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2020/10/11  1:56

石の記憶2  小説

それから間をおかず、その機会は巡ってきた。

「こちらを先生にお渡しいただけますか」

息子と件のやりとりをした数日後、タリウスは上官の私邸を訪ねた。兵舎から引き揚げようとしたところで、ゼイン宛の私信を見付けたためだ。

「これは?」

玄関先に現れたのは、ミゼットだった。

「机上にあったものです。お忘れになったのか、意図して置いていかれたのか、私には判断がつかなかったのでお持ちしました」

「わざわざ悪いわね。そのうちあなたがいなければ道も歩けなくなりそう」

「いえ、そんなことは。すみません、別件で少々お伺いしたいことが」

「何?」

「エレインのことですが…」

タリウスは先日の一件をかいつまんで話した。

「入って」

一通り話し終えたところで、ミゼットが家へ上がるよう促した。


彼女はすぐさま家主を呼び、事のあらましを話し、同席するよう求めた。

「で、君は何を知っている」

「本人からは本当に聞いたことがないし、知ってると言うほどのことは何も知らない。ただ一緒にいてわかったことは少し。推測も入っているからシェールには言えなかったけれど」

それでも構わないのでひとまず聞かせて欲しいとタリウスは言った。

「生まれは東方。それから、多分だけど部族の出だと思う」

「何故そう思った」

上官が食い気味に問うた。

「いろいろよ。馬の乗り方が独特だったり、天気が読めたり、それから、刺青があった。勿論、あの人のことだから、後から自分で入れたってこともなくはないと思うけど、でもそれならもう少し目立つところに入れる筈よ」

「刺青の形を覚えているかい?」

「はっきりとは。でも、どこかで見たような気がするのよね」

「まるで雲を掴むような話だね」

誰とはなしに溜め息がこぼれた。

「訓練生時代はどうしていたんですか。長期休みにはどこに」

「ああ、それならうち」

「どういうことですか」

「エレインから、実家が遠いから兵舎に残りたいと言われたが、許可出来ないと言ったところ…」

「それならうちに来ればって話になって、両親に手紙を書いたら快諾してくれて、それから休みの度に一緒にうちに帰ってきてたの」

「本科生に上がった頃だったか、身元保証人とも連絡がつかなくなって、最後は彼女の両親が保証人に」

ミルズ夫妻が交互に話すのを聞きながら、上官が以前、彼女たちを姉妹と呼んでいた理由がわかったような気がした。

「思い出した。石よ」

すると、突然ミゼットが声を上げた。

「石というのは?」

「あれ?持ってこなかった?」

「すみません、何のことだか」

言われて、タリウスは当時の記憶を探るが、皆目見当がつかなかった。

「あの人占いやるのよ。それがちょっと変わってて、小さな石を使うんだけど、その石を入れてた袋に刺青と同じ印があった。私が見たときにはなかったから、シェールが持っていったのかしら」

「君はエレインの家に行ったのか」

「ええ」

「そこで家探しを?」

「失礼ね。形見分けよ」

「無断で?」

「だって仕方ないじゃない。本人死んじゃっていないんだから。それに、私が逆の立場なら、あの子になら何を持っていかれても惜しくないもの」

俄には受け入れがたい話に男二人は閉口した。

「ちょっと失礼」

そんな彼らに構わず、ミゼットは一旦離席し、それから小さな箱と古びた革の包みを抱え、再び席に着いた。箱は宝石箱らしく、ふたを開けると色とりどりの宝飾品が収納されているのが見えた。中にはなんとなく見たことがあるようなものもあった。

「このあいだ、普通につけていなかったか?」

「ええ。宝飾品は身に付けてなんぼだもの」

「こちらは?」

宝石箱のほうはひとまず捨て置き、タリウスは革の包みを指した。

「あの人の投げナイフよ。研いであるから切れ味抜群」

許可を得て包みの紐を解くと、細身のナイフばかりがずらりと並んでいた。今度こそ見覚えがある。かつて彼女が使っていた商売道具だ。

「そのうちシェールにあげようと思っていたんだけど、何なら今持っていく?」

「いえ」

将来的にはともかく、今の息子に所有させるわけにはいかない。

「遠慮しないで」

ひとまず自分が預かったとして、シェールに見付からないよう管理するのは至難の技だ。そう思ったが、彼女の好意を無下にするわけにもいかず、考えあぐねていると上官が割って入った。

