2020/11/29 21:52
ディシプリンスパンキング〜お尻叩きで罪を贖う世界〜(レビュー・追記あり) そらごと
本編の途中ですが、先日読んだスパマンガがあまりに私の萌えツボにヒットしたので、ちょっともうガマン出来なくなりまして。作者様にお願いして、こちらでご紹介がてら感想などを書かせていただくことにしました。
いわゆる同人誌なので、そういったものが苦手な方、作品だけ読みにいらしてくださっている方は、バックでお願いします。
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いわゆる同人誌なので、そういったものが苦手な方、作品だけ読みにいらしてくださっている方は、バックでお願いします。

2020/11/28 23:03
続石の記憶3 小説
その後、彼らは順調に歩みを進め、予定していた街で宿を取った。交通の要所であるこの街は、多くの人々で賑わってはいるものの、気候や文化は王都と大差なかった。
問題はここから先だ。明日の今頃は、上着を一枚脱ぎ捨て、聞き慣れない言葉に難儀しているかもしれない。自分ひとりならともかく、息子を連れている以上安易な選択は出来ない。タリウスは珍しく気弱になりながら、いつもと違う天井を見上げていた。すると、すぐ隣で人が動く気配がした。
「起きているのか」
「うん。なんか寝られなくて」
身体は疲れている筈なのに、と息子は不思議そうに呟いた。
「シェール、ここから先は俺にとっても未知の地だ。頼むから…」
「わかってるよ」
シェールは困ったような、半ば諦めたような声でタリウスの台詞を遮った。
「危ないことはしないし、迷子にもならない。でしょ?」
「わかっているなら良い」
どうやら無意識のうちに同じような忠告を繰り返してきたらしい。だが、シェールは特に気を悪くした素振りも見せず、ぽつりと呟いた。
「ありがとね、とうさん」
「何だ、改まって」
「忙しいのにこんなお願いきいてくれて。それから、宿題のことも」
「ここ最近、忙しさにかまけてお前には我慢ばかりさせていた。だから、たまには良いだろう。それに宿題に関しては、俺は何もしていない」
一番の功労者は、他ならぬユリア=シンフォリスティである。今回の旅にしても、彼女は計画段階から随所で采配を振るってくれた。思い出したらまた陰鬱な気持ちになった。
「おねえちゃんやミゼットにもいっぱい助けてもらったけど、でもとうさんがいなかったら宿題をやろうとすら思わなかったから、ちゃんと出来たのはとうさんのお陰だよ」
思ってもいなかった言葉に、靄のなかにうっすらと光が射した。
「何故お前はそんなに俺を好いてくれるんだ?」
「何でって、そんなこと考えたこともないけど。でも、とうさんと一緒にいると安心するし、何にも怖くない」
そして、続く台詞にハッとさせられる。泣こうが笑おうが、息子を守れるのは自分以外にない。これまでも、これからも。
「とうさんのことは時々怖いって思うけど」
「時々?」
「ううん、本当はしょっちゅう。でも、だからこそ何が起きても平気かなって」
シェールは少しも悪びれない。そんな息子を前に自然と口許が緩んだ。
「過度な期待をされても困るが、それにしたってお前のひとりくらいなんとかなるだろう」
漠然とそんな思いが心に満ちていった。
「シェール、明日も早い。もう寝よう」
「うん、おやすみなさい」
ほどなくして、彼らは眠りに落ちた。
翌朝はからっとした良い天気だった。そのせいか、タリウスの気分も昨日よりか幾分晴れていた。
「おはようございます」
出立の準備を整え、玄関ホールに立ったところで我が耳と目を疑った。
「おねえちゃん!?」
そして、次の瞬間、隣で上がった奇声に、これは現実なのだとぼんやり理解した。
「急用があったんじゃなかったの?」
「ええ。でももう済んだわ」
「本当に?」
「一緒に行くって約束したもの」
息子はユリアと一日振りの再会を喜び、それから彼女と手をつないでこちらへやってきた。
「お邪魔でしたか」
「いいえ」
我ながらもう少し気の利いたことが言えないものかと思ったが、いかんせん言葉が出てこない。それ故そう答えるのが精々だった。
一体いつの間に彼女はこんなところまでやってきたのだろう。そもそもあれほどまでに怒っていたというのに、突然心変わりしたのは何故だろう。
