一女士官が送った手紙に一日の生活が記されている。「朝7時にハット(小屋)を開き、8時からココアとコーヒーの接待を始め、また、パイ、ドーナッツ、茶菓子、鶏卵のフライその他多種の食物を調理する。わずか2人の婦人が一日に2500のドーナッツ、8ダースの茶菓子、50のパイ、800のパンケーキ、225ガロンのココアを作り、また、1人の婦人がそれらの給仕をすることをお考えになれますか? それから晩には集会を営み、それが2時間続きます」
色々なことを頼まれる。野いちごを摘み、また、農夫からクリームを買ったとて、それで菓子を作ることを求められる。手紙の代書がある。兵卒等は出動する前に多くの金品を委託して行く。戦死して捕虜になっても救世軍に託しておけば安心というので、受領証ももらわずに置いて行く。その信用は大したものである。
米国のパイロットは飛行機で救世軍ハット(小屋)を探ね、ドーナッツを注文して運んで行くこともおりおりある。ある時は低空飛行して気付くように2人の婦人の居たハット(小屋)の前に紙片を落とした。翌日午後ドーナッツを取りに来るというのである。米軍の一飛行将校は、70マイル先のリグニーに在りし救世軍本営に物品の供給を乞い、自動車一杯にチョコレート、キャンデー、菓子、煎餅、石鹸、化粧品その他を無料でもらった。
最初にドイツと戦火を開きし第6野戦砲兵隊のために働きし2名の婦人等は、設備不十分の中をずいぶん苦闘した。彼女らは雪中に野外でドーナッツを作り、凍傷にかかった。火のない部屋で外套も着たまま、冷え行く寒気に打ち勝つために、食事中の兵卒等に向い集会を営んだこともある。
om1937-556

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