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2020/10/30  23:06

石の記憶6  小説

それから更に数日後、シェールは浮かない顔で隣人の部屋を訪れた。

「あのね、おねえちゃん。この前のチラシ、まだ持ってる?」

「この前のチラシって求人広告のこと?それならまだあるわ」

「もう一回見せてもらっても良い?」

「勿論良いわよ」

ユリアは棚の上にまとめてあった新聞の束から、先日のチラシを抜き出した。

「それで、お父さんは何て?」

「それがあれから全然話せてくて、まだ聞けてないんだ」

「そう。最近、忙しそうだものね」

「夜は遅くて会えないし、朝もバタバタして話せる雰囲気じゃないんだ」

シェールは特大の溜め息を吐いた。今時季の父は物理的な忙しさに加え、とにかくピリピリしていて、迂闊に近付くと痛い目に遭いかねない。

「それに、一生懸命説得してもし許してもらったとして、肝心な仕事がもう別の人に決まっちゃってたらと思ったら、なんか言えなくなっちゃって」

父にこの話をするにはそれなりの覚悟が要る。要求が通っても通らなくても、その努力が徒労に終わるのだけは避けたい。考えるほどに身動きが取れなくなった。

「そんな顔をしないで」

シェールがすっかりしょぼくれていると、頭上からやさしい声が聞こえてきた。

「それなら、先方がまだ働き手を探しているかどうか、聞いて来てあげましょうか」

「本当に?」

「ええ、これからお買い物に行くから、もののついでに新聞屋さんに寄ってくるわ」

「いいの?ありがとう!」

シェールは嬉しくなって、満面の笑みを浮かべた。

「ねえ、おねえちゃん。僕も一緒に行って良いかな」

「ええ、良いわよ」

そんなシェールに応えるように、ユリアもまたとびきりの笑顔を見せた。


一通り買い物が済んだところで、シェールはおっかなびっくり新聞店を訪ねた。

「働き手を探しているかって?何だってまたそんなことを…」

店主は丁度店を閉めようとしていたところらしく、突然の訪問者に些か面倒そうに応じた。

「まさかおねえさん、新聞配達やろうっての?」

「いいえ、私ではなくて」

「僕です」

「坊主が?」

男はシェールに視線を向けると、上から下まで無遠慮に眺めた。

「新聞もまとまりゃ結構重いし、朝だって早い。坊主に出来るのか」

「毎日朝稽古をしているので、早起きには慣れています」

「朝稽古?」

「剣術道場に行っていて、朝は自主練をしています」

「ふうん、ならそこそこスタミナはありそうだな」

男は顎の辺りを擦りながら、ブツブツと一人言を言った。

「あと、走るのも好きです」

「字は?表札は読めるか」

「読めます」

「そうか。なら、とりあえず試しに雇ってやってもいいぞ」

「本当ですか?」

「ま、待ってください」

予期せぬ展開にシェールが感嘆の声を上げるも、ユリアが慌てて店主を制した。

「ああ、保護者の承諾を取らないとだな。あんたは母親じゃないよな」

「違います」

「そうだよな、いくらなんでも若すぎだ。坊主、お母さんは?」

「えっと、ママは亡くなっていて…」

「そうか、そりゃ悪いこと聞いたな。堪忍な。えーとそれじゃあ、パパは?」

「パパは、えっと、その…」

自分にとってパパとは亡き実父のことだが、今問われているのは恐らくそちらではない。毎度のことながら父親が二人いると紛らわしい、などと考えていると、男が突然世話しなく手を振った。

