ダラダラ中につきカメ更新 感想など、ちょろっとでも書き込んでいただけましたら泣いて喜びます🎵

2021/7/23  3:11

続ジョージア先生の長い長い夜6  小説

一通り罰を受け終わり、ポーターは息も絶え絶え、自室に引き上げた。幸い他の訓練生たちは授業に行っており、居室には自分以外誰もいない。ポーターはベッドに倒れ込み、うつ伏せのまま放心した。

どのくらい経っただろうか。こちらへ近付いてくる長靴の音に、反射的に目を上げると、軍長靴が入ってくるのが見えた。

「せんせい」

慌てて身体を起こそうとするが、力が入らない。と言うより、迂闊に力を入れると、ただでさえボロボロになった身体に堪えがたい痛みが走るのだ。

「酷い有り様だな」

教官は寝転んだままのポーターを一瞥した。こんな無礼な状態で教官と話をするわけにはいかないが、どうにも身体が動かなかった。ひとまず立ち上がることは断念し、ポーターはベッドに膝をついた。

「結局、お前は貧民街で何をしていた?本気で泥棒を追っていたのか」

「いえ、流石に自分の手に負えるような相手ではないと思いました。ただ、先週初めてあそこに行って、何だかいろいろ気になってしまって」

「いろいろ?」

「今まで気付かなかったと言うか、知り得なかった世界があって、目が離せなくなりました。あそこに住んでいるから悪人だとか、そういうことではない感じがして。もちろん知ったところで、何か出来るわけでもないですが」

