ダラダラ中につきカメ更新 感想など、ちょろっとでも書き込んでいただけましたら泣いて喜びます🎵

2021/1/12  16:31

【森】1  小説

「リュート、大丈夫?足痛い?」

岩肌が露になった崖をそれ以上浸食しないよう、シェールは両手両足を使い慎重に下りていく。この場所は少し前に地滑りを起こしたばかりだ。

「いや、大丈夫。動かなければ痛くはない。それより、上に上がれそう?」

「うーん、ちょっと厳しいかも」

最後にストンと着地すると、シェールは今下りてきたばかりの崖をまじまじと見上げた。

「途中までは行けたんだけど、結構滑るし、うまく上まで上れたとしても、その後ひとりで迷子になるのも嫌だし。やっぱりここで大人しく助けを待つことにする」

「助けを待つったって、そんなのいつ来るかわからないだろ!何日、いや、何週間ってかかるかも…」

「大袈裟だな、リュートは。暗くなっても僕たちが帰らなければ、大人が、たぶんとうさんが捜しに来てくれるよ。ひょっとしたら、もうおばさんたちが騒ぎだしてるかも」

少し前に傾き始めた太陽は、今や急速に力を失い、あたりはすっかり暗くなっていた。怪我を負ったリュートが心細く感じるのも無理はない。

「そうだとしても、この広い森の中だぞ。そもそもオレたちがこの森にいることだって、知らないだろうに」

「それでも何でだか来てくれるんだよ、とうさんは。鼻が利くって言うのかな。だから、ここでリュートとふたりミイラになる心配はしてないんだけど、問題なのは助けが来たその後だよ…」

シェールは空を仰ぎ、続いて大きな溜め息を吐いた。

「シェールんちのお仕置きって、どんな感じ?」

「どんなって、リュートんとこと同じだよ、たぶん」

「ムチ?」

「パドルは門限破ったときと、めちゃくちゃ悪いことしたときだけ。それ以外は平手」

「なんだ、意外と甘いんだな。見るからに怖そうな人だから、もっと普段からビシバシされてるのかと思った」

「全っ然甘くないよ。平手って言ってもとうさんのは下手なパドルより痛いし、それに今回はみんなに迷惑掛けただろうから、もしかしたら…」

「もしかしてパドル持ち歩いてるの?」

「まさか!家にあるよ。でも、これを機に出掛けるときは持ってけって言われるかも」

シェールは両手で顔を覆い、ガタガタと身震いした。

「シェールはさ、あの人についてここを出てから、帰りたいって思ったことはないの?」

「そりゃあるよ。特に最初の頃は、知らない街で知らない人ばっかりで。とうさんも仕事が忙しくて、あんまりかまってくれなかったしね。だから、しょっちゅう帰りたいって思った。けど、言ったらいけないんだって思って、ほとんど言わなかったな」

「やっぱり強いな、シェールは」

「強くなったんだよ。リュートだって、いきなりおじさんとおばさんがいなくなったら、そうなるしかないって」

リュートには返す言葉が見付からなかった。二人はそれきり沈黙した。

「あ、でも。ああ見えて、とうさん結構やさしいところもあるんだよ」

思い出したとばかりに、シェールは手のひらをぽんと叩いた。

「まだ学校に行き始める前の話なんだけど、とうさん仕事が忙しくて、毎日帰りが遅いときがあって。そしたら、めちゃくちゃ早起きして、朝から散歩とか鬼ごっことかしてくれたんだよね。雨の日は本読んでくれたり、いろいろ」

「なんつうか、ちょっと意外」

「あのときはすごく嬉しかったし、毎朝楽しかったな。だけどよくよく考えたら、とうさんほとんど寝てないんだよね。ただでさえ忙しくて疲れてた筈なのに。でも、そういう人なんだよ、とうさんって」