「自分で手入れをするのが面倒になったのだろう」

「そりゃこの数だもの」

ミゼットは少しも悪びれない。

「これはこの辺りの品ではないようですね」

タリウスはナイフを包みから取り出し、一本一本検めた。かつて頻繁に目にしていたものが、実際に手に取るのは初めてだった。

「そう?気にしたことなかった」

「何本かは買い足しているようですが、元のには、ほら」

タリウスがナイフの一本を手にし、柄の部分を指差した。

「確かに東方の言葉のようだ。意味まではわからないが」

柄には判別不能の模様のようなものが彫られている。

「ねえ、本当に石に心当たりない?このナイフより、ずっとわかりやすい場所にあった筈なんだけど」

「すみません」

「君が謝ることではない。しかし、エレインにそんな特技があったとは知らなかった」

「からきし当たらなかったけど」

「容赦ないね」

「だって、昔婚期を見てもらったけど、もっとずっと早かったもの」

「なるほど。占いの信憑性はともかく、その石とやらが見付からない以上は、目下このナイフが一番の物証ということになるね」

「お借り出来ますか?」

「だから、あげるって」

再びナイフの所有権を押し付けられそうになるが、あくまで借り受けるだけだと断り、タリウスはミルズ邸から辞した。


「ねえ、ゼイン」

来客を見送った後、ミゼットは先程からあった疑問を口にした。

「万が一にもよ、エレインの身内が見付かったとして、向こうだって捜しているかもしれないじゃない。下手したらシェールを取れちゃうかもしれないのに…」

「そうさせない自信があるから、調べているのだろう」

「そういう人?」

「いや、普段の彼なら危ない橋はまず渡らないはずだ」

そこで、彼らは互いに顔を見合わせた。

「半端ないわね、マクレリィ母子の影響力」
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2020/10/8  21:47

石の記憶1  小説

「ただいま」

自室に戻り、いつものように帰宅を知らせるが応答がない。一瞬、息子の留守を疑ったが、視線の先には出窓に腰掛けたシェールの背中があった。

「シェール」

「え?ああ、とうさん。おかえり」

そこで息子は初めて自分の存在に気が付いたのか、慌ててこちらを振り返った。それまで窓のほうを向いてはいたものの、その実自分が帰宅したことすら目に入っていなかったようだ。

「考え事か」

「うん」

息子はどこか上の空である。

「ねえ、とうさんはママがどこから来たか知ってる?」

「エレインの何だって?」

着替えに取りかかろうと息子に背を向けたところで、唐突に聞こえた問いにタリウスは眉を寄せた。

「士官学校に入るまで、ママがどこで何をしてたか、とうさんは知ってる?」

「いや、聞いたことがないな」

「じゃあ、ママのママとかパパのことを何か知ってる?」

それについては、彼自身長年疑問に思っていた。シェールを引き取るにあたり、まず初めにそのことを確認したが、結局はっきりしたことはわからなかった。

「わからない」

それ故、そう答える他なかった。

「そっか」

シェールは明らかに落胆したようだった。今更自分にこんなことを聞くということは、エレイン本人の口からは、何も語られなかったのだろう。

「どうした、急に」

「自分のルーツを調べるっていう宿題があって、うちは何て言うか、いろいろごちゃごちゃしてるから無理にやらなくて良いって言われて。まあ無理にやるも何も無理だからやるつもりはないんだけど、でもちょっと気になって」

宿題はひとつのきっかけに過ぎない。恐らくは、前々から漠然とした疑問があったのだろう。

「ミルズ先生たちにはもう聞いたのか」

「先生にこの話をしたことはなくて、ミゼットには前に聞いたけど、知らないって言われた。本当かどうかわからないど」

「どういう意味だ」

「だって、あんなに仲が良かったのに何も知らないなんてことある?」

「仲が良いからと言って、何でも話すわけではないだろう」

「そうかな」

息子は未だ納得いかないといった様子である。前回エレインの死の真相について彼女が口をつぐんだことから、今回も疑いをもっているのかもしれない。

「機会があったら、俺からも聞いてみる。それで良いか」

「いいけど、何言われてもちゃんと教えてね」

「わかった」

疑いをもたれているのは自分とて同じようである。
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2020/8/10  0:53