ふいに切なそうな表情を浮かべるポーターを見て、タリウスの胸がドキリと脈打つ。

「ならば、知らないほうが良かったか」

「あ、いえ」

ポーターは一瞬思考した後、顔を上げた。

「こんな騒ぎを起こしておいて、言うべきことではないかもしれませんが、やっぱり知れて良かったです。知らなければ何も始まらない、そう自分は思います」

たとえそのせいで余計に悩むことになったとして、本望だと言うのだろうか。

唐突に、自宅に残してきた我が子のことが頭をよぎった。馬鹿がつくほどお人好しな息子が、この社会の不条理を知ったとき、同じようなことが起こるかもしれない。

「いずれにせよ、まずは自分のことだ。自分の面倒もろくに見られない奴か、他人の心配をするなどおこがましい」

「すみません」

ポーターが目を伏せた。

「お前か謝るべきは、俺やミルズ先生だけか」

「ノーウッド先生にもご迷惑を…」

「ノーウッド先生は、今お休みされている。帰ってきてから、最後に伺えば良い。付き合ってやるから、ついて来い」

言うが早い、教官は颯爽と戸口へ立った。ポーターはいまひとつ話が飲み込めず、呆然と教官を見上げた。

「ぐずぐずするな。直ちにまともな成りをして、下へ来い」

「はい!」

鋭く命じられ、ポーターは勢い良く起立した。身体は悲鳴を上げたが、そんなことにはかまっていられなかった。

「ほう。意外に元気だな」

そんなポーターを見て、教官はしきりに感心していた。


人間その気になれば何とかなるもので、先程は起き上がるのさえ億劫だったポーターも、今は教官に伴われ城門までどうにか辿り着くことが出来た。

「珍しいな、教官」

目当ての人物は、部下から突然の来訪を聞かされると、すぐさま城門の外側まで出てきた。

「トラバース城門警備隊長殿。昨日は夜分に大変ご迷惑をお掛けいたしました」

タリウスがまずは頭を下げ、続いて一歩後ろに下がったところにいたポーターもそれに倣った。

「ああ、昨日の。こいつがその、いなくなった訓練生?」

「カヴァナーです。昨日は自分のせいで、申し訳ありませんでした」

「別に良いって」

レックス=トラバースのいかにも軽い言葉に安堵したのも束の間、続く台詞にポーターは絶句した。

「何もお前のためじゃない」

「え………?」

「ミルズ先生に言われて、断れるわけがないだろう。まあ、これでお前も一生ミルズ先生の言いなりってわけだ」

沈黙するポーターを横目に、レックスは教官に向けて更に続ける。

「で、結局、どこにいたんだ?」

「それが、公安に保護されていまして」

「公安?!」

必要最小限の声しか発しないタリウスとは対照的に、レックスは素頓狂な声を上げた。

「先生、キレただろう。オニ切れ」

「ご想像のとおりです。詳しい経緯は恐らくこちらに」

そこで、タリウスはレックスに封書を差し出した。

「うん?」

表書きは自分宛、裏を返すとそこにはかつての師のサインがあった。

「忙しいだろうに、先生こういうとこマメだよな」

かつての師を思い、レックスは目を細めた。それからポケットに封書をしまった。

「これからファルコン、中央教育隊に?」

「そのつもりです」

「そうか、ファルコンはああ見えて、いや………あいつこそ怒らせるとヤバいから、精々気を付けろよ」

「はい…」

ポーターは小さくなって、城門を後にした。


「教官、昨日は散々だったな」

宣言どおり、続いて彼らが訪れたのは中央教育隊である。

「いえ、こちらこそ申し訳ありませんでした。多大なるご協力に感謝します」

「いや。それで、こいつが?」

ファルコンがポーターに探るような目を向けた。タリウスが肯定すると、ファルコンは近くへ来るよう無言で手招きした。

「あまり先生を心配させるな」

ファルコンの言葉に既視感をおぼえ、ポーターははっと目を上げた。それからしばしの間、目の前の男を凝視した。男は大柄で、教官に負けるとも劣らない仏頂面で、こちらを見下ろしている。

