだとばっかり思ってたんだけど」

「そう出来たら良いけど、だとしても中央には行けないよ。親が働いてるんだもん」

「そっか、そういうもんか」

リュートが呟き、それからまたしても沈黙が訪れた。

「ねえリュート、少し休んで」

「シェールは?」

「見張り。灯りが見えたら大騒ぎするから、そのときは手伝ってよ」

「わかった。途中で交代するから」

リュートは大きくせりだした木の根にもたれ、目を閉じた。思ったとおり、体調が思わしくないのだ。シェールはそんな友人を一瞥すると、再び先程の崖に手を掛けた。

そのまま半分くらいまで崖を上り、少しだけ広くなったところにそっと腰を下ろす。ここならば周囲の様子を窺うことが出来る。父はもう自分達の居場所にあたりを付けただろうか。

リュートにはああ言ったものの、ひとりになるとやはり心細かった。自然と溜め息が漏れた。

どのくらいそうしていただろう。ふいに周囲が明るくなった。

「とうさん!!」

反射的にシェールは叫んだ。

「シェール!どこだ!」

「ここ!崖の下にいる!」

ややあって、目の前がパッと明るくなる。そして、心配そうな父と目が合った。

「大丈夫か」

「僕は平気。でも、リュートが足を怪我してて、もしかしたら折れてるかも」

「今どこにいる?」

「この下」

シェールは友人のもとへ父を案内するべく、再度崖を下り始めた。

「灯りを持っていろ」

下まで下りると、父は腰に付けていたランタンをこちらに寄越した。

「痛めたのはどっちの足だ」

「右です」

「いいか、触るぞ」

「うぅ…」

リュートが呻き声を上げる。患部に灯りを当てつつも、自分は正視出来なかった。

「恐らく挫いただけだろう。少なくとも折れてはいない」

「良かった…」

父の言葉に安堵するも束の間。

「良いわけないだろう!!」

特大の雷が落ちた。油断していたわけではないが、このタイミングで来るとは思わなかった。心臓がきゅっと萎縮し、もう少しでランタンを落とすところだった。

「自分達が何をしでかしたのか、わからないのか。どれだけの人が心配したと思っている」

「ごめんなさい」
「すいません」

揃って謝罪を口にすると、闇の中から大きな溜め息が聞こえた。

「ともかく戻るぞ。立てるか」

そのまま二人に灯りを当て続けていると、リュートに向けて父が背中を差し出したのが見えた。

「つかまれ」

「で、でも」

リュートが躊躇する。それはそうだとシェールは思った。だが、続く台詞に悪餓鬼たちは度肝を抜かれる。

「嫌ならシェールに背負われるんだな」

「え?」

「は?」

「皆待っているんだ。早くしろ」

凍りつく悪餓鬼ふたりをそのままに、タリウスは立ち上がり崖に向かって歩き出した。

「リュート、とうさんマジだよ」

「ウソだろ?」

「ホントだって。もう、おぶってあげるから早くして。これ以上、怒らせたくないんだ」

シェールはその場にランタンを置き、友人にそっと耳打ちした。

「何をごちゃごちゃ言っているんだ。なんならこの場でお仕置きしてやっても良いんだぞ」

「とうさん!」

恐れていた事態にシェールは悲鳴を上げた。

「あ、あの!」

そんな父子の間に、リュートが割って入る。

「やっぱり連れてってください。シェールにはこれ以上迷惑掛けれない」

「良いだろう。シェール、お前は灯りを付けて先に登れ」

シェールはほっとして、ベルトにランタンをひっかけた。


サクッとお題を書くはずが、思いの外長くなったので分けます。お出掛けネタが楽しい今日この頃。

7

2020/12/29  1:04

続石の記憶10  小説

ぷっつりと会話が途切れ、風の音だけが遠く聞こえる。西の空が赤く染まり始めた。

「ひとつだけよろしいですか」

沈黙を破ったのはユリアだった。

「今ですか?」

「こんなときに申し訳ないとは思いますが、今です」

断る選択肢はない。タリウスは吐息した。

「謝らなくてはいけないことが。出発前の話です」

「そのことならもう結構です。立ち入ったことを聞いたこちらに非があると思っています」

「いいえ、ただの八つ当たりです。図星だったものですから」

