2017/4/23


エマ・ワトソンとダン・スティーヴンス主演!と聞いた時から楽しみにしていた「美女と野獣」を見ました。

監督は、このブログにイラしてくださる方には「フィフス・エステート」「ミスター・ホームズ」のビル・コンドン!と言えば「ああ!」と、そして今振り返ると「ミスター・ホームズ」とか本作のようなメジャーな良作で良い評価を受けているはずのコンドン監督、「フィフス・エステート」はいったい何だったのでしょう・・・ベネさん、ダニエル・ブリュール、野獣のダンちゃん、ピーター・カパルディ、アリシア・ヴィキャンデルなど主役スターぞろいの豪華キャストでなぜ「なかったこと」にもなりそうな悪評だったのか。ああ、最初から横にそれました。

見て気が付きましたが、私アニメ版はおろか、原作本もコクトー版映画も見てなく物語をちゃんと知らなかったのです!

そんな私の初Beauty and the Beast感想を書きます。

ネタバレありですから、お嫌な方はここまで〜〜〜

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お話は、呪いで野獣になった王子のストーリーから始まったのがちょっぴり意外。しかも、ロココの化粧に仮面のフェイスペインティングでこれから野獣になる王子の素顔が観客に分からないように登場するんです!うまい!キチンとした物語を知らない私でも、野獣がラストで王子に戻るくらいは知っているので、おそらく99%の人がそれを知りながらもラストまで野獣は本当はどんな王子なんだろう?と楽しみにできるじゃありませんか。

ダンちゃんは「ダウントン・アビー」でも白馬の王子様役があまりお気に入りではなかったらしく本人の希望で降板したのですが、その後王子イメージを払拭しワイルドさを追求してきたみたいなのになぜこれは受けたのかと考えましたが、野獣にチャレンジしたかったのでしょうか。

結果、毛むくじゃらの野獣の茶色の顔に生える水色の瞳が「姿よりも心」というテーマを皮肉にもその美しさでアンビバレンツながら表していました!

ラストであの美しいお顔をもっとよく見せてもらえなかったのが不満ですが、そのかわりミュージカルなので歌が聴けたのは嬉しかったです。ただ、野獣の時と歌の時、どうもダンちゃんの声ではないような気がしまして、自分が改めてダンの声ってあまり記憶に残っていなかったと気づきました。不思議。顔ばかり見ていたせい?

さて、ダン以外のヒーローがこの物語には登場します。
ベルの家の白馬のフィリップです!!!

ベルのお父さんは日帰りできない距離の市場に馬車で出かけたのですが、途中森で迷い、雷に打たれた大木が倒れてきたり狼に追いかけられて、命からがらに呪いをかけられた野獣のいる城に駆け込んだんですね。

その時点でフィリップは1頭で馬車を全力疾走で引き、体力も限界かと私は思ったのに、そこから食事も水も与えられないまま家に逃げ帰るんです。そしたら、またまた父を心配するベルに折り返し城まで走らされるんです!!!

賢くて強く従順なフィリップはちゃんと城にベルを連れて行くのです。自分の家になら帰れると思うけど、ひどい目にあった場所に怖がらずに戻るなんてなんて勇敢な馬なのでしょう。

しかも、ベルが囚われた後逃げようとした時、狼に傷ついたあのでかい野獣をも背負うことができたんですよね、体重は馬と同じくらいありそうなほど野獣の足音は重かったというのにです。

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あと印象に残ったのは、

ユアン・マクレガーがモーションキャプチャしたという燭台のルミエールの動きが華麗にて機敏だったこと。そしてフランス語なまりがわざとらしくて昔のおそ松くんのイヤミみたいにも聞こえたこと・・・^^;

エマ・トンプソン演じるミセス・ポットが、息子の「おばあさん」と言われてそれまで冷静にみんなを危機から救ってきたのにいきなりキレたことwww

ディズニーアニメのベルが、おとなしそうなイメージに見えたので村で孤立してたキャラとは知りませんでした。しかも本が好きでみんなから変な子と思われるのって、今でも女性に学問は必要ないという概念が残ってる国があることを思い出させます。その彼女が誰よりも勇敢に、父や野獣を助けるために馬で駆ける姿はステキでした!

