『Self−Reference ENGINE』の前に『ジャン=ジャックの自意識の場合』読み始めたら・・・変わってるなあ。ルソーとデリダ(とサリンジャー?)、そしておそらくミシェル・トゥルニエ『フライデーあるいは太平洋の冥界』およびそれへのドゥルーズの論を下敷きにしている。一人の意識のなかに世界がある、というのは古典的なアイディアだけど、そこに内部と外部の裏返りを導入している。そう、シミュラクル(分身)は内部の外化ではなく、他者の内化なんだ。省くことに思い切りのいい文章もいい。しかし、同年代なのに68年へのこだわりはどこから来るんだろう?
そういえば先日、森美術館でひさしぶりに赤瀬川源平の『宇宙の缶詰』を見たっけ。あれはやっぱり傑作。
追記)そして、なにより参照されているのはやはりベンヤミンだった。

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