今日は金曜の夜、東京の夜景を巡るランニングに参加してきた。
この企画、前から関心があって、一度参加してみたいと思っていた。
さて、時刻になって集合場所であるJR四谷駅前に行く。
ところがだれもそれらしい人たちが集まっていない。
ふと見ると、自転車に乗っている初老のおじさんがいて、主催する団体名の書かれたシャツを着ている。もしや、と思って尋ねてみると、まさにそうだった。
「今晩は参加者、あんただけだから」
と言われて、びっくり。マンツーマンかあ……ちょっと、気まずいかな。
「この地図通りに走るから」
コピーされた地図をくれた。自転車で伴走してくれるという。なんだか、2時間つきあってもらうのも悪いような気がしてくる。
「あの、地図もらえれば、ひとりで走りますけど」
「ん? いや迷うから行こう。ついてきて」
というわけで、弥次喜多道中、いっしょに走る羽目になった。う〜む。
けれども、夜景ランニングは、なかなか楽しかった。
コースはまず、四谷駅から新宿通りを東に直進して半蔵門まで。
そこから北に時計回りに皇居を半周して、大手門まで。
案内のおじさんは、皇居のことについては特に詳しいらしい。
この人の主催する団体の催しを見ると、なかでも土方歳三のファンのようだ。幕末の新撰組の志士の伝統を継いでいるわけかしら。
大手門はふだんの通勤用だから、サラリーマンにとっての通用門みたいなものだとか、それに対してこちらの門は大事な賓客を入れるための特別用で今でも皇族や国賓しか入れないとか、それに対してあちらの門は罪人の出入りのためで刃傷の後の大石はこちらから出されたとか、やたら詳しかったが、中身は忘れた。
また東に進んで、大手町、日本橋、浜町を通過して直進。
このあたりは、ライトアップされた建物たちがとても美しい。昔の日本銀行とか、古い三越百貨店とか、神戸や横浜でもそうだけど、こうした明治の西洋建築というのはレトロな味わいがある。重要文化財として歴史を語るかのように、夜のライトの中にその石積みの壁を浮かび上がらせている。
ついで、人形町のあたりでは、ここに遊郭があったという話。このおっさん、遊郭の話がまた大好きらしい、やけに詳しかったが、これも忘れた。
そして隅田川に至り、清洲橋を渡って対岸に向かう。
川沿いを走って南下し、永代橋を渡ってこちら岸に帰る。
この橋たちが、まことに見事にライトアップされて、息をのむような美しさだ。ライトが青や緑といったカラーの彩色があって、橋げたや橋脚に幅があるため、橋全体にその光が反映して、真っ青に輝いている。それがさらに、暗い水面に鮮やかに反射してその陰をゆらめかしている。庶民的な昼と、ロマンチックな夜の風貌は全く違うと感嘆しながら走っていた。
ここで予想どおり、おじさんは討ち入りの志士がここを渡った故事などを熱く語っていた。
西に向かって、八丁堀方面へ。
ここまで、良いペース。なにしろ今夜はマンツーマン。大人数の時だと遅い人もいるのでゆっくりペースなのだが、私は意地でも自転車について行こうとがんばるので、つい速めのペースになる。
この時、おじさまは「今日は早いから、ちょっと寄り道して行こう」
築地方面に向かい、明石町にある、芥川龍之介生誕の地に寄ってくれた。これは、うれしかった。
おじさまは、文学好きでもあるらしい。文学者がらみの史跡を回る企画もよくしている。
まず、司馬遼太郎のファン。幕末好きだから、これはわかる。それから、正岡子規。これも「坂の上の雲」どまりかな。そして、樋口一葉。これは遊郭ファンだからだね。まあ、わかりやすい趣味だ。
そして、芥川龍之介の生誕の地。
「実はこのへんも遊郭だったらしいよ……」
キタ〜。好きですねえ。それから彼が語った逸話が良かった。
このあたりに、井伊直弼が、この人が出てくるあたりが幕末好きだけど、外国人たちの居留地を作るにあたり、サービスにと大きな遊郭を作ったらしい。
ところが、いらした外国人たちは、いっこうにそういう趣味がなかったようで、まもなく遊郭はつぶれてしまった。
おじさんはそのことを残念そうに語っていたけど、私は内心、快哉を叫んでいた。おそらく、外国人にはクリスチャンや宣教師もいたのであろう。「旅の恥はかきすて」とならず、信仰と貞節を守ったあたりは見上げたものだ。
もうひとつ、うれしかったのは、芥川龍之介の生誕の地の碑が建つところが、ちょうど聖路加病院の裏手になっていたこと。
碑それ自体は、ささやかな目立たないものだったけど、その地に今、医療の奉仕のために尽くす聖路加……聖ルカの名前を継ぐ病院が建っているということはまことに貴重なことだった。ここの院長さんは、最近いろいろなご著作で有名になり、病人や高齢者など、人々に生きる希望を与えている。
さて、あとは銀座、丸の内の繁華街を直進。夜の銀ブラで賑わう人混みを、かきわけかきわけ、自転車とジャージのランナーが走る。はた迷惑だが、面白かった。
そして、二重橋からふたたび皇居に沿って、南に半周する。ライトアップされた国会議事堂が見える。そして、皇居の坂道を登ってゆく時に、おじさんに言われて振り返ると、ほう、とため息が出るほど美しく、皇居の暗い森の向こうに、銀座や有楽町のビルたちがその光るヘッドをきれい浮かび上がらせている。
夜の皇居のランナーたちが、ずいぶんいることにも驚かされた。
金曜の夜。勤め帰りのサラリーマンたちが、ひと汗かいて、ピールで乾杯というわけだろうか。おじさんに、ひとりで来た時には、ここに寄るといいよと、シャワーと荷物置き場を貸してくれる、周辺の施設まで教えていただいた。
みかけは無骨だが、親切なひとだった。
半蔵門に帰り、皇居を離れて、帰路また四谷駅に戻りゴール。
駅前のカフェのトイレで着替え、冷たいアイスコーヒーを飲む。15キロ走ったあとのコーヒーは甘露水の味。
夜の東京夜景ランというのも、なかなか良いものだ。