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2021/10/8  1:14

☆彡☆彡☆彡  小説

ノア=ガイルズが緊張した面持ちで教官室にやってきたのは、その日の夕刻のことだ。

「一体どういうことか説明しろ」

開口一番、紅白戦のリーダーを降りたいと言うノアを、タリウスは鋭く威嚇した。

「申し訳ありません」

「謝れとは言っていない。この期に及んで、何故お前は自分の役目を放り出す?無責任にも程があるだろう」

「すみません、先生。でも決して、指揮官をやりたくないわけではないんです。ただ自分よりもふさわしい人がいるように思えて…」

「相応しい人?誰のことだ」

ノアは当代きっての頭脳派で、温厚な人柄とあいまって仲間からの信頼も厚い。成績優秀で周囲から好かれているという点では、ポーター=カヴァナーも同じだが、あいにくポーターは敵陣営のリーダーである。彼らに代わる存在がすぐには思い付かなかった。

「オーデンです」

「オーデン?」

予期せぬ名前にタリウスは思わず聞き返した。くだんの人物は、つい二日前まで作戦会議にすら出席していなかった筈だ。

「最新の戦略図です」

ノアは手にしていた紙の束を教官に手渡した。それは紆余曲折を経て、イサベルと共に形にしたものだ。

受け取った戦略図に、タリウスは黙々と目を落とした。模擬戦の作戦表は、要所要所で教官に提出する決まりになっていたが、今目にしているものはほぼ初めて見ると言って良い。

「最後に見たものから随分と変わっているようだが」

そこには、授業では教えたことのない戦術や、ここ最近誰も使わなかった類いの戦術も多数あり、正直なところ目を見張るものがあった。

「半分以上、オーデンが考えました。誰が書いたかは言わず、自分の案と比較検討するよう言ったところ、ほとんどの者がこちらを選びました。これを自分が指揮するのは違うと思いました」

「オーデンがそう言ったのか」

「いえ、彼女は何も」

「他の者は?何と言っている」

「みんなにはまだ何も言っていません」

「話にならないな」

タリウスは露骨にため息を吐いた。

「今指揮官が変われば、間違いなく勝敗どころの騒ぎではなくなる。それどころか、お前の班は壊滅的な状況になるだろう。そんなものを統括にお見せするつもりか」

「で、ですが…」

「それともお前はオーデンに恥をかかせたいのか」

「違います!そんなつもりは…」

「紅白戦は遊びではない。今指揮官を降りると言うなら、二度と指揮棒を握ることは許さない。これがどういう意味かわかるだろう」

本来、指揮棒を手にすることが出来るのは士官以上に限定される。指揮棒を握れないということは、すなわち士官を諦めざるを得ないということだ。

「でも、先生。もし、自分が指揮することにみんなが反対したら…」

「オーデンが指揮することに全員が納得したのなら、そのときは指揮官の交代を認めてやっても良い」

「わかりました」

言い終わるや否や、ノアは一礼して踵を返した。その姿に一抹の不安がよぎる。

「ガイルズ」

遠ざかる背中に向かい、タリウスは声を発した。振り返ったノアは浮き足立ち、見るからに焦燥に駆られているのがわかった。

「一時の感情に流されるな。冷静になれ」

教官の言葉に、ノアははっとして動きを止めた。まるで胸の内を見透かされているようだった。


「ノア!どこに行ってたんだよ」

教官室から食堂に向かう廊下で、ノアは級友たちに取り囲まれた。

「ジョージア先生のところに、ちょっと」

「えっ?!」

「オーデン、違う。あの件じゃない」

明後日のほうから聞こえた小さな悲鳴に、ノアは慌てて頭を振った。あの後、ノアはイサベルが時間稼ぎをしている間に、窓から塀伝いに脱出を図り、事なきを得たのだ。

「何だよ、あの件って。だいたい、何だって急に食堂なんかで作戦会議するんだよ」

急ぎイサベルを取りなしたいところだが、級友に阻まれ今はかなわない。ひとまず大丈夫だと目で合図し、ノアは級友に向き直った。

「居室でやったらオーデンが出られない」

「は?」

「とにかくみんなに食堂に集まるように言って。そんなに長くはかからないから」

らしからぬ強い物言いに、級友たちはこぞって食堂に移動した。


「どういうことだよ。この戦略図はノアが書いたんじゃないのか?」

「書いたのは俺だよ。ただ元はオーデンの案だし、手伝ってはもらった」

「何でそんな勝手なことするんだよ」

「勝手?みんなには両方見せて、その上で選んでもらったじゃないか」

イサベルを伴い初めて開いた作戦会議は、予想したとおり紛糾した。これまで彼女とは個別にやり取りをしており、その存在を表に出してこなかったが、流石にそれでは良心が咎めた。

