紫の衣

 
 イエス茨の冠をかむり、紫の衣をきて出で給へば、ピラト言ふ。「この人を見よ」(ヨハネ19:5)

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投稿者:taejeon
新約がギリシャ語で書かれているということには、深い意味があると思います。

もちろん、ヘブライ語でしゃべっていたイエスさまの原語からすると、重訳となるわけです。
私が神学校で教わっている城倉先生も言っていますが、新約の聖書の翻訳には、特にマルコなどもとの言葉の表現の影響が色濃く残っています。ヘブライ語が面白いのは、その言葉の元の香りまで、少しですが味わうことができるということです。

ただし、最近ヘブライ語を学んでみて思うのですが、それでもやはり当然ですが、元の言葉までさかのぼることはできない。
また、ヘブライ語を読んでいると思うのですが、表現があいまいなところが多いです。これは言語の特質もあると思います。セムハム語族といって、西洋の英語などインドヨーロッパ語とは基本的に発想が違い、日本語に近いところも少しあります。
神さまの言葉が、このように曖昧模糊としたものでいいのか、と思うことさえあります。まあ、神さまは鷹揚で懐の廣い方なのでしょうけど。

しかし、ギリシャ語の世界は、明晰です。
そして、当時、今の英語のように国際語であったギリシャ語に翻訳されたことで、イエスさまの福音は全世界に告げ知らされました。それはもちろん、今のアメリカのようにローマが政治的な力を持っていたことが背景です。しかし、その国教となることで教えが広まったことに、私はやはり神のご計画を感じます。

また、ここが大事なところですが、明晰なギリシャ語に翻訳されることで、教えがぐっとわかりやすくなって、人々の理解に役立ったこと。ちょうど、ギリシャ語も当時変革期にありまして、それまでの難解な古典ギリシャ語から、コイノ・グリーク、易しいギリシャ語に変化していく時期だった。それは国際化と表裏だったわけですが。
ちょうどその時に、イエスキリストが現れて、教えがわかりやすく翻訳されたということは、やはり私には偶然とは思えません。

さて、雅歌についても、私はもともとイスラエルの恋愛歌であったと思っています。結婚式で歌われる祝婚歌でした。それは、花婿と花嫁のセリフ、合唱のセリフなどに分かれていることからもうかがえます。
けれども、それが神と人の交わす歌、人が神を愛する歌になってゆき、そして、イエスが現れるにいたって、それはキリストとの愛の交わりの歌へとなっていったのですね。
投稿者:Horse of Faith
私たちの新約聖書はギリシャ語で書かれたものを翻訳されているので、イエス様や弟子たちがヘブル語で語っていたことと、彼らにとってギリシャ語は外国語であることに気づいているクリスチャンは少ないと思います。私も知りませんでしたが、私の教会の牧師は新約聖書もへブル語まで戻って解釈してくださるので深い理解が与えられています。
ちなみに、雅歌は人間の恋人同士の歌ではなく、キリストの花嫁であるクリスチャンと花婿なるキリストとの愛の交わりについて描かれた歌であるそうです。私たちクリスチャンは雅歌書を学ぶことによって、キリストとの愛の交わりにおいてどのように成長することができるかを具体的に学ぶことができます。
私も学びの途中です。
ぜひ「愛の歌 著者:B・R ヒックス 発行:クライスト・ゴスペル・チャーチ 」という本を読んでみてください。
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