牽強付会といわれれば確かにいささかそうですね(笑)
ちょっとそういう読みをやってみたかったのは、宮崎監督が子ども向けであるはずのこの映画のパンフの冒頭でわざわざ「キリスト教的ではない」といったことを書いているのが何か大人げないなあと、クリスチャンとしてはちょっとカチンときちゃったというのが本音ですね。あはは。
「もののけ姫」だの「千と千尋」だの見ていれば、この人は多神教だなと思いますよ。「トトロ」だってアニミズムっぽいしね。でもまあ、わざわざ宣言しなくてもね。
私も子供好きでして、会場では子供や家族連れも無心に楽しんでいて、それでいいじゃんと思ったりもします。
ただし、この映画、いろいろな謎もあり、理屈や意味を考え出すとそれはそれで面白い。巷では意味不明な映画という批判もあり、またいろいろな読みや解釈もされているようです。
そうした批評のうちで、字数の関係で触れませんでしたけど、これは面白い読みだなと思ったのがコレ。
http://budouq.blog5.fc2.com/blog-entry-625.html
クトゥルー神話や諸星大二郎と結びつけているのがけっこう当たっているようです。
実は諸星大二郎は昔、耽読していまして、なるほどと思わされました。
そいでもって、この解釈に対して、みなさんのコメントがわらわらと付けられていて、そっちも読んでいるとけっこう面白い。
みなさん、批評の遊びを楽しんでいるなあという感じ。そんな中に、
>「諸星大二郎」のクトゥルーちゃんを昔読んで、影響を受けつつもそのことを忘れているということも大いに考えられますね笑。
というのがあって案外当たっているかも。
そういう意味で、キリスト教的な視点も、もとネタが「人魚姫」である以上、ほんとに払拭できているのか、あるいは監督の無意識の領域で反映しているかもと考えた次第。
いろんな要素がないまぜになっているというのが実態でしょうね。
「門」の宗介については、禁忌を犯したために人間界から放逐されたみたいな隠喩を感じました。まあ、批評の遊びですね。
洪水伝説もノアに持ってきてみましたが、「赤い蝋燭と人魚」だろ、みたいなツッコミもありかも。あはは。