「ああ、もう良いって良いって」

「へ?」

店主の言っている意味がわからず、シェールは固まった。

「もう何も言わなくて良いから。そうか、坊主は苦労してるんだな」

「いや、でも今は…」

「自分の食い扶持を自分で稼ごうだなんて、今時見上げた根性だ。よし、決まり。採用だ。明日から来い」

「え?本当に?ありがとうございます」

店主が何やら勘違いをしていることは明白だったが、そうかと言ってこのチャンスをものにしない理由にはならない。

「シェールくん、そんなひとりで…」

「ところで、坊主。どこに住んでいるんだ?この近くか」

ユリアが先程よりも更に慌てた様子で声を上げるも、店主の声にすぐさま遮られてしまう。シェールはユリアに申し訳ないとは思いつつ、ひとまず自分たちの住まいを伝えた。

「ここからすぐだな。あんたは?」

「私も同じところに」

「何だ、一緒に住んでるのか。それなら何の問題も題ない」

「いえ、ですが…」

「お願い、おねえちゃん。とうさんには後でちゃんと話すから」

ここで本当のことを話をしたら、折角まとまり掛けた話が台無しになってしまうかもしれない。シェールは必死に懇願した。

「何ごちゃごちゃ言ってるんだ。俺は明日早いからもう帰る。詳しい話は明日だ」

言うだけ言うと、店主はじゃあなと言って店を後にした。

「そんな、自分の名前も名乗らないなんて」

「そういえば、僕もまだ名乗ってないや」

残されたふたりは呆然としてその場に立ち尽くした。
2

2020/10/25  3:37

石の記憶5  小説


「ただいま」

数日後、学校から帰宅したシェールは、すぐには部屋へ帰らず、その足で食堂を覗いた。それは、ここ数日の新たな日課である。

「シェールくん、お帰りなさい」

思った通り、そこには目当ての人物がいつものように座っていた。

「宿題のこと、本当にどうもありがとう。本当のパパとママがいない僕には、そんな宿題できっこないって思ってたけど、みんなが手伝ってくれたお陰でちゃんと出せた」

今回の宿題については、教師に言われるまでもなく、早々に諦めてはいたものの、その実心が晴れなかった。ところが、その後、周囲の大人たちの計らいにより、どうにか期限までに形にすることが出来た。

「私もシェールくんと一緒に勉強出来て、とても楽しかったわ」

特にユリアは、俄に忙しくなった父に代わり、この数日間で様々な文献をあたりそこから必要な情報を調べ上げてくれた。

「おねえちゃんはママに会ったことがないのにいろんなことがわかって、すごいと思った」

「それはタリウスやミゼットさんがヒントになることを教えてくれたからよ。でもね、シェールくん。それはあくまでも、可能性の話だということは覚えておいてね。ご本人がいない以上、何一つ確証はない。私が出来るのは、言葉や持ち物から住んでいるところを割り出して、そこに住んでいる人がどんな生活をしているか調べるだけ」