「それはどっちもお前が書いた前提だからだよ」

「作戦の内容より誰が考えたかで良し悪しを判断するのか」

「そりゃそうだろう。女が考えた戦略なんか、読む分には面白くても、実際に使えるかどうか話は別だ」

「ちょっと…」

「どういう意味だよ」

イサベルが異を唱えようとするが、それに被せるようにしてノアが声を荒らげた。

「別にそのままの意味だよ」

「意味がわからない!」

「ちょ、ちょ、ちょっと待って」

一触即発の空気を破ったのは、それまでおろおろと事の成り行きを見守っていた、コナー=デリックである。

「先輩たちの戦略図の中で、これと似たようなのやつを見たような気がする。だから、そこまで的外れじゃないし、むしろ実効性は高いんじゃないかと思う」

「コナー!?いつの間に?」

ノアの問い掛けに、コナーは些か興奮気味に更に続けた。

「最初に資料室で記録を漁ったときに、結構古いのまでいろいろ見たんだ。切れ端とかしか残ってないのもあったけど、参考になると思ってだいたいのやつは見た」

紅白戦の戦略図は、公平を期すため、すぐ下の後輩に譲ることは禁じられている。だが、時期が過ぎれば解禁になり、一部は資料室に所蔵される。ただし、どれもかなりの悪筆で、解読するにはなかなか骨が折れた。

「けど、前の案もバランスがとれてて、悪くなかった。せっかく固まりかけてたのに、わざわざ書き換えたのは何で?」

コナーの疑問はもっともである。皆の視線が再びノアに集中する。

「向こうにはラサークがいるからだよ」

「ラサーク?!」

以外な人物の名に、イサベルを含め皆が耳を疑った。

「彼女はあのミルズ先生に何を聞かれても、どう突っ込まれても、整然と答えてた。半端ない知識があるからだ。カヴァナーがどう考えているかわからないけど、あっちだって奇をてらった作戦でくる可能性はある。今年はいつもと同じ、並みの作戦じゃダメだ」

言われてみれば確かに一理あると、少年たちは互いに頷き合った。

「オーデンの作戦も、本から拾ってきたのか?」

「もちろん本も読んだけど、私もあっちで先輩たちの作戦を何年分もあたった」

「北の演習場のことはわかんないんだけど、こっちでも応用効くんだよね?」

「それは…」

「それについては、今俺が調整してる」

口ごもるイサベルに代わり、またしてもノアが助け船を出した。

「なら、大丈夫じゃないか?」

コナーの一言を皮切りに、気付けば辺りの空気が弛緩していた。

「この際、使えるものは何だって使ったほうが得策だし、それに向こうにだって女はいるし」

「まあ、コナーがそう言うなら…」

何となくの着地点が見えたところで、この夜はお開きとなった。


「コナー」

居室へ引き上げる途中、ノアはコナーの背中に声を掛けた。

「さっきは助かったよ」

「別に、思ったことを言っただけだよ。ねえ、ノア。一体どうしちゃったの?」

「どうって?」

「いきなり怒って喧嘩するとか、らしくないよ」

「あんなこと言われたら、怒って当然じゃないか。ろくに勉強してない人には、あの戦略の凄さがわからないんだよ」

よくもまあ恥ずかしげもなく、あんな無礼なことを言えたものだ。思い出したら、再び怒りが戻ってきた。

「確かにすごいとは思うけど、けど俺はノアの戦略も良いと思った。実際に指揮するのは、ノアなんだよ」

「そうだけど」

何故だろう。級友の賞賛を素直に喜べなかった。


ここ数年、年一くらいの頻度で、前庭神経炎なる回転性のめまいに悩まされています。前述のように、毎年のことなので、多少慣れてはきましたが、始終船酔い状態なのでなかなか…
あ、でも。日々小さなしあわせを糧に、おもしろおかしく生きています♡
7

2021/9/26  23:07

☆彡☆彡  小説

翌日、イサベルは浮かない顔で自席に座っていた。教室にはまばらに人影があるが、親友であるアグネスの姿はない。

それは、王都の地を踏んでからというもの、常に行動を共にしていた彼女たちにとって、珍しいことだった。

何のことはない。アグネスと喧嘩をしたからだ。いや、喧嘩というのは少し違う。見解の相違だ。

イサベルは、予科生の中盤に行われる紅白戦をそれは楽しみにしていた。どんな戦法をどのように使えば相手を追い詰められるか、考えただけでわくわくした。何より、これまで人知れず勉強してきたことが、ようやく実を結ぶと思ったら嬉しくてたまらなかった。