野獣の粗野な振る舞いをベルが受け入れたシーンの、スープを両手で持ってズズーーーッッとすするところは、西洋テーブルマナーではご法度の作法だけれどもロンドンのなんちゃって和食レストラン「WAGAMAMA」ぽかった。・・・とはいえ世界にはWAGAMAMAがない所の方が多いわけで、ベルは美女なのにこんなことしちゃうんだ!と思う観客が多い一方、このシーンの意味が分からないようなおじさんも日本でこの映画を見ることはあるんだろうか・・・?などと余計な疑問が湧きました。

ガストンは嫌いだけどテノールの歌声は美しかった。

フランスの宮廷舞踏会の衣装が白と黒でオシャレでした。

ディズニーもまあ見事にイギリス人俳優だらけだなあああ〜と実感。フランスの話だからまだアメリカンアクセントよりはヨーロッパの香りがするのかしら?アメリカ人にとって。

でもこのイギリス人によるフレンチなまりは、フランス人が見てどう思うのかと気になって仕方ありませんでした。

こうして思いつくまま書くとちょっと批判してるみたいでしょうか?
実は私はかなり涙を流してお腹がプルプルするくらい泣きながら見ておりました。

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2017/4/21

マイ ビューティフル ガーデン についてその2  家族のこと

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本人の責任ではないエキセントリックなヒロインのファンタジー「マイ ビューティフル ガーデン」を見て、一番私の心に浮かんだのは

変な人たちばかりだけど、愛してくれているなら結果オーライとして人生って進んでいくのかなあ。。。

ということでした。

というのも、エキセントリックな夫よりさらにエキセントリックな義理の両親が1週間わが家に滞在して行って、私も仕事の合間につき合ってヨコハマへ行ったり、父の誕生日を祝ったりして、

なんかいろいろ家庭の事情もあり、まあそれがなくても、家族なので口論があったり、

夫も私も子供も、それぞれ仕事や学校の時間以外用事を入れないでを彼らと一緒に過ごすために費やしてたので、1週間24時間勤務みたいにぐったり。

それなのに、

イタリアの家に帰った彼らに日本での写真を送ったら、暖かいメールの返事が来て、まあそれも英語だと日本語よりもダイレクトに愛の表現をするので、もういなくてこっちも心に余裕ができたので、

今回特に、私は就活も続行中、娘は高校生活が始まったばかりの忙しい時で辛かったのに、

この映画を見たおかげで

「まあ、いっか」

的な気持ちになったのでした。

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今更ですけど、やはり文化が違うと、気の使いどころも常識の細かいところもいろいろ違うので、お互いに気を使い合っては消耗するのか、

それとも義母が変な人なので被害が大きいのか、

迷惑もいっぱいだけどあちらなりの愛し方をしているからわざわざ来ると思うのです。



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タグ: 国際結婚

2017/4/20

マイ ビューティフル ガーデン  その他の映画・ドラマ・舞台

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キャストが、地味に豪華です。

ベラ:ジェシカ・ブラウン・フィンドレイ(ダウントン・アビーのシビルちゃん)
隣のおじさん:トム・ウィルキンソン(フル・モンティに出てたらしいけど記憶にないなあ・・・)
ヴァーノン:アンドリュー・スコット
ビリー:ジェレミー・アーヴァイン(戦火の馬の主役)
図書館の上司:アナ・チャンセラー

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1時間40分あまりずっと面白かったです。他の英国映画と同様、淡々と物語が進んでいくのですが、会話、衣装、部屋、建物、小道具、そして庭がとてもよくできていました。

ここからネタバレあり

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主人公ベラのこの衣装が、なみなみの襟がとってもかわいくて、色違いでこればっかり。つばのあるフェルト帽にコートにブーツを合わせたシルエットはメリー・ポピンズみたいなのですが、修道院育ちで潔癖性のキャラを表しているのかな。

ストーリーは「潔癖性の孤児が愛を見つけて心を開き夢を実現させる・・・」ような、結構シビアな現実なのですが、舞台&衣装が完璧にデザインされていてファンタジーに仕上がっているので、辛い思いをしないようにできているところが好きです。