明らかにユリアの様子がおかしかった。出発前に諍いをしたときと同じく、彼女はまるで落ち着きがない。

「仰るとおり、私、怖くて。いつかお話しようとは思っていましたけど、でも…」

「無理に話してくれなくとも良い」

「面倒事は聞きたくありませんか」

「そういう意味では」

このままでは先日の二の舞である。

「聞かせてください。何を聞こうが、あなたはあなただ。そのことに変わりはない」

これまでに一体幾度、彼女の告白に驚かされただろう。数えてもいないが、それでも何を聞かされようと、否定的な感情をもったことは一度たりとてなかった。

「私、実は異国人なんです」

「は?」

彼女は一体何を言い出すのだろうか。

「我が家の残念な事情については以前にお話したと思いますが、あの話にはまだ続きが」

言葉の真意がわからず呆然としていると、そのまま置いてきぼりにされた。

「家を出たその足で、母の故郷に行きました。今のシェールくんと同じです」

「待ってください。たったひとりで異国に?」

「西域は貿易が盛んですから、言葉が話せれば簡単に船に乗れます」

めまいがするようだった。だが、恐らくこんなものは序の口に過ぎないのだろう。タリウスは黙って先を促した。

「その後こちらに戻って、それから、自国の国籍を捨てました」

「な、何だってそんなことを?」

「若気の至り、でしょうか」

「若気の至りって!」

そんな言葉で済まされるような話ではない。だが、いずれにしても覆水盆に返らずである。ここで彼女を責めたところで何も変わらない。

「つまり…」

「今の私は不法移民です。定職につかないのではなく、つけないんです」

タリウスは利き手で顔を覆った。自分から聞きたがった話ではあるが、心がついていかなかった。

「士官学校は統括の、と言うより父のコネですから、問題なく雇っていただいていますが、公的なところ、とりわけ王宮に上がるとなれば、徹底的に身元が洗われるかもしれません。もしそうなれば、ミゼットさんの顔に泥を塗ることになります」

「事情はわかりました」

タリウスはようやく平生に返った。

「聞きたくなかったですよね、こんな話。出来れば私も知られたくなかったのですが」

「他にはもうありませんか」

「え?」

他にも何も、目前の問題すら片付いていないというのに、一体何を言い出すのかとユリアは面食らった。

「この際、秘密や隠し事があるならまとめて聞いておきたい」

「いえ、特には…」

言いながら、ユリアの目が泳ぐのをタリウスは見逃さなかった。

「あるんですね」

「ええと、トリュアまで来たときの話ですが」

トリュアは彼らが合流した街の名前である。

「そう言えば、あんな時間にどうやってあそこまで来たんですか」

「ミゼットさんに、用立てていただきました」

「まさか軍馬で来たんですか」

「流石に明るみに出ると減給ものだと仰って、墓場まで持っていくよう言われました。ですから、どうか内密に」

「言えるわけがないですよね」

借りるほうも借りるほうだが、貸すほうも貸すほうである。

だが、これで合点がいった。

両家の子女であるユリアに乗馬の心得があったとて、驚くようなことではないが、それにしてもここ数年はご無沙汰の筈である。その割に、彼女の馬のあしらいが妙にうまいことをタリウスは訝しんでいたのだ。

「それはそうと、タリウス。良いんですか」

「今更とやかく言っても仕方がない」

「で、ですが、私、ある意味犯罪者ですよ?」

「ならば、責任をもって更生させるまでだ」

タリウスが微笑み、そんな彼を一目見て、ユリアが安堵のため息を吐いた。

「どのみち結婚したら、嫌でも異国人ではなくなる」

「え?!ああ、確かにそうですね」

ユリアは一瞬きょとんとし、それからしみじみと言った。そんな彼女の反応を見るにつけ、これまでそんなことを考えたこともなかったのだと思い至る。

純真無垢な瞳に真っ向から見つめ返され、咄嗟に抑えが効かなくなる。砂漠の黄昏(たそがれ)にこのままいっそすべて溶けてしまえば良い。柄にもなくそんなことを思ったのは、水平線に沈み行く太陽があまりに鮮烈だったからだ。