頭の中は数々の疑問で埋め尽くされているが、余計な詮索はしないに越したことはない。そう思い、タリウスはあえて何事もなかったかのように振る舞った。
「今晩泊まれる部屋があるか、聞いてきますね」
予想したとおり、東へ進めば進むほど、雑踏の中には耳馴染みのない言葉が増えていった。
日が傾きかけた頃には、母国語を話すのは彼らと同じ旅行者だけで、商売人は片言のセールストークを口にする以外、こちらにとって全く意味の解さない言語を話すようになった。
「すごいね、おねえちゃん。よくわかるね」
「全然。半分もわからなかったわ」
「うっそ!」
シェールが驚くのも無理はない。日用品の買い出しから乗り合い馬車の値段まで、すべてユリアが単身交渉に当たっていた。
「私は買いたいし、あちらは売りたい。お互い利害が一致しているから、なんとかして伝えたい、どうにか理解したい、そう思った結果よ」
「けど」
「それに、安心して交渉に当たれる環境というのも大切よ。いくら底値まで値切ったとしても、その間にお財布をすられたら意味がないもの」
ユリアは微笑んだ。
ちまちま進みます…
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問題はここから先だ。明日の今頃は、上着を一枚脱ぎ捨て、聞き慣れない言葉に難儀しているかもしれない。自分ひとりならともかく、息子を連れている以上安易な選択は出来ない。タリウスは珍しく気弱になりながら、いつもと違う天井を見上げていた。すると、すぐ隣で人が動く気配がした。
「起きているのか」
「うん。なんか寝られなくて」
身体は疲れている筈なのに、と息子は不思議そうに呟いた。
「シェール、ここから先は俺にとっても未知の地だ。頼むから…」
「わかってるよ」
シェールは困ったような、半ば諦めたような声でタリウスの台詞を遮った。
「危ないことはしないし、迷子にもならない。でしょ?」
「わかっているなら良い」
どうやら無意識のうちに同じような忠告を繰り返してきたらしい。だが、シェールは特に気を悪くした素振りも見せず、ぽつりと呟いた。
「ありがとね、とうさん」
「何だ、改まって」
「忙しいのにこんなお願いきいてくれて。それから、宿題のことも」
「ここ最近、忙しさにかまけてお前には我慢ばかりさせていた。だから、たまには良いだろう。それに宿題に関しては、俺は何もしていない」
一番の功労者は、他ならぬユリア=シンフォリスティである。今回の旅にしても、彼女は計画段階から随所で采配を振るってくれた。思い出したらまた陰鬱な気持ちになった。
「おねえちゃんやミゼットにもいっぱい助けてもらったけど、でもとうさんがいなかったら宿題をやろうとすら思わなかったから、ちゃんと出来たのはとうさんのお陰だよ」
思ってもいなかった言葉に、靄のなかにうっすらと光が射した。
「何故お前はそんなに俺を好いてくれるんだ?」
「何でって、そんなこと考えたこともないけど。でも、とうさんと一緒にいると安心するし、何にも怖くない」
そして、続く台詞にハッとさせられる。泣こうが笑おうが、息子を守れるのは自分以外にない。これまでも、これからも。
「とうさんのことは時々怖いって思うけど」
「時々?」
「ううん、本当はしょっちゅう。でも、だからこそ何が起きても平気かなって」
シェールは少しも悪びれない。そんな息子を前に自然と口許が緩んだ。
「過度な期待をされても困るが、それにしたってお前のひとりくらいなんとかなるだろう」
漠然とそんな思いが心に満ちていった。
「シェール、明日も早い。もう寝よう」
「うん、おやすみなさい」
ほどなくして、彼らは眠りに落ちた。
翌朝はからっとした良い天気だった。そのせいか、タリウスの気分も昨日よりか幾分晴れていた。
「おはようございます」
出立の準備を整え、玄関ホールに立ったところで我が耳と目を疑った。
「おねえちゃん!?」
そして、次の瞬間、隣で上がった奇声に、これは現実なのだとぼんやり理解した。
「急用があったんじゃなかったの?」
「ええ。でももう済んだわ」
「本当に?」
「一緒に行くって約束したもの」
息子はユリアと一日振りの再会を喜び、それから彼女と手をつないでこちらへやってきた。
