昨日、徹夜かと思われた仕事をざっくりと片づけて、下北沢で小原真史『カメラになった男−写真家 中平卓馬』を観てきた。最終日のためか満席で、補助椅子を出してもらった。
その痩せた男が、自転車に乗って、横浜の郊外を走る。キッと止まって、ふにゃっと脱力したと思うと、しゃっとカメラを構え、シャッターを押したとたん、ぱっと振りかえる。身体をかろやかに転回する。この振りかえりは、撮影のたびに何度も反復される。ああいう動きはなかなか見ることができない。僕はそれが心地よくて、中平が振りむくたびに、やった!とほくそえんだ。
中平卓馬は、午腸茂雄とならんで僕の十代のカリスマ写真家だった。いつ頃からか、その文章にも夢中になった。『なぜ、植物図鑑か』『決闘写真論』をくりかえし読んだ。彼は77年に昏倒し、一夜にして逆行性記憶喪失と失語症となる。たとえばロベルト・ヴァルザーの狂気が佯狂か否かを問うことにはほとんど意味がないが、それが必然的に要請されねばならなかったことは作品を読めば分かる。同様に、中平はその直前まで自己批判を苛烈にすすめ、過去のプリントを焼き捨てたりしていたから、言葉の喪失はまさに「逆行」的に要請されねばならなかったのだろうということは分かる。かつて僕が彼の写真を知ったのは、当然、その言葉の喪失以降だった。
映画は、2000年あたりからの数年間に撮影されたもののようだった。中平は、近所で撮影した写真を見せる。ホテルだろうかマンションだろうか、白い建物に「カサブランカ」と看板がある。ここ、通りがかったんだよ、モロッコの街の名前だ、そのとき「カサブランカ」ってジュースを飲んでて、おかげで睡眠薬を飲まずにすんだ、それがなくなっちゃたんだよ、この建物・・・場内で失笑が起きる。ジュースと建物が混同され、時系列も混同されている。中平が「病んでいる」ことが分かる。
中平と撮影者は、沖縄に行く。彼にとって特別な場所だ。71年の沖縄返還協定粉砕抗議ゼネストでひとりの警官が死んだ。『読売新聞』に火だるまになった警官を足蹴にする青年の姿が掲載され、その青年は逮捕される。中平はその逮捕に反対し、沖縄に向かった。記憶喪失のあとも、とある青年写真家とともに、沖縄をおとずれている。そして、写真家としての復活をはたす。
先日のシュウゴアーツの展覧会でもそうだったが、映画の中での展覧会でもまた、現在の中平ならではの奇妙な展示方法を見ることができる。二つの、いっけんなんの関係もないような写真が、セットで並列されているのだ。
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つい先日、宮台真司が中平とベンヤミンをからめた文章を書いていることを知った。
http://www.miyadai.com/index.php?itemid=336
僕は、社会学者という人種をまさに中平やベンヤミンのような感性を欠いていることにおいて軽蔑している(見田宗介のような人を除く)。整理が上手いだけの感性にああいった時間感・空間感をイメージすることはできない。だから驚き、宮台という人を見直した。
宮台はベンヤミンの『歴史哲学テーゼ』に依拠し、『なぜ、植物図鑑か』以前の中平を、すぎさった過去=砕け散った瓦礫に、星座を見ている(再構成する)と評する。沖縄ゼネストでの事件をきっかけに、しかしそうして見た星座も、それを見る者が能動的に固定することにより、別の力への意志をおびた制度となってしまうことに絶望したという。ここで自己破壊が起き、それ以降は食べたり排泄したりすることと同じような自意識なき生理としての撮影が始まる、と・・・
77年以前への評は卓見だと思うが、それ以降については、意見を異にする。
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中平の『写真は言葉を挑発しえたか』(『なぜ、植物図鑑か』所収)を、僕はことあるごとに、すくなくとも20回は読みかえしている。たとえば一本の木。僕らはすでに「木」という言葉のうちに、すでに意味の文脈の領土に木そのものを略奪してしまっている。そのうえで、
「カメラはたしかに一定の光学的関係において一本の木を一本の木としてフィルムに定着する。その限りにおいて映像は当の現実としばしば混同される。身元証明に使われる証明写真などはその一つの例である。だがここではいつ・どこで・誰が見た木なのかはきれいさっぱり見失われている。これはなにも証明写真に限らず何々リアリズムを標榜する一連の報道写真、ドキュメンタリー映画においても同様である。だが、はたして普遍的、客観的な木は存在するのか。
たしかに存在はしようが、私がそこに居合わせないかぎり木は何ものも意味しないだろうし、また所詮人間とは無縁のものである。一本の木はそれを見る人間によって初めて一本の木として成立する。同様にリアルなものとは今・ここで・私にとってリアルなものとして現出するのだ。
かつてゴダールは自分の創るフィルムを「賭けられた現実」と定義したが、それはこのあたりの関係を正確に言い当てたものだ。現実そのものではないが、私が立ちあうことによって、主体化され、変形された第二の現実。それが映像なのだ。