「とうさーん!おじさんが呼んでる」

そんな自分たちを息子が呼びに来たのは、それから間もなくである。

「族長さんが会ってくれるみたい」

シェールのまわりには、すっかり打ち解けた様子の子供たちが集まっていた。

彼らは居住いを正し、再度族長の家を訪ねた。

「お前たちはここで待て」

ラケシュはシェールだけを家の中に上げると、タリウスたちの入室を頑なに拒んだ。

「ひとりで行けるか」

「うん。でもとうさん、行っても良いの?」

シェールが不安げにこちらを窺う。

「ああ、行ってこい」

ラケシュのことを完全に信用したわけではない。だが、息子のことは誰より信頼している。


「入れ」

ラケシュに付いて家の中を進むと、大きめのソファのようなところに老婆がひとりもたれ掛かっているのが見えた。

「族長に挨拶を」

促されて、シェールは深々と頭を下げた。その後は何を言って良いかわからず、ひとまず自分の名前と、それから時間を作ってくれたことへの感謝を述べた。

「お前にくれるそうだ」

老婆はぶつぶつと一人言を言いながら、色鮮やかな箱の中から石を摘まんで、シェールのほうへ寄越した。石は黒色ですべすべしていた。シェールは礼を言って受け取り、それからハッとして自分の石の入った袋を老婆に差し出した。

「目上の者とは交換しない。貰うだけで良い」

ラケシュは言ったが、老婆は自分から袋を受けとり、逆さにしてすべての石を出した。老婆の目がその中のひとつに釘付けになる。視線を追うと、シェールが一番大事にしている白い石に注がれていた。

「そ、それは…」

咄嗟にそれだけはあげられないと言い掛けるが、思い直して後の言葉を飲み込んだ。族長は、突然訪ねてきた素性のよくわからない自分と会ってくれたのだ。

「昔、この石にそっくりな石を自分の娘にあげたそうだ」

「え?」

「お前に似ていたと言っている」

「ホントに…?」

シェールは驚いて目を見張った。その目から涙が溢れる。すると、しわがれた手がやさしく拭ってくれた。

老婆は皺だらけの顔を更にくしゃくしゃにした。シェールは無性に嬉しくなって老婆の顔を覗き込んだ。だが次の瞬間、突然彼女の瞳から力が消えた。

「族長はお休みだ。石を片付けて引き上げろ」

シェールは大急ぎで袋に石をしまい、それから老婆の骨張った手にそっと触れた。胸が熱くなった。


「族長さんに、お母さんのことを聞けた?」

「ううん。でも、やさしいおばあちゃんだった」

本当は今あったことを二人に話したかったが、思い返すとあまりに現実離れしていて、すぐに話すことがためらわれた。それに、話したら最後、口から記憶が漏れていくようだった。

そんなことを考えていると、ラケシュが自分の横を足早に通り過ぎた。まるでもう用は終わったとばかりである。

「待って、おじさん」

「何だ」

「おじさんが案内してくれたお陰でここまで来られたし、おばあちゃん、族長さんにも会えた。だから、ありがとうございました」

「里帰りのついでだ。ここへ来られたのは、この二人の執念だろう」

ラケシュの言葉に、傍で聞いていた大人二人は、ぎょっとして顔を見合わせた。確かに昨日の自分たちは些か執念深いきらいがあったかもしれない。

「でも、ママは生きているとき、自分のことは何も話してくれなかったから、本当は僕がここに来るの、嫌だったかもしれないけど」

本当のことを言えば、常に心に引っ掛かりを感じていた。自分の欲求が充たされた今は、認めることが出来た。

「俺も俺の親も一族を捨てて都市へ出た。そのことが後ろめたくて、極力郷里の話はしない。お前の母親もそうかもしれない。でもそれは、決して故郷が嫌いだからじゃない。むしろ好きだからだ」

ラケシュはそう言って、口の端を僅かに上げた。そんな彼を見て、シェールは不思議な充足感をおぼえた。




長きにわたり、お付き合い誠にありがとうございました。いろいろありましたが、落ち着くところへおさまったようです。
8

2020/12/26  21:23

続石の記憶9  小説

二三時間ほど進んだところで、俄に馬の歩みが鈍くなった。どうやら先頭を行くラケシュが速度を落としたようだった。

しばらくすると、遠くに黒い点のようなものがいくつも見えた。

「ヒツジ?違う、ヤギだ!」

久方ぶりに見る砂以外の景色に、シェールは些か興奮気味である。

「放牧をしているんじゃないのか」

「あんなにたくさん?!」

シェールは目を丸くした。山羊たちはおもいおもいの場所に散らばり、砂地に生えた草を食べているが、見たところ人間らしき姿はない。 いるにしても一人ないし、ごく僅かな人数だろう。よくそれでああも大量の山羊を管理出来ると思った。