「お邪魔でしたか」
「いいえ」
我ながらもう少し気の利いたことが言えないものかと思ったが、いかんせん言葉が出てこない。それ故そう答えるのが精々だった。
一体いつの間に彼女はこんなところまでやってきたのだろう。そもそもあれほどまでに怒っていたというのに、突然心変わりしたのは何故だろう。
頭の中は数々の疑問で埋め尽くされているが、余計な詮索はしないに越したことはない。そう思い、タリウスはあえて何事もなかったかのように振る舞った。
「今晩泊まれる部屋があるか、聞いてきますね」
予想したとおり、東へ進めば進むほど、雑踏の中には耳馴染みのない言葉が増えていった。
日が傾きかけた頃には、母国語を話すのは彼らと同じ旅行者だけで、商売人は片言のセールストークを口にする以外、こちらにとって全く意味の解さない言語を話すようになった。
「すごいね、おねえちゃん。よくわかるね」
「全然。半分もわからなかったわ」
「うっそ!」
シェールが驚くのも無理はない。日用品の買い出しから乗り合い馬車の値段まで、すべてユリアが単身交渉に当たっていた。
「私は買いたいし、あちらは売りたい。お互い利害が一致しているから、なんとかして伝えたい、どうにか理解したい、そう思った結果よ」
「けど」
「それに、安心して交渉に当たれる環境というのも大切よ。いくら底値まで値切ったとしても、その間にお財布をすられたら意味がないもの」
ユリアは微笑んだ。
ちまちま進みます…

2020/11/23 23:12
続石の記憶2 小説
それから数週間後、紆余曲折あった後、彼らは出立の朝を迎えた。
「じゃあね、ぼっちゃん。くれぐれも気を付けて。お父さんの言うことをちゃんと聞くんだよ」
女将は朝食の片付けを一時中断して、玄関の外まで見送りに立ってくれた。
「わかった!」
「結局、ユリアちゃんは行かないのかい?」
女将がタリウスを仰ぎ見るが、即座に応答出来ない。
「急用が出来たんだって」
言葉に詰まる彼を横目に、シェールが小さく答えた。残念で堪らないと言わんばかりの息子の様子に、タリウスはチクリ胸に痛みをおぼえた。
「一度にみんないなくなっちまったら、私が淋しいんだけどさ」
「そっか。それもそうだね」
それでも女将を気遣う息子の健気さに、タリウスは一層居たたまれない気持ちになった。そんな気持ちを絶ちきるべく、彼は一礼して踵を返した。シェールもそれに続いた。
息子の念願が叶い、こうして二人で旅に出たというのに、タリウスの胸中は穏やかではなかった。隣を歩いているシェールは、思うところがあるのか、先程から終始無言である。否がおうにも意識が内へと向いた。
一体何故こんなことになってしまったのだろう。タリウスはここ数日のことにおもいを巡らせた。
今回の旅にユリアが同行したいと申し出た時、シェールは勿論、タリウスも手放しで喜んだ。博識で異国語にも精通している彼女がいれば、あらゆる場面で心強い。何よりも、彼女の同行そのものに価値があると思った。
ところが、その後すべてを台無しにするような出来事が起きたのだ。
「既に聞き及んでいるかも知れないが、ミスシンフォリスティは今期限りで職を辞すそうだ」
ゼイン=ミルズの言葉にタリウスは耳を疑った。だが、上官はこちらのことなどお構いなしに先を続けた。
「彼女には随分と無理も聞いてもらったことだし、仕事を世話してやれたらと思ったんだが、何が気にくわないのか断ってきてね。その辺りの事情を君は何か聞いているか」
「いいえ」
そもそも自分はユリアが士官学校を辞めることすら知らなかったのだ。
「妻の伝で、傍系の皇女様の教育係に推したそうだ。彼女は実力は勿論、身許もしっかりしている上に、立ち振舞いも何ら問題ない。無理強いするつもりはないが、釈然としなくてね」
「本人は何と言っているんですか」
「自信がない。ただその一点張りだ」
確かにその話だけを聞くと解せない。普段の彼女は、思慮深い反面、未知のことに対しては出たとこ勝負な一面がある。少なくともやってもみないうちに諦めたりするようなことは、これまでになかった。
何かある。直感的にそう思い、ついいらぬお節介を焼いてしまったのが運の尽き、この後彼は猛烈に後悔することになる。
「士官学校を辞められるそうですね」