「なんかオレの思ってたイメージとちょっと違うかも」

「そう?ていうか、リュートはとうさんに興味があるの?」

「あの人にっていうか、何て言うか。オレ、まだちゃんと決めてないけど、あと何年かしたら士官候補生の試験受けたいって思ってて、そしたら…」

「十中八九、とうさんにしごかれることになるね」

「やっぱりそうか」

うーんとリュートは唸り始めた。

「なんか複雑」

「え?」

唐突に不機嫌そうな声を上げた友人をリュートは見詰めた。

「だって、そうなったらリュートはとうさんにいろんなことを教えてもらえるんだよね。なんかいいなって」

「は?おじさんもおばさんも将校だったって聞いてたから、てっきりシェールも士官学校に入るんだとばっかり思ってたんだけど」

「そう出来たら良いけど、だとしても中央には行けないよ。親が働いてるんだもん」

「そっか、そういうもんか」

リュートが呟き、それからまたしても沈黙が訪れた。

「ねえリュート、少し休んで」

「シェールは?」

「見張り。灯りが見えたら大騒ぎするから、そのときは手伝ってよ」

「わかった。途中で交代するから」

リュートは大きくせりだした木の根にもたれ、目を閉じた。思ったとおり、体調が思わしくないのだ。シェールはそんな友人を一瞥すると、再び先程の崖に手を掛けた。

そのまま半分くらいまで崖を上り、少しだけ広くなったところにそっと腰を下ろす。ここならば周囲の様子を窺うことが出来る。父はもう自分達の居場所にあたりを付けただろうか。

リュートにはああ言ったものの、ひとりになるとやはり心細かった。自然と溜め息が漏れた。

どのくらいそうしていただろう。ふいに周囲が明るくなった。

「とうさん!!」

反射的にシェールは叫んだ。

「シェール!どこだ!」

「ここ!崖の下にいる!」

ややあって、目の前がパッと明るくなる。そして、心配そうな父と目が合った。

「大丈夫か」

「僕は平気。でも、リュートが足を怪我してて、もしかしたら折れてるかも」

「今どこにいる?」

「この下」

シェールは友人のもとへ父を案内するべく、再度崖を下り始めた。

「灯りを持っていろ」

下まで下りると、父は腰に付けていたランタンをこちらに寄越した。

「痛めたのはどっちの足だ」

「右です」

「いいか、触るぞ」

「うぅ…」

リュートが呻き声を上げる。患部に灯りを当てつつも、自分は正視出来なかった。

「恐らく挫いただけだろう。少なくとも折れてはいない」

「良かった…」

父の言葉に安堵するも束の間。

「良いわけないだろう!!」

特大の雷が落ちた。油断していたわけではないが、このタイミングで来るとは思わなかった。心臓がきゅっと萎縮し、もう少しでランタンを落とすところだった。

「自分達が何をしでかしたのか、わからないのか。どれだけの人が心配したと思っている」

「ごめんなさい」
「すいません」

揃って謝罪を口にすると、闇の中から大きな溜め息が聞こえた。

「ともかく戻るぞ。立てるか」

そのまま二人に灯りを当て続けていると、リュートに向けて父が背中を差し出したのが見えた。

「つかまれ」

「で、でも」

リュートが躊躇する。それはそうだとシェールは思った。だが、続く台詞に悪餓鬼たちは度肝を抜かれる。

「嫌ならシェールに背負われるんだな」

「え?」

「は?」

「皆待っているんだ。早くしろ」

凍りつく悪餓鬼ふたりをそのままに、タリウスは立ち上がり崖に向かって歩き出した。

「リュート、とうさんマジだよ」

「ウソだろ?」

「ホントだって。もう、おぶってあげるから早くして。これ以上、怒らせたくないんだ」

シェールはその場にランタンを置き、友人にそっと耳打ちした。

「何をごちゃごちゃ言っているんだ。なんならこの場でお仕置きしてやっても良いんだぞ」

「とうさん!」

恐れていた事態にシェールは悲鳴を上げた。

「あ、あの!」

そんな父子の間に、リュートが割って入る。

「やっぱり連れてってください。シェールにはこれ以上迷惑掛けれない」

「良いだろう。シェール、お前は灯りを付けて先に登れ」

シェールはほっとして、ベルトにランタンをひっかけた。


サクッとお題を書くはずが、思いの外長くなったので分けます。お出掛けネタが楽しい今日この頃。

9

2021/1/3  8:42

今年もよろしくお願いいたします(ネタバレ)  そらごと

昨年は大変お世話になり、ありがとうございました。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

ようやく、「石の記憶」のお引っ越しが終わりました。前半は、録画していた「相◯」を見ながらやっていたんで仕方ないのですが、都合3時間も掛かり、流石にゲンナリ。毎回チマチマやるのも手間ですが、まとめてやるのはもう金輪際やめようと思いました。

