ダラダラ中につきカメ更新 感想など、ちょろっとでも書き込んでいただけましたら泣いて喜びます🎵

2019/12/30  1:55

代償2  小説(再掲)

自室に戻り、ゼインはソファに身体を沈めた。言い様のない疲労感に襲われ身動きが取れなかった。訓練生を折檻することなど朝飯前だが、今日は相手が悪い。シェールを放ったらかしたままで悪いと思いつつ、彼は目を閉じた。

しばらくそのまま放心していると、玄関の呼び鈴がなった。突然の来訪者に心当たりはなかった。

「ただいま戻りました」

「ジョージア。随分と早かったな」

予想していなかった部下の帰還に、ゼインは心底安堵した。

「予定していた会議がなくなって、日程が繰り上がりました」

「ご苦労。しかし、こんなことなら、シェールのことは君に任せれば良かった」

「すみません、あの、何かありましたか?」

玄関に一歩踏み入れたときから、家の中の空気がおかしかった。妙に静まりかえっていて、いつもなら真っ先に出迎えてくれる息子の姿もない。

「何てことはない。シェールのオイタが過ぎたから、懲らしめていたところだ」

「それは、その、申し訳ありません」

「君が謝ることはない。私が預かっている間に起きたことだからね。それに、元はと言えば、彼を甘やかしすぎた私のせいだ」

「差し障りなければ、何をしでかしたのか、教えていただきたいのですが」

ゼインは一瞬思考した後、家の奥へと進んでいった。タリウスがそれに従う。悪戯の現場を見せられるのだろうか。

ゼインは一旦部屋の奥に消えると、某かを持って再びこちらに戻ってきた。そして、それらを両手に掲げた。

「私宛の手紙と、これは、先生のサインですか」

左手には自分宛の封書、右手には紙切れがある。よく見ると、紙切れには上官のサインらしきものが幾度も書きなぐってあった。

「これは今日、シェールが学校から持ち帰ったものだが、なんでも保護者が中を開けて確認のサインをしなければならないらしい。ところが、あいにく君は不在だ。そこで、彼はこの手紙を私に渡すべきだと考えた。しかし、良からぬことが書いてあるかもしれないと思い…」

「まさか、勝手に中を開けて、先生のサインを?」

「幸い未遂だったが、そのようだよ」

「先生、本当にすみません。あの馬鹿、何てことを…」

瞬時に身体が熱くなった。自分の不在の間に、よりにもよって、上官の私邸で何と言うことをしてくれたのだ。

「シェール!!」

反射的に息子の名を叫び、きびすを返す。

「待て、ジョージア」

息巻くタリウスの腕をゼインが掴む。

「たった今私が叱ったばかりだ」

「事が事です。先生に叱っていただいて、それで終わりと言うわけにはいきません」

「気持ちはわかるが、今君まで彼を責めたら、追い詰めてしまう」

「それの何がいけないんですか」

「何って、それではあまりに不憫だろう」

「不憫?先生はこんな仕打ちをされて、何故まだそんなことが言えるんですか。鬼のミルズは一体どこへ行ったんですか」

今のタリウスはまるでとりつく島がない。

「鬼は君にやっただろう」

ゼインが溜め息をつく。そして、掴んだ腕を解放した。

「確かに、シェールの教育に関して私が口を挟む筋合いはない」


まるで腸が煮えくり返るようだった。近頃、息子は知恵が回るようになった分、子供染みた悪戯をすることもなくなり、また真っ向から言い付けに背くこともなくなった。

その分、悪戯の内容も笑ってすまされる度合いを越すことも増えた。しかし、それにしてもここまで悪質なことは他に類を見ない。更に、こんなとんでもないことをしでかした息子を、上官は事もあろうか哀れんだのだ。そのことがタリウスの怒りをいっそう加速させた。

叱られたと言っても今頃はけろっとしているに違いない。息子に会ったら、思い切り叱りつけようと思った。上官の家であることも忘れ、タリウスは些か乱暴にダイニングの扉を開けた。

「シェ…」

だが、息子の顔を見た途端、早くも決心が鈍る。

「とうさん」

シェールは気を付けの姿勢のまま、顔を真っ赤にしてすすり泣いていた。必死に何かを堪えているのか、身体は強張り、小刻みに震えているのがわかった。そして、自分と目が合うと、その目から大粒の涙をこぼした。どんなにきつく叱ったところで、近年、こうなることはまずない。