「ええ、元々臨時雇の代用教員の筈が、居心地が良くてつい長居をしてしまいました。次が決まったら、お知らせしようと思っていたところです」
その口ぶりから、恐らくは未だ新しい働き口が見付かっていないのだとタリウスは理解した。
「ミルズ先生が仕事を紹介したいと仰っていましたが」
「奥方経由のものですよね。その件でしたら、既にお断りを」
「立ち入ったことを伺うようですが、何か問題が?」
「とんでもない。身に余る光栄ですが、私如きにはとても務まるとは思えません。ミゼットさんの紹介となれば尚更です。もしも不手際があれば、多大なるご迷惑をお掛けすることになり兼ねませんから」
見たところ単なる謙遜ではなく、そこには確固たる意志が働いているように感じられた。だが、そうだとしたら、彼女が先程からそわそわと気もそぞろな様子でいるのは何故だろうか。
「何を怖がっているんですか」
「怖がる?」
一瞬にして、ユリアの表情が強張るのがわかった。
「そうとしか見えません。事情は知りませんが、逃げ回っていても何も解決しないのでは?」
「知ったようなことを言わないでください。私は怖がってなどいませんし、逃げてもいません。もう私に構わないでください」
彼女はいよいよもって落ち着かない様子で声を荒げた。
「気を悪くされたのなら謝ります。失礼しました」
「ご心配いただなかくても、自分の食い扶持くらい自分で探します。そういうわけですから、残念ですが東方にはご一緒出来ません。貧乏暇なしですから!」
「待ってください」
「いいえ、待ちません」
ユリアは正に烈火のごとく怒り、一方的に喚き立てるとタリウスの視界から消えた。
これまでにも拗ねたり、甘えて我を通そうとするユリアを目にしたことはあるが、それでも本気で怒ったところは殆ど見たことがない。それ故、タリウスは目の前で起きたことを受け入れるまでにしばらく時間を要した。
結果として彼の直感は当たっていた。だが、それはおいそれと他人が触れて良いことではなかったのだ。タリウスは不用意な発言をした自分をひどく呪った。
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「じゃあね、ぼっちゃん。くれぐれも気を付けて。お父さんの言うことをちゃんと聞くんだよ」
女将は朝食の片付けを一時中断して、玄関の外まで見送りに立ってくれた。
「わかった!」
「結局、ユリアちゃんは行かないのかい?」
女将がタリウスを仰ぎ見るが、即座に応答出来ない。
「急用が出来たんだって」
言葉に詰まる彼を横目に、シェールが小さく答えた。残念で堪らないと言わんばかりの息子の様子に、タリウスはチクリ胸に痛みをおぼえた。
「一度にみんないなくなっちまったら、私が淋しいんだけどさ」
「そっか。それもそうだね」
それでも女将を気遣う息子の健気さに、タリウスは一層居たたまれない気持ちになった。そんな気持ちを絶ちきるべく、彼は一礼して踵を返した。シェールもそれに続いた。
息子の念願が叶い、こうして二人で旅に出たというのに、タリウスの胸中は穏やかではなかった。隣を歩いているシェールは、思うところがあるのか、先程から終始無言である。否がおうにも意識が内へと向いた。
一体何故こんなことになってしまったのだろう。タリウスはここ数日のことにおもいを巡らせた。
今回の旅にユリアが同行したいと申し出た時、シェールは勿論、タリウスも手放しで喜んだ。博識で異国語にも精通している彼女がいれば、あらゆる場面で心強い。何よりも、彼女の同行そのものに価値があると思った。
ところが、その後すべてを台無しにするような出来事が起きたのだ。
「既に聞き及んでいるかも知れないが、ミスシンフォリスティは今期限りで職を辞すそうだ」
ゼイン=ミルズの言葉にタリウスは耳を疑った。だが、上官はこちらのことなどお構いなしに先を続けた。
「彼女には随分と無理も聞いてもらったことだし、仕事を世話してやれたらと思ったんだが、何が気にくわないのか断ってきてね。その辺りの事情を君は何か聞いているか」
「いいえ」
そもそも自分はユリアが士官学校を辞めることすら知らなかったのだ。
「妻の伝で、傍系の皇女様の教育係に推したそうだ。彼女は実力は勿論、身許もしっかりしている上に、立ち振舞いも何ら問題ない。無理強いするつもりはないが、釈然としなくてね」
