2021/9/26 23:07
☆彡☆彡 小説
翌日、イサベルは浮かない顔で自席に座っていた。教室にはまばらに人影があるが、親友であるアグネスの姿はない。
それは、王都の地を踏んでからというもの、常に行動を共にしていた彼女たちにとって、珍しいことだった。
何のことはない。アグネスと喧嘩をしたからだ。いや、喧嘩というのは少し違う。見解の相違だ。
イサベルは、予科生の中盤に行われる紅白戦をそれは楽しみにしていた。どんな戦法をどのように使えば相手を追い詰められるか、考えただけでわくわくした。何より、これまで人知れず勉強してきたことが、ようやく実を結ぶと思ったら嬉しくてたまらなかった。
それがまさか、自分の案が採用されないばかりか、作戦会議にすら参加出来ないとは、誰が思うだろう。彼女はまず、この怒りを友人と共有しようと思った。
親友のアグネスは、日頃から軍学に興味があり、戦術や戦法に係わるマニアックな本を読みあさっている。自分と同じか、それ以上に怒って然りだと思った。
ところが、そんな予想に反し、アグネスの反応は非常にドライだった。教官の元へ抗議に行くと息巻くイサベルに、アグネスはこう言ったのだ。
「交換訓練生になったら、模擬戦は諦めなくちゃならないかもしれないってリッデル先生も言ってたじゃない。仕方なくない?」
確かに交換訓練生に選抜されたときに、郷里の教官から釘は刺された。中央と地方とでは、訓練の内容や進行速度に差がある。ひょっとしたら、どちらの模擬戦にも出られない可能性があるが、それでも中央に行きたいか問われていた。
だが、それはあくまで模擬戦そのものを経験出来ないことを想定している。これでは話が違う。
「何それ?そんな宿題あったっけ」
イサベルが怒りを再燃させていると、突然前方から声がした。顔を上げると、前の席の訓練生が、振り返りざまにイサベルの手元を覗き込んでいた。
「ち、違う。これは、ただの趣味よ」
「趣味?!地形図書くのがか?」
素頓狂な声に、たちまち教室中の耳目を集める。
「うるさいわね。人にかまってないで、自分の宿題でもやれば良いでしょ」
「何だよ、かわいくねえな」
「わかってるわよ!」
イサベルが勢い良く立ち上がると、少年もまた立ち上がった。
「ムキになるなよ。お前たちと関わるとろくなことがない」
少年はこれ見よがしに一歩後退し、こちらを一瞥した後、踵を返した。
「何なのよ、もう」
イサベルは乱暴に着席すると、ぶつぶつと口の中で文句を垂れた。すると、今度は隣から視線を感じた。
「何?」
「これって模擬戦の戦略図だよね」
声の主は、イサベルではなく机の上を凝視していた。かなりつっけんどんな対応をしたというのに、さして気にするそぶりもない。
「随分細かく書いているみたいだけど、どこの地形?」
「北部士官の演習林をベースにしてるけど…」
「そうなんだ。ちょっと見せてくれないかな」
「だ、だめだめ。人に見せるようなものじゃないもの」
イサベルは慌てて、書きかけの戦略図を両手で覆った。
「そう?すごく丁寧に書かれてるみたいだけど…じゃあ、紅白戦の戦略図を見せるから、その間交換しない?」
「ウソ?良いの?」
「良いに決まってるだろう。同じ班なんだから。そのつもりで声を掛けたんだし」
言われて初めて、イサベルは彼が同じ班のリーダーであることを認識した。彼の名前はノア=ガイルズ。ノアは、血の気の多い訓練生ばかりが集う士官学校の中にあっても、穏やかな気性をもち、幼稚な嫌がらせに加担してくることもなかった。
「わかった。少しなら」
それから、互いに紙の束を交換した。両者の目が忙しく動く。
にわかに早くなる鼓動を抑えながら、イサベルは食い入るように戦略図を見つめた。興奮して紙を繰る手が震えた。
「すごい」
「すごい」
二人は同時に声を発した。
「驚いたよ。知らない戦術ばかり出てくるから、随分先に進んでるんだね」