でも、久しぶりに素敵な素材屋さんを見付けることが出来て、そのことだけは本当に良かったです。実は、サイトを一時休止している間に、壁紙やお題をお借りしているサイトさんがかなりの勢いで閉鎖されており、結構なショックを受けていたのです。

まあ、いつのまにか個人でサイトをやるっていう時代でもなくなったのですよね。pixivみたいに作品を投稿して、そこに見に来てもらうほうが効率的だし。それもわかりますけど。言うまでもなくは私はここが気に入っているので、まだもうちょい居座ります。

それから、更新履歴にも出してありますが、予告どおり新年一発目はスパ話をお送りしました。石の記憶の後日談な感じで、実際に石の〜を書いている途中で降ってきたネタです。

シェールくん、猛省。自分が悪いとわかっているときに
は、素直になれるようです。

初心に返って、ほぼすべてタリウス目線で展開しています。ええ、そうなんです。初期の頃はお仕置きシーンも含めて、みんなタリ目線で進行していました。当時、私が読んでいた作品は、スパンキー視点のものが多かったので、ひねくれものの私はあえて逆にしてみました。なんというか、こちらのほうが淡々と進みますよね。でもって、冷静な分、よりお気の毒な感じに仕上がるっていう。

そしてまた、こんなものを書いているせいか、オンラインでもオフラインでも、ペンペンして欲しいと言われたことがありますが…出来ません。くどいようですが、根っからのスパンキーです。
4

2020/12/31  14:16

ありがとうございました!  そらごと

今年も大変お世話になり、ありがとうございました。こちらに戻ってから一年ちょっと、毎日あたたかな励ましをいただき、本当に心より感謝しています。

いや、ホント。読むのは良くても、書き込むのってなかなかハードルが高いと思うのです。なんせ自分もそうでしたから。

そんなわけで、みなさまからのお声はどれも大事に、何度も読ませていただいています。

ちなみに、お名前のない方の拍手コメントは、リモートホスト(プロバイダとかWi-Fiがザックリ表示される)となんとなくの雰囲気で、いついつのこの方と同じかな?などと想像して、お返事を書いています。

もしかしたら、結構な割合で人違いをしているかもしれず…なんかトンチキなことを言っていたら、ごめんなさいね。


さてさて、約3ヶ月に渡ってお送りした「石の記憶」も、ようやくラストを迎えました。多少の寄り道はしたものの、ほぼスパ関係ない感じで突き進んでいったにも関わらず、最後までお付き合いをいただき、本当にありがとうございました。

以前にも書きましたが、HAKASE氏の名曲、「With One Wish」を聴いて、初めに思い浮かんだのが、砂漠の中を西遊記の如く旅する三人の姿でした。過酷な旅なんだけど、三人とも表情が生き生きしていて、助け合ってゴールする、みたいなイメージです。

なので、当初は砂漠の話がメインになる筈でしたし、サソリのくだりも砂漠の真っ只中でやりたかったし、お使いにいくのもシェールだったのですが、、、考えるまでもなくつむんです、それだと。

ま、あれはあれで気に入っているんでよしとします。←タリウスのおつかい。


ちょっと話逸れますが、私は小さな頃からモノガキが好きで、一時期は同人界の片隅で、創作ジャンルに籍を置き、ちまちまと活動したこともありました。実力がないので仕方がないことではありますが、なかなか手に取ってもらえないのですよ。文字だらけの一次創作って。

それでも好きな気持ちがあれば、ひとりでも書き続けられたのでしょうが、当時の私にはムリでした。

で、そうこうしといるうちに、インターネット全盛期が訪れ、試しに「spanking」と検索して、今ここですよ。ホント世の中何がどうなるかわからないって、このことです。


しかし、流石にそろそろスパサイトの看板を掲げていることが心苦しくなってきたので、次回はひっさびさにガッツリスパ(当社比)です。タリウス/シェール、笑いなし。原点回帰です。

でもって、思い返せば、毎回新年一発目はシェールがひどい目に遭うっていうこの流れ。折角、旅の間はイイコちゃんだったのにね…
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2020/12/29  1:04