「本人は何と言っているんですか」
「自信がない。ただその一点張りだ」
確かにその話だけを聞くと解せない。普段の彼女は、思慮深い反面、未知のことに対しては出たとこ勝負な一面がある。少なくともやってもみないうちに諦めたりするようなことは、これまでになかった。
何かある。直感的にそう思い、ついいらぬお節介を焼いてしまったのが運の尽き、この後彼は猛烈に後悔することになる。
「士官学校を辞められるそうですね」
「ええ、元々臨時雇の代用教員の筈が、居心地が良くてつい長居をしてしまいました。次が決まったら、お知らせしようと思っていたところです」
その口ぶりから、恐らくは未だ新しい働き口が見付かっていないのだとタリウスは理解した。
「ミルズ先生が仕事を紹介したいと仰っていましたが」
「奥方経由のものですよね。その件でしたら、既にお断りを」
「立ち入ったことを伺うようですが、何か問題が?」
「とんでもない。身に余る光栄ですが、私如きにはとても務まるとは思えません。ミゼットさんの紹介となれば尚更です。もしも不手際があれば、多大なるご迷惑をお掛けすることになり兼ねませんから」
見たところ単なる謙遜ではなく、そこには確固たる意志が働いているように感じられた。だが、そうだとしたら、彼女が先程からそわそわと気もそぞろな様子でいるのは何故だろうか。
「何を怖がっているんですか」
「怖がる?」
一瞬にして、ユリアの表情が強張るのがわかった。
「そうとしか見えません。事情は知りませんが、逃げ回っていても何も解決しないのでは?」
「知ったようなことを言わないでください。私は怖がってなどいませんし、逃げてもいません。もう私に構わないでください」
彼女はいよいよもって落ち着かない様子で声を荒げた。
「気を悪くされたのなら謝ります。失礼しました」
「ご心配いただなかくても、自分の食い扶持くらい自分で探します。そういうわけですから、残念ですが東方にはご一緒出来ません。貧乏暇なしですから!」
「待ってください」
「いいえ、待ちません」
ユリアは正に烈火のごとく怒り、一方的に喚き立てるとタリウスの視界から消えた。
これまでにも拗ねたり、甘えて我を通そうとするユリアを目にしたことはあるが、それでも本気で怒ったところは殆ど見たことがない。それ故、タリウスは目の前で起きたことを受け入れるまでにしばらく時間を要した。
結果として彼の直感は当たっていた。だが、それはおいそれと他人が触れて良いことではなかったのだ。タリウスは不用意な発言をした自分をひどく呪った。

2020/11/21 20:35
続石の記憶1 小説
「で、何で私なの?」
うちの先生でもお宅の先生でもなくてと、ミゼットは続けた。
彼女の向かいでは、ユリア=シンフォリスティが大量の書物を積み上げ、そのうちの一冊をパラパラとめくっていた。
珍しい取り合わせであるが、彼女たちは今王立図書館の一室にいる。ここに所蔵されている資料は一括りに軍事機密とされ、一般には公開されていない。閲覧出来るのは、軍関係者の中でも一定以上の階級にある者に限られていた。
「一番お話がわかるかと思って」
ユリアは忙しくページを繰るかたわら、ニッコリと微笑んだ。
「ねえ、シェールにしてもあなたにしても、私を便利なアイテムか何かだと思ってない?」
「そんな、とんでもない。お時間をいただいてありがたく思っています」
ユリアは慌てた様子で手を振った。
「それに、シェールくんは本当にミゼットさんのことが好きなんですよ。主任先生とご結婚されたときなんて、しばらく立ち直れない様子でしたから」
「そりゃあ、あの子は将来イイ男にになるでしょうよ。私だってもう少し若ければ、考えないでもないけど。流石に待てなかったわ」
「でも、うちの女将さんは気長に待つつもりみたいですよ」
「ああ、シェールは女将さんの想い人なわけね」
女将のシェールに対する愛情は深く、大家と店子の関係を越えている。てっきり孫を可愛がるような感覚かと思いきや、どうやら恋愛感情らしい。二人は顔を見合わせ、それから堪えきれずに小さく吹き出した。
「ええ、先日もシェールくんのピンチを然り気無く救っていましたから」
ユリアは過日の新聞配達騒動について、自身の知り得たことを話した。
