昨日の夜はすごかった。
父さんは、あたしに向かって、全く他人と話をしていた。
あたしは初めて、他の人と話す父さんと話した。
「今な、こういう治療中なんだ。」照れくさそうに話し出す。
「町の人?市内の人か?どこの人?」
−桜木町。
「俺も桜木町だ!」
ものすごくニコニコ顔で、あたしに興味深々で、子供みたいな笑顔であたしを覗き込んでた。何かを研究している男の子だと思ってた。看護婦さんが入ってきて、看護婦さんにもあたしを紹介してた。
「すごいこと研究してる人がいてな、俺が話しかけたんだ。」
「これは特許ものだ。がんばったほうがいい。世紀の大発見するかもしれない。」
「俺はよ、末期のがんでよ、何ヶ月生きられるかわからない。何日かもしれない。ここに来たのも忘れてさ、誘いこまれてここに来たんだ。」
「俺は何かでまもなく終わるけどもよ、応援してるからよ、がんばれよ。」
「それで、桜木町の関係は?」
−私も室舘なんですよ。
「おー!」
−洋一さんでしょ。
「おー!!」
「いや、桜木町でさ、室舘っていう、そういう一生懸命やってる人がいるってのは知ってた。」
「お前、後継ぎになるのかもしれないな。さっきぐるっと歩いただろ、なんか、ものすごいもの感じたよ。」
「いや、おれはここに退院して来たような気がするな。」
「苦しくて苦しくて、娘夫婦で来てるのよ、子供や周りの人にも迷惑かけたんだ。」
「どうやってここにたどりついたかわからない。もしかすれば、オヤジおふくろ。おふくろがそうしたかもわかんない。」
「あと日にちがねぇからよ。」
「これ夢じゃないだろな。」
「あなた室舘なわけだ。はー。ふーん。」
「いやぁ、後継ぎいないで、あなたに出会ったのでないか。これは大変なこった。まさか夢じゃないだろな。」
「細かく聞けばわけわかんなくなるな。どれが夢だかうつつだか、わからなくなってきたぞ、おい。」
「他の人みんな、神の世界から来た人でねぇだろな。おいおい、これは大変なこった。」
「オレはな、仏様だ神さまだって言われても何も信じないでな、良くない息子だった。いらなくここで懺悔しないとならなくなったな。ヘンな話だなぁ。」
「いや、おかしい。病院で倒れてよ、息子娘2人いて、危篤で名古屋から来て、、」
「これは大変なこった。」
合掌して天を見ている。
目をとじる。拝んでいる。
「おかしいなぁ。」
また拝む。
「これ、本当のことなのかなぁ。」と言って拝む。
「ふーん。こうやってまで後継ぎおしえねぇばならなかったんだな。」
「はぁー。」手をこすって拝む。
「なぁ、急にここに、こういうのできあがったわけでねぇな。」
「背中痛くて痛くて。ちょっと口濯がせてくれないか。」
−はい。
「なんだおまえ、やり方知ってるのか。台所に古い歯ブラシあるだろ。」
−−はい。
「あれぇ?????彩だ!」
「わ、妄想だ。桜木町の、本当の後継ぎだって。」
「寝るじゃ。」
「妄想ってこうやって来るもんか。迷惑かけるな。寝るじゃ。何かしゃべってたか?」
「寝る。寝ればあの世か。」
「ということは、やっぱりお前あれか、整理しなくてもいいか。その、桜木町の、あれも知らない、行き会ったことも親も知らない、、」
「何時だ?」
−3時。
「夜中3時で、周りみんな妄想だ。」
「迷惑かけてないか。」
「そうか、ちっちゃい声で話してるからな。」
「おふくろに、深深と頭下げたぞ。」
−ばあちゃん来てたの?
「うん。」 泣きだす。
「ばっちゃにな、どっから妄想だ?一言謝っておかねばないことあって、それで、今までのもあれだな、次々もの忘れるのもこのためだな。」
「こうやって詫びねぇばならなかったんだなぁ。そういう気分でなかったけどよ。ただ日々の営みで、おもしろおかしく過ごしてきたらこうなった。」
「泣いてよ。深深と頭下げたよ。」
「隣の人は皆、ちがう人だ。はっはぁ、こういう形であらわれてきたか。」
「彩の場合、妄想でなくてもいいんだよ。そもそも妄想だからよ。」
「生きているのか死んでいるのか、全くわからない。」
「お母さんも、おまえも、神さまも一緒だ。」
「みーーんな一緒だ。神様も仏様も、よくみんな一緒にしてくれたなぁ。」