紫の衣

 
 イエス茨の冠をかむり、紫の衣をきて出で給へば、ピラト言ふ。「この人を見よ」(ヨハネ19:5)

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投稿者:taejeon
nikkouさん、コメント感謝です。
聖書の話って、奥が深いですね。
ここの「おとめたち」は、nikkouさんの言うとおり、集団結婚式ではなく、つまり花婿を待つ花嫁たちではなく、結婚式を祝うために集まっている人たちという解釈が普通のようですね。
「スタディ・バイブル」にこう書いてありました。

〜当時の婚礼の慣習では、花婿は花嫁の両親の家まで花嫁を迎えに行った。おとめたちと招待客は花婿の両親の家に戻る二人を待ち、一緒に家に入り、そこで祝宴が始められた。
二人を待つ間、灯されるランプが油切れで消えてしまわないように、おとめたちの中には周到に予備の油を準備する者もあった。〜

ということで、夜の祝宴だと、こうした情景は普通にあったのでしょう。
イエス様は、身近なものを題材にして、民衆にわかりやすいたとえ話をしていますね。だから、当時の生活の中であり得ないような設定の話はあまりされていないと思います。

それにつけても思うのは、nikkouさんのご両親のこと。せっかく教会に初めていらしたのに、わかりにくい説教で残念でしたね。
実は私の両親も、こないだ帰郷した折に、初めて小松の教会に来てくれたのですが、その説教も入門向きにはちょっとわかりにくい話で、残念でした。
私はつねづね思うのですが、教会の牧師はいつ初心者が来てもいいように、わかりやすい話をしなくちゃいけません。
それこそ、花婿と同じように、いつ来るかわからないですよ、初めての方は。
イエス様と同じように、だれにでもわかる話をしなくちゃいけませんよ。

えっと、nikkouさんの元ネタの話、みなさんにも読んでいただきたいので、下記にURLを書いておきますね。

http://nikkou.cocolog-nifty.com/nemurarenuyorunotameni/2007/05/index.html
投稿者:nikkou
てじょんさん、トラックバック感謝です。
そして、視界が明るく開けるような聖書の話、感謝!
ポイントはセカンドチャンスがある!ということ、だれかの人生を代わりに生きることはできない、ということですね。
ふむ、イエス様のたとえ話は、反芻すべきもの、というか、噛めば噛むほど味が深まりますねー。
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