続石の記憶10  小説

ぷっつりと会話が途切れ、風の音だけが遠く聞こえる。西の空が赤く染まり始めた。

「ひとつだけよろしいですか」

沈黙を破ったのはユリアだった。

「今ですか?」

「こんなときに申し訳ないとは思いますが、今です」

断る選択肢はない。タリウスは吐息した。

「謝らなくてはいけないことが。出発前の話です」

「そのことならもう結構です。立ち入ったことを聞いたこちらに非があると思っています」

「いいえ、ただの八つ当たりです。図星だったものですから」

明らかにユリアの様子がおかしかった。出発前に諍いをしたときと同じく、彼女はまるで落ち着きがない。

「仰るとおり、私、怖くて。いつかお話しようとは思っていましたけど、でも…」

「無理に話してくれなくとも良い」

「面倒事は聞きたくありませんか」

「そういう意味では」

このままでは先日の二の舞である。

「聞かせてください。何を聞こうが、あなたはあなただ。そのことに変わりはない」

これまでに一体幾度、彼女の告白に驚かされただろう。数えてもいないが、それでも何を聞かされようと、否定的な感情をもったことは一度たりとてなかった。

「私、実は異国人なんです」

「は?」

彼女は一体何を言い出すのだろうか。

「我が家の残念な事情については以前にお話したと思いますが、あの話にはまだ続きが」

言葉の真意がわからず呆然としていると、そのまま置いてきぼりにされた。

「家を出たその足で、母の故郷に行きました。今のシェールくんと同じです」

「待ってください。たったひとりで異国に?」

「西域は貿易が盛んですから、言葉が話せれば簡単に船に乗れます」

めまいがするようだった。だが、恐らくこんなものは序の口に過ぎないのだろう。タリウスは黙って先を促した。

「その後こちらに戻って、それから、自国の国籍を捨てました」

「な、何だってそんなことを?」

「若気の至り、でしょうか」

「若気の至りって!」

そんな言葉で済まされるような話ではない。だが、いずれにしても覆水盆に返らずである。ここで彼女を責めたところで何も変わらない。

「つまり…」

「今の私は不法移民です。定職につかないのではなく、つけないんです」

タリウスは利き手で顔を覆った。自分から聞きたがった話ではあるが、心がついていかなかった。

「士官学校は統括の、と言うより父のコネですから、問題なく雇っていただいていますが、公的なところ、とりわけ王宮に上がるとなれば、徹底的に身元が洗われるかもしれません。もしそうなれば、ミゼットさんの顔に泥を塗ることになります」

「事情はわかりました」

タリウスはようやく平生に返った。

「聞きたくなかったですよね、こんな話。出来れば私も知られたくなかったのですが」

「他にはもうありませんか」

「え?」

他にも何も、目前の問題すら片付いていないというのに、一体何を言い出すのかとユリアは面食らった。

「この際、秘密や隠し事があるならまとめて聞いておきたい」

「いえ、特には…」

言いながら、ユリアの目が泳ぐのをタリウスは見逃さなかった。

「あるんですね」

「ええと、トリュアまで来たときの話ですが」

トリュアは彼らが合流した街の名前である。

「そう言えば、あんな時間にどうやってあそこまで来たんですか」

「ミゼットさんに、用立てていただきました」

「まさか軍馬で来たんですか」

「流石に明るみに出ると減給ものだと仰って、墓場まで持っていくよう言われました。ですから、どうか内密に」

「言えるわけがないですよね」

借りるほうも借りるほうだが、貸すほうも貸すほうである。

だが、これで合点がいった。

両家の子女であるユリアに乗馬の心得があったとて、驚くようなことではないが、それにしてもここ数年はご無沙汰の筈である。その割に、彼女の馬のあしらいが妙にうまいことをタリウスは訝しんでいたのだ。

「それはそうと、タリウス。良いんですか」

「今更とやかく言っても仕方がない」

「で、ですが、私、ある意味犯罪者ですよ?」

「ならば、責任をもって更生させるまでだ」

タリウスが微笑み、そんな彼を一目見て、ユリアが安堵のため息を吐いた。

「どのみち結婚したら、嫌でも異国人ではなくなる」

「え?!ああ、確かにそうですね」

ユリアは一瞬きょとんとし、それからしみじみと言った。そんな彼女の反応を見るにつけ、これまでそんなことを考えたこともなかったのだと思い至る。

純真無垢な瞳に真っ向から見つめ返され、咄嗟に抑えが効かなくなる。砂漠の黄昏(たそがれ)にこのままいっそすべて溶けてしまえば良い。柄にもなくそんなことを思ったのは、水平線に沈み行く太陽があまりに鮮烈だったからだ。