それがまさか、自分の案が採用されないばかりか、作戦会議にすら参加出来ないとは、誰が思うだろう。彼女はまず、この怒りを友人と共有しようと思った。

親友のアグネスは、日頃から軍学に興味があり、戦術や戦法に係わるマニアックな本を読みあさっている。自分と同じか、それ以上に怒って然りだと思った。

ところが、そんな予想に反し、アグネスの反応は非常にドライだった。教官の元へ抗議に行くと息巻くイサベルに、アグネスはこう言ったのだ。

「交換訓練生になったら、模擬戦は諦めなくちゃならないかもしれないってリッデル先生も言ってたじゃない。仕方なくない?」

確かに交換訓練生に選抜されたときに、郷里の教官から釘は刺された。中央と地方とでは、訓練の内容や進行速度に差がある。ひょっとしたら、どちらの模擬戦にも出られない可能性があるが、それでも中央に行きたいか問われていた。

だが、それはあくまで模擬戦そのものを経験出来ないことを想定している。これでは話が違う。

「何それ?そんな宿題あったっけ」

イサベルが怒りを再燃させていると、突然前方から声がした。顔を上げると、前の席の訓練生が、振り返りざまにイサベルの手元を覗き込んでいた。

「ち、違う。これは、ただの趣味よ」

「趣味?!地形図書くのがか?」

素頓狂な声に、たちまち教室中の耳目を集める。

「うるさいわね。人にかまってないで、自分の宿題でもやれば良いでしょ」

「何だよ、かわいくねえな」

「わかってるわよ!」

イサベルが勢い良く立ち上がると、少年もまた立ち上がった。

「ムキになるなよ。お前たちと関わるとろくなことがない」

少年はこれ見よがしに一歩後退し、こちらを一瞥した後、踵を返した。

「何なのよ、もう」

イサベルは乱暴に着席すると、ぶつぶつと口の中で文句を垂れた。すると、今度は隣から視線を感じた。

「何?」

「これって模擬戦の戦略図だよね」

声の主は、イサベルではなく机の上を凝視していた。かなりつっけんどんな対応をしたというのに、さして気にするそぶりもない。

「随分細かく書いているみたいだけど、どこの地形?」

「北部士官の演習林をベースにしてるけど…」

「そうなんだ。ちょっと見せてくれないかな」

「だ、だめだめ。人に見せるようなものじゃないもの」

イサベルは慌てて、書きかけの戦略図を両手で覆った。

「そう?すごく丁寧に書かれてるみたいだけど…じゃあ、紅白戦の戦略図を見せるから、その間交換しない?」

「ウソ?良いの?」

「良いに決まってるだろう。同じ班なんだから。そのつもりで声を掛けたんだし」

言われて初めて、イサベルは彼が同じ班のリーダーであることを認識した。彼の名前はノア=ガイルズ。ノアは、血の気の多い訓練生ばかりが集う士官学校の中にあっても、穏やかな気性をもち、幼稚な嫌がらせに加担してくることもなかった。

