以前、川村記念美術館で2〜6月に開催されたマーク・ロスコ展について、次のような批判メモを書いた。
マーク・ロスコを正しく見せよ
http://angel.ap.teacup.com/applet/unspiritualized/20090527/archive
展覧会HP
http://kawamura-museum.dic.co.jp/exhibition/200902_rothko.html
要は、この時のロスコの「シーグラム絵画」の”あえて高く展示する”という展示方法は、根拠に乏しく、むしろロスコの作品を味得することを損なうものであり”低く”展示すべきだった、という批判だ。
ネットでも何人かの美術館シンパと議論したが、考察するに足る論拠・論理を持っている相手はひとりもいなかった。皆ただ美術館側の説明をオウム返しするだけなのだ。好きな美術館だし、他に僕のような批判も聞かないし、まいいかと思いつつももどかしかったのである。で、今日、本棚の隅にあったヤコブ・バール=テシューヴァ『マーク・ロスコ』(TASCHEN刊)をなにげなく手にとりぱらぱらとめくっていたら、次のような一節が眼に飛びこんできた。
「ロスコが担当することになっていた部屋は、レストラン「四季」のダイニングホールは細長く狭かった。絵を見てもらうには食事客の頭上に架ける必要があり、ロスコが当初考えていたように、床から少し離したところに置くだけでは駄目だった。」
あ、やはり。
僕はロスコ史料を丹念にチェックしたことはなく、自分の感性を信じて以前のメモを書いたのだが、それを裏付けてくれる美術史の言葉にようやく出会った。
この件は結局、ロスコによるレストラン側への作品提供のキャンセルという形で破談となっている。実際に自分で食事に行ってみてスノッブな空間にとうてい我慢ならなかったそうだ。うん、わかるよ、ロスコ。
同書には次のようなロスコの言も引用されている。
「あの部屋で食事をするばか者どもの食欲を無くすようなものを描きたかったからだ」「もしレストラン側が私の絵を拒否していれば、それは最高の賛辞だったんだが」
こういうことだ。
ロスコは(やはり)作品を”低く”展示したかった。
それでも”高く”展示することに嫌々同意した。
妥協したというより、嫌な条件を飲んででも、あえて自分の作品を理解しない連中に挑戦してみよう気持ちがあったのではないか。しかし、現場を見てみると、自分の作品をそんなひどいところにやるなどということはけっして妥協すべきでないと気づいたのだろう。
で、川村記念美術館はロスコの意図に沿って”高く”展示したとのたまうのだが、これは画家の本心をまるで取り違えている。つまり画家が嫌がった条件を、画家が望んだ条件と勘違いしているのである。それを嬉々として本来あるべき位置に展示したと喧伝したのだ。あらためて言おう。川村記念美術館のキュレーションをした連中およびそれを讃えた連中は、ロスコが嫌ったのと同様の「ばか者」どもである。
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ボルヘス会創立10周年記念シンポジウム
2009年10月24日(土)@セルバンテス文化センター
http://www.borges.jp/
当ブログでは何度か言及している、作家・室井光広、批評家・山城むつみ。僕の大好きな二人である(>室井は小説を書け!>山城はドストエフスキー論の続きを書け!)。彼らがボルへスをテーマに語るというのだけでもゾクゾクする。必然、テーマは差異と反復、自己と他者の話となろう。泣くほど残念ながら行けそうにないのでご親切などなたかレポートしてくださいませんか・・・
※柴田元幸や田中和生には興味ありません。
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