つくばで会合があり、帰りに宇宙センターに行ってきた。
事前に予約しておくと、無料の見学ツァーに参加できる。
つくば宇宙センターには、前から行ってみたいと思っていた。
つくばエキスプレスが出来て、ゆくのも便利になった。つくば駅前からバスも出ているが、人数がいたのでタクシーで分乗してゆく。
受付で名前を記入し、首から提げる入館票をもらって待合室で待機。
まず、視聴覚室で宇宙開発についての二〇分くらいの解説映画。
そのあと、館内巡回バス二台に分乗して出発。毎日定時に何度かこうした見学ツァーが用意されているようだ。解説のおねえさん二人がそれぞれのバスに付く。
三つの施設を訪れ、バスから降りて館内見学をする。
夏休みも最後ということで、子どもたちや家族連れも多い。
最初に訪れた施設では、衛星の実物の数々が展示されていた。
いろいろな形のものがあるけどどれも表面は、金銀のアルミホイルのようなもので覆われていて、なんだか銀紙に包まれたチョコや飴のお菓子みたいだ。きれいといえば、きらびやかできれいだ。
これは熱を反射する働きをしているらしい。
解説のおねえさんに言われて驚いたのは、この金銀の紙の貼り付け方。
なんと、マジックテープで、本体とくっつけてある。子どもの運動靴なんかで使われているあれだ。手ではがしてみると、ベリベリと簡単にはがれる。
宇宙は無重力、無風状態だから、これでいいという。なるほど。いったん打ち上げた衛星から、すうっと無抵抗の宇宙空間に放たれるわけだ。
ほかにも、太陽電池とか何かの反射板とか配線とか貼り付けてあるのだけど、いずれも何かチープな模型とも思えるくらい簡単。
また、大きさも思ったより小柄。人の背丈あるかないかくらいで、もっと巨大なものを想像していた。いずれも宇宙ではこれでいいのだろう。
しかし、中には精密な機械が詰まっていそうだ。
月世界を探査した「かぐや」というのがある。四角く高さ2、3メートル。
ネーミングのセンスがいい。かぐや姫、ふるさとの月に帰るというわけだ。
かぐやは月の表面すれすれまでいき、そこから撮った映像もあったが、距離も遠く大気に包まれた地球から観測するのと違い、鮮明だ。
もちろん、うさぎやかぐや姫が遊ぶのとは違う、索漠たる岩石の荒野だが。
また、地図測量の「あじさい」。
これは丸くて、高さ1メートルくらいと小柄。表面に、きらきらと光る四角い金属板がまんべんなく貼ってある。なるほど、遠くから見るとあじさいの花に見える。
他にも通信衛星とかいろいろある。地図作成とか、衛星放送とか、多くの人に大切な働きを果たしているものが、この小ささとは驚きだった。
次に、日本の宇宙ステーション「きぼう」プロジェクト。
これは人間が登場して暮らすわけで、衛星よりは大きいが、予想ほど大きくはなかった。八畳間二つ分くらいかな。ふた間の小さな小屋くらい。人間の住める空気や水などの居住空間を宇宙で作るのは大変だろうから、これくらいの広さなんだろう。
長期間ここで実験や作業をするわけで、閉所恐怖症の人にはつらそうだ。
ふたつめの施設は、実際にこうしたステーションに搭乗する訓練をする部屋。
二階の通路のようになったところの広い窓から、一階の広い訓練施設のようすが見下ろせるようになっている。邪魔になるので、フラッシュは禁止。セキュリティの関係で入れないところもある。ちょうど人は見あたらなかったが、ここで実地の訓練をしているのだと思うと、感慨を覚えるところだ。
先日も、宇宙から日本人飛行士が帰ってきたが、彼らは未来の宇宙のためにがんばっている。無重力の宇宙に何週間も暮らしていると、足腰が弱り骨までもろくなり、健康に影響が大きいという。ご苦労さまなことだと、感謝や尊敬を抱く。
このプロジェクトの名は「きぼう」。新幹線の「のぞみ」のように、いやそれ以上に、未来の人類に希望をもたらせてほしい。
最後に訪れたのは、種子島打ち上げ場の爆音体感施設。
野外の大きながらんどうの倉庫のようなところに入る。広いプロジェクターの映像と、大きなスピーカーの音響設備が置いてある。
打ち上げ場から3キロ離れた地点の実際の録音だという。3キロというのは、保安上それ以上近づけない距離なので、体感できる最大の音量だ。
画面に打ち上げ場の映像が投写される。
5、4、3、2、1……0。
すさまじい轟音に驚く。これは、すぐ近くだったら耳が破れそうだ。
立川基地などの戦闘機の騒音もうるさいが、規模は上回る。だから、種子島など人里離れたところに作るようにしているのだろう。
腹に響く轟音をとどろかせ、目もくらむ明るいジェットの光炎を輝かせながら、はるか宇宙の彼方に飛翔してゆく、ロケットの勇姿。
このセンターには、前庭にロケットの実物が横にして展示してあるが、なかなか大きなものだ。この巨大な鉄のかたまりを、はるか大気圏の外まで運んでしまうという、人類の英知に感動を覚えた。
日本の宇宙飛行士たちの写真とプロフィールがあった。
ああ、私も死ぬ前に一度宇宙に行きたい。それは子どものころから、そして今も私の夢だ。数学がわからなくて文系に進んだけど、天文学は私の夢だった。
さだまさしの「天文学者になれば良かった」という歌がある。サラリーマンで上司にこき使われ、奥さんに叱られ、星空を見上げて嘆く、哀しい歌。
ペプシを飲んで宇宙に行こうという企画が前にあった。
米の民間の宇宙団体が主催していた。民間人でも乗れ、はがきで応募すると抽選で当たるという。百枚も二百枚も投函したが、梨のつぶてで結果発表も無い。
あとから忘れたころに、その企画が没になって、ほかの賞品になったと聞いた。
がっかりした。
数千万円出せば宇宙に運んでくれる会社も米国にあるというが、金がない。
月世界を一足踏みたい。いや、外から地球を一目見たい。
神さまの創造した宇宙を、一度は体感してみたい。
けれども、それが無理だとしても、私たちは毎晩、夜空を見上げれば、星が見える。月が見える。そこに神さまの臨在を感じれば、それでよいのかもしれない。
映画「コンタクト」で、主人公が神さまに邂逅したように……
「あなたの天を、あなたの指の業を、わたしは仰ぎます。
月も、星も、あなたが配置なさったもの」(詩編8:4)