
ひとしきり走った後に
またあたしの隙間空け作業がはじまる。気が付くとまわりにまとわりついている、訓練習慣によってあたしを守っているスエットスーツみたいな薄いゴムの層。
あたしのカラダは今、どうなっているのか。
それを知りたいがために、一切合切のスエットスーツを引きちぎる。
自分と会話しながら音を出していく。
ヤバイ ヒドイ モドッタ モドラナイ
出したい音が出せれば最高。肉体的には訓練しつづければきっとそうだろう。
でも、訓練するってことがあるとすれば、
もう片側には訓練しない現実ってのが時の使い方としてあって
勝者ってのががあるとすれば敗者が出てくるんだけど
それはでもそんなことではなく、両方含んで円になるのでは
両者含んで両足で立てるのでは
こんな現実もあるのだから、そしてこんな現実もあるのだから、そしてもっともっとこんな現実もあるのだからそれが現実なのだから
それらを全部含んでしまえば
もんのっすごい完ぺき主義者なのかしらね。