「正直、昨日の先生は見ていて忍びなかった」

「すいません」

「あそこにいるうちはわからないかもしれないが、お前は先生たちに守られて生きているんだ。そのことを常に頭に入れて行動しろ」

「はい、申し訳…」

「もう良い。昨日からそればかりだろう。これから取り返せば良い」

謝罪の言葉は途中で途切れ、代わりに結構な力で肩を叩かれた。堪えきれずにふらつくと、ファルコンはしっかりしろと言って笑った。

「お前、この辺りの出身か」

「いえ、違います」

「そうか、見たことがあるような気がしたんだがな。人違いか」

ファルコンは空を仰ぎながら、頭を掻いた。


15

2021/7/20  22:13

続ジョージア先生の長い長い夜5  小説

その日未明、泣き腫らし、片頬に指の跡まで付けて帰ってきた少年に、老教官はもとより主任教官も、強い言葉を掛けることはなかった。

翌日、諸々の事後処理が済んだ後で、ゼイン=ミルズは改めて違反者を呼び出した。

「さ、昨夜は多大なるご迷惑をお掛けして、本当に、本当に申し訳ありませんでした!」

ポーター=カヴァナーは主任教官を盗み見ながら、声を震わせた。対するゼインは、それには応えず、ただじっと少年を凝視していた。

ポーターがゴクリと生唾を飲み込む。

「す、すいませんでした!」

これ以上は正視できない。そう思い、勢い良く頭を下げた。

「本科生になっても門限破りとは、愚かしいにも程がある。ジョージア教官、愚か者に罰を」

ゼインが自身の部下に目配せし、すぐ隣で、若き教官が従順な返事を返した。ポーターは信じられないおもいで教官たちを見比べた。

「ミルズ先生、自分は退校になるのでは、ないんですか?」

命があっただけありがたい、公安から解放されただけで御の字だ。そう思っていたのはあくまで昨夜までの話で、今朝からは自らの処遇について考えを巡らせていた。

「ジョージア教官。門限破りの罰は退校だったか」

「いいえ、パドル打ちです」

「結構。始めろ」

タリウスはパドルを手にし、罰を受ける姿勢になるよう顎をしゃくった。

ポーターは、慌てて両手で机の縁を掴み、頭を下げた。必然的に、むき出しになった尻だけが高く上がった。

バシン。耳に響く大きな音に続いて、焼けるような痛みが尻に広がった。ポーターは唇を噛んでその痛みを飲み込んだ。

そんな必死の我慢が報われることなどなく、間を置かず更なる痛みが襲ってくる。

バシン。バシン。バシン。容赦ない打擲が繰り返される。

「うぅ…」

そうしてまんべんなく尻が腫れ上がる頃には、口から呻き声が漏れ、無意識に腰がひけた。

「動くな」

教官は尻たぶにパドルをピタピタと当て、姿勢を矯正した。

「すいません」

ポーターはすぐさまもとの位置に身体を戻す。

だが、それから少しすると、 またしても姿勢が乱れた。

「何度も同じことを言わせるな。拘束されたいのか」

「いえ」

ポーターは大きく息を吸い込み、再び姿勢を正した。

そうして、性懲りもなくポーターの身体が三度逃げたときだった。

「堪えろ!!」

突如として、それまで沈黙を守っていた主任教官が吠えた。ポーターは驚いて目を見張る。チラリと盗み見た主任教官は、まさしく鬼の形相をしていた。

「貴様のせいで、一体どれだけの人間が迷惑を被ったと思う」

「すいませ…」

「それにも関わらず、どれだけの人間が、労を厭わず貴様を捜し回ったと思う!」

ポーターはハッとして、両目を見開いた。

「自分は、本当に考えなしに、馬鹿なことを…すみませんでした」

その瞳から涙が溢れた。

「己を恥じ、悔悟しろ」

主任教官は立ち上がり、執務机から籐鞭を取った。

「代われ」

ピシリと机が鳴った。

「君には特別に、この私がたっぷり反省させてあげるよ。そうだな、さしあたっては、この鞭が折れるまでだ」

ゼインは鞭を弄ぶようにして、ポーターの背後にまわった。入れ違いに、タリウスがパドルを片付け、ポーターのすぐ隣に立った。必要とあらば、いつでも主任教官を手助けするためだ。

