2009/4/2 23:28
2周年のご挨拶 〜私の情熱大陸〜 分類なし
本日、このブログは2周年を迎えました。

週一で更新をしてきましたが、毎日遊びに来てくださる方もいらっしゃる
ようで感謝の気持ちでいっぱいでございます。
「書くこと」は私の全て。

私にとって楽しい時間は、美味しいものを食べている時でも、
遊んでいる時でもなく、書いている時。
その時だけ、完全に時間を忘れ違う世界に入り込んでいます。
この時が一番心地いい・・・
母にも「あまりに真剣だったから声をかけられなかった」と言われるくらい、
一人情熱大陸。

葉加瀬太郎さんのバイオリンが聴こえております。
ここ数年、私は書きたい衝動にかられています。
誰かに追い立てられるように「書かなくては」という溢れ出る気持ちが
抑えられないくらいに。
書きたいことがドンドコ、ドンドコ溢れ、胸は熱〜くなり、
そのまま何時間でもパソコンに向かっています。

自分でも驚くほどに・・・
その時間は、誰にも入ってきて欲しくないんです。
「書くこと」は、自分の気持ちを整理する方法の1つなんですって。
他者に向けて書いているようで、実は自分に向けて書いているらしいです。
それはこのブログを書きながら私も感じています。
ある作家さんが言っていました。
「何かあるとこのノートにいろいろ書き込むんです。

ここには皆さんにお見せできない汚い言葉、誹謗中傷が
いっぱい書かれています。
でもこのノートがあるから私はお縄にならずに
(警察にお世話にならずに)済んでいるんです。」
とかくこの世はおかしなことがたくさん起こる社会。
常識ハズレな事がまかり通る世の中。
その怒りをどこにぶつけていいのかわからないから、
時に人は壊れていきます。
その気持ちをぶつける場所の一つが「書く」ということ。
自分の考えが正しいのか、間違っているのかを
冷静に再確認する場所でもあるのかな。
ブログを更新する時、私はある程度の原稿というものを
作っておくのですが、書き始めは人様にお見せできない
それはそれは酷い文章。
想いの全てを思いつくまま書いていくから前後の意味が通じていません。
「この文章はこっちの文章の前に持ってきた方がつじつまが合うかな」
「ここはこの言葉よりこっちの言葉の方がより伝わるかな」
「この文章はクドイからバッサリカットしよう」
と言葉を探しながら、余計なものをカットしながら校正していくんです。
自分の考えを頭の中で整理しながら・・・
それを重ねていくと、ある時ふと
「これはこういうことだったんだ」
「それが言いたかったんだ私は。」
「やっぱり間違っていなかったんだ、この考え方は。」
という瞬間が訪れるんです、必ず、100%の確率で。

子どもの頃、作文を書くというと母はやたら張りきりました。
そして、鉛筆が止まった娘に必ずこうききました。
「それで、自分はどう思ったの?」
↑
オニ・・・こわくて反抗もできず、娘は「え〜っとぉ」と大人しく考えているフリ
小学生の私にとって、それはそれは苦痛な時間だったと記憶しています。
自分はやる気ゼロなのに、母はやる気マンマン、そりゃ疲れます。
もう二度と嫌だぁ〜

でも今思い返すと・・・
「自分がどう思ったのか」という事をわかりやすい文章にまとめる
ってすごく大事なことだなぁと。
かつてNASAで緊急事態が起こったとき、スタッフ全員に紙と鉛筆を
持たせたとか。

指示を全て書き取らせ、スタッフはその通りひとつひとつ実行し、
大惨事を回避できたという話を聞いたことがあります。
「書く」ということをしなかったら、みんなパニックになっていた
だろうって。
頭の中であれこれ考えてもまとまらないことを文字として書くことは、
目でも確認できて、声に出して読めば耳でも確認できて。
箇条書きにすればなおさらわかりやすい。
この箇条書きができないから、優先順位もつけられず仕事もおかしく
なってしまうのかしらね。
私は何かを褒められても、
「ほんとに思ってる?」
と素直に嬉しいと思えないへそ曲がりな性格。
ただ唯一、私の文章を読んでくださった方が
「文章上手だね。面白かった。」
と言ってくれた時だけが素直に嬉しいと思える瞬間。
私にとって最高の褒め言葉。
それ以外の言葉は何もいらない・・・
これまで書く機会は度々あり、有名手相占い師さんにも
「書くことが向いている」
と言われたことがありますが、それでも
「私って書くことが好きなんだ・・・」
と気付いたのは、ここ数年のこと。
自分の心にカチッとはまる何かに気づき、焦点を1つに定めた時、
人は歩いていくべき方向を見出します。