「それでもすごいよ。ママのことわかって嬉しかったし、それにいつか行ってみたいって思った」

亡き母に会うことはもはや叶わないが、その母が生まれた場所へ行くことは可能である。ひょっとしたら何かしら母を感じさせるものがあるかも知れない。

「実は私も前から行ってみたいと思っていたの」

「本当?ねえ、お願い!連れてって」

シェールは思わず叫んだ。流石に我儘が過ぎると気付いたときには言い終えた後だった。

「是非そうしてあげたいところだけど、私ひとりではシェールくんを安全に東方まで連れていってあげられないわ」

「危ないところ?」

「ええ、ここよりかは。それに、それなりにお金も必要よ」

「そっか」

ユリアの現実的な一言に、一気に膨らみ掛けた気持ちがたちまち勢いをなくした。思わず目を伏せると、彼女の手元が視界に入った。

「何を見てるの?」

「ああ、これ」

昨日まで地図や辞書などが並んでいたテーブルに、今は広告のようなものが広げられている。

「求人広告といって、働き手を募集しているチラシよ。仕事の内容やお給金が載っているの」

「仕事を探しているの?」

ユリアは士官学校で働いてはいるものの、それ以外にもちょくちょく単発の仕事を請けていた。

「ええ、そうなんだけれど、なかなか条件に合うものがなくて」

「条件って?」

「年齢や働くのに必要な資格のことよ」

ふうん、とシェールは相槌を打ち、それから少し考えてからこう切り出した。

「僕でも働けるかな」

「子供は滅多に…ああ、でも確かこれなら大丈夫かもしれないわ」

「うっそ?」

予想に反して、意外にもユリアは広告のひとつを指差した。

「新聞配達?」

「ええ、新聞屋さんなら子供でも合法的に働けた筈よ。お給金はたかが知れているけれど」

「それでもいい。やりたい」

「本当に?朝は早いし、結構大変そうよ」

「平気だよ。どうせいつも稽古で早起きしてるし変わらないよ」

それに新聞を持って、街を配り歩くなら、朝稽古の代わりに充分なり得ると思った。

「それなら、おとうさんにお願いしてみたら?」

「やっぱりとうさんに言わなきゃダメかな」

再び思いは失速し、シェールは溜め息を吐いた。

「それはそうよ。保護者の許可なく働けないわ。そもそもどうしてシェールくんは急に働きたくなったの?」

「働いて、お金をもらって東方に行きたい」

「待って待って。お金の問題じゃないわ。本当に行きたいならまずタリウスに相談するべきだわ」

ユリアはとんでもないと、少年を諌めた。

「無理だよ。とうさんは仕事があるし、それに危ないところなら絶対ダメって言うと思う」

「それなら尚のこと、私と二人では行かせてくれるはずないわ」

「ああ、確かに」

シェールはしばらく考え込み、それから急に思い立って宿を後にした。


それから、宿題のお礼方々訪れたミルズ邸で、シェールは渾身の策を披露した。

「めちゃくちゃ楽しそうだし、私を仲間に引き入れるってのは良い案だとは思うけれど。でも残念。ミゼットも仕事あるのよ」

「だよね」

「私だって行けるものなら行きたいもの」

思った通り、ミゼットは気持ちの上では大賛成してくれたが、現実はやはり厳しかった。

「おとうさんに頼んでみたら?あんたのためなら、頑張って仕事を調整してくれるかもよ」

「ミルズ先生、良いって言うと思う?」

「うーん、それはちょっとわからないけど、とにかくダメ元で言ってみたら?」

「嫌だよ」

「どうして?」

「だって、きっととうさん、何とかしようってするもん」

「良いじゃない」

「ダメだよ。困らせたくない」

毎年のことだが、現在士官学校は繁忙期を迎え、父の帰宅時間は深夜になることも多く、最近ではろくに言葉も交わしていない。この上、厄介な頼み事など出来る筈がなかった。

「そういうところは律儀よね」

少年の意志の強そうな瞳に、ミゼットは親友の面影を見た。
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2020/10/22  23:21