「まったくなんてことをしてくれたんだ、お前は」

それ故、ひとまずそれだけ言うのに留めた。途端にシェールがこちら目掛けて痛いくらいにしがみついてくる。そして、父親に触れた瞬間、安心したのか、声を上げて泣いた。

鬼のミルズはどこへも行ってはいない。少なくとも数分前まではこの部屋にいたのだ。

上官に言われるまでもなく、この状況でシェールを叱責するのは酷というものだ。何より今の息子に何を言っても入らないだろう。

「シェール」

そこで、ひとまず息子をなだめることに専念する。震える背中をさすりながら、タリウスは何とも言えない気持ちになった。

「少し話せるか」

シェールが落ち着いたところで、静かに尋ねた。こくんとシェールが小さくうなずく。

「怖かっただろう、怒った先生は」

そして、今度は大きくうなずく。

「だが、どんなに先生に叱られようとも、今回ばかりは仕方がないと思うだろう。たくさん悪いことをしたんだ」

「たくさん…?」

「そうだ。勝手に俺宛の手紙を開けようとしたことも、先生のサインを盗んだことも、盗んサインで学校の先生を騙そうとしたこともみんな悪い。どれも悪いが、それよりもだ。こんな風にミルズ先生を裏切ったことが一番悪いと俺は思うよ」

「だからそんなつもりは…」

「もちろんそうだろう。だけど、小さい頃から惜しげもなく可愛がってきたお前に、こんなことをされて、先生がどんなおもいをされたと思う」

どうもこうもない。ゼインは自分に騙されたと言って怒り狂っていた。

「これは俺の想像だが、先生だって、お前を泣かすようなことを本当はしたくなかった筈だ」

言われて、お仕置きされる直前の会話が思い出される。ゼインは、自分のことを大好きだと言ってくれた。あれはそういうことだったのだろうか。

「ごめんなさい」

「先生に直接言ってきなさい」


「先生」

息子をゼインの私室の前まで送り届け、自分は下がるつもりだった。しかし、開け放たれたままになっている戸を見て、つい気になって廊下に身を潜めてしまった。

「ここで何をしている」

「へ?」

「私が良いと言うまで反省していろと言った筈だが」

しまった。途端に背中が寒くなる。タリウスは思わず二人の前に飛び出して行きそうになるが、ほんの一瞬躊躇した。その間に、シェールがきびすを返し戸口に向かって走ってくる。このままでは鉢合わせである。

「結構」

これでまたややっこしいことになると頭を抱えていると、ふいにゼインが息子を制した。

「父上に免じて、もう許してあげるよ」

背中から聞こえる声は、いつものやさしいゼインだった。それでも半信半疑で、シェールは恐る恐る後ろを振り返った。

「先生、ごめんなさい!僕は自分のことしか、考えてなくて。でも、先生を困らせるつもりは、本当に、本当にっ!」

感情が溢れてきて、言葉にならなかった。それでも、先程は怖くてまともに見られなかったゼインの目を今度は覗き込んだ。

「もう許すと言っただろう」

その目が困ったように自分を見た。

「君がそんなことをする人間でないことくらい、端からわかっている」

「で、でも、さっきは…」

「ああでも言わないと、こんなに反省できなかったんじゃないか」

「そんなぁ」

つい今しがたまで本気でゼインを怒らせたと思っていたのだ。安堵からまたしても涙が溢れた。

「こらこら、そんなに泣くものじゃない」

そうでなくともさんざっぱら泣かしてきたのだ。泣きわめくシェールをこれ以上見ていられず、ゼインはあたふたして、シェールの背を叩いた。

「こんなに泣かれたら、まるで私が悪いことをしているようだ」

「せんせいは、悪くない」

「わかっていただけて嬉しいよ」

シェールのいじらしい姿に、ゼインはクスリと笑った。

「君はもう良いよ。代わりに父上を呼んできてくれないか。どうせその辺にいるだろう」

一瞬、シェールの顔が曇る。

「大丈夫だ。君の悪口を言ったりはしない。ほら、帰る仕度をしてきなさい。ああ、おやつは持って帰って良いよ」


シェールと入れ違いに、すぐさま父親のほうもやって来た。思ったとおり、立ち聞きをしていたのだろう。

「諸々、申し訳ございませんでした」

ゼインがそのことを指摘する前に、タリウスは早々に頭を下げた。

「前から言おうと思っていたが、君はシェールのこととなるといつもの冷静さがどこかにいってしまうようだね。人間らしくて大変結構だが、シェールは賢い。そろそろぼろが出るかもしれないぞ」