「ひぃ!」

微かな音と共に、皮膚を切り裂くような痛みが走った。パドルのそれと違い、一極集中型の鋭利な痛みである。

「あぁっ!」

痛みを噛み締める間もなく、すぐさま次がやってくる。

「いっ!うぅ!」

自然とつま先立ちになり、ガクガクと膝が震えた。教官はそんな自分に全く構うことなく、黙々と鞭を与え続ける。次第に息が荒くなった。

もう無理だ。これ以上は堪えられない。何度目かにそう思ったところで、頭で考えるより先に身体が反応した。両手が机から離れ、上半身が浮いた。

主任教官が鞭を下ろし、こちらに近付いてくる。

「す、すいませ…。身体が逃げてしまって」

「そう簡単に退校になぞしてたまるか」

「え…?」

間近に顔を覗き込まれ、ポーターは視線を上げた。

「貴様は一番大事なものを傷つけた。それが何かわかるか」

ポーターはふるふると首を横に振った。その間も、ゼインは鋭くこちらを威嚇してくる。目を逸らそうにも、身体が凍りついたように動かなかった。

「誇りだ。何年、何十年と先人が守ってきたものをお前は一瞬にして壊した。士官学校の制服を着て公安に捕まるなど言語道断。お陰で中央士官学校の名は地に堕ちた」

「申し訳ありません」

「給金をもらいながら、学ばせてもらっている意味を考えろ。本気で申し訳ないと思うのなら、己の作った借りは、己の手で返せ。何年掛かろうともだ」

「は…い」

「姿勢を戻せ。次に動いたら、ジョージア教官に拘束してもらう。そうなれば、またひとつ借りが増える。そうでなくとも、君はジョージア教官の手を煩わせ過ぎだ」

「す、すみませ…うっ!!」

皆まで言わないうちに、粛々と罰が再開された。そのまま何十回と地獄は続いた。

「あぁっ!」

脂汗を滴し、涙に暮れながらも、ポーターは机にかじりついたまま離れなかった。

「結構」

ゼインは満足そうに呟くと、執務机の上に籐鞭を置いた。みれば、先のほうが折れ、初めより短くなっていた。


眠けまなこで書いていたら、朝起きたら原稿がごそっと消えており、ひょええぇ。
10

2021/7/18  2:03

続ジョージア先生の長い長い夜4  小説

「全く公安は、どこまで人を虚仮にすれば気が済むんだ!!」

勢い良く教官室の扉を開き、ゼイン=ミルズは息巻いた。

「公安にいなかったのか」

絶句するタリウスを横目に、老教官はかまわず上官に詰め寄った。あの後、部下たちから報告を受けたゼインは、単身公安に向かった。

「いるにはいるが、血縁者にしか身柄を渡せないと言ってきた」

「血縁者って、そんな馬鹿な。ここにいる間は、教官が保護者みたいなものだ」

「同じことを何度も説明したが、頑として聞き入れようとしない。奴らは、我々がカヴァナーを退校にすると思っているようだ」

「カヴァナーを退校にするのか」

「そんなことは今ここで私が決めるようなことではない。だが、もしそうなれば、カヴァナーが自暴自棄になり犯罪に走るやもしれない。そうなったときに我々では責任がとれない。そういう理屈だ」

「よくもまあ、いけしゃあしゃあとそんな屁理屈を思い付いたものだ。単なる嫌がらせだろうに」

「あとはひたすら、規則だと繰り返すだけだ。全く忌々しい。それと言うのもジョージア、すべては君の指導が悪いからだ」

「大変申し訳ございません」

もはやタリウスには、平身低頭して許しを乞う以外に出来ることはない。

「申し訳ないと思うのなら、徽章を外せ」

「はい?」

タリウスは思わず顔を上げた。恐る恐る上官を窺うと、その瞳が妖しく光る。

「聞こえただろう。徽章を外し、直ちに軍装を解け。その上で公安に行き、カヴァナーを連れ帰れ。教官としてではない。血縁者を装え」

「は?」

上官の命令が頭で処理しきれない。

「そんな無茶苦茶な」

タリウスが困惑していると、老教官が何とか上官を取り成そうと試みていた。

「ノーウッド教官が行ってくれたところで、一向に構わない。さすがに父親では董(とう)がたちすぎているだろうから、そうだね、伯父上でどうだろうか」

「行け、ジョージア」

が、すぐさま翻意したようだった。

「本気で仰っているんですか」

「私はいつだって本気だ」

確かに、ゼインは相変わらず口許に笑みをたたえているものの、目は笑っていなかった。


ポーター=カヴァナーは、石造りの床に身体を沈め、夢と現を行ったり来たりしていた。身体が凝り固まり、鉛のように重く感じる。だが、心の重さのほうはその比ではない。

一体どこで道を過ったのだろう。ポーターは、冷たく硬い独房の中で、ひとり過去の自分に思いを馳せていた。

ポーターは物心ついた頃から曲がったことが嫌いで、正義の味方なるものに憧れていた。そして、少し大きくなってからは、将来公安に入りたいと思うようになった。

だが、そんな彼に転機が訪れた。その日、家族と共に王都を訪れていたポーターは、不注意から両親とはぐれてしまう。

当然のように助けを求めた公安で、信じられないくらい冷たい待遇を受けたポーターは、絶望し、人目も憚らず泣いた。

そのとき、彼に手を差しのべてくれたのが将校の軍服を身に纏った青年だった。青年は、泣きじゃくるポーターをなだめ、家族の元まで送り届けてくれた。そして去り際に、困ったような表情を浮かべ、言った。