「ほら、そろそろ着きそうだ」

その言葉通り、一行はほどなくして小さな集落に到着した。

砂漠の真ん中に突如として現れたその空間は、まるで現実世界から隔絶され、人知れず息づいているようだった。

風の音が殊更大きく聞こえた。

建物はすべて干乾しレンガで出来ており、砂色の壁が真っ青な空や所々に生い茂った草木によく映えた。どの家にも装飾や着色がないため、少し前まで滞在していた都市と比べ、随分と質素な印象を受ける。

ラケシュはラクダを繋ぎ、おもむろに荷物を下ろし始めた。すると、周囲の家々から子供たちが出てきては、荷のまわりを取り囲んだ。

しばらくそんなやりとりをぼんやり眺めていたシェールだったが、タリウスに促され、おっかなびっくり馬から下りた。

そこで、子供のひとりと目が合った。だが、シェールが近付こうとすると、子供はくるりと方向を変え、あっという間に走り去ってしまう。他の子供にしても、遠巻きにこちらを見てはいるものの、決して近寄っては来なかった。

「族長のところへ案内する。ただし族長は高齢だから、会えるかはわからないが」

一通り荷下ろしが済んだところで、再びラケシュがこちらへやってきた。シェールはゴクンと唾を飲み込んだ。

「族長さんは、シェールくんのお母さんをご存知かしら」

「ど、どうかな…」

ユリアはあまりにあっけらかんと今の心を代弁してくれた。その柔和な声に、するすると緊張が解けていくようだった。

「ともかく行ってみましょう」

言うが早い、ユリアはシェールの手をとった。彼女の手はあたたかく、またやわらかかった。

ラケシュは後ろにいる自分達には構うことなくずんずん進み、ひときわ大きな建物の前で止まった。

「ここで待て」

そして、入口から何かを叫ぶとひとり奥へと消えていった。扉は開いているが、暗くて中の様子はわからなかった。

ラケシュを待つ間、シェールは建物の様子を観察した。他の家とは違い、族長の家の壁には何やら模様らしきものが彫られていた。もしかしてと思い、石の袋と同じ模様を探したが見付からなかった。隣を伺うと、ユリアもまた熱心に壁を見ていた。

「族長は寝ている」

「へ?」

いくら暮れが近いと言っても、未だ日没前である。

「今は会えない。また後で出直す」

「そんな…」

ラケシュの台詞にシェールは大いに落胆した。流石に日付を越えて滞在できないことは、シェールにもわかった。

「それまでその辺りを一回りするか」

しかし、続く台詞に今度は拍子抜けした。まさかそんなに短いスパンの話とは思わなかった。ユリアと手をつないだまま、シェールは父親を伺った。タリウスが無言で頷く。

「はい」

シェールはラケシュに返事を返し、改めて周囲へ目を向けた。方々から痛いくらいに視線を感じた。だが、先程と同じくこちらが視線を返すと、皆一様に目を逸らし、後ずさったり家に入ったりした。

「私たちは少し離れますか」

ユリアは父に向かって言った。

「しばらくラケシュ殿にお任せしてはどうでしょう」

「それは構わないが、シェール、ひとりで建物の中には入るな」

「え?あ、うん。わかった」

行ってらっしゃい、そう言って、ユリアは自分から手を離した。どうやら大人たちは、自分達の存在が周囲の人々を遠ざけていると考えたようである。

実際に彼らの推測は当たりだった。二人が去ると、子供たちはまず初めにラケシュに近付き、それから口々に何かを言った。対してラケシュが何事かを答えると、今度はシェールのまわりを取り囲んだ。

