今日は、今年初の主の日の日曜。当然のことながら、礼拝に行きました。
でも、午後はなんと、神社に初詣に行ってしまいました。そのわけは……
朝起きると、連れ合いが言いました。
「やっぱり、ちょっと湯島天神行ってくるから」
あれれ、どうしたの、と思ったら、息子が中学のお受験なので、お守りもらってきたいということでした。う〜ん、無理にとめるわけにもいかず……あ、そうだ。
「じゃ、いっしょに行くから、その前に教会の礼拝つきあってくれる?」
こんなトレードしていて、神さまに怒られないでしょうか。でも、何事もご縁、いや、神さまのご計画と思って機会を生かさせていただきましょう!
実は初礼拝とは言っても、今年すでに教会には二回行っています。
一回目は元旦の午後、連れ合いと新年礼拝に。毎年、北東京のバプテスト教会が集まって行う、新年の合同礼拝が、今年はうちの教会でありました。
二回目は3日の夕刻、ひとりで祈祷会に。毎週水曜に開かれるお祈りの会で、お話の当番に当たったので、三位一体のお証しを話してまいりました。
で、今日が3回目。それで、連れ合いがつきあってくれるのは二回目だし、ここでこちらもちょっぴり妥協しても、ばちは当たらないかなと……(^^;
実は祈祷会のときも、みなさんでお話していたのですが、ひとりクリスチャンでご家族といっしょに初詣もおつきあいしますという方もいて、そうかなと思いました。
nikkouさんのブログでも、そんなご家族との初詣の話を読んで、それもまた証しになるというコメントもあって、ちょっと力づけられたりもしたんです。
さて、まず、早朝礼拝でルカの福音書の通読。
そして、今年初の主日の礼拝と、主の晩餐式。
いいですね、やっぱり、主のパンと葡萄をいただいて、讃美歌を歌って聖書を読んで、お祈りをして献金をして、今年も新たな気分になります。
そして、渡部先生の力強い説教。エゼキエル書からの川の溢れるような神の恵みのお話、そしてアメリカのメガチャーチの、生活に即した実践的な信仰のお話。
さぞかし、連れ合いも感動しているのではないか、と思って横を見ると……あれ、舟をこいでる。ま、いいか。
そのうち、時が来たれば、人の力ではなくて、聖霊の働きで、導かれることもあるでしょう。ここまでつきあってくれたことを感謝しましょう。
午後は、湯島天神に行って、ご参拝。
お守りと合格鉛筆を買ってきました。考えてみると、私も大学受験の時は、いえ、その後もよくここに来て、合格鉛筆を買って生徒に配ったりもしたものです。
それにしても、すごい人出。うちの教会の礼拝が二百人。ここはその百倍、いや、千倍は人が来ているでしょう。
でも、御利益信仰はいけないとかいうけど、何か現実の幸福を求めたくなり、偶像崇拝はいけないというけど、目に見えるお守りという安心にすがりたくなる人々の気持ちは、痛いほどわかります。私もついこないだまで、そうだったのですから。
日本人は決して信心深くないわけではない、と思います。
むしろ、神にたよろうとする敬虔な気持ちは持っている。
その心を、伝道にも生かしていけないかなと思いました。