「オウム真理教」追跡2200日」(江川紹子 著、文芸春秋)を読んでいます。
「坂本堤弁護士一家殺害事件から20年」とテレビのニュースで知りました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091104-00000108-mai-soci
この本の最初の方にも、坂本弁護士一家殺害事件の事と、オウム問題に真剣に取り組んでおられた坂本弁護士の話が出てくるのですが、
自分の野望達成のためなら、人の命も人権も平気で奪ったり、被害者家族を加害者扱いするカルトリーダー、麻原に対して怒りを感じました。
事件が起きたのが11月三日夜から四日の未明で、10月31日にはオウムの幹部や顧問弁護士の青山が、横浜法律事務所を訪れ、坂本弁護士と話し合いをしています。
帰り際にオウム側が「信教の自由というものがある」と言った時、坂本弁護士が、「他人を不幸にするような自由など許されない」と反論しています。
「自由」とは、人の生命や人権が守られ、大切にされてこそ、主張できるものだと思います。
この本には、オウムの起こした様々な事件と、それらが報道され、オウムが疑われた再の言い分が載っているのですが、
「私たちの方こそ加害者だ。」と主張し、被害者を批難し、責めるのは、カルト化教会とまったく同じだ、と思いました。
しかも、その批難は、本当に自分勝手で、すじが通っていないメチャクチャなもの。
自分たちは、法を犯したり、人の人権を踏みにじっておきながら、自分たちの自由や正当性は主張する。
平気で嘘をつく。
自分たちが批難を逃れるため、言い逃れができるために、平気で人を利用する。
この本を読めば読むほど、オウムとカルト化教会の共通点に気づきます。
恐怖心を煽るところもそっくり。
また、麻原を心底信頼し、尊敬し、声をかけてもらえるだけで感激するというように、崇めているのもカルト化教会と同じです。
オウム真理教教団内でも、性被害は起っています。
麻原から被害を受けた数人の女性たちの証言が載っています。
これを読んでいて、私もとても辛くなりました。
「何で逃げられなかったのか」と普通の感覚なら思う人がいるかもしれません。
マインドコントロールについて知らない場合、不用意にそのように口にしてしまう人がいると思います。
その事についても、説明が書かれていました。
引用します。
ではP子さんは拒む事はできなかったのか。
「ソンシっていうのはすごい存在でお話できる事さえめったにないから最初に呼ばれた時は、すごく喜んで行きました。
そんな事されるとは思ってもいなかったからただびっくりしてしまって…。(中略)
普通の生活感覚ではこの説明に納得しがたい部分もある。
しかしオウム真理教という所はきわめて階級性が厳しく、その上、情報のない閉ざされた社会であるという特色を考慮しなくてはならないだろう。
教団の頂点に立つ麻原氏の言動を絶対視する事を、信者たちは日々叩き込まれる。
男性の元教団幹部の証言。
「あそこでは麻原氏の言う事が戒律。まったくの独裁者なんです。まるでチャウシェスクのような存在だった」
「オウム真理教」追跡2200日」(江川紹子 著、文芸春秋)
チャウシェスクについて、調べてみました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%82%A8%E3%83%BB%E3%83%81%E3%83%A3%E3%82%A6%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%82%B9%E3%82%AF
**** 引用ここから ****
「当初こそ国民からの高い人気を得たものの、チャウシェスクは家族とともに一般国民とはかけ離れた大宮殿に住む優雅な生活をしており、国内の経済については、側近の者から良い報告しか受けておらず、本当の国内事情を把握していなかったと言われる。
街頭へ視察へ出ても視察コースの店には一時的に普段は見かけない食品や製品が豊富に並
べられていたとされるが、近年では反説も多い。 中国の文化大革命や金日成の主体思想
などの影響を受け、次第に独裁政治家となる。
実際には対外債務の返済のための強引な輸出政策によって市民の食料や冬の暖房用の燃
も事欠くようになる等、次第に国民生活は困窮の度を深くしていった。しかし、チ
ャウシェスクはブカレスト市内に「国民の館」と呼ばれる巨大な宮殿を建設し、またチ
ャウシェスクの家族・親族30名以上が党や国家の要職を独占した。こうした一般の人々
の生活を省みない政治姿勢に国民は失望し、人気や支持も落ちていった。
後にソ連にゴルバチョフ政権が誕生しペレストロイカを推進すると個人独裁の保持に固執。
東西両勢力から欧州統合の障害となった。1989年にポーランドに民主的な政権が誕生すると、ルーマニアにもこの様な動きが波及するのを恐れ、チェコ事件時とは正反対にワルシャワ条約機構軍による軍事介入を一方的に主張した。
その後の同年12月に起きたル
ーマニア革命で失脚し、革命軍にエレナ夫人とともに銃殺刑によって公開処刑された。」
**** 引用ここまで ****
私の脱会したカルト化教会では、セクハラや性被害はありませんでしたが、
虐待的牧師を「特別な存在」、「すばらしい先生」、「イエス様のように愛のある先生」と崇める事は、普通の事でした。
話しかけられ、褒められ、「あなたのために祈っています」と言ってもらえる事でどんなに嬉しいと思ったか…。
祈祷会の時、一人一人に手を置いて祈ってくれるので、「私は愛されている。」信徒たち皆これほど愛されているんだ」と信じていました。
だから、信仰の虐待を受けていても、それを辛いと感じたり、虐待的牧師の言っている事に(おかしいな。)と一瞬感じたとしても、
(そう思う私が悪い。)と思っていたのです。
だから、私はカルト化教会で牧師からの性被害に遭った女性たちがなぜすぐに被害に気づけなかったのか、なぜすぐに脱会で着なかったのか、
なぜ脱会してすぐに訴える事が困難だったのか、少しはわかる気がします。
教会内の色々な事も、虐待的牧師の一声で全て決まっていました。
他のカルト化教会の被害者の話を聞いても、共通点が多くてびっくりします。
カルト化教会の虐待的牧師って本当に「独裁者」だったんですよね…。
今も、その独裁者の下で苦しんでいる人たちがいます。
そういうカルト化教会で、「革命」が起きたらいいのにと思います。