「えーと」

子供たちは矢継ぎ早に話し掛けてくるが、シェールには何が何だかさっぱりわからない。だが、子供のひとりが腰のあたりに革の袋を下げているのを見て、ひらめいた。

「それ、僕も持ってるよ」

シェールは自分の荷物から石の袋を取り出し、ほらと掲げた。ラケシュが訳すのを聞くまでもなく、子供たちは袋に向かってわーと手を伸ばした。

「え?ちょっと待って!ちょっと、やめてってば。返して!!」

そして、あっという間にシェールから袋を奪い取り、我先にと中の石を掴み取った。

「やめてやめて!!」

シェールは叫んだ。だが、子供たちはさも当然のごとく、奪った石を自分の袋にしまった。シェールは呆然とした。

「ウソでしょ…」

「石は天下の回りものだ。独り占めは出来ない」

「でも!」

ラケシュの無情な一言が追い討ちを掛ける。シェールが反論し掛けると、子供のひとりが自分の袋から石を取り出し、こちらに差し出した。

「え?何?!」

それを皮切りに、子供たちが一斉に自分の石を差し出してくる。

「気に入った石があれば自分のと交換出来る」

「そうなの?でも、あれは…」

「もちろん譲りたくないなら譲らなくても良い。あとは交渉して決める」

ラケシュは子供たちに向かって何かを言った。ややあって、子供たちは自分の袋から石を全て出し、シェールに見せた。ようやくシェールにもルールが理解出来た。

「えーと、僕の石はみんなママにもらったもので、大事なんだ。特にこの白い石は気に入っているから、これだけはダメ。交換できない」

ラケシュがシェールの言葉を訳し、それを聞いた子供はあっさりと石を手放してくれた。シェールはほっとして、それから改めて他の子供の石を見た。

「これ、すごくキレイ」

そうして色とりどりの石を見ているうちに、シェールはその中のひとつに心を奪われた。

「交換するか」

「え?どうしよう…」

その石は淡い紫色で、太陽の光を受けキラキラと輝いていた。母から譲り受けた袋には入っていない種類だ。

シェールは悩んだ。見れば見るほど紫の石が欲しくなるが、そのために母の形見とも言える石を手放して良いものか。

だが、考えみれば、この石の交換システムが昔からあるとしたら、母の石も元は誰かから譲り受けたものということになる。

「交換したいです。この子に聞いてもらえますか」

シェールはラケシュを介して初めての取引をした。相手の子供が承諾し、交渉が成立した。

同じ要領で交渉を繰り返し、結果的にはもとの石の半分ほどが手元に返った。皆それぞれに大切な石はあるらしく、相手の子供のほうから交換を断られることもあった。

不思議なことに、途中からラケシュの通訳は不要になった。言葉そのものは理解出来なくとも、相手の表情や声から、交換出来るかどうかは予測出来た上に、こちらの言いたいことは身振り手振りである程度は伝わるとわかった。


「シェールくん、楽しそうですね」

「ああ。あいつのああいうところは、時々羨ましくなる」

「誰とでもたちどころに仲良くなってしまいますものね」

タリウスは思わず苦笑いを漏らした。人付き合いが苦手な自分にとって、社交的な息子が眩しく映る反面、その警戒心のなさは時として心配の種にもなった。

「大袈裟に聞こえるかもしれませんが、あいつを引き取った日から今日まで、とにかく死なせないよういつも気を配ってきました」

言いながら、てっきりまたユリアに呆れられると思った。

「存じていますよ」

ところが、予想に反して彼女は真顔で労いの言葉を掛けてくれた。

「それはもう、いろいろありましたもの。屋根から落っこちたり、事件に巻き込まれたり、はたまた家出をしてみたり。気の休まるときがありませんでしたよね」

思えば、シェールと行動を共にするようになったのと、ユリアと知り合ったのはほぼ同時期である。毎日のように騒ぎを起こす自分たち父子を、彼女は常に隣から見守ってくれていたのだ。

「これまで、一方的に自分が守るほかないと思っていました。シェールのことも、それからユリア、あなたのことも」

ユリアの瞳が大きく瞬く。

「それが今回の旅で、随分とおこがましい話だったとわかりました。勿論、今後も保護が必要な場面はあるでしょうが、だからといっていつもというわけではなくて。三人で支え合っていっても良いのかもしれないと思いました」

今度は瞬きを忘れ、タリウスを凝視した。


次でラストです!