「とうさーん!おじさんが呼んでる」

そんな自分たちを息子が呼びに来たのは、それから間もなくである。

「族長さんが会ってくれるみたい」

シェールのまわりには、すっかり打ち解けた様子の子供たちが集まっていた。

彼らは居住いを正し、再度族長の家を訪ねた。

「お前たちはここで待て」

ラケシュはシェールだけを家の中に上げると、タリウスたちの入室を頑なに拒んだ。

「ひとりで行けるか」

「うん。でもとうさん、行っても良いの?」

シェールが不安げにこちらを窺う。

「ああ、行ってこい」

ラケシュのことを完全に信用したわけではない。だが、息子のことは誰より信頼している。


「入れ」

ラケシュに付いて家の中を進むと、大きめのソファのようなところに老婆がひとりもたれ掛かっているのが見えた。

「族長に挨拶を」

促されて、シェールは深々と頭を下げた。その後は何を言って良いかわからず、ひとまず自分の名前と、それから時間を作ってくれたことへの感謝を述べた。

「お前にくれるそうだ」

老婆はぶつぶつと一人言を言いながら、色鮮やかな箱の中から石を摘まんで、シェールのほうへ寄越した。石は黒色ですべすべしていた。シェールは礼を言って受け取り、それからハッとして自分の石の入った袋を老婆に差し出した。

「目上の者とは交換しない。貰うだけで良い」

ラケシュは言ったが、老婆は自分から袋を受けとり、逆さにしてすべての石を出した。老婆の目がその中のひとつに釘付けになる。視線を追うと、シェールが一番大事にしている白い石に注がれていた。

「そ、それは…」

咄嗟にそれだけはあげられないと言い掛けるが、思い直して後の言葉を飲み込んだ。族長は、突然訪ねてきた素性のよくわからない自分と会ってくれたのだ。

「昔、この石にそっくりな石を自分の娘にあげたそうだ」

「え?」

「お前に似ていたと言っている」

「ホントに…?」

シェールは驚いて目を見張った。その目から涙が溢れる。すると、しわがれた手がやさしく拭ってくれた。

老婆は皺だらけの顔を更にくしゃくしゃにした。シェールは無性に嬉しくなって老婆の顔を覗き込んだ。だが次の瞬間、突然彼女の瞳から力が消えた。

「族長はお休みだ。石を片付けて引き上げろ」

シェールは大急ぎで袋に石をしまい、それから老婆の骨張った手にそっと触れた。胸が熱くなった。


「族長さんに、お母さんのことを聞けた?」

「ううん。でも、やさしいおばあちゃんだった」

本当は今あったことを二人に話したかったが、思い返すとあまりに現実離れしていて、すぐに話すことがためらわれた。それに、話したら最後、口から記憶が漏れていくようだった。

そんなことを考えていると、ラケシュが自分の横を足早に通り過ぎた。まるでもう用は終わったとばかりである。

「待って、おじさん」

「何だ」

「おじさんが案内してくれたお陰でここまで来られたし、おばあちゃん、族長さんにも会えた。だから、ありがとうございました」

「里帰りのついでだ。ここへ来られたのは、この二人の執念だろう」

ラケシュの言葉に、傍で聞いていた大人二人は、ぎょっとして顔を見合わせた。確かに昨日の自分たちは些か執念深いきらいがあったかもしれない。

「でも、ママは生きているとき、自分のことは何も話してくれなかったから、本当は僕がここに来るの、嫌だったかもしれないけど」

本当のことを言えば、常に心に引っ掛かりを感じていた。自分の欲求が充たされた今は、認めることが出来た。

「俺も俺の親も一族を捨てて都市へ出た。そのことが後ろめたくて、極力郷里の話はしない。お前の母親もそうかもしれない。でもそれは、決して故郷が嫌いだからじゃない。むしろ好きだからだ」