「本で先を読んだから。でも、この戦略図もおもしろかった。私、ここの演習場のことはよく知らなかったんだけど、地形のこととか、すごくよくわかった」
「そうかな。ねえ、オーデン。この戦略図、借りられないかな」
「え、でもこれは…」
それは入校したときから今日まで、あらゆるアイデアを書き連ねきた、言わばイサベルのすべてだ。
「これを元に、戦略を少し書き換えたい」
「私の案を使ってくれるの?」
「俺はそうしたいと思ってる。他のみんなを納得させるためにも、ちゃんと読みたいし、出来たら書き写させて欲しい」
「それは嬉しいけど、でも大事なものだし…」
「ノア!おい、何してるんだよ」
そこへ、ノアを呼ぶ声が割って入る。
「ごめん、今行く」
ノアは忙しない様子で返事を返すと、イサベルに向き合った。
「必ず一晩で返すよ。それでもダメかな」
「いい、わかった」
イサベルは意を決して、紙の束をノアに託した。
翌日は休日だった。訓練生たちは、朝食を済ませた後、思い思いに過ごすことが許される。
「オーデン、これ」
イサベルが食事を終え、丁度お茶を飲み干したところで、目の前の空席に、ノアが腰を下ろした。
「もう全部書き写したの?」
「いや」
ノアの返事に、イサベルは目を伏せた。昨日はああいったものの、冷静になって考えたら、わざわざ書き写すようなものではなかったということか。
「流石にこれだけあると、いっぺんに写すのは無理だった。でも、全部読んだよ」
「ウソ?」
「本当だよ。消灯した後、こっそり灯りをつけてみんな読んだ。眠くなったらやめるつもりだったんだけど、面白くて結局最後まで読んだ」
「そうなんだ」
イサベルは内心嬉しくて仕方がなかったが、表面上は出来るだけ感情を抑えた。
「今日これから予定ある?もしなければ、相談しながら仕上げたいんだけど」
「予定?ないない。全っ然ない」
だが、これ以上は堪えようがない。
「全然ないって、ひょっとしてまた外禁なの?」
「ち、違うわよ」
興奮気味に答えるイサベルに、ノアは好奇の目を向けた。
それからしばらくは、食堂で資料を広げて話し合った。だが、外は雨降りで、そのせいで休日だというのに、兵舎に残っている者がやけに多い。
ノアは友人も多く、周囲からの信頼も厚いと見え、二人で作業をしていても頻繁に話し掛けられた。その度に話の腰を折られ、作業時間に対して効率が悪い。
「ねえ、場所を変えない?」
「そうしたいけど、でもどこで?教室は勉強している人がいるだろうし、資料室は声を出すと先輩に怒られる」
「居室は?」
「ダメに決まってるだろう。同じ部屋の奴だって、絶対反対する」
万が一教官に見咎められるようなことがあれば、その場にいる全員に累が及ぶ。
「なら、私の部屋は?アグネスは出掛けてるから、そういう意味では平気だけど」
「でも、もし先生にばれたら…」
比喩ではなく、本当にどんな罰を受けるかわからない。
「点呼とか点検以外で先生が部屋に来ることなんて、滅多になかったけど。みんなの部屋には、わざわざ休みの日に見回りに来たりするの?」
「確かにそんなことはないけど」
規則を曲げられないと言うなら侵すしかない。結局、煮え切らないノアを押し切る形で、自室に連れ込んだ。二人は、初めのうちこそこの状況にドキマギしたが、話に没頭するうちに、やがて忘れた。
ノアは博識で、頭の回転も良く、それでいて少しも傲ったところがない。イサベルは、彼と過ごす束の間の時間に、かつてない充足感を得た。
時刻は昼前、ふいにこちらへ近付いてくる長靴の音に、二人は息を飲んだ。彼らは同時に立ち上がり、互いに顔を見合わせた。どちらも顔から血の気がひいている。
「隠れて」
立ち尽くすノアに、イサベルが声を掛ける。だが、気が動転したのかノアは動かない。
「良いから早く!」