「あまり家族を心配させるなよ」

その日を境に、将来の夢が公安から軍人に変わった。それが何故、自分が公安に囚われるような事態になったのだろう。


「おい、お前。起きろ!」

突然、耳元で叫ばれたと思ったら、今度は身体を揺り起こされた。お陰で頭がガンガンする。

「喜べ、父上が迎えにきたぞ」

「父が…ですか?」

身体を引きずるようにしてどうにかこうにか起き上がると、目の前に手燭の光を当てられた。闇に慣れていたせいで目が眩んだ。

「何で?そんなわけは…」

実家はここから半日以上掛かる場所に位置している。今が何時なのか定かではないが、たとえ朝を迎え、開門していたとして、こんなに早くは着かない筈だ。

「知るか。こっちは忙しいんだ。早く出ろ」

乱暴にせっつかれ、ポーターはふらふらと男の後を追った。そこから数歩歩いたところで、向かい側から見知った影が近付いてきた。

「せん…っ?!」

「この馬鹿息子が!!どれだけ心配したと思っている!!」

ポーターが影の主を呼ぼうとした瞬間、雷に撃たれたような衝撃が走った。そうして気付いたときには胸ぐらを掴まれ、右頬に焼けるような痛みがあった。

「何とか言ったらどうだ」

「えっと…?」

状況がわからなすぎて、夢をみているのか、もしくは光に目が眩み、幻覚を見ているのだとおもった。だが、それにしては頬の痛みが強烈だった。

「ここから帰りたくば、先生と呼ぶな。息子のふりをしろ」

『父』は、耳元で囁いた。

「こっちはこんな時間までお前を捜し回っていたというのに、お前のほうは呑気に高いびきか」

「すいま…」

反射的に謝罪を口にしようとすると、首もとに圧をかけられた。これでは苦しくて声が出せない。

「だいたいお前は…」

「まあまあ、お父さん」

更なる怒声を浴びせかけようとするのを男が制する。

「気持ちはわかるけど、もう夜中なんで」

「失礼。連れて帰っても?」

「ああ、どうぞ」

「とっととしろ」

ひとまず首もとは解放されたが、今度は右腕を痛いくらいに掴まれた。そのまま『父』に引きずられるようにして、ポーターは公安の中をずんずんと進んだ。

「ああっと、ちょっと待ってお父さん」

「何か」

背後から呼び止められ、彼らはぴたりと歩みを止めた。

「参考までに聞きたいんだけど、お父さん仕事は何を?」

「教師だ」

「ああ、そう。先生か、どうりで…」

男は未だぶつぶつ言っていたが、『父』は構わず歩き始めた。自動的にポーターもまた連行された。


「せんせい」

公安から脱出し、しばらく行ったところで乱暴に縛めが解かれた。

「この恥さらしが。言っておくが、ミルズ先生の怒りはこんなものではない。帰ったら覚悟しろ」

「先生、本当に申し訳ありませんでした!!」

「申し訳ありませんで済んだら、公安は要らない。教官もだ」

教官の顔をまともに見たところで、堪えていたものが一気に噴き出した。どう足掻こうとも、一度溢れだした涙が止まることはなかった。


ほっぺの一発は『父』からの愛のムチ。昔、シェールにも同じことしていましたっけね。

8

2021/7/17  22:46

続ジョージア先生の長い長い夜3  小説

「トレーズ殿」

教官室には客人がいた。ファルコン=トレーズ、新兵の教育隊長であり、ゼイン=ミルズの教え子である。

「ああ、教官。先生に頼まれて、ちょっとな」

ファルコンの息が荒い。たった今駆けつけてきたばかりなのだろう。

「それで、兵舎に住み込んでいる者を中心に捜索にあたらせましたが、今のところ目ぼしい情報はありません。新兵はいなくなった訓練生の顔を知っていますので、情報の精度は高いように思います」

「つまり、城下にはいないと?」

「それなんですが、レックスに、城門警備隊長に確認したところ、その可能性も低いようです。城門は、絶えず人の出入りを監視しているわけではないそうですが、それでもあの制服が外に出たら、記憶に残るだろうと言っていました。最近は荷馬車の類いは公安が検めていますし、恐らく外には出ていないかと」