石の記憶4  小説


その夜遅く、シェールが眠りについた後、タリウスは食堂に下り、ひとり黙々と作業をしていた。

「ああ、すみません」

そこへコトリとカップが置かれ、彼は反射的に目を上げた。見れば、ユリアが盆を手にひっそりと佇んでいる。盆の上にはカップがもうひとつ乗っていた。

「どうぞ」

タリウスはテーブルの上に広げた件の石やナイフを自分の方へ引き寄せた。

「遅くまで大変ですね」

「いいえ、少々訳あって、シェールの宿題に手を貸してやっているところでして」

「それはそれは」

ユリアはまるで自分のことのように喜び、タリウスの向かいに腰を下ろした。

「本当に良いお父さんですね」

「そうでもないですよ。現に何の役にも立てていません」

「そうですか?これは、古代文字…象形文字ですね」

言いながら、彼女はタリウスの手元にある紙を覗き込んだ。紙には、石の入った袋に描かれたものと同じ図形が書き写されている途中だった。

「文字?模様ではなく」

「ええ。恐らくは東方の古代文字の一種だと思います。部屋に行けば資料がある筈ですが、お持ちしましょうか。それとも…」

そこでユリアの瞳がいたずらっぽく光る。

「私が片付けて差し上げましょうか?シェールくんの宿題の下請け」

「違います。別にあいつの宿題の下請けをやっているわけでは、誤解しないでください」

「大丈夫です。秘密は守ります」

彼女はクスクスとさもおかしそうに笑った。

「だからそういうことではなくて…まあ良いです。最初からお話しします」

タリウスは溜め息をひとつ吐くと、息子の宿題を手助けすることになった経緯を説明した。

「その手の宿題には私も苦慮した口なので、シェールくんの微妙な気持ち、お察しします」

ユリアは苦笑いをして、それからタリウスの手元から書き途中の紙を拾い上げた。

「よろしければ、本当に私がお調べしますよ。一応専門領域ですから」

「ありがとうございます。実を言うと、ぼちぼち相談に伺うところでした」

ユリアの申し出は、まさに願ったり叶ったりだった。息子の力になってやりたいとは思ったものの、異国語も地理もまるで門外漢で早くも音を上げそうになっていた。

「なんならひとっ走り東方まで行ってきましょうか」

「ひとっ走りって」

「東方というと、なんとなく物凄く遠い地にあるようなイメージがありませんか?」

「正直なところ、その辺りの地理には馴染みがなくて」

だが、海を隔ててすぐ隣が異国であることから、漠然と遠いところにあるという認識はあった。

「実際には、ここからそう遠くないところにあります。移動距離で言ったら、北に行く半分もかかりませんし、交通網も発展しています」

「そうでしたか」

教官になってからというもの、方々に出向くことが増えたが、唯一東方にだけは行ったことがなかった。何故なら東部には士官学校がないからだ。だが、考えてみれば、士官学校をおかないということは、中央へ難なく往き来できる場所にあるということでもある。タリウスにとって、近くて遠い地だっただけだ。

「方向で言ったら、前にシェールくんが誘拐されたあたりから、もう少し先に行けば辿り着けます。恐らく、盗賊は東方の港でシェールくんを売り捌こうとしていたのだと思いますよ」

「それはまた随分と生々しい話ですね」

「失礼いたしました」

ユリアはハッとして自身の発言を詫びた。

「様々な文化が混じり合う都市ですから、交易が盛んで活気もありますが、治安が悪いのがネックです。一度行ってみたいとは思っていますが、二の足を踏んでいる理由がそれです」

「思ったより真っ当な判断が出来るようで安心しました」

ユリアは一瞬きょとんとした後で、もうと言って頬を膨らせた。

「ところで、シェールくんのお母さんは言葉や生活様式が周囲と異なるようなことはありましたか」

「いえ、そういうことはなかったように思います」

「いわゆる部族と呼ばれる人々が多いのが特徴でもありますが、元来好戦的ではない上に、早くから文明も受け入れていたと聞きます。それに加えて、ここ何十年かで都市化が進んで、もう昔ながらの遊牧生活をしている人は滅多にいないようです。なので、シェールくんのお母さんも、その親の世代から既に都市に住んでいたのかもしれませんね」

「都市に出て何を?」

「人によりますが、ラクダや馬を使って人や物資を運んだり、あとは旅人向けの宿泊業を営んだり、そんなところだと思います」

宿泊業と言えば、エレインが最後にやっていたのもまた宿屋である。そんなことを考えながら、再び石の袋に目をむけると、ふとある可能性が浮上した。

「翼…」

「はい?」

それまで単なる幾何学模様にしか見えなかったものが、突然明確な図形となって浮かび上がって見えた。

「これ、見ようによっては、翼に見えませんか」

「ええ、そうですね。言われてみれば確かにそうかもしれません。図案化されているのに、よくわかりましたね」

「いえ、単なる思い付きです」

ふいにエレインのやっていた店の屋号を思い出したのだ。

「銀の翼、それがあいつのいた店の名前です」
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2020/10/15  1:59

石の記憶3  そらごと


その日、シェールは、学校が引けた後も出掛けることなく自室にこもっていた。取り立ててやることがあったわけではない。ただひとりになりたかった。

件の宿題が出されてからというもの、どうにも心が騒がしいのだ。

これまでのことを振り返ってみると、我ながら波乱に満ちた人生を送っているとは思う。しかし、そうかといって、現在の生活に不満があるかと言えば、決してそんなことはない。それ故、自分の生い立ちや置かれた環境について、他人と比べどうこう言うつもりもない。

ただ、自分が何者で、どこからきたのか、それを知る権利だけは、友人たちと等しくあっても良いと思った。

恐らく、友人たちの多くは、両親にいくつか質問すれば、即座に宿題を完成させることが出来るだろう。対して、自分に出来るのはせいぜいが想い出を掘り起こすくらいである。

そのとき、ふと思いついて、シェールは物入れの一番下にある引き出しを開けた。そうして、奥の方から小さな袋を取り出し、手のひらの上で逆さにして振った。

出てきたのは、黒い石、白い石、青い石、すべすべした石、ごつごつした石、光に当てるとキラキラ光る石、等々。どれも石には変わりないが、どれひとつとして同じものはない。

