近頃は冬になると手足が冷えてしかたないので、足首、手首それと頚、要するにくびと名のつく所を冷さないようにしている。
「くび」は細くて冷えやすいうえに、動脈が触れることでわかるように温かい動脈が体表近くを通っているので、そこを冷やすととたんに冷えが蔓延してしまう。
だから「くび」を冷やしてはいけない。
それでぼくは普段は自転車用のレッグウォーマーを足首に下ろして過ごしたりしている。
冬を暖かく過ごす方法は個人個人がそれぞれにコレというやり方を持っていると思うが、ひとつ金もかからぬ良い方法がある。
それは極地探検本を読むことである。
極地探検というとほとんどが「寒い」探検だ。南極北極そして氷雪の山。こんなものを読むことだ。
零下20度30度の中で限られた衣服と少ない食料を糧にして、何事かを成さんとしている彼らを見ていると、屋根の下でたった5度の気温差を寒い寒いと騒いでいる自分がバカバカしくなりいっきょに寒さを忘れてしまう。
はずだ。
それで冬と聞いたらぼくは極地探検物を読む事にしている。
で、今回の暖房策に選んだ本は『南極点』(アムンセン著・朝日文庫)だった。
南極本はたくさんあるが、ぼくの中で「3大南極本」と言えばスコット、シャクルトン、アムンゼンである。ともに人類初の南極点到達をめざした探検家だが、それぞれがまるで違う性格を持ち、極地に立つ方法もずいぶん違う策を練った。それが結果として成功しあるいは失敗したのだが、それぞれに大きな教訓を持ってぼくらに語りかける。
『南極点』は前から読みたいと思っていた本だが、朝日文庫から出ていたのを知らなかった。
同じ朝日文庫に『世界最悪の旅』(ジェリーガラード著)というのがあって、それはすごい本だった。スコット率いるイギリス隊が南極点到達後、帰る途中で全滅した「事件」を書いた本だ。(その「事件」はいくつかの本になっている。今はスコット隊の南極点行だけを抜粋した小学館本(戸井十月訳)などが出ている。)
そのスコットが南極点に着いた時、そこに見たのがノルウェーの国旗だった。すでにアムンセンに先を越されていたのだ。そして帰還中の全滅。この二重の「悲劇」はわれわれ悲劇好きな人間を大いに刺激した。それで南極探検においてはなぜかこのスコットの名が知れわたっている。
しかし人類史上初めて南極に立ったのはアムンセン隊なのだ。いったい彼らがどうやって「安々と」南極点に立てたのか。知りたい。だから何としてもアムンセン本人の書いたこの本を読みたかったのである。
ここ何年か前にブームとなったシャクルトンの『エンデュアランス号漂流』(ランシング著・新潮文庫)という本はこれもすごい。
しかしこっちは大遭難にもかかわらず28人全員が生きて帰ったという、スコットとは真逆の「遭難物」である。そしてこのケースは南極「大陸」にも着かないうちの母船の壊滅とその後の漂流という遭難だ。
これが今の時期にブームになったのは明らかに、果敢な冒険よりも勇気ある撤退という世相があと押ししたためだ。
しかしシャクルトンという人はアムンセンやスコット以前はいちばん南極点に迫った人物でもあるのだ。何と南緯88度23分まで近づいたのである。もうちょっとという所で食料が尽き、撤退したってのがいかにもこの人らしい。
そしてこの『南極点』だが、アムンセンという人の用意周到な探検術はすごいです。
その一例をあげると、途中に食物貯蔵所を設置するのだがその周囲には18キロメートル!にも及ぶ目印の旗を立てるのである。こうして石橋を叩くようにして進むのは帰る途中で食糧貯蔵所が見つからずに遭難するケースがじつに多いからなのだ。
またソリを引く犬はソリが軽くなるに従い減らすのだが、その際にイヌを殺して人と犬の食料にしてしまうのである。こういう「冷酷」な判断が悲しいかな成功の鍵なのだ。ここで犬何頭を減らすと決めたら今までの「同志」である彼らさえ食料としてしまうのだ。それを記述する彼の筆にいささかも乱れがないことに驚く。
計画通りに進み、予定通りに一人の落伍者も出さず、帰りついた日付がピッタリと予定と合致するなど、読んでいても凄過ぎてかえってちっともハラハラしない。
彼は探検家であって「冒険家」では無かったという事なのだ、つまりは。探検を成功させるには「冒険」は最小限にとどめるということが鉄則なのである。
この点でアムンセンはスコットの二倍も三倍もうわてだったのだ。
読み終わって思ったが、暖房本は極地探検物でもさらに「遭難本」のほうが良かったかなと今感じるわけだ。
これでもかと言うほど寒さに苦労した物語でないとそうスンナリとは、ぼくらは暖まらないだろう。

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