「わかった。少しなら」

それから、互いに紙の束を交換した。両者の目が忙しく動く。

にわかに早くなる鼓動を抑えながら、イサベルは食い入るように戦略図を見つめた。興奮して紙を繰る手が震えた。

「すごい」
「すごい」

二人は同時に声を発した。

「驚いたよ。知らない戦術ばかり出てくるから、随分先に進んでるんだね」

「本で先を読んだから。でも、この戦略図もおもしろかった。私、ここの演習場のことはよく知らなかったんだけど、地形のこととか、すごくよくわかった」

「そうかな。ねえ、オーデン。この戦略図、借りられないかな」

「え、でもこれは…」

それは入校したときから今日まで、あらゆるアイデアを書き連ねきた、言わばイサベルのすべてだ。

「これを元に、戦略を少し書き換えたい」

「私の案を使ってくれるの?」

「俺はそうしたいと思ってる。他のみんなを納得させるためにも、ちゃんと読みたいし、出来たら書き写させて欲しい」

「それは嬉しいけど、でも大事なものだし…」

「ノア!おい、何してるんだよ」

そこへ、ノアを呼ぶ声が割って入る。

「ごめん、今行く」

ノアは忙しない様子で返事を返すと、イサベルに向き合った。

「必ず一晩で返すよ。それでもダメかな」

「いい、わかった」

イサベルは意を決して、紙の束をノアに託した。


翌日は休日だった。訓練生たちは、朝食を済ませた後、思い思いに過ごすことが許される。

「オーデン、これ」

イサベルが食事を終え、丁度お茶を飲み干したところで、目の前の空席に、ノアが腰を下ろした。

「もう全部書き写したの?」

「いや」

ノアの返事に、イサベルは目を伏せた。昨日はああいったものの、冷静になって考えたら、わざわざ書き写すようなものではなかったということか。

「流石にこれだけあると、いっぺんに写すのは無理だった。でも、全部読んだよ」

「ウソ?」

「本当だよ。消灯した後、こっそり灯りをつけてみんな読んだ。眠くなったらやめるつもりだったんだけど、面白くて結局最後まで読んだ」

「そうなんだ」

イサベルは内心嬉しくて仕方がなかったが、表面上は出来るだけ感情を抑えた。

「今日これから予定ある?もしなければ、相談しながら仕上げたいんだけど」

「予定?ないない。全っ然ない」

だが、これ以上は堪えようがない。

「全然ないって、ひょっとしてまた外禁なの?」

「ち、違うわよ」

興奮気味に答えるイサベルに、ノアは好奇の目を向けた。


それからしばらくは、食堂で資料を広げて話し合った。だが、外は雨降りで、そのせいで休日だというのに、兵舎に残っている者がやけに多い。

ノアは友人も多く、周囲からの信頼も厚いと見え、二人で作業をしていても頻繁に話し掛けられた。その度に話の腰を折られ、作業時間に対して効率が悪い。

「ねえ、場所を変えない?」

「そうしたいけど、でもどこで?教室は勉強している人がいるだろうし、資料室は声を出すと先輩に怒られる」

「居室は?」

「ダメに決まってるだろう。同じ部屋の奴だって、絶対反対する」

万が一教官に見咎められるようなことがあれば、その場にいる全員に累が及ぶ。

「なら、私の部屋は?アグネスは出掛けてるから、そういう意味では平気だけど」

「でも、もし先生にばれたら…」

比喩ではなく、本当にどんな罰を受けるかわからない。

「点呼とか点検以外で先生が部屋に来ることなんて、滅多になかったけど。みんなの部屋には、わざわざ休みの日に見回りに来たりするの?」

「確かにそんなことはないけど」

規則を曲げられないと言うなら侵すしかない。結局、煮え切らないノアを押し切る形で、自室に連れ込んだ。二人は、初めのうちこそこの状況にドキマギしたが、話に没頭するうちに、やがて忘れた。

ノアは博識で、頭の回転も良く、それでいて少しも傲ったところがない。イサベルは、彼と過ごす束の間の時間に、かつてない充足感を得た。

時刻は昼前、ふいにこちらへ近付いてくる長靴の音に、二人は息を飲んだ。彼らは同時に立ち上がり、互いに顔を見合わせた。どちらも顔から血の気がひいている。

「隠れて」

立ち尽くすノアに、イサベルが声を掛ける。だが、気が動転したのかノアは動かない。

「良いから早く!」

イサベルが尖った声を発すると、ノアはようやく呪縛が解けたようだった。

イサベルはおもむろにベッドに手を伸ばすと、勢い良くシーツを捲り上げた。それから物入れの引き出しを引き抜いた。

程なくして、部屋の前で長靴の音が止まった。

「ドアを開けろ」

よく聞き知った無機質な声に、イサベルの背中が急速に寒くなった。

不自然にならない程度にゆっくりと扉を開けると、そこには思ったとおりの人物が起立していた。

「何をしている」

「特に何もしていません」

そう言うイサベルの声が震えている。訓練や授業のない休日は、教官たちもまた非番で、当直の教官だけが出勤している。しかし、その当直が、よりによって抜け目のない鬼教官だった。

「あれは何だ。何を隠した」

教官の視線はイサベルの背後へ注がれている。

「何でもありません」

「見せろ」

「い、嫌です」

「誰に向かって口を聞いている?お前には拒否する権利などない!」

間近に聞く怒声に身体が強張った。

「しつれいしました。でも、いやというか、そ、その………むりなんです」

イサベルは恐る恐る教官を伺った。その目に更なる怒りが宿るのが見えた。

「まだ言うか。退け」

教官はイサベルを押し退けると、一直線にベッドへ向かう。ベッドには不自然な膨らみがあった。

「あ!」

「なっ…?!」

教官の手がシーツに降れるや否や、イサベルが短く発し、ややあって教官が両目を見開いた。だが、教官はすぐさま身体ごと視線を逸らした。

「せ、せ、先生がいらっしゃるとは思わなくて、引き出しを整理していました。とりあえず、咄嗟にシーツを…」

「そ、それならそうと言えば良いだろう」

タリウスは目の前の光景を正視出来ず、横を向いたまま、片手で顔を覆った。

「すみません!でも、恥ずかしくて言えませんでした。よりにもよって、下着を隠しただなんて…」

言いながら、イサベルが鼻を啜った。

「もう良い。片付けろ」

タリウスはそのまま何も見ないようにして、部屋から引き上げた。

「許せ。悪気はない」

去り際にこう言い残して。


何故かまたしてもパンツネタ。う〜ん、おかしい…

5

2021/9/24  2:43

☆彡  小説


「ですから、何でダメなんですか」

放課後の中央士官学校である。教官室には到底似つかわしくない甲高い声が、廊下まで漏れ聞こえている。

「規則だ」

いきり立つ訓練生を尻目に、タリウスは短く発した。

訓練生の名は、イサベル=オーデン。北部士官学校からの預かりものであり、ここ最近の頭痛の種でもある。片割れのアグネス=ラサークは、身分証の一件で懲りたと見え、この場に姿を見せていない。