「なるほど。で、ジョージア。君のほうは何かわかったのか」

「カヴァナーはいわゆる貧民街に出入りしていたようです」

「何?」

ゼインが眉をひそめる。タリウスは出来るだけ簡潔に、かつ冷静にチェイスから聞き出したことを報告した。

「スラムで公安ごっことは、素晴らしい趣味だね」

言葉とは裏腹に、声はどこまでも無感情である。空気が痛いほどに張り詰めた。

「すみません、先生。スラム街は盲点でした。ただ昼間ならともかく、日が落ちた後にあのあたりへ部下を行かせるのは…」

「至極全うな判断だ。トレーズ、君が謝ることはない」

それきり彼らは沈黙した。


「駄目だ。どこにもおらん。全く無駄足もいいところだ」

緊迫した空気を破ったのは、教官室の扉から現れた老教官だった。

「ああ、ノーウッド教官。ちょうど良いところに帰ってきた」

「おお、トレーズも来ていたのか。何かわかったのか」

タリウスは再度、先程の話を繰り返した。

「最近の若いのはお遊びが過ぎるな。全く気は進まないが仕方ない。行くぞ、ジョージア」

「はい」

「ああ、いや…」

揃って出掛けようとする部下をゼインが制した。

「主任教官殿はここで留守をお守りください」

「だが」

「指揮官は安易に本陣を離れるべきではない。 だろう?」

「あのあたりは公安の縄張りだ。二人とも心して当たるように」

老教官の言葉に、ゼインは心ならずともこの場に残る決断をしたようだった。


話に違わず、今夜は公安の動きが活発で、貧民街の入口にもそれらしい男たちが張り付いていた。そのため、彼らは一旦二手に分かれ、各々近くの路地から侵入した後、合流した。

「気付いておるか」

老教官は前を向いたまま囁いた。

「はい。四人、五人、いや、もっとでしょうか。走りますか」

先程から彼らの後を複数の足音がついてくる。

「お前さん、この辺の地理には明るいか」

「いいえ、全くわかりません」

「ならば、やめておいたほうが無難だろう。回り込まれるかもしれんし、どこに仲間が潜んでいるかもわからん」

足音との間合いが徐々に詰まる。二人は同時に歩みを止めた。そして、振り向いた瞬間、顔面に固い雨粒のようなものが降り掛かった。

目深にフードを被り直し、どうにかすべてを避けきる。攻撃が止んだところで、タリウスは腰の得物に手を掛けた。

「やめろ!ジョージア、剣を退け」

上官の叫び声に、タリウスは咄嗟に剣を下ろした。代わりに左手を伸ばし、目の前に突き出された角材を掴んだ。へし折るには硬すぎるが、敵から奪うことには成功した。

「よく見ろ。子供だ」

「な…」

暗くてよく見えないが、言われてみれば、目の前の男も石を投げつけてきた男も随分と小柄だ。老教官が止めてくれなければ、危うく後味の悪い思いをするところだった。

「よくわかりましたね」

だが、そうなると、普段、何かにつけて目が見えないだ、耳が遠いだの言っているのは何なのだろう。

「なに、あいつらからは若い匂いがする」

そんな心中を見透かすように、老教官はのたまった。

「何をぐちゃぐちゃ言ってやがる。盗んだ金を返せ」

「金?何やら人違いをしていないか」

「しらばっくれるな!泥棒を捕まえるとかなんとか言って、うちから金をかっぱらって行っただろうが」

「捜査にかこつけて、小金をくすねていきおったのか」

「最低だな」

「だから、うるさいって言っているんだ!」

「ああ、わかったわかった。よし、この老いぼれが小遣いをくれてやろう。その代わり、教えて欲しいことがある」

老教官は財布から硬貨を取り出し、年かさであろう少年に差し出した。少年は驚きながらも、それを受け取った。

「昼間、ここに士官候補生が来ただろう。軍服を着た、年若い少年だ。どこに行ったか知らんか」

「ああ、あの変な奴なら公安が…」

少年が硬貨をしまい、口を開き掛けたそのときだ。突然、夜空をつんざくようなかん高い音が耳に響いた。

「ヤバイ!ずらかるぞ!」

少年たちがどよめき、あっという間に散り散りになる。タリウスは、先程取り上げた武器を持ち主の少年に向かって放り投げた。少年は一瞬こちらを見やったが、すぐさま闇に向かって走り出した。

