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2020/3/19  0:03

鬼の牙城にて3  小説

翌朝、キールはいつもより早くに目が覚めた。これではまるで自分が志願者のようだ。そう思ったら、なんだか少し笑えてきた。

時間をもてあまし、結局早朝から兵舎へ向かった。通い慣れた室内演習場に足を踏み入れ、ふと周囲を見回した。隅から隅まで磨き上げられ、塵ひとつないのはいつもと同じだが、普段はない採点席らしきものが設置されているのを見て、否が応でも緊張が走った。

だが、実際に試験に臨む志願者たちを目にすると、途端にするすると緊張が解けていくのがわかった。

志願者と呼ばれる少年たちは、どの顔も緊張でガチガチだった。かつては、自分もあの中のひとりだった。あの頃は、選抜試験にさえ合格すれば、憧れの士官になれると思っていた。もちろん試験に受からなければスタートラインにすら立つことは出来ないわけだが、言うまでもなく、そこからの道程は長く険しかった。

何度もうやめてしまいたいと思い、何度もうやめてしまえと罵られたか。紆余曲折あり、自分は今、そんな道程を完走したのだ。

教官の号令に、考えるまでもなく、身体が勝手に動いた。志願者に課された試験は、基礎訓練の中でも特に初級者向けの型である。鬼教官監視の元、仲間と共に何百回と同じことを繰り返してきたのだ。出来ないわけがなかった。

士官候補生選抜試験は、剣術や射撃、走り込み等の実技試験から、座学や口頭試問に至るまでとにかく項目が多い。剣術の試験が終わると、教官はもちろん、志願者たちもすぐさま他の会場に移動した。

キールがひとり演習場を片付けているときだった。

「ダルトン」

出入口から教官が自分を呼んだ。

「下手に手を出したら最後、夜中までこき使われるぞ」

「ええ?!」

「今日はそういう日だ。嫌ならとっとと帰れ。非番なんだろう」

「はい」

教官の言葉にキールは慌てて戸口へ向かった。

「悪かったな」

「いえ、おっしゃるとおり大したことでは…」

「そうではない。昨日のことだ」

「昨日ですか?」

確かに昨日は色々あったが、少なくとも目の前の恩師に謝られるような覚えはなかった。

「昨日、お前の上官がああ言わなかったら、俺はお前の頼みを聞いてやってしまうところだった。そんな必要は少しもなかったというのに」

「先生」

「ミルズ先生ではないが、どうにも予科生のときの記憶が…」

「いえ、むしろなんかすいません」

全ては己の不徳のいたすところだ。

「これから上官のところに行くのか」

「ご存知のとおり怒らせてしまったので」

「彼女の怒りの根がどこにあるか、わかるか」

「それがですね、いまいち…」

発端は主任教官の不用意な一言だったとしても、最終的に彼女をカンカンに怒らせたのは自分に他ならない。

「端的に言って、お前は今上官の持ち物だ。相手が誰であろうと、自分のものを愚弄されて面白いわけがないだろう。だが、それだけなら家に帰って続きをすれば良い。問題はその後だ」

「つい弱気になって、自分が甘えたことを言ったからですか」

「五十点だ」

「えっと」

「確かにお前の発言自体、誉められたものではない。だが、彼女は頼まれれば大概のことは嫌だとは言わない。その辺りのことはお前のほうがわかっているだろう」

「それってつまり…」

「頭を下げる相手を間違えたんだ」

「ああ…」

キールは手のひらで額を打った。言われてみれば確かにそうだ。彼女は自分を蔑(ないがし)ろにされることを一番嫌う。それを裏付けるのがあのときの台詞だ。何故わからなかったのだろう。

「その事をわからず謝りに行ったところで、余計に怒りを買うだけだ」

「そうですよね。そうだと思います」

「わかったのならもう帰れ」

「先生、お忙しいのにいろいろありがとうございました」

教官は相変わらずの仏頂面だったが、キールはあえてそんな彼をまじまじと見返した。

「失礼します」

自分を見送る教官の眼差しは、思いの外やさしかった。


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