逆に言うと、脚本・監督のサイモン・アバウドが広告やファッションの映像出身なので、きれいな架空の現実を作り上げるのが得意と思われ、現実にはありえないでしょというツッコミはたくさんできます。

例えば、潔癖性の主人公がなぜ遅刻魔なのか。ドアに鍵がかかったか気になってなかなか家を出られないのはわかるけど、潔癖症だったら時間もぴったり合わせようと思わないのかなー?その辺は病理に詳しくないのでわかりませんが。

潔癖性で全てを秩序立てている人が自分の家に人が入ってお料理したり子供が遊んだりしたら気が狂うと思う。

孤児で図書館のバイトなのに、なぜロンドンのあんないい家に住めるのか。

植物恐怖症の治りが早すぎ。

ヴァーノンは男手一つでふたごの女の子を育てているのだけど、本人に洒落っ気のある設定ではないのに子供の衣装やヘアスタイルが完璧。

家を借りる時に隣人が大家だと言わないのはありえない。大家か管理会社かは契約する時にはっきりするはず。

・・・などなど現実的なことを考えながら見てしまいますが、クマは出てこない「パディントン」みたいなものと思えばいいわけですね。

出来上がった世界が好きか嫌いかが評価の分かれるところかもしれません。

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2017/4/13

マーベル展とTokyo見物  その他の映画・ドラマ・舞台



ロンドン子育て時代に知り合ったR子さんがご子息&甥御さんを連れてやってきました。

他にもロンドンママ友で今東京在住の人達も集めて、季節がら花見ピクニック!

・・・と行きたかったのに雨だったので、桜の見えるレストランが六本木ヒルズにあると聞き、そこでランチ結集しました。

そしてヒルズといえば「マーベル展」がちょうど開催中!ふっふっふ。
「ママ達だけ盛り上がって、ボーイズが飽きないように。」と提案した私は、もちろん自分が行きたかったのでありました♫

雨の日の午後、チケットの列は20人くらいで楽勝、しかも中学生は600yenというお値段、これはナイスです。平日なので入場者は大人がほとんどでしたが。でも日本ではマーベルって子供のファンってどうなのかしら?

ボーイズのうち、12歳の方は当然のように写真コーナーにおさまりましたが、15歳の方はもう嬉しくないのか、それとも思春期で恥ずかしいのか辞退されてしまいました。もちろん私は率先して・・・

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ボーイズにしてみたら変なママでしょうけど、せっかく友達と行ったら撮ってもらいたいですもの〜だいたいいつも、ぼっち行動だからこういうことできません。

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折しも「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」のキャスト&クルーが来日してたので、そのことをボーイズに告げたら「同じ時に日本にいれてCOOL!」と喜んでおりました。私たちの翌日にクリス・プラットとガン監督も訪れたそうです。ニアミス〜!

ストレンジ先生の衣装見て、みんなベネディクト・カンバーバッチはもっと背が高いという印象を持っていたので、すでに185cm以上あるR子さんの息子さんは「カンバーバッチを見下ろす」というコンセプトに一同盛り上がりました。何ですか、やはり子供でもシャーロックはもちろん知ってる国っていいですねー

公式ショップは展示の後に設置されているのですが、そこでもチケットを見せて1回限りの入場です。ツイッターにも文句を呟いたのですが、再入場ができませんのでこれから行かれる方、ご注意です。そのショップの後に、ホットトイズのショップも順路内にあります。私のストレンジ先生とのショットはソチラの方です。なんだか売る気があるのかないのか不明。

同じヒルズで開催中の「エルミタージュ美術館展」のショップなどは、出口を探してたら迷い込んでしまうような所にあったのに、なぜマーベルの方はそれほど厳しいのかな?