「やれやれ、子供より厄介なのが来たぞ」

笛の音と共に複数の灯りが近付いてくる。二人は心底うんざりした様子でため息を吐いた。

「軍人がこんなところで何をしている。よもや協定を忘れたわけではないだろうな」

「すまんすまん。別にお前さんたちの縄張りを荒らそうってわけじゃないんだ。ただ少々迷子を捜しておってな」

「迷子だと?ああ、ひょっとしてあの間抜けな士官候補生のことか」

教官たちがはっとして顔を見合わせる。

「あいつなら、我々が保護している。適正にな」

男の言葉に一応の安堵を得た直後、タリウスは腸が煮えくり返るほど激しい怒りに見舞われた。

「それにしても、士官の卵にこんな風紀の悪い場所の出入りを許しているとは、天下の中央士官学校も落ちたものだな」


なんだろう。めっちゃ楽しく書いています!こういうのひさしぶり。好きなこと出来るって、しあわせ〜。

6

2021/7/16  2:35

続ジョージア先生の長い長い夜2  小説

「失礼します」

消灯後の兵舎は普段と変わらず静まり返っていた。だが、上官の許可を得て教官室に入室した瞬間、タリウスは現状が紛れもなく非常事態であると認識した。

「君は今年の本科生をどう教育してきた」

開口一番、ゼイン=ミルズは、そう言って鋭くこちらを威嚇してきた。部屋全体を張り詰めた空気が包んでいる。

「申し訳ございません。直ちに捜索に…」

「闇雲に捜したところで見付かるわけがなかろう。だいたい訓練生の行きそうな所は、既に一通りノーウッド教官が当たっている」

「では、直前まで行動を共にしていた者から話を聞きます」

「それももう済んだ。そもそも彼は今日の昼以降、単独行動をしている」

「そう、ですか」

規則で外出時の単独行動を禁じているわけではないが、それでも出来る限り複数で行動するよう訓練生には言い付けてある。

「そうですかじゃない!」

迂闊にも他人事のような返事を返すのをゼインが許す筈がない。机の上で指導記録が跳ねた。背表紙に刻まれた文字は、ポーター=カヴァナーである。

「家に逃げ帰ったということは考えられないのか」

「そういったことは、ないように思います。少なくとも昨日の夕方までは、目立ったトラブルはありませんし、カヴァナーは責任感も正義感も人並み以上にあります。志半ばで逃げ出すようなことは…」

「身の丈に合わない正義感は、時として身を滅ぼす。在りし日の君のようにね」

かつての師の意地悪に、タリウスはほんの一瞬、顔をしかめた。

「同室の者から話を聞いてきます」

だが、すぐに何事もなかったかのように受け流した。タリウスは上官が無言で頷くのを確認すると、一礼して部屋から辞した。

そうして廊下を歩きながら、自然とため息が漏れた。

ひとまず昔の自分のことは捨ておいて、くだんの教え子に想いを馳せた。確かにゼインの言うとおり、カヴァナーの正義感は時として行き過ぎるきらいがある。

本人の人柄が幸いし、周囲から疎まれることこそないが、ともすればトラブルに発展することも大いに見込まれる。最終的にカヴァナーを監督生にしなかった理由がそれだ。

目当ての居室を開けると、全員が即座に起立した。自分たちの意志で起きているのか、当直の指示なのかは定かではないが、彼らは非常に協力的であった。しかし、特にこれと言って有用な情報は得られなかった。