イサベルが尖った声を発すると、ノアはようやく呪縛が解けたようだった。
イサベルはおもむろにベッドに手を伸ばすと、勢い良くシーツを捲り上げた。それから物入れの引き出しを引き抜いた。
程なくして、部屋の前で長靴の音が止まった。
「ドアを開けろ」
よく聞き知った無機質な声に、イサベルの背中が急速に寒くなった。
不自然にならない程度にゆっくりと扉を開けると、そこには思ったとおりの人物が起立していた。
「何をしている」
「特に何もしていません」
そう言うイサベルの声が震えている。訓練や授業のない休日は、教官たちもまた非番で、当直の教官だけが出勤している。しかし、その当直が、よりによって抜け目のない鬼教官だった。
「あれは何だ。何を隠した」
教官の視線はイサベルの背後へ注がれている。
「何でもありません」
「見せろ」
「い、嫌です」
「誰に向かって口を聞いている?お前には拒否する権利などない!」
間近に聞く怒声に身体が強張った。
「しつれいしました。でも、いやというか、そ、その………むりなんです」
イサベルは恐る恐る教官を伺った。その目に更なる怒りが宿るのが見えた。
「まだ言うか。退け」
教官はイサベルを押し退けると、一直線にベッドへ向かう。ベッドには不自然な膨らみがあった。
「あ!」
「なっ…?!」
教官の手がシーツに降れるや否や、イサベルが短く発し、ややあって教官が両目を見開いた。だが、教官はすぐさま身体ごと視線を逸らした。
「せ、せ、先生がいらっしゃるとは思わなくて、引き出しを整理していました。とりあえず、咄嗟にシーツを…」
「そ、それならそうと言えば良いだろう」
タリウスは目の前の光景を正視出来ず、横を向いたまま、片手で顔を覆った。
「すみません!でも、恥ずかしくて言えませんでした。よりにもよって、下着を隠しただなんて…」
言いながら、イサベルが鼻を啜った。
「もう良い。片付けろ」
タリウスはそのまま何も見ないようにして、部屋から引き上げた。
「許せ。悪気はない」
去り際にこう言い残して。
それは、王都の地を踏んでからというもの、常に行動を共にしていた彼女たちにとって、珍しいことだった。
何のことはない。アグネスと喧嘩をしたからだ。いや、喧嘩というのは少し違う。見解の相違だ。
イサベルは、予科生の中盤に行われる紅白戦をそれは楽しみにしていた。どんな戦法をどのように使えば相手を追い詰められるか、考えただけでわくわくした。何より、これまで人知れず勉強してきたことが、ようやく実を結ぶと思ったら嬉しくてたまらなかった。
それがまさか、自分の案が採用されないばかりか、作戦会議にすら参加出来ないとは、誰が思うだろう。彼女はまず、この怒りを友人と共有しようと思った。
親友のアグネスは、日頃から軍学に興味があり、戦術や戦法に係わるマニアックな本を読みあさっている。自分と同じか、それ以上に怒って然りだと思った。
ところが、そんな予想に反し、アグネスの反応は非常にドライだった。教官の元へ抗議に行くと息巻くイサベルに、アグネスはこう言ったのだ。
「交換訓練生になったら、模擬戦は諦めなくちゃならないかもしれないってリッデル先生も言ってたじゃない。仕方なくない?」
確かに交換訓練生に選抜されたときに、郷里の教官から釘は刺された。中央と地方とでは、訓練の内容や進行速度に差がある。ひょっとしたら、どちらの模擬戦にも出られない可能性があるが、それでも中央に行きたいか問われていた。
だが、それはあくまで模擬戦そのものを経験出来ないことを想定している。これでは話が違う。
「何それ?そんな宿題あったっけ」
イサベルが怒りを再燃させていると、突然前方から声がした。顔を上げると、前の席の訓練生が、振り返りざまにイサベルの手元を覗き込んでいた。
「ち、違う。これは、ただの趣味よ」
「趣味?!地形図書くのがか?」
素頓狂な声に、たちまち教室中の耳目を集める。