ラケシュはそう言って、口の端を僅かに上げた。そんな彼を見て、シェールは不思議な充足感をおぼえた。




長きにわたり、お付き合い誠にありがとうございました。いろいろありましたが、落ち着くところへおさまったようです。
9

2020/12/26  21:23

続石の記憶9  小説

二三時間ほど進んだところで、俄に馬の歩みが鈍くなった。どうやら先頭を行くラケシュが速度を落としたようだった。

しばらくすると、遠くに黒い点のようなものがいくつも見えた。

「ヒツジ?違う、ヤギだ!」

久方ぶりに見る砂以外の景色に、シェールは些か興奮気味である。

「放牧をしているんじゃないのか」

「あんなにたくさん?!」

シェールは目を丸くした。山羊たちはおもいおもいの場所に散らばり、砂地に生えた草を食べているが、見たところ人間らしき姿はない。 いるにしても一人ないし、ごく僅かな人数だろう。よくそれでああも大量の山羊を管理出来ると思った。

「ほら、そろそろ着きそうだ」

その言葉通り、一行はほどなくして小さな集落に到着した。

砂漠の真ん中に突如として現れたその空間は、まるで現実世界から隔絶され、人知れず息づいているようだった。

風の音が殊更大きく聞こえた。

建物はすべて干乾しレンガで出来ており、砂色の壁が真っ青な空や所々に生い茂った草木によく映えた。どの家にも装飾や着色がないため、少し前まで滞在していた都市と比べ、随分と質素な印象を受ける。

ラケシュはラクダを繋ぎ、おもむろに荷物を下ろし始めた。すると、周囲の家々から子供たちが出てきては、荷のまわりを取り囲んだ。

しばらくそんなやりとりをぼんやり眺めていたシェールだったが、タリウスに促され、おっかなびっくり馬から下りた。

そこで、子供のひとりと目が合った。だが、シェールが近付こうとすると、子供はくるりと方向を変え、あっという間に走り去ってしまう。他の子供にしても、遠巻きにこちらを見てはいるものの、決して近寄っては来なかった。

「族長のところへ案内する。ただし族長は高齢だから、会えるかはわからないが」

一通り荷下ろしが済んだところで、再びラケシュがこちらへやってきた。シェールはゴクンと唾を飲み込んだ。

「族長さんは、シェールくんのお母さんをご存知かしら」

「ど、どうかな…」

ユリアはあまりにあっけらかんと今の心を代弁してくれた。その柔和な声に、するすると緊張が解けていくようだった。

「ともかく行ってみましょう」

言うが早い、ユリアはシェールの手をとった。彼女の手はあたたかく、またやわらかかった。

ラケシュは後ろにいる自分達には構うことなくずんずん進み、ひときわ大きな建物の前で止まった。

「ここで待て」

そして、入口から何かを叫ぶとひとり奥へと消えていった。扉は開いているが、暗くて中の様子はわからなかった。

ラケシュを待つ間、シェールは建物の様子を観察した。他の家とは違い、族長の家の壁には何やら模様らしきものが彫られていた。もしかしてと思い、石の袋と同じ模様を探したが見付からなかった。隣を伺うと、ユリアもまた熱心に壁を見ていた。

「族長は寝ている」

「へ?」

いくら暮れが近いと言っても、未だ日没前である。

「今は会えない。また後で出直す」

「そんな…」

ラケシュの台詞にシェールは大いに落胆した。流石に日付を越えて滞在できないことは、シェールにもわかった。

「それまでその辺りを一回りするか」

しかし、続く台詞に今度は拍子抜けした。まさかそんなに短いスパンの話とは思わなかった。ユリアと手をつないだまま、シェールは父親を伺った。タリウスが無言で頷く。

「はい」

シェールはラケシュに返事を返し、改めて周囲へ目を向けた。方々から痛いくらいに視線を感じた。だが、先程と同じくこちらが視線を返すと、皆一様に目を逸らし、後ずさったり家に入ったりした。

「私たちは少し離れますか」

ユリアは父に向かって言った。

「しばらくラケシュ殿にお任せしてはどうでしょう」

「それは構わないが、シェール、ひとりで建物の中には入るな」

「え?あ、うん。わかった」

行ってらっしゃい、そう言って、ユリアは自分から手を離した。どうやら大人たちは、自分達の存在が周囲の人々を遠ざけていると考えたようである。

実際に彼らの推測は当たりだった。二人が去ると、子供たちはまず初めにラケシュに近付き、それから口々に何かを言った。対してラケシュが何事かを答えると、今度はシェールのまわりを取り囲んだ。