言いながら、自分も全くもって人のことは言えないと思った。

「何てことが言いたかったわけではなくてだ」

「は?」

「開口一番、謝ってくるからてっきり叱られたいのかと思って付き合っただけだ」

「勘弁してください」

めまいがしてきた。

「そうだな。本当は仕事の話がしたかったんだが、今日はもうよそう。疲れた」

こんな上官を見るのは初めてだった。大方、シェールに振り回されたに違いない。

「君はよく毎日こんなことをしていられるな。尊敬するよ」

「慣れますよ、毎日やっていると」

「そうか?とにかく今日はもう無理だ。いろいろと聞きたいこともあったが、明日にしよう」

「わかりました。先生、この度は…」

「もう結構。私に謝るな。シェールに一生分謝られたんだ。これ以上、謝罪は聞きたくない。うんざりだ」

「はあ」

「それから、一応希望を言っておくが、出来たらもうこの件でシェールを責めないでやって欲しい。かなり反省していたようだから、恐らくもうしないだろう」

「わかりました」

もとよりそのつもりだった。タリウスはゼインの言うことに、全面的に賛同した。

「しかし、血は争えないとはよく言ったものだ。現に、シェールを育てているのは君だが、元はエレインの子だ。あの大胆さは絶対に母親譲りだと私は思う」

「先生、不謹慎かもしれませんが…」

「ああ?」

「今の言葉を聞いて、なんだかとても心が軽くなりました」

「それは何よりだ」


ミルズ邸からの帰り道、二人は会話を交わすことなく黙々と歩いていた。先程の件には触れないとして、他に無駄話をするような気分でもなかった。

「あーっ!」

だが、そろそろ家に帰り着く頃になって、突然シェールが奇声を上げた。

「忘れてた!」

「どうした?忘れ物か」

「忘れ物っていうか、何て言うか。先生に変な誓約書みたいなの書かされたんだけど」

「誓約書?何のことだ」

シェールは、先程ゼインに書かされた後出しの誓約書について説明した。

「先生は何と書いたんだ」

「えーと、『ミルズ先生の言うことは何でも聞きます。いつもイイコでいます。そうでなければ、どんなお仕置きでも受けます』だったと思う」

「くくく」

我慢しようと思ったが、堪えきれずに笑いが漏れた。

「とうさん!笑ってる場合じゃないんだって」

「シェール、はっきり言おう。とうさんにはどうにも出来ない」

「そんなあ。取り返してきてよ」

「無理だ」

「何で!」

「仕方ないだろう。先生に喧嘩を売った代償だ」

こればかりはどんなに駄々をこねられても、どうしようもない。しかし、まさか息子と二人同じような弱みを握られるとは思わなかった。タリウスは心底シェールに同情した。



2

2019/12/29  23:14

リクエスト  そらごと

最近、眠り病なんじゃないかというくらい、眠くて眠くてたまりません。

ようやく半分書き上がった「代償」ですが、毎晩一行書いてはうたた寝するというのを、ここ一週間ばかり繰り返していました。

鬼〜を書いている途中で、2から書き始めて、また1に戻ってという変則的な書き方をしていたのですが、とにかくお仕置きシーンが難産で、一週間ほぼ進まず。前回、アグネスのお仕置きシーンを目掛けて書いていたのと真反対でした。

ちなみに、この変わり種の組み合わせを書くのは二回目で、10万ヒットだったか、1周年だったかの記念にやったアンケートで、もう1回!というリクエストをいただきながらも、どうにもネタがなくて消化出来ないでいました。

そんなわけで、たぶん5年越しくらいですが、ようやく書けました。リクエストくださったNさま、まだこの世界にいらっしゃるかわかりませんが、いつか読んでいただけましたら嬉しいです。

とりあえず、久々に出てきてこれでもかと泣かされるシェールに愛の手をw
3

2019/12/29  22:36

代償1  小説(再掲)

「今日の宿題は私の名前、サインの練習かね?」

「せ、せ、せ、せんせい?!いつの間に」

突然、背後から手元を覗き込まれ、シェールはすっとんきょうな声を上げた。小一時間前、確かにゼインは出掛けた筈である。すぐに戻るようなことは言っていたが、帰宅を知らせるような兆候は何もなかった筈だ。