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2020/12/20  1:52

続石の記憶8  小説


翌日の午前中は休息と買い出しにあてた。残りの滞在日数を考えると、些か勿体ない気もしたが、無理は禁物と割り切ることにした。

刺青の男、ラケシュと名乗った、が彼らの元を訪ねたのは、丁度昼をまわった頃だ。ユリアは開口一番、過日の非礼を詫びた。

「学者は嫌いだ。調査と言っては、我らの土地を踏み荒らす。これ以上、何を奪うつもりだ」

「私は学者ではありませんし、簒奪(さんだつ)するつもりももちろんありません。ですが、私の無遠慮な好奇心がそのように思わせてしまったのでしたら、お詫びいたします」

「ここで見聞きしたことをむやみに言いふらすな。特に一族の宿営地については絶対に漏らすな。それがガイドの条件だ」

ユリアはしばしの沈黙の後、荷物の中から地図を取り出しラケシュに差し出した。

「わかりました。では、これを」

「何だ」

「この辺り一帯の地図です。これがなければ私たちは現在地を知ることが出来ません」

ラケシュは無言でユリアの手から地図を持ち去った。

「何もそこまでする必要が」

それまで二人のやりとりを見守っていたタリウスが眉を寄せた。

「彼の信頼を得るには、こちらの誠意を目に見える形で示したほうが良いと思いまして。万が一のときに、地の利がわからないのは些か不安ですが、どのみち砂漠の真ん中に放り出されれば、地図など無用の長物ですから」

想定外の台詞にタリウスが絶句する。

「ごめんなさい、脅かすつもりでは。シェールくんがいる限り、その可能性は限りなく低いと思いますよ」

ユリアが慌てて手を振った。その妙に必死な様子から、あながちないとも言いきれないのだとタリウスは悟った。用心するに越したことはないということだ。

「違います。そういうことが言いたかったわけではなくて」

「はい?」

「良いんですか。あの地図には今日までたくさんのことを書き留めていましたよね」

「かまいません。記録には残せなくても記憶には残せますもの」

ユリアはこめかみの辺りを指差し、不敵に笑った。まるで小悪魔のようだとタリウスは思った。

「そろそろ出発する」

ラケシュがしびれを切らせ、彼らは揃って宿を後にした。

まず初めに、案内所の近くで旅の足となる馬を借りる手はずになっていたが、ここでまたもや一悶着あった。

「絶対ラクダが良い!とうさん、ラクダにしようよ」

「無理だ。ラクダになんぞ乗ったことがない」

「でも、タリウス。こんなチャンスは滅多にないですよ?」

「ユリアまで何を言い出すんだ」

女こどもの勢いに押され、タリウスはたじたじのていである。

「砂漠の移動にはラクダのほうが向いているのではありませんか?」

「それは長距離移動のときの話だ。目的地はここからそう遠くない。馬でも問題なく行ける」

「聞いただろう。借りるのは馬だ」

ラケシュの言葉にタリウスは内心救われる思いだった。

「でも…あ、わかった!多数決にすれば良いじゃん」

「名案ね」

「ダメだ。多数決なんてものは数の暴力だ」

安心したのも束の間、タリウスはまたもや頭を抱えた。

「ああ見えてラクダは気性が荒い。もし振り落とされたら、背が高い分なかなか騎乗出来ない。ラクダを貸しても良いが、乗りこなせるようになるまで出発はしない」

「そんな暇はない。二人とも悪いが諦めてくれ」

タリウスはピシャリと言い放った。流石にこれ以上は反論しようがない。シェールは不承不承口をつぐんだ。

「わかった。俺がラクダで行く。それで良いか」

それでも未だ不満そうな態度を見せるシェールに、見かねたラケシュが言った。ともかく早く出発したいとのことだが、恐らくはそれだけではないのだろう。

「うん!」

シェールが目を輝かせ、ユリアが微笑み、タリウスが吐息した。


街を出てすぐにシェールは目を見張った。空の青と砂以外の景色が視界から消えたのだ。恐る恐る後ろを振り返ると、先程まで自分達のいた街もまた、砂色で出来ていたことに気付かされた。

「砂ばかりだな」

どうやらすぐ後ろで馬を御している父もまた、同じことを思ったらしい。目の前には、地平線の彼方まで続く砂の山がそびえ立ち、視線を落とすと、ラケシュのラクダとユリアの馬の蹄の跡が続いている。シェールは何とも言えない不思議な感覚に陥った。

「何て言うか、すごいね。何もないけど、それがかえってすごいって思う」

「昔から、それこそエレインがこどもの頃から何一つ変わっていないんだろうな」

「そっか。そうだよね」

母のことを想うと、心がじんと熱くなり、自然と涙が頬を伝った。決して悲しいわけではない。シェールは手の甲でそっと涙を拭った。

「大丈夫か」

「砂が入っただけ」

「そうか。擦るなよ」

それきり父子は言葉を交わすことなく、思い思いに旅を楽しんだ。
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