「えーと」

子供たちは矢継ぎ早に話し掛けてくるが、シェールには何が何だかさっぱりわからない。だが、子供のひとりが腰のあたりに革の袋を下げているのを見て、ひらめいた。

「それ、僕も持ってるよ」

シェールは自分の荷物から石の袋を取り出し、ほらと掲げた。ラケシュが訳すのを聞くまでもなく、子供たちは袋に向かってわーと手を伸ばした。

「え?ちょっと待って!ちょっと、やめてってば。返して!!」

そして、あっという間にシェールから袋を奪い取り、我先にと中の石を掴み取った。

「やめてやめて!!」

シェールは叫んだ。だが、子供たちはさも当然のごとく、奪った石を自分の袋にしまった。シェールは呆然とした。

「ウソでしょ…」

「石は天下の回りものだ。独り占めは出来ない」

「でも!」

ラケシュの無情な一言が追い討ちを掛ける。シェールが反論し掛けると、子供のひとりが自分の袋から石を取り出し、こちらに差し出した。

「え?何?!」

それを皮切りに、子供たちが一斉に自分の石を差し出してくる。

「気に入った石があれば自分のと交換出来る」

「そうなの?でも、あれは…」

「もちろん譲りたくないなら譲らなくても良い。あとは交渉して決める」

ラケシュは子供たちに向かって何かを言った。ややあって、子供たちは自分の袋から石を全て出し、シェールに見せた。ようやくシェールにもルールが理解出来た。

「えーと、僕の石はみんなママにもらったもので、大事なんだ。特にこの白い石は気に入っているから、これだけはダメ。交換できない」

ラケシュがシェールの言葉を訳し、それを聞いた子供はあっさりと石を手放してくれた。シェールはほっとして、それから改めて他の子供の石を見た。

「これ、すごくキレイ」

そうして色とりどりの石を見ているうちに、シェールはその中のひとつに心を奪われた。

「交換するか」

「え?どうしよう…」

その石は淡い紫色で、太陽の光を受けキラキラと輝いていた。母から譲り受けた袋には入っていない種類だ。

シェールは悩んだ。見れば見るほど紫の石が欲しくなるが、そのために母の形見とも言える石を手放して良いものか。

だが、考えみれば、この石の交換システムが昔からあるとしたら、母の石も元は誰かから譲り受けたものということになる。

「交換したいです。この子に聞いてもらえますか」

シェールはラケシュを介して初めての取引をした。相手の子供が承諾し、交渉が成立した。

同じ要領で交渉を繰り返し、結果的にはもとの石の半分ほどが手元に返った。皆それぞれに大切な石はあるらしく、相手の子供のほうから交換を断られることもあった。

不思議なことに、途中からラケシュの通訳は不要になった。言葉そのものは理解出来なくとも、相手の表情や声から、交換出来るかどうかは予測出来た上に、こちらの言いたいことは身振り手振りである程度は伝わるとわかった。


「シェールくん、楽しそうですね」

「ああ。あいつのああいうところは、時々羨ましくなる」

「誰とでもたちどころに仲良くなってしまいますものね」

タリウスは思わず苦笑いを漏らした。人付き合いが苦手な自分にとって、社交的な息子が眩しく映る反面、その警戒心のなさは時として心配の種にもなった。

「大袈裟に聞こえるかもしれませんが、あいつを引き取った日から今日まで、とにかく死なせないよういつも気を配ってきました」

言いながら、てっきりまたユリアに呆れられると思った。

「存じていますよ」

ところが、予想に反して彼女は真顔で労いの言葉を掛けてくれた。

「それはもう、いろいろありましたもの。屋根から落っこちたり、事件に巻き込まれたり、はたまた家出をしてみたり。気の休まるときがありませんでしたよね」

思えば、シェールと行動を共にするようになったのと、ユリアと知り合ったのはほぼ同時期である。毎日のように騒ぎを起こす自分たち父子を、彼女は常に隣から見守ってくれていたのだ。

「これまで、一方的に自分が守るほかないと思っていました。シェールのことも、それからユリア、あなたのことも」

ユリアの瞳が大きく瞬く。

「それが今回の旅で、随分とおこがましい話だったとわかりました。勿論、今後も保護が必要な場面はあるでしょうが、だからといっていつもというわけではなくて。三人で支え合っていっても良いのかもしれないと思いました」

今度は瞬きを忘れ、タリウスを凝視した。


次でラストです!

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