「さっきからいたよ。集中していたようだから、邪魔してはいけないと思い静かにしたが」

「うそぉ」

全く気が付かなかった。人はこうも完璧に気配を消せるものなのだろうか。

「うそではないよ。それより、質問に答えなさい。サインの練習が宿題なのかい?なるほど、お手本は領収書か」

「違います、宿題は他にあります」

「では、何故私のサインの練習を」

「それは…」

シェールの目が泳ぐ。端から見ても困り果てているのがわかった。

「一応忠告しておくが、私に嘘をつくと大変なことになるよ」

依然として、シェールはだんまりである。

「では、質問を変えよう。これは?」

テーブルの上には、領収書とサインの練習帳の他に封書が一通乗っていた。

「あっ!」

シェールが手を出すより早く、ゼインによって封筒をかすめ取られてしまう。

「宛名は父上だね。名前しか書いていないところを見るに、君が預かったのだろう。この手紙と私のサインを練習していたことに何か関係が?」

「あ、あります」

嘘がつけない以上、だんまりを通すか、本当のことを言うしかない。声がうわずった。

「シェール。観念して説明したまえ」

ゼインはシェールの正面に移動した。ゼインに真っ向から見下ろされ、とてもではないが正視し続けられなかった。

「その手紙を初めは先生に見せるつもりでした」

「私に?」

「はい。とうさん宛だけど、今いないから」

タリウスは出張中で、その間シェールはいつもの如くミルズ邸に厄介になっていた。

「それで?」

「でも、これ、学校からもらったんですけど、たぶんあんまり良いことは書いてないから、先生には見せないで、自分でサインして戻そうとしました」

「驚いたな。よくそんなことを思い付いたね」

ゼインは、半ば感心したようだった。ついこの間までほんの子供だとばかり思っていたが、いつの間にか随分とずる賢いことを考えるようになったものだ。ゼインはため息をついて、シェールの向かいに腰を下ろした。

「シェール。言うまでもなく私のサインは私のものだ。勝手に君が書いて良いものではない。だいたいその手紙に何が書いてあるのか、君も定かではないのだろう」

「はい」

シェールにもまだいくらか良心が残っており、手紙は未開封だった。最後の最後に開けて、サインしようと思っていたのだ。

「そんな何が書いてあるのかわからないものに勝手にサインされては困る。君は私のサインを、見ましたの意味で書こうと思ったのだろうが、そもそもサインとはそういうものではない」

ゼインはそこで言葉を切って、シェールを見据えた。

「意思決定だ。しかも、一度書いたら取り消しが出来ない。後々言った言わないにならないために、わざわざ文字にして残しているんだ。ここまでいいかい?」

シェールが神妙な顔で頷くのを確認して、先を続ける。差し詰め授業である。

「これがもっと重大な書類で、私の意思に反することが書いてあったらどうなる?もちろん君が積極的にそんなことをするとは思わないよ。だが、そうとわからないようにそそのかされたり、脅されたりしたらどうだ。絶対しないと言い切れるのか」

「それは、その、わかりません」

そんなことは全く考えていなかった。

「随分と無責任なことを言ってくれるね。一歩間違えれば、私は破滅するというのに」

「破滅?!」

「君がしようとしたことは、それだけ恐ろしいことだ。父上が聞いたらさぞがっかりするだろう」

「とうさんには言わないで」

それだけは何としても避けたかった。事の顛末を聞いた父がどんな反応を示すのか、火を見るより明らかだ。

「どうして?」

「だって、怒られるから」

「なるほど、私は怒らないと」

「そういうわけじゃ…」

「そうだね、そういうわけにはいかない」

一瞬、空気がピリッとした。ゼインは一旦テーブルから離れ、引き出しから何かを取り出し、再びこちらに戻って来た。

「それはそうと、ここに君の名前を書いてくれないか」

そして、シェールの目の前に真新しい紙を置き、真ん中のあたりをコツコツと指で叩いた。

「どうした?私の名前ばかり書いていて、自分の名前を忘れてしまったのかい?」

「いえ…」

「ほら、このあたりだ。なるべく丁寧に書くと良い」

たった今、名前の重要性について説かれたばかりだ。釈然としないシェールを急き立て、強引にペンを握らせる。

「よかろう。今度は私の番だ」

不承不承名前を書き終えたシェールから、ゼインはペンをつまみ上げ、向かいの椅子に座った。そして、シェールのほうに紙を向けたまま、反対側から器用にペンを走らせていく。