「隠れてそんなことしたってどうせすぐにばれるだろうに、何だってそんな無謀なことをしたのかしら。まあ、なんだかんだであの子のお父さんはやさしいから、サクッと許してもらえると思ったんでしょうけど」
「サクッとではありませんが、許してはもらえたようです」
親子の間で一通りの決着が着いた後、ユリアもまた自身の軽率な行いをタリウスに詫びた。だが、当のタリウスはそれには及ばないと謝罪を受け付けず、代わりに事の顛末を話してくれた。
「本当に良い人に拾われたものね」
「ええ、今度、士官学校のお休みに合わせて、シェールくんと東方まで行くそうです」
「本当に?きっとシェールは大喜びね。もちろんあなたも行くんでしょう」
「いえ、私は」
「何で?そのためにこんなマニアックなことを調べてるんじゃないの?」
二人の間には、東方の詳細な地図が広げられている。国境周りの地形まで綿密に描かれているため、部外秘扱いになっていた。
「ただでさえ未知の地ですし、それに東方の街はほとんど異国みたいなところと聞き及びましたので、詳しい情報を知りたいと思いまして」
手元の資料では通り一辺倒なことしかわからなかったが、ここならばもう少し踏み込んだ情報を得ることが出来るかもしれないと思い、ミゼットに頼み込んだのだ。頼まれたミゼットにしても、意外な人物からの頼み事が亡き親友に関わることだっただけに、殊の外あっさり承諾した経緯がある。
「そこまでしたんなら、一緒に行ってくれば良いじゃない。授業が終われば急いでやることもないんでしょう」
「実は、士官学校は今期で辞めることにしました」
「そうなの?じゃあ、もう次の仕事が詰まっているとか」
「いえ、それが全く。当面は職探しです。ですから、呑気に旅行している場合ではなくて」
随分前から職探し自体はしていたが、未だ希望に叶うものに出会えていない。流石のユリアも若干焦り始めたところだった。
「逆に考えたら、今しか行けないってことだと思うけれど。あなたがいれば言葉にも不自由しないでしょうし。て言うか、出来ることならむしろ私が行きたい」
ミゼットは大きなため息を吐き、それから、手近にあった本に目を落とした。
「あの娘がどんなところで生まれて、何を見て大きくなったのか、この目で見てみたいのよね」
親友は生前、自分の出自に関わる話を殆どしなかった。ひょっとしたら知られたくないのかもしれない。そう思ったこともあるが、それにしては故郷の品を大事に持ち歩いており、完全に過去と決別したわけでもなさそうだった。
「シェールくんのお母さんは、素敵な方だったんでしょうね」
ミゼットが親友に想いを馳せていると、ふいに聞こえた台詞が現実へと返した。
「不思議な魅力のある人で、男女問わずモテたわ。その辺りはシェールを見ていたらなんとなくわかるかもしれないけど」
「ええ。とてもよくわかります」
ユリアは微笑した。
8
うちの先生でもお宅の先生でもなくてと、ミゼットは続けた。
彼女の向かいでは、ユリア=シンフォリスティが大量の書物を積み上げ、そのうちの一冊をパラパラとめくっていた。
珍しい取り合わせであるが、彼女たちは今王立図書館の一室にいる。ここに所蔵されている資料は一括りに軍事機密とされ、一般には公開されていない。閲覧出来るのは、軍関係者の中でも一定以上の階級にある者に限られていた。
「一番お話がわかるかと思って」
ユリアは忙しくページを繰るかたわら、ニッコリと微笑んだ。
「ねえ、シェールにしてもあなたにしても、私を便利なアイテムか何かだと思ってない?」
「そんな、とんでもない。お時間をいただいてありがたく思っています」
ユリアは慌てた様子で手を振った。
「それに、シェールくんは本当にミゼットさんのことが好きなんですよ。主任先生とご結婚されたときなんて、しばらく立ち直れない様子でしたから」
「そりゃあ、あの子は将来イイ男にになるでしょうよ。私だってもう少し若ければ、考えないでもないけど。流石に待てなかったわ」
「でも、うちの女将さんは気長に待つつもりみたいですよ」
「ああ、シェールは女将さんの想い人なわけね」
女将のシェールに対する愛情は深く、大家と店子の関係を越えている。てっきり孫を可愛がるような感覚かと思いきや、どうやら恋愛感情らしい。二人は顔を見合わせ、それから堪えきれずに小さく吹き出した。
