アンヘレスにたどり着く前は、1995年ー1997年まで、マニラのサンファンに在住をしていた。この頃から、ちょっとしたお手伝いとして、屋台(ベンダー)稼業のノウハウは私には身についていった。
具体的にいえば、サンファンの闘鶏場の中で、カンテーン(といっても、これは場所がマニラなので、非常に高い小売値で販売。田舎の闘鶏場の食堂はしれていますが)を経営する一家(旦那はフィリピン映画界プロデューサー。なので、タガログ映画つながりで、この経営利権をもっていたのだろう)の息子の家に何ヶ月か転がり込んでいたことがある。
その事情は省きますが、このとき、闘鶏場で販売する多々の食品、デザートをメイドを何名も使って、クオリティの高い味を実現する、という現場を手伝っていたので、身に滲みている。
あと、この時代、よく中間階層のフィリピン人からパーティに呼ばれましたが、彼らが家々に違うBBQのフレーバーを競っていたので、私もBBQの味付け、フレーバーに関しては、このころ、かなり研究させられました。それも、フィリピン人むけの味・フレーバーを・・・