今夕ふと、湯島の「フレンチボーグ」という喫茶店に寄って来た。
とても良い喫茶店だったので、みなさんにもご紹介したい。
場所は、メトロ千代田線の湯島駅、上野と反対、神田寄り。
5番出口を出て、大通り沿いに右に行くとすぐのところ。
住所は東京都文京区湯島3-16-13、電話は03-3832-2407。
もし場所がわからなかったら、聞いてみてください。
こんな都会の中に、こんな静かなオアシスがあったんだと驚くような店。
クラシックな意匠と調度の店内は、まるで時がとまったような落ち着き。
「やあ、こんにちは」
「いらしてくれたんですか。ありがとうございます」
休日の午後ということで、店内はすいていた。私しかいない。
カウンターにすわって、おひげのしゃれたマスターと、さしむかい。
一杯のコーヒーを煎れていただいた。
その手つきを、カウンターで見ていて、私は深く感心した。
というのは、とても心をこめて、その一杯を炒れているから。
布ドリップというのも今どき珍しい。一番よく味の出る入れ方だ。
店の名前にあるとおり、フレンチローストがおすすめだ。
アメリカンが多い昨今、これも貴重だと思う。
私は、フレンチとかイタリアンなど、濃いめの焙煎が好み。
コーヒーのこってりとして味わいがして、こくが出てくる。
また、アメリカンは浅い煎り方なので、かえって消化に悪い。
実は濃い煎り方のほうが、繊維が分解して胃腸には良いのだ。
布ドリップやフレンチの話をして、マスターと意気投合。
出てきた一杯が、いや、濃厚で芳醇な味わい、実にうまかった。
やがて客がしだいに増えてきて、一人のマスターは忙しくなる。
邪魔してもいけないと、静かな店内で、黙って新聞を読んでいた。
新聞を読みながら、調理するマスターの手元や仕草を眺めている。
するとまた、そのひとつひとつの手順の見事さに、感嘆していた。
ケーキ一片、ナイフで切り分ける。サンドパンを一枚、鉄板で焼く。
冷たいダッチコーヒーを炒れる。ミルクとシロップを静かに注ぐ。
そのひとつひとつの所作に、無駄がなく、見ほれるほど美しい。
そう、茶道の「お手前」を思い起こした。あれに、似ている。
かつて、お茶のお稽古をやろうかなと思って、途中で挫折した。
茶道の所作の手順、お手前はひとつの芸術の域にまで達している。
自分ではできないが、そうしたお手前を見ているのは気持ちがよい。
茶室でたぎる鉄瓶の音、抹茶を点てる音に、心が静まってゆく。
それと同じものを、このマスターのお手前に見て内心、うめいた。
長年の熟練の成果だろう。見ていて、心が惹きつけられるようだ。
いわば「茶道」ならぬ「珈琲道」であろうか。古き良き喫茶店。
珈琲にはこだわりのある頑固な、この道ひとすじのマスター。
ふと、自分はいつも、仕事をこんなにきちんとこなしているかと顧みた。
コピーひとつとるのでも、プリントひとつつくるのでも、どうだろう。
このようなお茶を一杯、珈琲を一杯入れるだけの、しかし真剣な行為。
しかし日常茶飯のことを、決しておろそかにせず誠意をもってこなす。
これはひとつ、見倣いたいものだな、と思って見ていた。
珈琲を飲んで、生き方に対する道を教えられたような気がしていた。
ふと、先日聞いた話を思い出した。
千利休の妻は、クリスチャンだったという。その影響を受けているとか。
カトリックのミサの手順。そして、聖堂。
それが、茶道のお手前と、茶室の造りによく似ているというのだ。
この喫茶店のマスターの所作と、クラシックな店内の雰囲気。
もしかして、クリスチャンの精神が反映されているのかもしれない。