久しぶりに触れた石の触感は、冷たくて気持ち良かった。シェールはしばらくの間、手のひらに置かれた石たちをぼんやりと眺めていた。

だが、階段を上る規則正しい靴音に、徐々に意識が現実へと返される。扉が開かれ、シェールが顔を上げたそのとき、石のひとつが手からこぼれ落ちた。

「あっ!」

慌てて拾おうとすると、傾いた手から更にひとつ、またひとつと石が転がり落ちた。

「こら、何をしているんだ」

タリウスは足早にこちらへ歩みより、屈んで石を拾い上げる。そんな父の姿を目にした途端、ふいに過去の記憶がよみがえった。

シェールがまだ生家にいた頃のことだ。今日のように石を出して眺めていたところ、手の隙間から石が溢れ落ち、バラバラと床へぶちまけてしまった。あの時の母もまた、床へ屈んで石を拾い集めてくれた。

「シェール」

懐かしさと、それからやや遅れてやってきた喪失感に、身動きが取れなくなる。

「どうした?シェール、大丈夫か」

自分を呼ぶ声に我に返ると、心配そうにこちらを伺う父と目が合った。

「うん」

ひとまず返事を返し、それからいつの間にか溢れだした涙をそっと拭った。

「ここにきたばっかりの頃は、時々出して見てたんだけど、最後はいつも悲しくなっちゃうから、もう見るのを止めたんだ。さすがにもう平気だと思ったんだけど…」

言い終えるや否や、唐突に正面から抱き竦められた。予期せぬ事態にシェールは言葉を失う。

「悪かったな。辛いときに、何の力にもなれなくて」

普段は平気できついことを言うくせに、こういうときの父は滅法やさしい。

「全然、そんなことないって」

かつて、絶望の淵から自分を救い上げてくれたのは、他でもない、父である。その後も紆余曲折あったが、最終的に乗り越えられたのは父のお陰だ。

「もう平気」

「そうか」

そう言って父は自分から離れると、残りの石を拾ってくれた。

「ほら、きちんとしまっておかないと失くなってしまうぞ」

「ありがと」

シェールは父から石を受け取り、出窓に置いておいた革の袋にそっと戻した。

「シェール、それ…」

すると、父の目が袋に釘付けになる。

「なあに?」

「少しの間、それをとうさんに貸してはくれないか」

「いいけど、とうさん占いするの?」

「占いは出来ない。だが、少し調べたいことがある」

「いいよ。て言うか、とうさんが持ってて。もっと早くそうすれば良かった」

「どうして?」

「ひとりで見るから悲しくなる」

逆に言えば、父といれば大丈夫だと思った。
3

2020/10/11  1:56

石の記憶2  小説

それから間をおかず、その機会は巡ってきた。

「こちらを先生にお渡しいただけますか」

息子と件のやりとりをした数日後、タリウスは上官の私邸を訪ねた。兵舎から引き揚げようとしたところで、ゼイン宛の私信を見付けたためだ。

「これは?」

玄関先に現れたのは、ミゼットだった。

「机上にあったものです。お忘れになったのか、意図して置いていかれたのか、私には判断がつかなかったのでお持ちしました」

「わざわざ悪いわね。そのうちあなたがいなければ道も歩けなくなりそう」

「いえ、そんなことは。すみません、別件で少々お伺いしたいことが」

「何?」

「エレインのことですが…」

タリウスは先日の一件をかいつまんで話した。

「入って」

一通り話し終えたところで、ミゼットが家へ上がるよう促した。


彼女はすぐさま家主を呼び、事のあらましを話し、同席するよう求めた。

「で、君は何を知っている」

「本人からは本当に聞いたことがないし、知ってると言うほどのことは何も知らない。ただ一緒にいてわかったことは少し。推測も入っているからシェールには言えなかったけれど」

それでも構わないのでひとまず聞かせて欲しいとタリウスは言った。

「生まれは東方。それから、多分だけど部族の出だと思う」

「何故そう思った」

上官が食い気味に問うた。

「いろいろよ。馬の乗り方が独特だったり、天気が読めたり、それから、刺青があった。勿論、あの人のことだから、後から自分で入れたってこともなくはないと思うけど、でもそれならもう少し目立つところに入れる筈よ」

