山本五十六記念館と山本五十六記念公園、河井継之助記念館に行ってきました。どちらも想像していたより、小規模で内容もいまいちでした。しかし、個人の記念館ができるあたりは、やはり、ご両人とも大そう凄い方であったと再認識した次第です。河井継之助はともかくも山本五十六の方は知識もそれなりにあるので、もう少し濃い展示内容を期待していたのですが、期待外れになってしまいました。ただ驚いたのは、山本五十六さんは非常に字の上手な方であったということです。展示されていた手紙なんかはどれも綺麗な字で書かれていました。
一式陸攻の主翼と共に展示されていた座席です。山本五十六さんが最後の瞬間に座っていたものらしいです。陸攻や零戦の模型が展示されていましたが、赤城や長門はなかったなぁ。艦長をやっていた赤城や連合艦隊旗艦であった長門の模型ぐらい置いてあってもよさそうと思うのだけれど、軍事博物館と勘違いされたり、戦争賛美ととらえられるのが嫌なんだろうか。
山本五十六記念館のすぐそばの記念公園に復元された生誕住居です。
中に入ってびっくり。山本五十六さんの巨大な胸像が鎮座していました。違和感たっぷりで笑ってしまいました。ここを管理している教育委員会の感性を疑ってしまいました。記念館の玄関脇にでも飾った方が様になると思うのはVoyagerだけだろうか。
米百俵の碑があると聞いて探しながら歩いて見つけたのがこの碑。
確かに碑ではあるが、もう少し立体的な物を想像していたので調子抜けしてしまった。山本五十六記念館と河井継之助記念館、そしてこの碑と期待外れの半日でした。帰路の東海道新幹線から見た豊橋の気温電光掲示板は32℃を表示していた。今日は真夏のような暑さでした。この暑さと4時間弱の電車旅は、まだまだVoyagerの体には負担が大きいようです。自宅に帰るや、疲れがどっと出てきました。はぁ。

0