「ええ、先日もシェールくんのピンチを然り気無く救っていましたから」
ユリアは過日の新聞配達騒動について、自身の知り得たことを話した。
「隠れてそんなことしたってどうせすぐにばれるだろうに、何だってそんな無謀なことをしたのかしら。まあ、なんだかんだであの子のお父さんはやさしいから、サクッと許してもらえると思ったんでしょうけど」
「サクッとではありませんが、許してはもらえたようです」
親子の間で一通りの決着が着いた後、ユリアもまた自身の軽率な行いをタリウスに詫びた。だが、当のタリウスはそれには及ばないと謝罪を受け付けず、代わりに事の顛末を話してくれた。
「本当に良い人に拾われたものね」
「ええ、今度、士官学校のお休みに合わせて、シェールくんと東方まで行くそうです」
「本当に?きっとシェールは大喜びね。もちろんあなたも行くんでしょう」
「いえ、私は」
「何で?そのためにこんなマニアックなことを調べてるんじゃないの?」
二人の間には、東方の詳細な地図が広げられている。国境周りの地形まで綿密に描かれているため、部外秘扱いになっていた。
「ただでさえ未知の地ですし、それに東方の街はほとんど異国みたいなところと聞き及びましたので、詳しい情報を知りたいと思いまして」
手元の資料では通り一辺倒なことしかわからなかったが、ここならばもう少し踏み込んだ情報を得ることが出来るかもしれないと思い、ミゼットに頼み込んだのだ。頼まれたミゼットにしても、意外な人物からの頼み事が亡き親友に関わることだっただけに、殊の外あっさり承諾した経緯がある。
「そこまでしたんなら、一緒に行ってくれば良いじゃない。授業が終われば急いでやることもないんでしょう」
「実は、士官学校は今期で辞めることにしました」
「そうなの?じゃあ、もう次の仕事が詰まっているとか」
「いえ、それが全く。当面は職探しです。ですから、呑気に旅行している場合ではなくて」
随分前から職探し自体はしていたが、未だ希望に叶うものに出会えていない。流石のユリアも若干焦り始めたところだった。
「逆に考えたら、今しか行けないってことだと思うけれど。あなたがいれば言葉にも不自由しないでしょうし。て言うか、出来ることならむしろ私が行きたい」
ミゼットは大きなため息を吐き、それから、手近にあった本に目を落とした。
「あの娘がどんなところで生まれて、何を見て大きくなったのか、この目で見てみたいのよね」
親友は生前、自分の出自に関わる話を殆どしなかった。ひょっとしたら知られたくないのかもしれない。そう思ったこともあるが、それにしては故郷の品を大事に持ち歩いており、完全に過去と決別したわけでもなさそうだった。
「シェールくんのお母さんは、素敵な方だったんでしょうね」
ミゼットが親友に想いを馳せていると、ふいに聞こえた台詞が現実へと返した。
「不思議な魅力のある人で、男女問わずモテたわ。その辺りはシェールを見ていたらなんとなくわかるかもしれないけど」
「ええ。とてもよくわかります」
ユリアは微笑した。

2020/11/13 21:12
ゴートゥートラベル そらごと
久しぶりにHAKASEさんのライブに行ってきました。家の都合で半分しかいられなかったのですが、それでも充分元気をもらいました。
今回の「石の記憶」もこの曲を聴きながら書いていたわけですが、途中で話が思わぬ方へ行ってしまい、当初予定していたものの半分くらいしか書けていないため、もうしばらく続きます。
本当シェールのバイトとか全然予定外で、なんでああなったのか自分でもよくわからず。少なくとも1〜2を書いていたときには、ああいう展開になる想定ではなく、もちろんタリパパがキレる予定もなし。
時として私の意思とは無関係に暴走してくれるようです。
タリウスは基本言ってスッキリ!なタイプなので、シェールがわかってさえくれれば、それ以上は求めません。まあ、いくら気にするなと言ったところで絶対気にするだろうけど、それはそれ。よそから聞くよりはいいかと思ってあえて話したのだと思います。
いつか本人が言っていたとおり、「シェールが相手ならば最終的にはゆるす」以外ないわけですが、流石に今回は一言言ってやりたい気分だったのでしょう(一言で済んでないけど)。
そんなわけで、次回はやっとこさお出掛けです。
