昨日、小谷野敦の12世紀ルネサンスに関する日記についてメモしたところだが、本人のブログで「言い訳」がなされていた。各方面から突っ込まれたのだろうか。乗りかかった船なので、メモしておく。
http://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/20080626
発端の5月1日の日記を見ると、彼自身はそもそも14〜15世紀のイタリア・ルネサンスと12世紀ルネサンスの区別もついていなかったのではないかと思う。
「古代ギリシャ・ローマ文化は中世には忘れられていて、ルネサンス期にイスラームから逆輸入されたとある。村上陽一郎がそう書いているらしく、私もむかし村上に教わって以来長くそう信じていたが、実は間違い。」(5月1日の日記より)
村上陽一郎がそんな雑な教え方をするとは考えにくい。村上は『12世紀ルネサンス』の著者・伊東俊太郎と組んで仕事をしており、12世紀ルネサンス概念の提唱者ハスキンズなどはいわば前提として知っているし、ホイジンガはもちろん、その後の脈々とした研究もフォローしているだろう。
ところが、授業をきちんと聞いていなかった小谷野は二つのルネサンスの概念を混同し、村上はイタリア・ルネサンス期に「逆輸入」が起きたと主張している、と思いこんだ。田中貴子に説教しているつもりが、語るにおちているのだ。
そうした区分ができていない証拠に、中世思想史の把握もできていない。
「アリストテレスが中世神学の柱だったことも常識である。」(同)
それこそが12世紀ルネサンス以降イスラム文化よりもたらされたアリストテレスを、トマス・アクィナスが練り上げていったものだ。自分のボケに自分で突っ込んでいるのである。
「クルティウスの『ヨーロッパ文学とラテン的中世』を来週までに読んでくること。」(同)
僕は15年ほど前に読んだが、小谷野の主張をフォローすることが書いてあった記憶はない。例示して証明してほしい。
さて、6月26日の日記だが、一言で言って、上記の無知の隠蔽工作である。伊東の『12世紀ルネサンス』を付け焼き刃で引用し、自分は12世紀ルネサンスを知っていたことにして、村上陽一郎の重箱の隅をつついている(それでいて伊東の主張を味得していないところも腹立たしい)。今度は「ヨーロッパ」という概念が問題なのだそうだ。
5月1日の小谷野の日記では「中世には」「中世は」などという言い方がなされている。たとえば、
「ただ私も、プラトンは知られていなかった、と思ったが、これもネオ・プラトニストによって伝えられているから、中世は古典文化を忘れていたというのは、ギリシャ劇とか、プラトンの原典およびソクラテスに限定された話でしかない。」
彼はここでいったい何の「中世」を語っていたのか。それこそビザンツなどを含まない「ヨーロッパ」ではないか。またしても自分のボケに自分で突っ込んでいるのだ。
さて、このような言い方において潜勢的に主語化されるものこそがまさにヨーロッパという観念だろう。 ハスキンズ〜伊東〜村上(〜田中)は、そのような歴史の主体としてのヨーロッパ自身による”イタリア・ルネサンスでヨーロッパは自らを再発見し進歩した”という自己言及的で単線的な史観を批判的に見ているのである。
田中貴子よりは小谷野敦のほうが読む価値があると思ってきたが、あほらしくなった。彼は以前ブログでベンヤミンのある本が分からないと書いていたと記憶する。然り、こうしたセンスでは一生分からないだろう。
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