未来を救うぞ!

昔話や伝説・おとぎ話をより楽しむ上で、大切な伏線となる 「 いつ? なぜ? 根拠は? 」 を出来る限り紐解き、史実にスライドさせた解りやすいお話を伝承するための研究活動をしています。
伝承のたびに抽象化や美化され続けて、原作の味わいを損ねる事は好ましい事ではありません。私たちの活動をとおして、「あのお話ってそういうことだったんだ!」と再発見していただければ幸いです。
〔免許〕 普通
昔話の宝物 「ごはん」 が大好きです!
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ステージ・E−1主宰
〔 オリジナル執筆・上演舞台 〕
西陣織という名前は、西軍(応仁の乱)の本陣跡、つまり西陣という地名がその由来である。
ところが、室町時代の中頃、京都の街を舞台に東軍と西軍が争う応仁の乱が勃発。11年間続き、多くの職工が戦火を逃れて和泉の堺などに移り住み、大舎人町の織物業は壊滅状態となってしまった。戦乱が治まり、職工らは再び京都に戻り、もとの場所にほど近い白雲村(現在の上京区新町今出川上ル付近)や、戦乱時に西軍の大将であった山名宗全が構えたといわれる本陣跡あたりの大宮今出川付近で織物業を再開。その日が11月11日とされ、昭和44年より定められた。