「まずは、そうだな…『私はミルズ先生の言うことは何でも聞きます』と」

「えっ?!」

嫌な予感が的中した。シェールはゼインの手がスイスイと動くのを口をパクパクしながら見ていた。

「それから、『私はいつも良い子でいます。もし、そうでないときは、どんな…』」

「わ!いや、だめっ!」

シェールがゼインの手を止めようと必死に両手を伸ばした。

「だめ?君には言われたくないな。ほら、出来た」

小さな手を意図も簡単に振り払い、あっという間に続きを書き終える。

「ほら、初めから読んでごらん」

シェールは既に茫然自失である。言葉とは裏腹に強い調子で命じられ、ゼインの書いたメモに視線を落とした。末尾には自分のサイン。溜め息しか出てこなかった。

「シェール、君のことは大好きだが、私のせいで君が良からぬ人間になるのなら考えものだ。残念だが、君をお仕置きすることにした」

言われるまでもなく、サインの練習をゼインに見られたときから、こうなることは予想していた。ただ、他の人ならいざ知らず、ゼインは自分には怒らないのではないかという淡い期待もあった。

「先生、ごめんなさい。ひどいことを、しようとしました…」

「そうだね。さあシェール、来なさい」

先程のゼインの話を聞くにつけ、自分が悪いことは明白である。しかも、想像していたより、ずっとずっと悪いことだ。わかってはいるものの、身体が動かなかった。

「聞こえないのか」

これまで聞いたことのない冷たい声に、身体が凍り付いた。しかし、すぐにそんなことをしている場合ではないと悟り、鉛のように重い身体になんとか言うことを聞かせようとした。

「ぐずぐずしない!」

「ひっ!」

そんな努力もむなしく、早くもゼインの雷が落ちる。シェールは弾かれたように駆け出し、椅子に腰掛けたゼインの前でぴたりと止まった。恐る恐るゼインをうかがうと、膝へ上がるよう顎をしゃくられた。

本当は少しもそんなことをしたくないのに、なすがままゼインの膝に身体を預けた。手足が床から離れ、心もとない。一気に恐怖でいっぱいになった。

身体にひやっとした感触がして、お尻をむかれたのがわかる。一番嫌な瞬間である。

「やっ!」

それなりに覚悟を決めていた筈だが、のっけから声が漏れた。そして、そんなことはまるでお構いなしに、すぐさま次がやって来る。ひとまず今度は我慢出来たが、この次は無理かもしれない。シェールは漠然とそんなようなことを考えていた。

その間、ゼインは一言も発することなく、淡々と平手を与え続けた。周囲には、お尻を叩く甲高い音と時折漏れる呻き声以外何も聞こえなかった。

一体いつこの痛みから解放されるのだろう。そもそも自分の知っているやさしいゼインは、どこに行ってしまったのだろう。普段のゼインなら、自宅でやれば咎められるようなことをしでかしても、大して怒らず許してくれた。いつの間にかそれが当たり前と思うようになり、自分から一線を越えたのだ。

「ごめんなさい!」

後悔とお尻の痛みとがあいまって、シェールは叫んだ。しかし、ゼインはそんな自分には取り合わず、相変わらず無言でお仕置きを続行する。

頭の中がぐちゃぐちゃだった。ともかく自分に出来ることは反省することだけだ。シェールは呪文のように謝罪の言葉を繰り返した。謝っているうちに涙が溢れ、気付けば泣き喚いていた。

しばらくそうしていると、お仕置きする手が止まり、着衣を戻された。

「下りなさい」

そう言うゼインの声は未だ厳しく、それこそがお仕置きが終わっていないことを物語っていた。

「ごめんなさい。もうしません」

シェールはゼインの前に立ち、改めて謝罪の言葉を述べた。

「それを私に信じろと?」

「え…?」

言っている意味がわからず、シェールは反射的にゼインを見上げた。

「そもそも今回が初めてだとどうやって証明するつもりだ」

「どうやってって…」

「知らないようだから教えてあげるが、一度失った信頼を取り戻すのは簡単ではない」

「でも」

どう説明すればわかってもらえるのか、皆目見当もつかなかった。

「それとも、私は今日までずっと君に騙されていたのか」

「違います!本当に…」

「信じられるか」

ゼインはどこまでも不機嫌で、そんな彼を見ていたら再び涙がこぼれ落ちた。

「先生、ごめんなさい。どうしたら、信じてもらえますか」

「そんなことは自分で考えなさい」

ゼインはピシャリと言い放ち、席を立った。咄嗟に後を追おうとするが阻まれる。

「良いと言うまでここで反省していなさい。気を付けだ」

シェールの姿勢を直し、ゼインは早々に部屋から引き上げた。

2

2019/12/15  23:14

鬼の本領10  小説(再掲)