「うるさいわね。人にかまってないで、自分の宿題でもやれば良いでしょ」
「何だよ、かわいくねえな」
「わかってるわよ!」
イサベルが勢い良く立ち上がると、少年もまた立ち上がった。
「ムキになるなよ。お前たちと関わるとろくなことがない」
少年はこれ見よがしに一歩後退し、こちらを一瞥した後、踵を返した。
「何なのよ、もう」
イサベルは乱暴に着席すると、ぶつぶつと口の中で文句を垂れた。すると、今度は隣から視線を感じた。
「何?」
「これって模擬戦の戦略図だよね」
声の主は、イサベルではなく机の上を凝視していた。かなりつっけんどんな対応をしたというのに、さして気にするそぶりもない。
「随分細かく書いているみたいだけど、どこの地形?」
「北部士官の演習林をベースにしてるけど…」
「そうなんだ。ちょっと見せてくれないかな」
「だ、だめだめ。人に見せるようなものじゃないもの」
イサベルは慌てて、書きかけの戦略図を両手で覆った。
「そう?すごく丁寧に書かれてるみたいだけど…じゃあ、紅白戦の戦略図を見せるから、その間交換しない?」
「ウソ?良いの?」
「良いに決まってるだろう。同じ班なんだから。そのつもりで声を掛けたんだし」
言われて初めて、イサベルは彼が同じ班のリーダーであることを認識した。彼の名前はノア=ガイルズ。ノアは、血の気の多い訓練生ばかりが集う士官学校の中にあっても、穏やかな気性をもち、幼稚な嫌がらせに加担してくることもなかった。
「わかった。少しなら」
それから、互いに紙の束を交換した。両者の目が忙しく動く。
にわかに早くなる鼓動を抑えながら、イサベルは食い入るように戦略図を見つめた。興奮して紙を繰る手が震えた。
「すごい」
「すごい」
二人は同時に声を発した。
「驚いたよ。知らない戦術ばかり出てくるから、随分先に進んでるんだね」
「本で先を読んだから。でも、この戦略図もおもしろかった。私、ここの演習場のことはよく知らなかったんだけど、地形のこととか、すごくよくわかった」
「そうかな。ねえ、オーデン。この戦略図、借りられないかな」
「え、でもこれは…」
それは入校したときから今日まで、あらゆるアイデアを書き連ねきた、言わばイサベルのすべてだ。
「これを元に、戦略を少し書き換えたい」
「私の案を使ってくれるの?」
「俺はそうしたいと思ってる。他のみんなを納得させるためにも、ちゃんと読みたいし、出来たら書き写させて欲しい」
「それは嬉しいけど、でも大事なものだし…」
「ノア!おい、何してるんだよ」
そこへ、ノアを呼ぶ声が割って入る。
「ごめん、今行く」
ノアは忙しない様子で返事を返すと、イサベルに向き合った。
「必ず一晩で返すよ。それでもダメかな」
「いい、わかった」
イサベルは意を決して、紙の束をノアに託した。
翌日は休日だった。訓練生たちは、朝食を済ませた後、思い思いに過ごすことが許される。
「オーデン、これ」
イサベルが食事を終え、丁度お茶を飲み干したところで、目の前の空席に、ノアが腰を下ろした。
「もう全部書き写したの?」
「いや」
ノアの返事に、イサベルは目を伏せた。昨日はああいったものの、冷静になって考えたら、わざわざ書き写すようなものではなかったということか。
「流石にこれだけあると、いっぺんに写すのは無理だった。でも、全部読んだよ」
「ウソ?」
「本当だよ。消灯した後、こっそり灯りをつけてみんな読んだ。眠くなったらやめるつもりだったんだけど、面白くて結局最後まで読んだ」
「そうなんだ」
イサベルは内心嬉しくて仕方がなかったが、表面上は出来るだけ感情を抑えた。
「今日これから予定ある?もしなければ、相談しながら仕上げたいんだけど」
「予定?ないない。全っ然ない」
だが、これ以上は堪えようがない。
「全然ないって、ひょっとしてまた外禁なの?」
