9月9日、重陽の日。杜甫「登高」を授業で読む。
好きな詩のひとつだ。秋になると、思い出す詩でもある。
3月3日桃の節句、5月5日端午の節句、7月7日七夕。
中国の陰陽道だと奇数が陽数で重なると縁起がいいらしい。
なかでも9月9日は最大の陽数が重なる重陽というわけだ。
菊の節句とも呼ばれ、菊を飾ったり菊酒を飲んだりもする。
この日は高い処に登り健康や長寿の祝いをするという。
杜甫が「登高」、高きに登るという詩を書いている。
風急天高猿嘯哀
渚清沙白鳥飛廻
無辺落木蕭々下
不尽長江滾々来
万里悲愁常作客
百年多病独上台
艱難苦恨繁霜鬢
潦倒新停濁酒杯
七言絶句。韻字、哀廻来台杯。
全句が対句となり、中世の伽藍のように堅牢な造りだ。
風急に天高くして猿嘯哀し
渚清く沙白くして鳥飛び廻る
詩は最初から異様な緊張感をたたえていると、吉川氏は言う。
高所に登れば、風は空にひゅうひゅうと音を立てている。猿が啼いている声が哀しい。猿の声は中国の詩ではよく出てくる。日本で言うと、秋の虫の声の感じだろうか。
白い砂の岸辺に蒼い河の水が流れていく上を、鳥はカラスだろうか、これも哀しげに啼きながら空を巡っている。風の音、猿や鳥の声、聴覚的に哀しげで緊張感に充ちて、作者自身の内面の不安や胸騒ぎを反映しているようだ。
無辺の落木蕭々として下り
不尽の長江滾々として来たる
続く頸聯では、一転して静かな情景が描かれる。不意に音が無くなって、静粛の世界に転じたような印象を私は受ける。
見渡す限りの中国大陸の広壮な大地に、地平線のかなたにまで広がる樹林の木々は今すべて秋の黄葉に色づいて、はらはらと落ちていく。万物が流転の秋のほろびゆく無常の中に落ちていく。いつまでも音もなく落ちていく。
海のような川幅を持つ悠久の長江の流れは、遠くから滾々とわいていつまでも絶えることなく、流れていないかのように悠然と静けさをたたえて流れていく。ゆく河の流れは絶えずしてしかももとの水にあらず。逝く者はかくのごときか、昼夜をおかず。
これは作者の心象風景だろう。尽きることない自然、だが人はあまりにはかない。
万里悲愁 常に客となり
百年多病 独り台に上る
後半に至って、詩は自分自身の姿を見つめる。中国の詩はいつもそうだし、杜甫はさらにそうだ。自然と対比した、人間の生老病死のはなかさよ。
万里見渡す限りの自然は、どこも悲しみを称えた秋の色に染まっていく。それは物みなうつろいゆきほろびゆく秋という変転の季節の哀しさ。
ああ、と杜甫の嘆息が聞こえてきそうだ。私は百歳、これは中国流に誇張だろうが、老境にさしかかって、常に多くの持病をかかえ体調がすぐれない。
その老いの体を支えつつ、今一人、高台に登る。独り、というのが哀しい。家族はすでに戦乱で生き別れ、離ればなれになっているのだろう。
私はちょうど今、五十歳となっている。百年の半分だし、まだまだ健康であるけど、知力や体力の衰えを感じることがある。記憶が曖昧になりつつあるし、昔ほどは無理がきかない。
杜甫の波瀾万丈の生涯には比べるべくもないが、若いころよりは少しだけでもその心境がわかるような気がする。
艱難苦だ恨む 繁霜の鬢
潦倒新たに停む 濁酒の杯
自分の艱難と試練の人生を恨み、苦労のためにすっかり白くなってしまった鬢の毛をかきあげる。今やかんざしをさすのにも堪えないほど薄くなってしまった。
最後の一句が、わびしさをそそる。体調を崩してしまった自分は、好きだったどぶろくの安酒もひかえるようになってしまった、というのだ。
李白ならここで、「白髪三千丈」と豪快に読み、「一杯一杯また一杯」と「李白一斗詩百編」とばかりに大らかな酒に憂いを散じるのだろう。
だが、杜甫はあくまで深く心の痛みに沈潜する。そこが若い時はなじめなくて李白のほうが好きだったけど、最近は杜甫に同情してしまう。
杜甫が老いを嘆く気持ちが、ひしひしと伝わってくる詩だ。
願わくばわが家族も無事で、自ら世に何か遺すことができるよう。
だが、神はいつも、こんな弱く無力な私をも、守っていてくださる。
東洋の詩は常に無常観に満ちているが、聖書のことばは永遠と不変を約束してくれる。それが今の私の希望の光だ。
いつまでもある方よ。あなたに信頼してゆだねます、私の人生を。
「わたしはあなたたちの老いる日まで
白髪になるまで、背負って行こう」(イザヤ46:4)