翌朝の目覚めは、思ったほど悪くはなかった。ただお尻が痛いのと、脳裏に焼き付いた昨夜の強烈な記憶とがアグネスを苦しめた。

「ねえ、アグネス。これがドアのところに挟まっていたんだけど」

朝食を摂りに部屋を出ようとしたときだった。イサベルがドアの下の隙間から、小さな包みを拾い上げた。

「一体何なの?薬?」

見たところ膏薬のようで、鼻を近付けると野草のような匂いがした。

「わかった!傷薬だ」

「傷薬?!何で?誰が置いたの?」

「誰が置いたかはわからないけど、昨日はほら、遅くまで鞭の音が聞こえたから、誰かが気を効かせてもってきてくれたんじゃない」

「何よそれ」

どうせなら昨日の晩に欲しかった。場違いな不平が一瞬脳裏をよぎり、続いて恥ずかしさに顔が赤らんだ。


食堂で待機していると、しばらくして当直の教官が入室してきた。訓練生が一斉に立ち上がった。

「アグネス=ラサーク、イサベル=オーデン」

突然名前を呼ばれ、反射的に返事を返しつつ、ふたりは互いに顔を見合わせた。教官の手には、手のひら大のカードが二枚ある。

「返してやる。取りに来い」

嬉々として教官の元に向かうイサベルに対し、アグネスの足取りは重い。恐らくお尻が痛いからだけではない筈だ。

「ありがとうございます」

教官はまずイサベルに身分証を返し、それからアグネスに向かって身分証を差し出した。しかし、手が震えて思うように受け取れない。動揺していると、教官の大きな手で利き手を握られ、更に反対側の手が身分証を置いてくれた。

「落ち着け。取って食いはしない」

教官の言葉に小さく笑いが起きる。アグネスの心臓が大きく波打つ。恥ずかしくてまともに教官の顔を見ることが出来なかった。

「これまで何度も身分証を取り上げてきたが、取り返しに来たのはお前たちが初めてだ」

続く台詞に今度はどよめきが起こった。

「熱意は認めるが、決して褒められたことではない。他の者も絶対に真似をするな」


「すいません!」

その日の午後、二人一組で剣技の打ち合いをしていたときだった。相手の攻撃を大きく避けた拍子に、イサベルは後ろにいた別の訓練生に勢い良く当たった。彼女は慌てて後方に駆け寄った。

「ごめんでいい」

「え?」

少年の言っていることがすぐには理解できなくて、イサベルは一瞬とまどいを見せた。だが、ややあって状況を把握すると、彼女はごめんねと言って少年に笑いかけた。予想外のことに今度は少年の動きが止まる。身体が上気してくるのがわかった。


「男って馬鹿よね」

「そう言わないでくださいよ」

ミゼット=ミルズとキール=ダルトンのコンビである。昨日の一件以来、関係者以外の野次馬は演習場に入ることは禁じられ、教官室のバルコニーから訓練を参観することになった。タリウスの発案だが上官も特に反対しなかった。

「やっぱり女が混ざっているとやりにくい?」

「どうでしょう。初めから一緒なら、そういうものだと思うんじゃないですかね。自分はむしろ大歓迎ですね」

「あっそ」

いい加減に返事をしながらミゼットは額に手をやった。


1

2019/12/14  23:03

あと1つ  そらごと

2ヶ月に渡って、だらだらとお送りしてきました「鬼の本領」ですが、次で終了となります。

ふたを開けてみたら、そんなにオニでもなくなってしまいましたが、、、どちらかと言うと、私は9の前半でアグネスを諭しているタリがやさしくて好きです。と言うか、とにかく9が書きたくて、ここを目指して走ってきました。

いや〜楽しかった!

たぶん、タリウス的にもアグネスは結構お気に入りだと思います。近年、あんなふうにガッツのある子って見ないですもんね。それでもって、彼女をお仕置きするのは最初で最後なので、悔いの残らないよう存分にやってもらいました。

どうでも良いですが、アグネスが数をカウントしながらお礼を言っているのは、北の風習だったりします。英語で言うところの、one, sirみたいなイメージですね。

んでも、個人的には、タリがあほうどもをどうやってしばいたのかが気になるところです。でもきっと彼らに呆れながらも、自分を責めちゃうんだろうなぁ…。 とりあえず、私なら今度は反対に首謀者を北に送り込みますわ。


お世話になったBGM3


1



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