「でも、それでは話し合いに参加出来ません」

「話し合いなら、教室か食堂を使えば良いだろう。必ずしも居室でしなければならない理屈はない」

「そうですけど。でも…」

教官の言葉に一旦は引き下がるも、その目は納得出来ないと訴える。彼女の胸中を考えれば、至極当然のことだと思った。だが、あいにくどうすることも出来ない。

「いい加減にしろ。これ以上ごねたところで、どうにもならないことくらいお前にもわかるだろう。そうでなくとも、お前は無礼が過ぎる」

それ故、もはや力で押し切るより他なかった。

「何なら、自分の居室からも出られなくしてやろうか」

「し、失礼しました」

イサベルが慌てた様子で許しを乞う。見るからに上部だけの謝罪だが、それを咎める気にはならなかった。

「わかったら下がれ」

未だ不満そうなイサベルを追い出し、タリウスは吐息した。

イサベルの軽い足音が去り、入れ違いに軍長靴が大股で近付いて来る。今日は来客の予定はない。だとすれば、急を要する用か、はたまた野次馬か。直前の会話を聞かれたとしたら、また面倒なことになる。

「随分とまた威勢の良いのがいるな」

「トレーズ殿」

扉から現れた見知った顔に、ふっと緊張が解けた。

ファルコン=トレーズ、教育隊隊長にして、エレインやミゼットの同期生である。

「騒々しくて申し訳ありません」

「あれが噂の交換なんたらか。見るからに気の強そうな奴だな。一瞬、記憶が昔に返りそうになった」

ファルコンが昔を懐かしむように、いかつい顔をほころばせた。

「こちらとしても寝耳に水の状況です」

「泣く子も黙る鬼教官が、小娘ひとりに翻弄されているのか」

「小娘はひとりではありません。二人です」

「それは、なかなか同情を禁じ得ない話だな。ミルズ先生やノーウッド先生は、この状況を楽しむなり懐かしむなりしているんだろう」

「仰るとおりです。まるで私だけが、はずれくじを引かされたようなものです」

交換訓練生を受け入れることが決まってからというもの、タリウスは常に気苦労が絶えない。しかし、そんな自分とは相反して、主任教官も老教官もどこか愉しげである。そう思ったら、つい愚痴っぽくなった。

「ところで、本日のご用向きは?あいにくミルズ先生は、統括のお供で不在にしていますが、お約束でしたでしょうか」

「いや、先生に頼まれた資料を持ってきたんだが、急ぐようなものでもない。白状すると、半分はひやかしというか、ただの野次馬だ」

交換訓練生の噂を聞き付けてやってくる者は後をたたないが、自ら野次馬と名乗る者はそうそういない。タリウスは堪えきれずに息を漏らし、それからファルコンに来客用のソファを勧めた。

「忙しいだろうに悪いな」

「いいえ、訓練もひけていますし、構いません」

変わり者である上官の知り合いには、当然のごとく少々変わった者が多い。そんな中、ファルコン=トレーズは稀にみる常識人である。

「それで、交換なんたらというのは、具体的に何をするんだ?」

「特別なことは何も。交換訓練生も他の訓練生、予科生ですが、彼らと同じようにすべての訓練に参加します。ただ、今年は急遽、例年より前倒しで模擬戦をやることにはなりました」

「上からの指示でか」

「はい」

上は上でも、かなり上からの命である。無論、二つ返事で受けざるを得ない。

「人目を引く派手なことをして、成果を見せつけたいんだろうな。現場のことなどまるでお構い無しか」

ファルコンはさも不愉快そうに毒づいた。立場は違えど、上に対して思うところは自分たちと大差ないのだろう。

「紅白戦の編成はあらかた済んでいたので、一人ずつばらして班に組み入れたのですが、話し合いひとつとっても、当然のことながらうまくいきません」

「ああ、それで居室が何とか喚いていたのか」

思ったとおり、先程のやりとりをファルコンは聞いていたのだ。

「はい。作戦会議と称して、大概どこかの居室に集まって話し合うのが常ですが…」

「確かに、自分のときもそうだった。建前としては、敵方に聞かれないためだが、実際に聞き耳を立てている奴がいるとも思えない。狭い居室のほうが結束が高まるとか、そんなところだろうな。だがそうなると、必然的に女は排除される」