三竦み  小説

その日、タリウスが息子を迎えに上官の私邸を訪ねたのは、日もだいぶ高くなってからだった。当直業務が終わった後も兵舎に残り、雑多なことを片付けていたところ、思いの外帰りが遅くなってしまった。

いくら上官がシェールを可愛がっているとは言え、こうも好意に甘えて良い筈がない。流石に今日は小言のひとつももらうかもしれない。そんなことを考えながら玄関の呼び鈴を鳴らすも、応答がなかった。

そのとき、風上から金属同士がぶつかるような音が聞こえてきた。タリウスは訝しく思い、そのまま音のするほうへと向かった。

「すみません。遅くなりました」

音を頼りに裏庭へまわると、上官と遭遇した。

「昨夜は何か問題でも?」

「いいえ、特段ありません」

「ならば結構。それより、事後報告で申し訳ないが、シェールを借りているよ」

「それは構いませんが」

「うちのが昇段試験があるとかで、私を頼ってきてね。シェールに勝ったら相手をしてやるという条件を出したところだ」

「シェールに、ですか」

昨今息子は随分と剣の腕をあげたようだが、それにしても所詮は子供だ。王族の警護まで務める彼女の相手になる筈がなかった。

「敗けるわけがないと思うだろう?それがこの体(てい)たらくだ」

ゼインの指差す方向には、我が子と打ち合いをするミゼットの姿があった。両者の力は互角というわけではないが、それでもシェール相手に彼女が苦心しているのが窺い知れる。

「ただ勝てば良いというわけではない。秩序と礼節、どちらも彼女にないとは言わないが、さりとて充分ではない」

何故ならば、彼女の頭上には水桶が乗っており、更には模擬剣を握る手は利き手とは逆だった。差し詰め、水桶が秩序で左手が礼節だろうか。

「そこまで」

正面から繰り出された攻撃を大きく避けた拍子に、頭上の水桶が傾いた。ミゼットは咄嗟に水桶に手をやり事なきを得たが、そんな愚行を上官が許す筈がなかった。

「お話にならないね、ミゼット。昇段云々以前の問題だ」

「とうさん!」

ゼインが苦言を呈するが、そこにシェールが割って入った。ミゼットとの打ち合いを終えたところで、ゼインの隣にいる自分に気付いたのだろう。

「おかえりなさい。今の見てた?」

シェールは模擬剣を手に、嬉しそうにこちらへ駆け寄ってきた。

「ああ」

「嫌だ。見てたの?」

彼女もまたつい今し方まで、自分の存在に気付いていなかったのだろう。片手で顔を覆い、最悪と呟いた。

「全くお恥ずかしいものを見せたね」

「確かに面目ないけど、でも。シェールが相手だと調子が狂うのよ」

百戦錬磨とはいかないまでも、ミゼットにはこれまでいくつもの修羅場を越えてきたという自負がある。左手とて決して使えないわけではない。ただ、うまいこと制御出来ず、もしも妙なところに当ててしまったら、そう考えると相手が相手なだけに不用意に攻められなかった。

そんな彼女を見て、タリウスは思わず苦笑いを漏らした。

「だったら、やってみてよ」

同情から出たものだが、彼女はそう受け取らなかったようである。

「いえ、自分は…」

「良いでしょ、ゼイン」

「勿論」

こうなるともはや自分に拒否権はない。タリウスはミゼットから模擬剣を受けとると、息子に後ろへ下がるよう命じた。

「忘れ物よ」

左手で剣を握り、腰を落としたところで、ミゼットが目の前に水桶を差し出した。桶には半分ほど水が入っている。タリウスは無言でそれを受けとり、事も無げに頭上に置いた。

「え?うっそ!本当に?」

シェールは突如巡ってきた千載一遇のチャンスに心踊らせた。些かおかしな状況ではあるが、この際細かいことはどうでも良かった。父と手合わせが出来るなんて何年振りだろう。

心の準備は全く出来ていなかったが、それがかえって幸いした。これが何日も前からわかっていたことならば、恐らくあれこれ考えを巡らせた結果、少しも動けなかったに違いない。

丁度ミゼットとの一戦で身体が温まっていたこともあり、シェールは最初から勢いよく斬り込んだ。

タリウスはふたつのハンデをものともせず、極めて冷静に息子の剣を受けた。その後も、シェールがどれほど大きく斬りかかろうとも、少しも乱れることなく淡々と打ち返した。

鋭く重い剣が幾度となくシェールを襲った。シェールは辛うじてそれらを受けるが、押し返すには力が足らず、そのままジリジリと押され、数歩後退したところで横になぎ払われた。