それはゴールではなく、迷いと葛藤の末ようやくたどり着く
スタートライン。
そこに立った時、気になっていた周りの雑音は不思議と消えていきます。
自分には何が向いているのだろう・・・
誰もがわからないまま生きていると思います。
簡単にわからないからこそ面白いんだと思いませんか?
向いていることが若い頃に見つかる人と、ある程度の歳が来てから
気付く人、そのタイミングは人それぞれ。
若いうちに見つけ、それを仕事にしていけるに越したことはないけれど、
その後、何十年とそれをキープしていく気力は大変です。
それを考えたら、遅咲きバンザイ、焦ることはないと思ってみたりします。
どんな些細なことでもいいから、
自分が得意なこと
胸が熱くなること
褒められて素直に嬉しいと思えること
苦痛を苦痛として感じないこと
を伸ばしていけばいいのだな。
それが自分のためでもあり、
いつか人のためになる日が来るかもしれないな。
そう思いながら、今日もこうしてシコシコ書いております。
シコシコ
雑誌をめくると、1ページにわたる作家さんのコラムが載っていますが、
このブログはそんな感じで行きたいと考えています。
短い文章では伝えきれない事を、丁寧に、心を込めて。
家事の休憩時間、会社の昼休み、通勤・通学時、お茶を飲みながら、
お菓子を食べながら、気軽に読んでいただければと思います。
そして、何気ない一瞬にふと思い出して、普段あえて気にしなかったこと
にあれこれと思いをめぐらせていただけたら嬉しいです。
つたない文章ではございますが、これからもどうぞお付き合いください。
『四谷のしっぽ』が皆さんの生活の一部になれますように・・・
3年目もどうぞよろしくお願いいたします。
そして・・・
皆さんの情熱大陸がいつか実を結びますように