会場となった「六本木ヒルズ展望台 東京シティビュー」は森タワーの52階で、通常ならその名の通りシティビューを見渡せたはずでしたが、なんと雨のその日は窓の外は霧でちっともビューはありませんでした。あ〜あ、観光客がいたのになあ。

彼らはたったの2泊3日の東京でしたが、六本木以外では、

上野公園の桜、アメ横の居酒屋、渋谷ハチ公交差点(けっこうこれが海外では有名なので、張り切って動画撮ってましたよ。なんたってドクター・フーにも出てきたもんね。ハチ公と一緒に写真を撮るには列も出来てましたが、並びました!)、ヒカリエ9階からの渋谷の眺め、新宿ミスタードーナツ&歌舞伎町、東京駅と皇居を堪能して、日本全国行脚に旅立って行きました。

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2017/4/10

ミュシャ展<スラブ叙事詩>  

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私はその昔、20歳くらいまでマンガを描いていましたので、アールヌーボーポスターのミュシャを見た時には衝撃を受けました。マンガと同じくっきりとした輪郭線で画面構成もマンガの扉絵のようにキラキラしていて、でもヨーロッパ、パリの大人の香りがして日本の少女マンガにはない本物らしさがあったからです。

それでその昔東京で開催されたミュシャ展には行ったし、やがてマンガとは縁遠い人間になったので、今回の企画展にもそれほど期待してませんでした。
1つの点を除いて。

それは「スラブ叙事詩」という巨大なシリーズの本邦初公開(てかチェコ国外初公開)・・・これは初めて見るな?

「スラブ」という言葉が引っ掛かりました。どうやらミュシャの故郷らしい。
パリで成功をおさめた画家が、故郷を、つまりは自分のルーツをテーマに取り組んだもの。

しかし私には「スラブ」の知識は、ロシアの、それも革命あたりからの近代史くらいしかわかりません。

でもだからこそ、東京で見られるこのチャンスに行ってみれば何かがわかるかも・・・と予習もなしに見に行ったのでした。

おそらくスラブを広く世に知らしめたいからこそ、アールヌーボーの大家が晩年に力を尽くしたのでしょうから、遠い極東の地で、その心、受け止めました!

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上は「聖アトス山(正教会のバチカン)」「スラブ民族の讃歌」という華やかで神々しい2枚でした。しかし、バチカンでも光の下にいる人たちは何やら苦しげではありませんか?

しかも上の2枚は叙事詩シリーズ20枚の中でもかなりキラキラした方で、他は戦争画や華やかではないキリスト教の絵がほとんどなのでした。

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そうです。ロシアを含む東欧は、ゲルマンなど他民族に追いやられヨーロッパでは辺境として辛い歴史を歩んだようなのです。

ですから、下3枚は「ロシアの農奴制廃止」という、それ自体は農民が自由を得たという明るいニュースのはずですけれど、遠景のモスクワのモスクの煌びやかさはそれこそ霞のようで、現実には下半分の肩を落として下を向いた人たちの暗さが現実に迫っているのでした。

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スラブ叙事詩は、ほとんどが遠くに美しいもの、近くには貧しくて苦しそうな人が描かれていて、アップの1人か2人が、絵を見る人を向こうから見ているものも幾つかあります。

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個人的なことですが、私は世界史は高校の時好きでしたが、「東ローマ帝国」あたりは苦手でよくわからないまま、近代以降、列強と呼ばれたイギリス、フランス、ドイツくらいしか知らないんだなあと改めて認識しました。

いわば勝者の歴史は、遠い東洋の国の学校の教科書でも詳しく書かれていますが、スラブに関しては、ナポレオンにポーランドを分割されたことくらいしかわかりません。書いてあったのかも知れませんがテストに出なかったからか覚えてません。

だからこそ、自分の国を描いておかねば死ねない!と思ったのではないでしょうか。


この大作シリーズの後に、パリの女優サラ・ベルナールをモデルにした芝居のポスターなどのアールヌーボーの絵も展示されています。

確かに女優の容姿も衣装もタッチも華やかで当時の大都会の華やかさそのものです。

それはそれで改めて美しいものだなとは思ったのですが、ミュシャが都会で成功する前に歩んだ故郷の暗そうな(実際の色彩はパステルカラーで明るく軽いのですが)空気を想像することで、パリの華やかさが世界のほんの一部で、そこにいる人たちもそれとわかりながら都会の喧騒に身を委ねているのかな、彼らの背中にはそれぞれの田舎の重さとか親の苦しみとか地味で単調な生活とかが見えるようだな、と代表的な文化に対してちょっと客観的な気分になったのでした。
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