「ち、違うわよ」
興奮気味に答えるイサベルに、ノアは好奇の目を向けた。
それからしばらくは、食堂で資料を広げて話し合った。だが、外は雨降りで、そのせいで休日だというのに、兵舎に残っている者がやけに多い。
ノアは友人も多く、周囲からの信頼も厚いと見え、二人で作業をしていても頻繁に話し掛けられた。その度に話の腰を折られ、作業時間に対して効率が悪い。
「ねえ、場所を変えない?」
「そうしたいけど、でもどこで?教室は勉強している人がいるだろうし、資料室は声を出すと先輩に怒られる」
「居室は?」
「ダメに決まってるだろう。同じ部屋の奴だって、絶対反対する」
万が一教官に見咎められるようなことがあれば、その場にいる全員に累が及ぶ。
「なら、私の部屋は?アグネスは出掛けてるから、そういう意味では平気だけど」
「でも、もし先生にばれたら…」
比喩ではなく、本当にどんな罰を受けるかわからない。
「点呼とか点検以外で先生が部屋に来ることなんて、滅多になかったけど。みんなの部屋には、わざわざ休みの日に見回りに来たりするの?」
「確かにそんなことはないけど」
規則を曲げられないと言うなら侵すしかない。結局、煮え切らないノアを押し切る形で、自室に連れ込んだ。二人は、初めのうちこそこの状況にドキマギしたが、話に没頭するうちに、やがて忘れた。
ノアは博識で、頭の回転も良く、それでいて少しも傲ったところがない。イサベルは、彼と過ごす束の間の時間に、かつてない充足感を得た。
時刻は昼前、ふいにこちらへ近付いてくる長靴の音に、二人は息を飲んだ。彼らは同時に立ち上がり、互いに顔を見合わせた。どちらも顔から血の気がひいている。
「隠れて」
立ち尽くすノアに、イサベルが声を掛ける。だが、気が動転したのかノアは動かない。
「良いから早く!」
イサベルが尖った声を発すると、ノアはようやく呪縛が解けたようだった。
イサベルはおもむろにベッドに手を伸ばすと、勢い良くシーツを捲り上げた。それから物入れの引き出しを引き抜いた。
程なくして、部屋の前で長靴の音が止まった。
「ドアを開けろ」
よく聞き知った無機質な声に、イサベルの背中が急速に寒くなった。
不自然にならない程度にゆっくりと扉を開けると、そこには思ったとおりの人物が起立していた。
「何をしている」
「特に何もしていません」
そう言うイサベルの声が震えている。訓練や授業のない休日は、教官たちもまた非番で、当直の教官だけが出勤している。しかし、その当直が、よりによって抜け目のない鬼教官だった。
「あれは何だ。何を隠した」
教官の視線はイサベルの背後へ注がれている。
「何でもありません」
「見せろ」
「い、嫌です」
「誰に向かって口を聞いている?お前には拒否する権利などない!」
間近に聞く怒声に身体が強張った。
「しつれいしました。でも、いやというか、そ、その………むりなんです」
イサベルは恐る恐る教官を伺った。その目に更なる怒りが宿るのが見えた。
「まだ言うか。退け」
教官はイサベルを押し退けると、一直線にベッドへ向かう。ベッドには不自然な膨らみがあった。
「あ!」
「なっ…?!」
教官の手がシーツに降れるや否や、イサベルが短く発し、ややあって教官が両目を見開いた。だが、教官はすぐさま身体ごと視線を逸らした。
「せ、せ、先生がいらっしゃるとは思わなくて、引き出しを整理していました。とりあえず、咄嗟にシーツを…」
「そ、それならそうと言えば良いだろう」
タリウスは目の前の光景を正視出来ず、横を向いたまま、片手で顔を覆った。
「すみません!でも、恥ずかしくて言えませんでした。よりにもよって、下着を隠しただなんて…」
言いながら、イサベルが鼻を啜った。
「もう良い。片付けろ」
タリウスはそのまま何も見ないようにして、部屋から引き上げた。
「許せ。悪気はない」
去り際にこう言い残して。