異性の居室に入ってはならないという鉄の掟があるからだ。これまで有名無実化していた規則が、ここへきて日の目を見た。

「ご自身のときは、どうやって彼女たちと情報を共有されていたんですか」

「そうだな、俺の班にはエレインがいたんだが、普通に教室の隅で話をしていたぞ。あいつのいない間に決まったことを伝えて、それから考えを聞いたりした。あいつの意見は奇抜だが、俺らには絶対考え付かないことを言うから、聞く価値があった」

つまりは、エレインの素養によるところが大きいのだろう。

「多分、ミゼットにはレックスが話していたんだろう。まあ、あいつらは二人で居室にいるところを一回捕まっているけどな」

ファルコンは思い出し笑いを堪えようと必死だ。

「そういったことはよくあったんですか」

「女と居室にいることか?それとも先生に見付かることのほうか」

「あ、いや、そのどちらもです」

「居室を行き来するのは、正直、日常茶飯事だったな。よく覚えていないが、先生にばれたのは、多分その一回だけだった筈だ。少なくとも俺は、そんなへまはしていない」

「そう、ですか」

男女でいがみ合っているのも問題だが、仲良くなったらなったで、また新たな問題が発生するようである。

「話を戻すが、そもそもにおいて、女は信用できないと言う奴もいたな。まあ、あいつらはおしゃべりだし、ミゼットにいたっては、カマを掛ければ大事なことですら、簡単にしゃべっちまうようなところがあったから、仕方ないんだが」

ファルコンは苦笑いを浮かべ、それから一応フォローのつもりか、最近はそんなこともないが、と付け足した。

「だから、必ずしも場所の問題だけではないだろう。それに、教官にこんなことを言うのはなんだが、最近は地方の訓練生のが出来が良い。彼女たちが自分たちの利になると思えれば良いんだがな」

実際、彼女たちは成績優秀で、兵学の知識にも長けている。北部で紅白戦をすれば、恐らく中心となって作戦を立てていたことだろう。本人たちとしても、現状は不本意な状況に違いない。

「そうかと言って、教官がよそ者に肩入れするわけにもいかないか」

「おいそれとは」

そんなことをすれば、確実に拗れる。既に痛いほど経験済みである。

「結局、見守るより他はなさそうです」

そう言えば聞こえは良いが、とどのつまり出来ることがない。タリウスは自嘲気味に言った。

「良いんじゃないのか、それで」

だが、ファルコンは昂然と言い放った。

「手綱さえしっかり握っていれば、あとは多少目を離したところでどうとでもなるだろう」

そうしてニヤリと笑った。
6

2021/7/23  3:11

続ジョージア先生の長い長い夜6  小説

一通り罰を受け終わり、ポーターは息も絶え絶え、自室に引き上げた。幸い他の訓練生たちは授業に行っており、居室には自分以外誰もいない。ポーターはベッドに倒れ込み、うつ伏せのまま放心した。

どのくらい経っただろうか。こちらへ近付いてくる長靴の音に、反射的に目を上げると、軍長靴が入ってくるのが見えた。

「せんせい」

慌てて身体を起こそうとするが、力が入らない。と言うより、迂闊に力を入れると、ただでさえボロボロになった身体に堪えがたい痛みが走るのだ。

「酷い有り様だな」

教官は寝転んだままのポーターを一瞥した。こんな無礼な状態で教官と話をするわけにはいかないが、どうにも身体が動かなかった。ひとまず立ち上がることは断念し、ポーターはベッドに膝をついた。

「結局、お前は貧民街で何をしていた?本気で泥棒を追っていたのか」

「いえ、流石に自分の手に負えるような相手ではないと思いました。ただ、先週初めてあそこに行って、何だかいろいろ気になってしまって」

「いろいろ?」

「今まで気付かなかったと言うか、知り得なかった世界があって、目が離せなくなりました。あそこに住んでいるから悪人だとか、そういうことではない感じがして。もちろん知ったところで、何か出来るわけでもないですが」