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週一で更新をしてきましたが、毎日遊びに来てくださる方もいらっしゃる
ようで感謝の気持ちでいっぱいでございます。
「書くこと」は私の全て。
私にとって楽しい時間は、美味しいものを食べている時でも、
遊んでいる時でもなく、書いている時。
その時だけ、完全に時間を忘れ違う世界に入り込んでいます。
この時が一番心地いい・・・
母にも「あまりに真剣だったから声をかけられなかった」と言われるくらい、
一人情熱大陸。
葉加瀬太郎さんのバイオリンが聴こえております。
ここ数年、私は書きたい衝動にかられています。
誰かに追い立てられるように「書かなくては」という溢れ出る気持ちが
抑えられないくらいに。
書きたいことがドンドコ、ドンドコ溢れ、胸は熱〜くなり、
そのまま何時間でもパソコンに向かっています。
自分でも驚くほどに・・・
その時間は、誰にも入ってきて欲しくないんです。
「書くこと」は、自分の気持ちを整理する方法の1つなんですって。
他者に向けて書いているようで、実は自分に向けて書いているらしいです。
それはこのブログを書きながら私も感じています。
ある作家さんが言っていました。
ここには皆さんにお見せできない汚い言葉、誹謗中傷が
いっぱい書かれています。
でもこのノートがあるから私はお縄にならずに
(警察にお世話にならずに)済んでいるんです。」
とかくこの世はおかしなことがたくさん起こる社会。
常識ハズレな事がまかり通る世の中。
その怒りをどこにぶつけていいのかわからないから、
時に人は壊れていきます。
その気持ちをぶつける場所の一つが「書く」ということ。
自分の考えが正しいのか、間違っているのかを
冷静に再確認する場所でもあるのかな。
ブログを更新する時、私はある程度の原稿というものを
作っておくのですが、書き始めは人様にお見せできない
それはそれは酷い文章。
想いの全てを思いつくまま書いていくから前後の意味が通じていません。
「この文章はこっちの文章の前に持ってきた方がつじつまが合うかな」
「ここはこの言葉よりこっちの言葉の方がより伝わるかな」
「この文章はクドイからバッサリカットしよう」
と言葉を探しながら、余計なものをカットしながら校正していくんです。
自分の考えを頭の中で整理しながら・・・
それを重ねていくと、ある時ふと
「これはこういうことだったんだ」
「それが言いたかったんだ私は。」
「やっぱり間違っていなかったんだ、この考え方は。」
という瞬間が訪れるんです、必ず、100%の確率で。
子どもの頃、作文を書くというと母はやたら張りきりました。
そして、鉛筆が止まった娘に必ずこうききました。
↑
オニ・・・こわくて反抗もできず、娘は「え〜っとぉ」と大人しく考えているフリ
小学生の私にとって、それはそれは苦痛な時間だったと記憶しています。
自分はやる気ゼロなのに、母はやる気マンマン、そりゃ疲れます。
もう二度と嫌だぁ〜
でも今思い返すと・・・
「自分がどう思ったのか」という事をわかりやすい文章にまとめる
ってすごく大事なことだなぁと。
かつてNASAで緊急事態が起こったとき、スタッフ全員に紙と鉛筆を
持たせたとか。
指示を全て書き取らせ、スタッフはその通りひとつひとつ実行し、
大惨事を回避できたという話を聞いたことがあります。
「書く」ということをしなかったら、みんなパニックになっていた
だろうって。
頭の中であれこれ考えてもまとまらないことを文字として書くことは、
目でも確認できて、声に出して読めば耳でも確認できて。
箇条書きにすればなおさらわかりやすい。
この箇条書きができないから、優先順位もつけられず仕事もおかしく
なってしまうのかしらね。
私は何かを褒められても、
と素直に嬉しいと思えないへそ曲がりな性格。
ただ唯一、私の文章を読んでくださった方が
と言ってくれた時だけが素直に嬉しいと思える瞬間。
私にとって最高の褒め言葉。
それ以外の言葉は何もいらない・・・
これまで書く機会は度々あり、有名手相占い師さんにも
「書くことが向いている」
と言われたことがありますが、それでも
「私って書くことが好きなんだ・・・」
と気付いたのは、ここ数年のこと。
自分の心にカチッとはまる何かに気づき、焦点を1つに定めた時、
人は歩いていくべき方向を見出します。
それはゴールではなく、迷いと葛藤の末ようやくたどり着く
スタートライン。
そこに立った時、気になっていた周りの雑音は不思議と消えていきます。
自分には何が向いているのだろう・・・
誰もがわからないまま生きていると思います。
簡単にわからないからこそ面白いんだと思いませんか?
向いていることが若い頃に見つかる人と、ある程度の歳が来てから
気付く人、そのタイミングは人それぞれ。
若いうちに見つけ、それを仕事にしていけるに越したことはないけれど、
その後、何十年とそれをキープしていく気力は大変です。
それを考えたら、遅咲きバンザイ、焦ることはないと思ってみたりします。
どんな些細なことでもいいから、
自分が得意なこと
胸が熱くなること
褒められて素直に嬉しいと思えること
苦痛を苦痛として感じないこと
を伸ばしていけばいいのだな。
それが自分のためでもあり、
いつか人のためになる日が来るかもしれないな。
そう思いながら、今日もこうしてシコシコ書いております。
雑誌をめくると、1ページにわたる作家さんのコラムが載っていますが、
このブログはそんな感じで行きたいと考えています。
短い文章では伝えきれない事を、丁寧に、心を込めて。
家事の休憩時間、会社の昼休み、通勤・通学時、お茶を飲みながら、
お菓子を食べながら、気軽に読んでいただければと思います。
そして、何気ない一瞬にふと思い出して、普段あえて気にしなかったこと
にあれこれと思いをめぐらせていただけたら嬉しいです。
つたない文章ではございますが、これからもどうぞお付き合いください。
『四谷のしっぽ』が皆さんの生活の一部になれますように・・・
3年目もどうぞよろしくお願いいたします。
そして・・・
皆さんの情熱大陸がいつか実を結びますように
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2010/3/28 22:24
投稿者:四谷のしっぽ
2010/3/28 22:09
投稿者:きくちゃん
2周年おめでとう。
これからもがんばってね。
きくちゃんより・・・
これからもがんばってね。
きくちゃんより・・・
はいっ、がんばります!!
きくちゃんもご家族が増えて子育てに忙しい毎日なのでしょうね。
2人の王子が心身ともに健康なよい子に育ちますように、きくちゃんママを応援しています。
お互い明るく元気にがんばりましょうね。