Prefab Sproutというバンドは、聴く人間に「この音楽を理解できるのは自分だけなのではないか」と思わせる。たぶん、彼らがいつだって「失われたもの」を奏でているから、何かを失ったことのある人間はそう勘違いしてしまうのだ。
Prefab Sprout『Let's Change the World With Music』を聴いた。手元にはひと月ほど前からあったのだが、どうにも聴く決心がつかなかったのだ。忙しくなると音楽を垂れ流しながら仕事するクセがある。Misty in Rootsのライブ盤も、ドルフィーの海賊版も聴いてしまって、もうこれしか残っていなかった。ディスクを取り出し、playを押した。
2秒後の感想は、なんて薄っぺらな(磨かれてはいても)サウンド。『ANDROMEDA HEIGHTS』のときと同じ。そしてすぐにこめかみがじんじん熱くなるのも同じ。冷蔵庫のなかで焚き火をしているような感覚。たった一人の変人が、ガラスの向こうで、とてもつもなく美しい音楽を僕らに聴かせようとしている。待てってば、ほら、誰も聴いてやしないぞ?
そしてこうも思う。このドナルド・フェイゲンとブライアン・ウィルソンが一晩だけチームを組んだかのような巧んで巧まないポップネスはまぎれもなく『Jordan: The Comeback』と地続きだと。事実、この作品は『Jordan: The Comeback』の翌年93年に作られたものである。楽曲のすべてを手がけたのは、パディ・マクアルーン。しかし、その偏執狂的な作業に、メンバーは、マーティもウェンディもニールも、そして彼らを見出したトーマス・ドルビーもあきれはて、去っていった。で、17年遅れて、この打ち込み主体のアルバムが陽の目を見たわけだ。
Prefab Sproutというバンドから、パディ・マクアルーンをのぞくメンバーが去り、作られたアルバムに、『i trawl the MEGAHERT』(2003)がある。僕はこのとき本当に、「この音楽を理解できるのは自分だけなのではないか」と確信した。そして誰に読ませるあてもなく、次のようなメモを書いた。
「「わたしはわたしの人生の物語をひとりごちる」、彼は80年代以降、最も美しい曲を書き続けてきたひとりで、彼自身もまたそう思っているはず、83年にあのプロデューサーがラジオで彼らの曲を耳にしたと言ってやってきた、彼らの住むのは北イングランド、ニューキャッスル近くのダーナムという村、丘の上の教会の隣にある家、父さんは寝たきりだったけどまだ元気だったね、トーマス・ドルビーにはぼくらの部屋で40曲ほども弾き語りしてやった、母さんにもらったギターで、16歳の時にはバンドの名前はPrefab Sproutにしようとって決めてたんだ、「わたしはパリには12日間しかいなかった、そしてわたしは人生が始まるのを待っている」、最初のアルバム−"SWOON"からしていまも一緒くたにされてるようなネオアコースティックのムーヴメントとは隔絶していたのさ、モダンの内側にメロディを描く、ジョン・レノン、バカラック、プリンス、誰がぼくのライバルだってのさ?空白と呼ばれた80年代を彼らだけは笑いながら、そしてとうとう90年にはあの、いまは友だちになってしまった君や、死んだ父さんのことを歌った、それでいて・そのままで世界の底に触れてしまったあのアルバム−" Jordan:The Comeback "、それから7年彼らは姿を現さず、当然さ、やつらにあの歌がわかっていたなんてとても思えない、「列車は遅れている、医者たちは悪いニュースを伝えている、でもわたしは子守歌の中で生きている」、ついに彼らはあの壮麗で、非現実的に美しく、みじめに平面的なアルバム−" Andromeda Hights "、皆がほめてくれたね、手の届かない星々のように限界が、おそらくはポップスの限界がすべての歌に満ちていて、ほらブライアンは"SMILE"を作れなかったけど−、違うだろうパディ、わかってるはず、そして彼はスタジオに隠遁し、クリスマスアルバムを、ゴスペルアルバムを、「怪傑ゾロ」のアニメーションのための音楽を、マイケルジャクソンの伝記ための音楽を、湾岸戦争に触発された音楽を、地球の歴史についての音楽を、何百という発表されない曲を、ひとり、毎日作り続けてきた、「わたしの言うとおり繰り返して、幸せなんて一種の習慣なのよ、わたしはそれを鏡に映った彼女の顔を見ながら聞いている」、やがて眼が見えなくなってきた、手術もうまくいかなくて、譜面も鍵盤もモニターもみな曇ってしまって、しかたない、彼は夜通しでひとりラジオを聴き続ける、深夜の人生相談、安っぽい恋愛ラジオドラマ、死亡人数を伝える警察無線、眼を閉じた彼の頭のなかでそれらの無数の、無名の声たちが会話をかわすようになる、スイッチを切れば忘れられてしまう密やかな匿名の真実と嘘が、やがてひとつの、誰かの、きみの、ぼくらの、物語を語りだすだろう、わたしはわたしの人生をひとりごちる・・・、i trawl the MEGAHERTZ、行き交う電波に網を投げた彼は声たちを切り張りし、プロシンガーではないイヴォンヌに朗読を頼む、初めてのソロアルバム、「きみの父さんはきみのことを愛していた、本当に愛していたのさ、ただもうこれ以上誰かと共に暮らしたくなかったんだ」、すべてをコンピューターで作曲し、室内楽団と朗読が、ポップスはもちろんクラシックともジャズともつかない奇妙なsongsをつむぐ、ポップスを裏切って、とうとうたどり着いてしまった真っ白な世界に声たちが飛び交う、そうここはwhite light,white heat、パディ白状するよ、"Steve McQueen"よりも"From Langley Park To Memphis"よりも、これこそがいまぼくらが聴かなきゃいけないってこと、孤独が練り上げた道、わかってる、繰り返す毎日、繰り返す音楽、この虚しさ、毎日の、音楽の虚しさ、だけどそこに抒情だけがある、意味のない抒情だけがある、耳をすます、ノイズまじりのラジオ、星々のきらめき、日々の交響、「わたしは失った、そう、わたしは失われた。もはや宿命はわたしを追いつめはしないだろう、もはや宿命はわたしを追いつめはしないだろう、木々の間で眠りにつこう−」、
to Paddy McAloon " i trawl the MEGAHERTZ " 」
すべてはすでに失われている。
君は、君たちは、僕のもとを去ってしまっている。
パディは今回の『Let's Change the World With Music』をそれでもPrefab Sproutの新作として世に出した。ライナーノートに寄せられたパディ自身の文章は、そのほとんどがブライアン・ウィルソンを愛しまくっていた19歳の頃の思い出ー特にそのほぼすべてをブライアンひとりで作ったにもかかわらずThe Beach Boys名義で世に出そうとした幻の『SMILE』への愛ーの話だけで埋め尽くしている。パディは目が悪くなり、ブライアンは心を病んだ。彼らのそばからは皆が去っていった。すべてはすでに失われている。だから、世界を変えてやろうよ、音楽で。そのときそこで君はお笑いよ(SMILE)。
『Let's Change the World With Music』。なんて美しい。薄っぺらいサウンド、どこの国のヒットチャートにもけっして引っかかることのない、それでいて世界を変えようとする音楽。それこそがポップス。それを僕は聴く。無限の網の目の結節点の中で、i trawl the MEGAHERTZ、つかまえてみせる。そして、変えてみせる。僕以外のすべてを、この音楽を理解しない世界を。
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