諦めて居室から引き上げようとしたときだ。廊下に何者かの気配を感じた。

「誰だ」

手燭の灯りをかざすと、暗がりに制服姿の少年が映し出された。

「チェイス?そこで何をしている。消灯時間はとうに過ぎている筈だ」

「ジョージア先生。カヴァナーはまだ…」

「お前に話す必要はない。それとも、行き先に心当たりでもあるのか」

「心当たりと言うか、その、少し気になることがありまして」

「ここでは声が響く。ついて来い」

いつもなら教官室を使うところだが、今夜はあいにく先客がいる。タリウスは考えた末、教室の片隅に灯りを点し、チェイスと向かい合って腰を下ろした。

「それで、気になることとは何だ」

「先週、街へ出掛けたとき、カヴァナーが懸賞を見ていました」

「懸賞?」

「賞金首って言うんですか。公安が貼った人相書きを熱心に見ていました。もしかしたら、どこかで遭遇するかもしれないから、そのために覚えているんだと言っていました」

いかにもカヴァナーらしい発想だと思うと同時に、もの凄く嫌な予感がしてきた。

「それで?」

「話の流れで、人相書きの男たちを捜すことになって」

「何故そんな真似をした」

「軽い気持ちでした。そんなに簡単に見付かるわけがないし、まさかその辺りにいるなんて思いませんでした。でも、カヴァナーが人相書きの男のひとりを見たと言い出して、それで…」

チェイスは言いよどんだ。

「どうしたんだ」

「尾行しました。すぐに巻かれてしまいましたが」

「馬鹿かお前たちは!!遊び半分でするようなことではないだろう」

夜更けであることも忘れ、タリウスは声を荒らげた。小さな子供ならともかく、彼らはつい先日本科生に上がったところだ。そのくらいの分別はもうあって然りだ。

「申し訳ありません。軽率でした」

チェイスが項垂れた。

「あのとき、カヴァナーは諦めきれない様子だったので、もしかしたら今日もまた賞金首を追っていたんじゃないかと思いまして」

「そのことをミルズ先生に話したか」

「いいえ」

「何故黙っていた」

「自分は今日、外禁だったので、事情を聞かれませんでした」

「事情を聞かれようが聞かれまいが、必要なことは報告しろ」

「言おうと思ったんですけど、すいません。ミルズ先生が怖すぎて近付けませんでした」

「そんなものは理由になるか!」

タリウスは再び語気を強めた。内心、気持ちはわかるが、と思いながら。

「それで、どのあたりだ」

「はい?」

「すぐに巻かれたと言っても、二三歩で逃げられたわけではないだろう。どのあたりで見失った」

「それは…」

チェイスが目を伏せた。

「お前には事の重大さがわからないようだな」

タリウスはおもむろに立ち上がると、壁に掛けられた教鞭を取った。教鞭は一般的には黒板を指し示すものだが、しばしばそれ以外の用途にも使われる。

教官は教鞭の先をチェイスの顎先にぴたりと押し当てた。チェイスの背中をじっとりとした汗が伝う。

「ひ、貧民街…です」

「立て」

かすれた声が絞り出されるや否や、教官が低く命じた。チェイスは弾かれたように立ち上がった。

「いっ!」

ピシリと尻に衝撃が加わる。

「すいませ…」

「すいませんで済ませられる話ではない。当然、このくらいは覚悟の上だろう」

訓練生の外出には制限があり、中でも貧民街と呼ばれる退廃地区への出入りは、固く禁じられていた。住民の大半が貧困に窮しており、犯罪の温床になっているからだ。

「うっ…あぁ…」

続けざまに一ダース打って、タリウスは鞭を下ろした。

「続きはカヴァナーが帰ってからだ。当面、身分証は戻ってこないと思え」

教官は元あったところに鞭を戻し、足早に立ち去った。チェイスはと言えば、両手で机の端を掴んだまま、ガクガクと足を震わせていた。
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