ふいに切なそうな表情を浮かべるポーターを見て、タリウスの胸がドキリと脈打つ。

「ならば、知らないほうが良かったか」

「あ、いえ」

ポーターは一瞬思考した後、顔を上げた。

「こんな騒ぎを起こしておいて、言うべきことではないかもしれませんが、やっぱり知れて良かったです。知らなければ何も始まらない、そう自分は思います」

たとえそのせいで余計に悩むことになったとして、本望だと言うのだろうか。

唐突に、自宅に残してきた我が子のことが頭をよぎった。馬鹿がつくほどお人好しな息子が、この社会の不条理を知ったとき、同じようなことが起こるかもしれない。

「いずれにせよ、まずは自分のことだ。自分の面倒もろくに見られない奴か、他人の心配をするなどおこがましい」

「すみません」

ポーターが目を伏せた。

「お前か謝るべきは、俺やミルズ先生だけか」

「ノーウッド先生にもご迷惑を…」

「ノーウッド先生は、今お休みされている。帰ってきてから、最後に伺えば良い。付き合ってやるから、ついて来い」

言うが早い、教官は颯爽と戸口へ立った。ポーターはいまひとつ話が飲み込めず、呆然と教官を見上げた。

「ぐずぐずするな。直ちにまともな成りをして、下へ来い」

「はい!」

鋭く命じられ、ポーターは勢い良く起立した。身体は悲鳴を上げたが、そんなことにはかまっていられなかった。

「ほう。意外に元気だな」

そんなポーターを見て、教官はしきりに感心していた。


人間その気になれば何とかなるもので、先程は起き上がるのさえ億劫だったポーターも、今は教官に伴われ城門までどうにか辿り着くことが出来た。

「珍しいな、教官」

目当ての人物は、部下から突然の来訪を聞かされると、すぐさま城門の外側まで出てきた。

「トラバース城門警備隊長殿。昨日は夜分に大変ご迷惑をお掛けいたしました」

タリウスがまずは頭を下げ、続いて一歩後ろに下がったところにいたポーターもそれに倣った。

「ああ、昨日の。こいつがその、いなくなった訓練生?」

「カヴァナーです。昨日は自分のせいで、申し訳ありませんでした」

「別に良いって」

レックス=トラバースのいかにも軽い言葉に安堵したのも束の間、続く台詞にポーターは絶句した。

「何もお前のためじゃない」

「え………?」

「ミルズ先生に言われて、断れるわけがないだろう。まあ、これでお前も一生ミルズ先生の言いなりってわけだ」

沈黙するポーターを横目に、レックスは教官に向けて更に続ける。

「で、結局、どこにいたんだ?」

「それが、公安に保護されていまして」

「公安?!」

必要最小限の声しか発しないタリウスとは対照的に、レックスは素頓狂な声を上げた。

「先生、キレただろう。オニ切れ」

「ご想像のとおりです。詳しい経緯は恐らくこちらに」

そこで、タリウスはレックスに封書を差し出した。

「うん?」

表書きは自分宛、裏を返すとそこにはかつての師のサインがあった。

「忙しいだろうに、先生こういうとこマメだよな」

かつての師を思い、レックスは目を細めた。それからポケットに封書をしまった。

「これからファルコン、中央教育隊に?」

「そのつもりです」

「そうか、ファルコンはああ見えて、いや………あいつこそ怒らせるとヤバいから、精々気を付けろよ」

「はい…」

ポーターは小さくなって、城門を後にした。


「教官、昨日は散々だったな」

宣言どおり、続いて彼らが訪れたのは中央教育隊である。

「いえ、こちらこそ申し訳ありませんでした。多大なるご協力に感謝します」

「いや。それで、こいつが?」

ファルコンがポーターに探るような目を向けた。タリウスが肯定すると、ファルコンは近くへ来るよう無言で手招きした。

「あまり先生を心配させるな」

ファルコンの言葉に既視感をおぼえ、ポーターははっと目を上げた。それからしばしの間、目の前の男を凝視した。男は大柄で、教官に負けるとも劣らない仏頂面で、こちらを見下ろしている。