シェールは堪えきれず、その場に尻餅をついた。

「そこまで」

ゼインの声に、タリウスは剣を納め、それから息子に向かって手を差しのべた。シェールは反射的にその手を握った。

「随分と腕を上げたな」

そうして息子が起き上がったところで、タリウスはようやく頭上の水桶を下ろした。

「私の部下を甘く見てもらっては困る。まあ、シェールには丁度良いご褒美になったようだが」

シェールはと言えば、未だ荒い息のまま頬を上気させていた。

「大変失礼したわね」

「普段から予科生相手に似たようなことをしているので、それは良いのですが。それよりも、シェールに勝ったら、先生に手合わせしていただけるんですよね」

「一体何を言い出すんだ。君とはそんな約束をしたおぼえは…」

「ええ、そうね。あいにく私は勝てなかったけれど、あなたにはその権利がある」

「ミゼット、君まで」

「シェール、先生の模擬剣を取りに行くわよ。あんたも見たいでしょう」

「絶対見たい!」

ミゼットに外堀を埋められ、駄目押しでシェールの無邪気な笑みまで見せられたとあっては、首を縦に振らざるを得ない。

「仕方ない。君にもご褒美をあげるとしよう」

加えて、部下が従順なのを良いことに、日頃無茶振りばかりしている自覚はゼインにも一応あった。たまにはちょっとした望みを叶えたとて、罰は当たらないだろう。

ゼインが珍しく仏心を出すも、この直後、まさかの台詞に度肝を抜かれることになる。

「左手でやっていただけるんですか」

全員が固唾を飲んで見守る中、ゼインの溜め息が一際大きく聞こえた。

「ジョージア、君は私を殺す気か」



〜Fin〜

さんすくみ
シェール<タリウス<ゼイン<シェールな関係
10

2020/3/20  23:13

鬼の牙城にて〜おまけ〜  小説


「おかえりなさい」

隣に人の気配がして、ミゼットは寝所の中で夫の帰宅を知った。時計を見たわけではないが、恐らく深夜だろう。

「ああ、ただいま」

「お疲れ様。ねえ、昨日のことだけど」

「ミゼット、それを今やるのはやめないか」

「だって」

「わかった」

夫の声は疲れていたが、そうそう機嫌は悪くない。彼は観念して天井を見上げた。

「思ったんだけど、私のせいで気が散るのは別に志願者ってわけじゃなくて…」

「ああ、私だ」

どうしてこう悪びれもせず、さらりとそんなことが言えるのだろう。

「ゼイン」

「一年で一番忙しい日だ。心を乱されてたまるか」

ミゼットが精一杯非難がましい視線を向けるが、お相手はどこ吹く風だ。

「だったらそう言って。すぐにはわからないわよ」

「あの場でそんなことを言えるわけがなかろう」

「まあ、そうだけど」

だからといって、わざわざ自分を下げることもないだろう。無駄に怒らされるほうの身にもなって欲しい。

「君のほうこそ部下の前で感情的になるのはどうかと思うが」

「良いのよ、ダルトンだから」

些か乱暴な物言いたが、意外にも夫は反論してこなかった。

「ダルトンと言えば、助かったよ。彼を貸してもらえて」

「でしょう。もうあんまりいじめないで」

昼間本人からも報告を受けたが、改めて夫の口から謝意を聞いて、ミゼットは安堵した。

「別に苛めているわけではない。どうも君たちはダルトンの肩ばかりもつ」

「君たち?ジョージア教官のこと?」

「そうだ。なんのかんのとかまっては甘やかす」

「ああ、それはたぶんだけど、似てるのよ」

「誰が誰に?」

「ダルトンがシェールに」

「そうか?」

「一見すると温厚で虫も殺さないように見えて、その実結構大胆なことをするのよね、ふたりとも。それでいて根は善良だから、何かとかまいたくなるのかも」

「ふうん」

いかにも気のない返事に、夫が納得していないのか、そもそも興味がないのか、俄にははかれなかった。だが、次の台詞にミゼットははっとした。

「エレインと組ませてみたかったな」

「だ、だめよ。気は合ったかもしれないけど、あのふたりじゃ収集つかない」

「そうか。やはりあの手のタイプにはジョージアだな。彼は自分にはないものに惹かれる傾向にある。君と話していてわかった」

「あらそう。それにしても、随分とお気に入りなのね」

「私の一番はいつだって君だよ」