「刺青の形を覚えているかい?」

「はっきりとは。でも、どこかで見たような気がするのよね」

「まるで雲を掴むような話だね」

誰とはなしに溜め息がこぼれた。

「訓練生時代はどうしていたんですか。長期休みにはどこに」

「ああ、それならうち」

「どういうことですか」

「エレインから、実家が遠いから兵舎に残りたいと言われたが、許可出来ないと言ったところ…」

「それならうちに来ればって話になって、両親に手紙を書いたら快諾してくれて、それから休みの度に一緒にうちに帰ってきてたの」

「本科生に上がった頃だったか、身元保証人とも連絡がつかなくなって、最後は彼女の両親が保証人に」

ミルズ夫妻が交互に話すのを聞きながら、上官が以前、彼女たちを姉妹と呼んでいた理由がわかったような気がした。

「思い出した。石よ」

すると、突然ミゼットが声を上げた。

「石というのは?」

「あれ?持ってこなかった?」

「すみません、何のことだか」

言われて、タリウスは当時の記憶を探るが、皆目見当がつかなかった。

「あの人占いやるのよ。それがちょっと変わってて、小さな石を使うんだけど、その石を入れてた袋に刺青と同じ印があった。私が見たときにはなかったから、シェールが持っていったのかしら」

「君はエレインの家に行ったのか」

「ええ」

「そこで家探しを?」

「失礼ね。形見分けよ」

「無断で?」

「だって仕方ないじゃない。本人死んじゃっていないんだから。それに、私が逆の立場なら、あの子になら何を持っていかれても惜しくないもの」

俄には受け入れがたい話に男二人は閉口した。

「ちょっと失礼」

そんな彼らに構わず、ミゼットは一旦離席し、それから小さな箱と古びた革の包みを抱え、再び席に着いた。箱は宝石箱らしく、ふたを開けると色とりどりの宝飾品が収納されているのが見えた。中にはなんとなく見たことがあるようなものもあった。

「このあいだ、普通につけていなかったか?」

「ええ。宝飾品は身に付けてなんぼだもの」

「こちらは?」

宝石箱のほうはひとまず捨て置き、タリウスは革の包みを指した。

「あの人の投げナイフよ。研いであるから切れ味抜群」

許可を得て包みの紐を解くと、細身のナイフばかりがずらりと並んでいた。今度こそ見覚えがある。かつて彼女が使っていた商売道具だ。

「そのうちシェールにあげようと思っていたんだけど、何なら今持っていく?」

「いえ」

将来的にはともかく、今の息子に所有させるわけにはいかない。

「遠慮しないで」

ひとまず自分が預かったとして、シェールに見付からないよう管理するのは至難の技だ。そう思ったが、彼女の好意を無下にするわけにもいかず、考えあぐねていると上官が割って入った。

「自分で手入れをするのが面倒になったのだろう」

「そりゃこの数だもの」

ミゼットは少しも悪びれない。

「これはこの辺りの品ではないようですね」

タリウスはナイフを包みから取り出し、一本一本検めた。かつて頻繁に目にしていたものが、実際に手に取るのは初めてだった。

「そう?気にしたことなかった」

「何本かは買い足しているようですが、元のには、ほら」

タリウスがナイフの一本を手にし、柄の部分を指差した。

「確かに東方の言葉のようだ。意味まではわからないが」

柄には判別不能の模様のようなものが彫られている。

「ねえ、本当に石に心当たりない?このナイフより、ずっとわかりやすい場所にあった筈なんだけど」

「すみません」

「君が謝ることではない。しかし、エレインにそんな特技があったとは知らなかった」

「からきし当たらなかったけど」

「容赦ないね」

「だって、昔婚期を見てもらったけど、もっとずっと早かったもの」

「なるほど。占いの信憑性はともかく、その石とやらが見付からない以上は、目下このナイフが一番の物証ということになるね」

「お借り出来ますか?」

「だから、あげるって」

再びナイフの所有権を押し付けられそうになるが、あくまで借り受けるだけだと断り、タリウスはミルズ邸から辞した。


「ねえ、ゼイン」

来客を見送った後、ミゼットは先程からあった疑問を口にした。

「万が一にもよ、エレインの身内が見付かったとして、向こうだって捜しているかもしれないじゃない。下手したらシェールを取れちゃうかもしれないのに…」

「そうさせない自信があるから、調べているのだろう」

「そういう人?」

「いや、普段の彼なら危ない橋はまず渡らないはずだ」

そこで、彼らは互いに顔を見合わせた。

「半端ないわね、マクレリィ母子の影響力」
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