再びくり返せば一本の木を撮る写真家は木という言葉と無縁に生きることはできない。彼は木という言葉に一種の強迫観念のようにつきまとわれながらファインダーの中の現実の一本の木を凝視してゆく中で、その言葉が急速に崩れさり、再び新たな木として(それが言葉の真正なる意味で<現実>だ)再生するのに立ちあう。」
つづいて、そうして撮られた写真を見る者のことが語られていくのだが、それは全文を読んだ方がいい。さて、僕らは、対象を意味づけし、ある種のイメージやイデオロギーのために利用してしまう。ところが、見る者無きハードコアとしてのリアルは「人間とは無縁」のものだ。それは生きられる経験としての世界には無い、零度の映像である。その両方の引き裂かれにあって、中平は、ゴダールは、それでも「私」が「いま」「ここで」立ちあうことによってなお意味を崩しさり「第二の現実」「新たな木」を再生しようと試みる。
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なぜ、中平の展覧会において、二つの写真が隣り合って並列されているのか。
それは、ゴダールにおける「切り返しショット」の問題と重なる。二つの瓦礫(ベンヤミン、宮台)は類似(ドゥルーズ⇔平倉圭)しているが、その類似の力に従えば、両者の結合(星座)は権力化し、新たな制度となるだろう。類似の力はイメージ、写真に強く及ぶ。たとえば71年、沖縄ゼネストでの「警官を蹴る青年」の写真。火だるまの相手を「蹴り殺す」ことと「火を消して救出する」ことは、とてもよく「類似」している。だからこそ中平は激怒した。彼は青年が警官を救い出そうとしていたと確信し、だからこそ沖縄へ向かったのだ。「類似」に「差異」を見出す、それが芸術家だ。
記憶喪失の直後の沖縄への道行きにおいて重要なことは、中平自身が、その旅のあいだ、同行した青年写真家によって撮影されていたという事実だ。撮られる/見られることの照り返しとして見る眼が新生するということ。ところが、中平の新生と同時に、同行した青年写真家は事故死する。そして、この映画における撮影者(監督)と中平の再びの沖縄行きは、かつての旅に重ねられているのだ。何度も言及される青年写真家の死。不在の視線が中平を見つめる。パシャッ。その視線がビデオカメラと重なると、言う、あなたは死なないね。類似ニオイテ差異ヲ見出スコト、再ビ新タナ木トシテ。
沖縄についた夜、中平は30年ぶりにかつて撮影したことのある音楽家と再会し、30年前と同様に彼の音楽とともに踊り明かすが、翌日、あれは違う人だったと言ってのける。むろん、場内には失笑がわきおこる。病んでいる?無関係のような二つの「カサブランカ」が、共に良きものとして浮かび上がり、交錯し、それを同時に言わずにはおれないということ。二人の音楽家が交錯し、ともに踊り明かしてしまわざるをえないということ。制度からはみだしていく星座の生成。
だから、隣り合った2枚の写真は、星座なのだ。
星座は終わった遺物ではなく、コンステラツイオーン=現実の状況である。それは固定化されているか?制度となってしまっているか?否、人々はその「無関係さ」に戸惑い、驚き、じっと眺めている。ここで「カサブランカ」の感性が必要となる。差異における切り返しショット。僕らは、事物に類似を見出し、それを利用するための文脈において、結合させてしまう。ゴダールはそれを峻厳に拒否した(中平の『東風』論を参照!)。隣あってしまった2枚の写真の、間隙を体感せよ、差異をまなざせ。そして、そこにこそ生まれる「関係」の火花を見よ、「関係」の光に見られよ。それが過ぎ去ることのない瓦礫たちのまたたきだ。
だから、中平卓馬は、病人でも狂人でも自意識を捨てた恍惚の人でも、ない。宮台が、現在の中平の写真に「表現者」がいないというのは正しい。ロマンチックに言うならば、いまや中平は星座をいかに制度化して結び付けるかやっきになる表現者ではなく、一度、「瓦礫」そのものになり、「瓦礫」からものを見るようになったからだ。しかしだからこそ、彼を自意識を捨てた恍惚の人、孤高の”向こう側の人”と聖化してはならないのだ。彼は、事物において、いっさいの権力、いっさいの制度化を剥ぎ取るが、そのうえで羅列や人間不在の映像に陥ることなく、見るものと見られるものの関係の光を浮かび上がらせる純粋な確信犯に他ならない。ゆえに、沖縄での写真シンポジウムにおいて、中平は叫ぶのだ、東松照明や森山大道や荒木経惟に対し、沖縄をどう思っているのだ!写真は創造ではない!と。お前と沖縄の「関係」を問うのだ。
「一本の木を撮る写真家は木という言葉と無縁に生きることはできない。彼は木という言葉に一種の強迫観念のようにつきまとわれながらファインダーの中の現実の一本の木を凝視してゆく中で、その言葉が急速に崩れさり、再び新たな木として(それが言葉の真正なる意味で<現実>だ)再生するのに立ちあう。」
この「木」に、沖縄を、そしてあなたが見ているものを代入せよ。
※文中の評論は『見続ける涯に火が… 批評集成1965-1977』で読むことができる
※映画の中で撮影された写真のいくつかは写真集『原点復帰−横浜』で見ることができる

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