「もう」

はぐらかさないでよ、そう言いかけるが、言葉は声にならず暗闇に吸い込まれていった。

〜Fin〜


9

2020/3/19  0:03

鬼の牙城にて3  小説

翌朝、キールはいつもより早くに目が覚めた。これではまるで自分が志願者のようだ。そう思ったら、なんだか少し笑えてきた。

時間をもてあまし、結局早朝から兵舎へ向かった。通い慣れた室内演習場に足を踏み入れ、ふと周囲を見回した。隅から隅まで磨き上げられ、塵ひとつないのはいつもと同じだが、普段はない採点席らしきものが設置されているのを見て、否が応でも緊張が走った。

だが、実際に試験に臨む志願者たちを目にすると、途端にするすると緊張が解けていくのがわかった。

志願者と呼ばれる少年たちは、どの顔も緊張でガチガチだった。かつては、自分もあの中のひとりだった。あの頃は、選抜試験にさえ合格すれば、憧れの士官になれると思っていた。もちろん試験に受からなければスタートラインにすら立つことは出来ないわけだが、言うまでもなく、そこからの道程は長く険しかった。

何度もうやめてしまいたいと思い、何度もうやめてしまえと罵られたか。紆余曲折あり、自分は今、そんな道程を完走したのだ。

教官の号令に、考えるまでもなく、身体が勝手に動いた。志願者に課された試験は、基礎訓練の中でも特に初級者向けの型である。鬼教官監視の元、仲間と共に何百回と同じことを繰り返してきたのだ。出来ないわけがなかった。

士官候補生選抜試験は、剣術や射撃、走り込み等の実技試験から、座学や口頭試問に至るまでとにかく項目が多い。剣術の試験が終わると、教官はもちろん、志願者たちもすぐさま他の会場に移動した。

キールがひとり演習場を片付けているときだった。

「ダルトン」

出入口から教官が自分を呼んだ。

「下手に手を出したら最後、夜中までこき使われるぞ」

「ええ?!」

「今日はそういう日だ。嫌ならとっとと帰れ。非番なんだろう」

「はい」

教官の言葉にキールは慌てて戸口へ向かった。

「悪かったな」

「いえ、おっしゃるとおり大したことでは…」

「そうではない。昨日のことだ」

「昨日ですか?」

確かに昨日は色々あったが、少なくとも目の前の恩師に謝られるような覚えはなかった。

「昨日、お前の上官がああ言わなかったら、俺はお前の頼みを聞いてやってしまうところだった。そんな必要は少しもなかったというのに」

「先生」

「ミルズ先生ではないが、どうにも予科生のときの記憶が…」

「いえ、むしろなんかすいません」

全ては己の不徳のいたすところだ。

「これから上官のところに行くのか」

「ご存知のとおり怒らせてしまったので」

「彼女の怒りの根がどこにあるか、わかるか」

「それがですね、いまいち…」

発端は主任教官の不用意な一言だったとしても、最終的に彼女をカンカンに怒らせたのは自分に他ならない。

「端的に言って、お前は今上官の持ち物だ。相手が誰であろうと、自分のものを愚弄されて面白いわけがないだろう。だが、それだけなら家に帰って続きをすれば良い。問題はその後だ」

「つい弱気になって、自分が甘えたことを言ったからですか」

「五十点だ」

「えっと」

「確かにお前の発言自体、誉められたものではない。だが、彼女は頼まれれば大概のことは嫌だとは言わない。その辺りのことはお前のほうがわかっているだろう」

「それってつまり…」

「頭を下げる相手を間違えたんだ」

「ああ…」

キールは手のひらで額を打った。言われてみれば確かにそうだ。彼女は自分を蔑(ないがし)ろにされることを一番嫌う。それを裏付けるのがあのときの台詞だ。何故わからなかったのだろう。

「その事をわからず謝りに行ったところで、余計に怒りを買うだけだ」

「そうですよね。そうだと思います」

「わかったのならもう帰れ」

「先生、お忙しいのにいろいろありがとうございました」

教官は相変わらずの仏頂面だったが、キールはあえてそんな彼をまじまじと見返した。

「失礼します」

自分を見送る教官の眼差しは、思いの外やさしかった。


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