「正直、昨日の先生は見ていて忍びなかった」

「すいません」

「あそこにいるうちはわからないかもしれないが、お前は先生たちに守られて生きているんだ。そのことを常に頭に入れて行動しろ」

「はい、申し訳…」

「もう良い。昨日からそればかりだろう。これから取り返せば良い」

謝罪の言葉は途中で途切れ、代わりに結構な力で肩を叩かれた。堪えきれずにふらつくと、ファルコンはしっかりしろと言って笑った。

「お前、この辺りの出身か」

「いえ、違います」

「そうか、見たことがあるような気がしたんだがな。人違いか」

ファルコンは空を仰ぎながら、頭を掻いた。


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2021/7/20  22:13

続ジョージア先生の長い長い夜5  小説

その日未明、泣き腫らし、片頬に指の跡まで付けて帰ってきた少年に、老教官はもとより主任教官も、強い言葉を掛けることはなかった。

翌日、諸々の事後処理が済んだ後で、ゼイン=ミルズは改めて違反者を呼び出した。

「さ、昨夜は多大なるご迷惑をお掛けして、本当に、本当に申し訳ありませんでした!」

ポーター=カヴァナーは主任教官を盗み見ながら、声を震わせた。対するゼインは、それには応えず、ただじっと少年を凝視していた。

ポーターがゴクリと生唾を飲み込む。

「す、すいませんでした!」

これ以上は正視できない。そう思い、勢い良く頭を下げた。

「本科生になっても門限破りとは、愚かしいにも程がある。ジョージア教官、愚か者に罰を」

ゼインが自身の部下に目配せし、すぐ隣で、若き教官が従順な返事を返した。ポーターは信じられないおもいで教官たちを見比べた。

「ミルズ先生、自分は退校になるのでは、ないんですか?」

命があっただけありがたい、公安から解放されただけで御の字だ。そう思っていたのはあくまで昨夜までの話で、今朝からは自らの処遇について考えを巡らせていた。

「ジョージア教官。門限破りの罰は退校だったか」

「いいえ、パドル打ちです」

「結構。始めろ」

タリウスはパドルを手にし、罰を受ける姿勢になるよう顎をしゃくった。

ポーターは、慌てて両手で机の縁を掴み、頭を下げた。必然的に、むき出しになった尻だけが高く上がった。

バシン。耳に響く大きな音に続いて、焼けるような痛みが尻に広がった。ポーターは唇を噛んでその痛みを飲み込んだ。

そんな必死の我慢が報われることなどなく、間を置かず更なる痛みが襲ってくる。

バシン。バシン。バシン。容赦ない打擲が繰り返される。

「うぅ…」

そうしてまんべんなく尻が腫れ上がる頃には、口から呻き声が漏れ、無意識に腰がひけた。

「動くな」

教官は尻たぶにパドルをピタピタと当て、姿勢を矯正した。

「すいません」

ポーターはすぐさまもとの位置に身体を戻す。

だが、それから少しすると、 またしても姿勢が乱れた。

「何度も同じことを言わせるな。拘束されたいのか」

「いえ」

ポーターは大きく息を吸い込み、再び姿勢を正した。

そうして、性懲りもなくポーターの身体が三度逃げたときだった。

「堪えろ!!」

突如として、それまで沈黙を守っていた主任教官が吠えた。ポーターは驚いて目を見張る。チラリと盗み見た主任教官は、まさしく鬼の形相をしていた。

「貴様のせいで、一体どれだけの人間が迷惑を被ったと思う」

「すいませ…」

「それにも関わらず、どれだけの人間が、労を厭わず貴様を捜し回ったと思う!」

ポーターはハッとして、両目を見開いた。

「自分は、本当に考えなしに、馬鹿なことを…すみませんでした」

その瞳から涙が溢れた。

「己を恥じ、悔悟しろ」

主任教官は立ち上がり、執務机から籐鞭を取った。

「代われ」

ピシリと机が鳴った。

「君には特別に、この私がたっぷり反省させてあげるよ。そうだな、さしあたっては、この鞭が折れるまでだ」

ゼインは鞭を弄ぶようにして、ポーターの背後にまわった。入れ違いに、タリウスがパドルを片付け、ポーターのすぐ隣に立った。必要とあらば、いつでも主任教官を手助けするためだ。

「ひぃ!」

微かな音と共に、皮膚を切り裂くような痛みが走った。パドルのそれと違い、一極集中型の鋭利な痛みである。

「あぁっ!」

痛みを噛み締める間もなく、すぐさま次がやってくる。

「いっ!うぅ!」

自然とつま先立ちになり、ガクガクと膝が震えた。教官はそんな自分に全く構うことなく、黙々と鞭を与え続ける。次第に息が荒くなった。

もう無理だ。これ以上は堪えられない。何度目かにそう思ったところで、頭で考えるより先に身体が反応した。両手が机から離れ、上半身が浮いた。

主任教官が鞭を下ろし、こちらに近付いてくる。

「す、すいませ…。身体が逃げてしまって」

「そう簡単に退校になぞしてたまるか」

「え…?」

間近に顔を覗き込まれ、ポーターは視線を上げた。

「貴様は一番大事なものを傷つけた。それが何かわかるか」

ポーターはふるふると首を横に振った。その間も、ゼインは鋭くこちらを威嚇してくる。目を逸らそうにも、身体が凍りついたように動かなかった。

「誇りだ。何年、何十年と先人が守ってきたものをお前は一瞬にして壊した。士官学校の制服を着て公安に捕まるなど言語道断。お陰で中央士官学校の名は地に堕ちた」

「申し訳ありません」

「給金をもらいながら、学ばせてもらっている意味を考えろ。本気で申し訳ないと思うのなら、己の作った借りは、己の手で返せ。何年掛かろうともだ」

「は…い」

「姿勢を戻せ。次に動いたら、ジョージア教官に拘束してもらう。そうなれば、またひとつ借りが増える。そうでなくとも、君はジョージア教官の手を煩わせ過ぎだ」

「す、すみませ…うっ!!」

皆まで言わないうちに、粛々と罰が再開された。そのまま何十回と地獄は続いた。

「あぁっ!」

脂汗を滴し、涙に暮れながらも、ポーターは机にかじりついたまま離れなかった。

「結構」

ゼインは満足そうに呟くと、執務机の上に籐鞭を置いた。みれば、先のほうが折れ、初めより短くなっていた。


眠けまなこで書いていたら、朝起きたら原稿がごそっと消えており、ひょええぇ。
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