朝、中央線の変電所火災事故で、電車が止まってしまった。
東京という大都市の、基盤の脆弱さを知ったような気がした。
幸い、私は無事に職場に着いたが、その少し後に電車は止まってしまったらしい。生徒たちは多くが中央線を利用しているので、ひとつのクラスに十人以上の遅刻者がいる。しかもいつまでも運転が再開しない。
遅刻生徒の対応に追われたり、朝に予定していた宿題テストを午後に回したりとあわただしい朝だった。ようやく昼にはほとんどの生徒が揃ったが、なかには線路を歩いてきた者もいたという。無事で何よりだ。
こうしたことがあるたびに思うのは、職場と住居が離れて大容量の交通機関に頼っている東京という大都市の構図で、いつも雪とか台風とか何かあるとすぐにマヒして混乱を招くことがたびたびある。
もし、いつか大地震が来た時には大丈夫だろうか。つい先日も、「帰宅難民」であふれる幹線道路は通勤電車のような人口密度になるという報道を聞いた。
私は電車で1時間半の距離、歩いて帰れるだろうか、いっそマラソンして帰ろうか。それでも道を確認しておかなくては。子供達はどうだろうか、息子のほうは遠いのだけど、帰って来られるだろうかといろいろ心配してしまう。
年をとって定年になったら、私は故郷の金沢に帰ってのんびり暮らしたいとも思うのだけど、連れ合いのほうは東京が実家だし、つきあいも煩わしいようでつきあってくれそうにはない。
どこかの田舎に、ひとりで方丈の庵。
一冊の聖書と、ネットや物書きのためのパソコン一台。
いつかそんな生活がしてみたいような気もする。